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[165].力作だが!尼崎事故最終報告書
       リアルに事故を再現!懲罰的日勤教育の悪影響を立証

 福知山線尼崎惨事(→直リンク)についての運輸安全委員会(旧航空・鉄道事故調査委員会)最終報告書(→直リンク)が6月28日に公開されたが、それは希に見る膨大な分量でA4判37字×33行の本文264枚、付図154枚、リスト等16枚、計434枚にも達し、本文だけでも188,000字、原稿用紙470枚の大作だった。
 そこではJR西日本の懲罰的日勤教育を怖れた運転士が、直前に冒した過走について報告する列車無線に気を取られてカーブでの減速操作を取らずにほぼ最高速度のまま急曲線に突入して転覆脱線に到る経緯をリアルに認定していた。残されたデータに実験とシミュレーションを加え、 1両目が傾き始めて片足走行で次の閉塞区間に突入、重心の低い2両目が次の閉塞のレール間を短絡して1両分遅れた在線記録を残した様子まで細かに解析されている。これが事故発生の直接の原因だ。時刻と速度を対応させて通信記録を記した[付図24](A63)によれば制動すべき位置あたりで「あ、1分半です。どうぞ」………「それでは替わりまして、再度5418M運転士、応答できますか。どうぞ」あたりで片足走行となり、転覆して地面を滑走しマンションに衝突して車体が次々潰れている丁度そのタイミングに列車無線は「5418M運転士」「応答して下さい。どうぞ」と呼んでいた。
([付図24]&[付図25](3/3)列車位置・時刻-速度-交信内容対応図参照、文章記述は[3.9 理由]p224〜p228)

 報告書では更に事故車が回送車として宝塚駅に侵入する際の2回の非常制動、伊丹駅での70m過走を含めて運転状況を詳細に解明して運転士の状態が基本的に正常で、規則遵守を意識した運転をしており、読売新聞が繰り返した日航K機長説のような興味本位の無責任な憶測を詳細に亘りほぼ完璧に否定する事実認定となっている。一部には異論のある認定や勧告もあり、報告全体としては弱点、限界もあるが、大変優れた力作といえる。See→[事故調報告書の記述構造]
戦死65年を経て墓碑に掲げられる生写真

07/06/28 某墓地

遺族・被災者への説明会は大いに支持   <m1>

 報道では事故調が遺族・被災者に対して直接説明会を行うとされ、これは遺族・被災者のどうにも遣り切れない思いを承けての癒しの試みとして大いに支持する。
 遺族の気持ちをどう癒すかと考えると、単なる物理的解析・推測が欲しいのではなく、いろいろ聞いてもらえる所と、解析事実について気持ちとして納得できる権威が必要なのだ。理不尽に奪われた大切な人への思いは理屈では断ち切れない。先の大戦の敗戦から62年を経るが、近くの墓地には数多くの戦死者を弔うために普通の墓石ではない板状の石碑が建てられ、戦死の事情が事細かに刻まれている。その中の高さ4mもの石碑に3名が祀られ未だに新鮮なナマ写真の貼られ続けているものがある。碑文のs16/12戦死といえば開戦直後、s17/4〜/6も開戦序盤の戦死で、当時の市長の揮毫で碑文が彫られているが、それには例外的に戦死事情が一切記されていない。やはりこの地域出身者で占められた731部隊のような公表できない任務で戦死したのだろうか?その兄弟が墓守をしているとしても既に80才前後だろうが、それでも忘れられないものなのだ。(つい最近数m移設して碑面を公道向きに直し、そこに写真部とキャプションを焼き込んだ白石板を填め込み土台部分を頑丈に作り直された痕が見られる。俗名は消去処理)。
 そうしてみたときに、各装置などの動作は当事者である鉄道事業者が丹念に解説すべきであるが、事故経過については事故当事者とは独立で多数の外部専門家委員が就任している事故調査委員会が最適だろう。やり場のない怒りの気持ちをぶつけられることもあるだろうが、それに初めて取り組む判断には敬意を表したい。

刑事責任部との記述分離で勧告部の迫力が不十分に   <m2>

 報道された遺族の不満は、事故調査委員会の置かれた立場からくる弱点、限界によるものが多いが、その部分についても事故報告書を読み込めば一応の事実認定はして間接的な指摘はしている。
 しかしながら裁判での判決と同様の読み方をすれば判決主文に相当する「原因章」12行に述べる運転士のエラー以外はあくまでも「事情」であり実質的に捨てられてしまうから被害者団体が「再発防止に繋がらない」「運転士個人の問題にされている」などと非難するのは無理がない。
 むろん事故調報告としては判決とは若干異なり、結論部(原因章12行)に書いてなくても、事実認定にあり、理由で引用されていればそれなりの勧告にはなるのだが、それでは迫力が弱すぎて、意見聴取会での丸尾副社長発言に象徴される頑迷なJR西日本やJR東海を動かせない危険性が大きい。
 こういうヤワな形式の勧告になる背景はおそらく事故調査委員会が刑事事件としての鑑定責任を負わされていて「責任」を云う場合に刑事訴追すべきと取られるのを怖れてその弁解まで述べていることと、安全確保対策であれば事故発生の寄与率順に原因を並べて改良を求めれば良いが、刑事処罰となると確率的には小さい項目で事故になった可能性も否定できず、疑わしきは罰せずの刑事処罰の原則から云って単純に寄与率推定で主原因を特定して処罰に持ち込ませられないからだろう。北陸トンネルきたぐに火災事故での乗務員起訴などに見られるように従前の警察・検察の見せしめ人身御供型処罰の実績から云ってそれはリアルな懸念である。まさか起訴・不起訴の判断権限もないのに「これは刑事訴追に値しない」などとは書けないだろう。
 そこで、直接の「事故原因章」と、惨事化を防げなかった「事故背景章」として改良勧告部や補足章を設け、更には理由章に判断を忍ばせることで解決を図ったものと思われるが、それでは改善勧告の強い意志は伝わらないだろう。結局、刑事免責の問題で、再発防止のための安全勧告と刑事訴追鑑定とは相容れない部分があるのに、性格の異なるそれを背負わされることで訳が分からなくなってしまう。運輸省・国交省の監督責任についても同様の形式で述べられており、ちょっと見には読みとれない。この記述形式では国民にきちんと伝わる表現が無理なのだ。こういう2重構造の報告書は営団日比谷線脱線事故報告書から続いているが、刑事免責を意識したものだとしても好ましいものではない。

 折角の遺族・被災者への説明なのだから、何度かに分けて具体的な認定内容を説明して、検察の処分が発表されて一件落着するのを待って、事故調として意図した「真の原因」=常に有り得るオペレータエラーをカバー出来なくした構造を公に解説してはどうだろう。最終報告書の説明会を事務局任せにせず委員長自らが長時間丁寧に説明した誠意には特に敬意を表するが、どうか最後まで付き合ってあげて欲しい。

いくつかの微妙な異論   <m3>

 事故の本筋ではなく勧告の基本的主旨を変えるものではないが、報告書の内容にはいくつかの異論がある。

諸規格の徹底は「一元管理」の問題

 速度計の指示誤差が規格を外れた原因を追究し、鉄道用速度計の誤差規格をその製造メーカーが知らなかったことをもって事故調はJISなど諸規定の鉄道事業者内外への徹底を勧告している。総論的にはそれで間違いないが、その具体的適用となると双方に解釈の余地があり多元的になるから製造現場、運行現場の基準には出来ない。学者・研究者型の雲上勧告である。現場としてはどちらかの仕様書やその関連図面による一元管理が必要だ。作業用の表を作ることもあるだろうが、それは各JOB開始時に必ず更新し、手控えからの作業を禁じる必要がある。
 これはJR西日本が独自にATS-Pの曲線速度制限コマンドに列車の許容不足カント規格毎の+α設定を拡張制定しながら、その部分を全社には徹底できず、福知山線の+α設定が総て0になった管理構造と全く一緒である。設計に際しては必ず基本図面・規定を見て、その来歴部を読むのが日常作業になっていれば起こらなかったエラーである。算出ソフトの使用に当たっても最低限、規定改訂来歴点検義務は同様である。それを一元的な制定文書もなく、計算ソフトには入力項目が有りながらゼロを布数したことで多数の「エラー」となったが、その内実は+αkm/h拡張部がゼロで、結局は割当のない全JR共通コードで設定したということで危険性はない(+αを適用できない場所に+15km/h〜+35km/hを適用したなどの危険な単独エラーは別口)。2律規定の一方(JR共通規格)を採用しただけだから高速性能を最大限発揮させる上からみれば確かにエラーだが、安全上から見ればその部分が事故調として指摘すべきエラーかどうかは微妙である。車種別に速度制限設定の出来ないATS-Swの速度照査では低い側で設定するしかないではないか。
 結局両項目とも実務の問題で諸規定、図面の一元管理が追求されてないために発生した事態である。総論的には反対しないが、その現場への具体化は諸規定、図面の一元管理方式の追求だろう。それぞれの設計に責任を持つべきセクションが諸規定を盛り込んだ設計をして一元管理で徹底するのが筋だ。
 今回は精度管理をしていないことと、元々が要求されるシビアな運転に見合う精度調整設定法ではなかったために誤差が広がって生じた事態だが、仕様として具体的に数値で明記して出荷検査、受入検査などで点検していれば無視できない系統誤差を生ずるからその原因を詰めれば予め準備されている高精度の調整法に変えた可能性は高い。指示係数設定の他、増備車は車輪研削径設定の有効数字を2桁から3桁に増やしている。(事故調の挙げた速度計仕様書の文面は「法規の適用: 本車両は、普通鉄道構造規則、または新幹線鉄道構造規則、ならびに運輸省現行規定等関連法規および通達に準拠し、監督官庁の確認を得るのに支障のないものとする。」(p88L−11〜L−8:'−'とは下行から数えての意。以下同)とあり、設計丸投げの完成品調達用仕様の様なものである。これでは真に必要な具体的特性を点検できない。)

勾配補正の対応勧告には問題
   ATSブレーキ動作は支障なし   <m4>

 JR東西線御幣島(みてじま)駅先のATS-P曲線速度制限設定個所で+32/1000勾配により十分減速できる運転をしているのにATSで常用最大ブレーキが動作する点を問題視して制動定数設定を改める様勧告しているが、それには疑問がある。
 まず設定に当たっての基準を、JR共通型(=JR東日本型)の「基本の速度+普通車の特別の速度」に取ったのか、それともJR西日本拡張型の「基本の速度」+別領域への4種類の「特別の速度」を設定したのかで、福知山線P設計者が後者の拡張設定を知らなかったら、低い側の制限を採って前者の設定をしている。地点毎の制限速度表は合算値で書かれるし、プロが算定基礎の1項だけを取り、もう1項の加算分を捨てるとは到底考えがたい。拡張コードを知らなければ-Sw速照の設定値でもあるJR共通型の算出値使う。これが高速車と変わらない値の個所ではエラーにならかったということだろう。「特別の速度(=許容不足カント制定)による加算分5km/hを誤って0にしていた」というのは実際には「低速車の加算分は基本の速度に加算してJR共通型で設定して拡張部は0設定にした」だろう。それだと福知山線で高速車制限との差5km/hが設定されずに低くなった個所がカーブ41個所中22個所生じたことと符合する。
 勾配補正を登りに合わせては降雪や漏水などで設定条件が悪化した場合の安全余裕を削ってしまうではないか。特に下り勾配でそれが顕著である。現に2005/02/02に関空特急はるかが降雪下の東海道線で場内信号を260m冒進する事故を起こしている。ここは拠点Pのはずだから、ATS-P制御下での長距離冒進という重大事態である。もし逆方向の出発列車があれば衝突の危険もあった深刻な状況なのに、なぜかこの事故はインシデント扱いされていない。
 ATS-Pの信号コマンドには下り勾配補正が有って制動距離の伸びに対応しているが、信号コマンドの上り勾配と、制限速度コマンドには勾配補正項がないため、勾配の影響を受けて下りで必要減速距離が伸びるから、+32/1000といった上限35/1000近い上り急勾配に合わせて照査パターンの減速力設定を増す訳にはいかない。速度制限コマンドは自動緩解だから、運転士が急ブレーキを想定して高速のまま突っ込んでATSに当たっても差し支えないと考えたのだろう。信号パターンで登り勾配側補正をしていないのは誤動作が安全側だからだろう。ATS-Pの速度制限コマンドには未使用・空き領域がまだ3ビット+2ビットあるが、これを下り勾配補正に割当てて−35/1000勾配まで補正させるか、それとも現在放置している貨物列車の曲線制限車種別補正への活用を考えるべきかは微妙であり、全JRの協議に事故調が噛んで改めて結論を求めるべきだろう。数値で示せば国鉄の勾配限界値35/1000による勾配加速度αt=35/1000×9.8m/s2=1.2348km/h/sが減速度に加算・減算される。これを運転士の操作で吸収している。
 ATS-Pでの「安全余裕」はパターン作成基準である日常運転の平均的減速度と、常用最大制動の減速度の差で与えられ、これが勾配や、降雨・積雪などの条件で埋められてしまうと防護範囲を超えてしまって関空特急はるか過走事故などとして現れるのだ。設定減速度と最大減速度との差はその分運転士の名人芸を封殺するものなのは確かであるが、速度制限の減速は駅停車に比べ緩やかである。
 事故調勧告のこの項は速度設定値ミス修正は良いが、減速度設定を上げることはもっと検討が必要で残念ながら不同意だ。

ATS-Pに換装しても防げなかった事故!   <m5>

 事故現場に2ヶ月早くATS-Pを設置していたら事故は防げたかの言い分は、事故直後からJR西日本が繰り返していて、最終報告書でもその通り取り上げられているが、物理的には正しくない。ATS-PかATS-Swかに拘わらず速度照査ATSが設置されていなければ最高速度で突入して転覆するのを防げなかった。
 しかしながら、ATS-Swでの速度照査設置基準が130km/h以上の路線の600R以下の曲線に対して、ATS-Pでの曲線速度制限設置基準は単に450R以下と定められていて、この設置基準の違いで304Rの事故現場には設置されて大惨事を防げた可能性があることが分かった。
 事故調はそうした設置規則上の説明をせずに「ATS-Pに換装すれば防げた」と書いているが、報告書自体には拠点Pでの速照設置基準についての事実摘示があり「P整備の際にその一機能としてほぼ同時に整備するという方法で、半径450m未満の曲線……について行われていた。……130km/h運転区間におけるSw曲線速照機能の整備の際には……地上子を追加することにより、既に使用されている拠点Pに機能を追加する方法で行われた。」(p134L3〜)としている。これでは拠点Pの場合の設置基準がまだ不明確で、設置されないかもしれない。「ほぼ」と書いているのだから「(拠点Pを含む)」ときちんと書いて特定して貰いたい。('07/0719訂正・補足)

運転曲線作成での回生制動加速度の扱い   <m6>

 福知山線の運転曲線の作り方が無茶苦茶で、当該列車の半数が連日1分以上遅れて尼崎駅に到着する様な無茶なダイヤであったことは具体的事実であり報告書指摘通りで全く異論はない。
 報告書の指摘では、運転曲線作成ソフトへの布数が違うなど、運転時間が実際と異なり

 基準時を高速短時間にしたり遅れを発生させる様々の誤設定が指摘されていてその布数の好い加減さに驚いた。普通の設計現場なら、この手の算出ソフトで数値を決定する場合は諸設定値のダンプリスト(一覧表)を一体文書として添えて他者による点検を示す検図や稟議の確認印・サインを残すか、あるいはかなりのサンプル数で実際の総合特性のチェックをするものだが、JR西日本ではどうしていたのだろう?実地試験はなかったし、チェック体制もまるで駄目なのか?(特に専門性が高いと、上司は説明を求めた上でメクラ判の部分も出るのだが、この内容ならほぼ点検可能だろう)

 ただ、減速度設定は、実際の減速度が回生制動有効の場合2.8km/h/s、無効の場合には2.5km/h/sに対し、算出ソフトの設定が2.5km/h/sであったことを示し、回生制動で微妙に時間を回復していた様子が読みとれるが、報告書の表現では「空制のみの2.0km/h/sで設定すべきだ」と取れる表記になっている。しかし、そこは納得しかねる。実態下限の2.5km/h/s設定で良い。永瀬和彦金沢工大教授がこの運転曲線作成の項について異論を表明しているという報道があったが、この部分を指しているのではないだろうか。(See→[永瀬公述批判])
 また、回生制動の有効、無効で減速度が変わらない設定にせよという勧告は、総論的には妥当で、従前、制動距離しか見なかった管理法を批判した範囲では同意するが、現在の水準で遅れ込め制動の制御を2.5km/hか2.8km/hかを細かに調整できる精度に上げられるのだろうか?現実問題としてまだ暫くは、運転士の熟練に頼らざるを得ない状態が続くのではないだろうか。

2007/07/08 23:58

混乱の曲線速度制限規定   <m7>

 曲線速度制限は300Rの場合、本則で60km/h〜65km/h、許容不足カントで定義の+αで75km/hという数値が鉄道ファンに拡がっていて「悪名高い」川島怜三事故本にもこの値が記載されているが、事故調がJR西日本から提供を受けた規定では福知山線について基準が65km/h(表21、p97)、特別の速度が5km/h〜10km/h(表22、p98)で計70km/h〜75km/hとなっていてカントが105mmでも普通車の速度が70km/hのまま変わらない。この微妙なズレは何処から来るのだろう?選択基準の不明確な複数の規定というのは本来避けるべき規定法なのだ。
 制限速度を試算してみる(右枠下側)と許容不足カント60mmとして、カントを上限の105mmにすると75km/hに上がり、カント70mmでは75km/hのまま変わらず、制限速度が同値になる。前出の表22(p98)からはカントが105mmあっても許容カント60mm車が70km/h制限になってしまう。どうもJR西日本での表の適用にどこか適切ではない点がある様だ。これも2元管理の問題が絡み、省令式が算出基準であることを表に明記するとかの一元化整理が必要だ。安全問題を生ずるほどの差ではないが、決め方としては定義式が主なのか表が主なのか一本化した方が良い。
 許容不足カント方式で高速化を図る場合にカントが97mmに留まって制限が5km/h下がったことをJR西日本の曲線速度制限一覧表は「カント不足」と云っている。現場の高速車制限が75km/hではなく70km/hになった理由は不明としているが、これはどうも不足カントでの制限速度再計算に際して普通車が5km/h下がったことを誤って高速車には計算を省略してそのまま適用して70km/hとしたのではないだろうか。

【曲線制限速度】
 曲線制限速度の決定法は大別して「水平面に対する安全比率」で定義する旧来の「本則」、「基本の速度」と呼ぶ方法と、高速化のために「カント面に対する安全比率」で定義する速度まで制限を緩和する「指定の速度」を定める2系統の考え方があり、それを更に運輸省令の定義式、国鉄定義式、一覧表として何段階かに具体化され、更に線区別の規定もある多重構造になっており、しかもこれらが制定規則として一本化されておらず、全社で関連作業毎に必ず参照する一元管理にもなっていないことから時に本職でも間違える事態となっている。前述の微妙な違いはJR西日本が事故調を嘗めて好い加減な資料を提出して報告書の信用性を落として、そこから非難されても打撃が少なきなるよう仕組んだという解釈にもかなりの説得力があって捨てがたいが、多数のATS-P速度制限設定エラー発生をみる限り本職でも様々の異なる基準に分散した制限規定を理解・徹底しきれなかったというのが真相ではないだろうか。

 安全比率aというのは、軌間の1/2(=軌道中心から軌道までの距離)を最高車両重心点からの合力(重力、或いは重力と遠心力の合力)の方向が軌道面と交差する点と軌道中心との距離で割った値を云い、静止時転倒限界では3、曲線速度制限では(カントのない)平面基準で普通車で3.5、高速車で3と定められている。もっと小さい値を定めている国もある。[(17)-1式参照]
 この安全比率aに基づいてそれぞれ運輸省令で速度制限算出式が定められ、更にそれを国鉄算出式として在来線用に変形して定義し、その式を元にした算出値を5km/h単位で切り捨てて速度制限表を作成している。この方式による速度制限値は「本則」、「基本の速度」と呼び、速度制限標識を設置しないのが普通である。分岐器の分岐側速度制限は安全比率5を基準に同様に算出したものである。

最大カントの決定法
制限速度の算出(許容不足カント方式)
(11)-2式:不足カント方式よりカント97mmでは
(300R, 97C,1067G,60)
   =sqrt(127×300×(9760)/1067)
   =74.87≒70km/h …(事故現場の制限)
(300R, 97C,1067G,70)
   =sqrt(127×300×(9770)/1067)
   =77.22≒75km/h …(事故現場の高速車制限)
 現場について「カント不足」というのは、最大105mm許容に対し97mmしかないことを指し、300Rの場合の制限速度が、カント最大値105mmで75km/h制限に対して、5km/h低い70km/h制限となった理由として述べている。カント105mmでは以下の通り。
(300R,105C,1067G,60)
   =sqrt(127×300×(10560)/1067)
   =76.76≒75km/h ……………(普通車)
(300R,105C,1067G,70)
   =sqrt(127×300×(10570)/1067)
   =79.05≒75km/h ……………(高速車)
 本則での均衡カントを試算すると、平均速度が45km/h〜60km/hではそれぞれ
C(V,R,G)=V2・G/127R だから
C(60,300,1067)=60^2*1067/127/300=101mm
C(55,300,1067)=55^2*1067/127/300= 85mm
C(50,300,1067)=50^2*1067/127/300= 70mm
C(45,300,1067)=45^2*1067/127/300= 57mm
 事故後に現場カーブの速度制限を60km/hとしたのは、数値的には不足カントを認めない値にほぼ等しい。
 「本則」でのカントは、各通過列車速度の2乗平均根の速度で均衡する値に定められるが、その最大値は停止時安全比率3から105mmと定められている。(右図→)

 上記「本則」では独立に付したカントに拠り遠心力が減殺され実質の安全比率は大きくなっている。国鉄時代に高速化の検討でここに着目して、高速化基準として従前の平面基準ではなくカント面に対しての安全比率を4と定める規定を導入し、更に均衡カントではなく乗り心地限界から「許容不足カント」という概念を導入して車種毎に定義、普通車60mm、高速車70mm、振り子車(動作区間)110mmと定めて改めて均衡カントの算式から特別の制限速度を制定した。すなわちカント105mmのカーブで許容不足カント60mmの列車は均衡カント165mm(=105mm+60mm)の速度、70mmの列車は均衡カント175mmの速度を制限速度とする決め方を許容したのである。[(11)-2式参照、Ge=0で算出]右枠下段で試算

 このカント面基準の制限制定法では、従前のカント:線形のままで最高速度を計算し直す方法と、カントを最大値105mmに増やして、それに合わせてカント逓増部である緩和曲線の長さを伸ばす線形修正を行って更に最高速度を上げる方法が可能で、加えて地形などの条件により十分な緩和曲線長が取れない場合にはその分低い制限値になって、事故現場で云えばカント105mmであれば普通車(60mm不足カント車)も高速車(70mm不足カント車)75km/hとなるが、カントが97mmしか取れなかった(=緩和曲線長不足)から普通車では70km/hに落ちたが、75km/hのままで差し支えなかった高速車も誤って70km/hに引き下げたものだろう。JR西日本の曲線制限リストで「カント不足」と書かれているのは、特別の速度+10km/h=制限75km/hではなく5km/h低い70km/hになった理由についての注記である。
 それが事故調に対してアピールされないほど制定規則が混乱しているのではないか?制定基準が別々に何重にもあってこういう曖昧な状況になっている。これに先出の一元化放置でATS-P速度制限設定法が設計部門に徹底せず大量の設定エラー(JR共通コードでの設定?)発生となった。

 因みに他JR各社の300R例は駅全体がカーブである中央線飯田橋駅でも、代々木駅手前でも、転覆事故を繰り返した函館本線姫川駅先でも本則60km/h制限である。尼崎事故現場の70km/h〜75km/hという制限はJR西日本が高速度志向であることを端的に示す設定であるが、高速例外規定の採用はカントも緩和曲線も本則とは違うのだからそれを採用するに当たっては制定規則を一本に統合して、例外実施条件をもっと明確にして、施工設計時には算出ソフトを利用する場合であっても必ず改訂来歴を確認してから作業に取り掛かる、それが可能な管理体制にすべきである。これはATS-Pコード制定でも、速度計の仕様でも同じである。たとえ基本規則は同じでも具体化に際し少しでも解釈の余地があれば同じ作業を繰り返す製造・運行現場だから事故調指摘のようにJISや諸規定を各所に徹底しても多元管理のままでは必ず齟齬を生ずるのだ。(ATS-P速度制限設定は、規則そのままと並立させるより、JR東やSxをメインに設定し、+αの差分を許容不足カント別領域に設定する方式を標準にする方が設定可能範囲が広がり+40km/hといった北海道車のような場合にも適用できるだろう)

シロート騙しの逆対応、最高速度引き下げ   <m8>

 事故調が評価を加えてないので述べるが、JR西日本が福知山線再開時に路線の最高速度を120km/hから95km/hに落とし、事故現場の制限速度も70km/hから本則60km/hに落としたが、これは運転余裕時間を奪ってやはりギリギリの運行を強いる愚行で、一部感情的世論におもねるだけの素人騙しだ。事故現場は本則60km/hより高速化するために緩和曲線を長くしてカントを大きくする線形として70km/h制限を実現しており、それに必要な必要な保守費を掛けていて、暴走運転で70km/h制限にしたわけではない。現に、福知山線より高速の東海道、山陽、北陸・湖西の速度設定はそのままではないか。高速だから転覆したのではなく、速度制限個所で必要な減速を強いる安全装置の設置をサボったことで防げなかった事故だし、懲罰的日勤教育で尻を叩いて、回復運転の余地のないギリギリダイヤで走らせ、また、処罰に直結する列車無線報告内容に気を取られてブレーキ扱いを失念させて大惨事に到った。規定通りの速度を許容して時間的余裕があれば、過走も起こりにくいし、遅れも調整できるのだ。

趣旨は賛成ながら適用には工夫必要、列車無線制限   <m9>

 尼崎事故の直接原因が、列車無線での過走報告に気を取られてブレーキ扱いを忘れるエラーだったことから、一律に緊急停止させる事態に限るよう勧告しているが、従前の使い方からして制限が極端に過ぎる様に思う。(詳細を読み込むと「運転士に応答を求めて呼びかける場合」とも取れるが、それでは今回の事態を回避できない)
 運行に直接関係のない過走結果の報告などや長文連絡を禁止すれば足りるのではないか。「○○駅到着番線変更!副本線○番線到着」程度を受信し略号で「トタ2」などとメモする程度は許容しないと転がらない気がする。一挙にプリンター式の通告装置搭載など現実的ではないだろう。
 これを取り上げるのなら、儀礼形式的内容の車内放送と、業務連絡の軽重判断も言及する必要がある。「過走を謝罪しろ!」という乗客クレームの処理を後回しにして、運転士との通話をきちんと完結させていたら、運転士が過走状況報告の無線に総て集中することはなかった。割り込もうとして待たされた乗客には「お待たせしました。規則なモンで済みませんねぇ」で済んだろう。強風規制なのにその対象である鉄橋上に停まってしまい強風に揺られ続けた運転規則上の不手際にもクレーム客に対し「規則で即停止なんです」で済んでいた。こういう妥当な指摘が検討されない大問題が残っているのは処罰を以て火災時にトンネル内停車を強要して大惨事にした急行きたぐに火災事故の時代と変わっていない。

2007/07/10 20:30

[事故調報告書の記述構造]      <Report>

 尼崎事故調査最終報告書に対する談話を拾っていると、どうもまだ原文をほとんど読まずにマスコミ報道や、わずか12行だけの「原因」章+αでコメントしている様な感じの談話がある。
 報告書の異例の分量に加え、散文・小説より情報密度の遙かに高い文だからこの手の文書に慣れない普通の人が読み下すのはなかなか大変だとは思う。しかし記述構造が裁判判決に近い形で分類整理されていて構造を示す目次があるから、それを頼りに読めば理解しやすいが、この報告書の場合、m2項で述べたような仕掛けで実質的な「原因」章が2重構造になっていて、きちんと読むと見かけよりかなり深い。

 提言部というのは裏返せば「惨事を防げなかった原因や悪条件」であり、直には書けなかった部分を集約したもの。だから5章「建議」、6章「所見」、7章「参考事項:講じた措置」に別添1「建議」(事故直後の中間建議)を加えて4章「原因」と一体のものとして読むとこの12ページで事故の全体像が見えてくる。(p243〜254)
 原因判断の基礎となる事実の選択と組立は3章「理由」部47ページ(p196〜242)で行われて、文書内には「責任」云々の表現はないが、この「理由」中に具体的事実を指摘する形で間接的にいくつも述べている。行間を読むことが重要なのだ。
 事故を防げなかった直接の原因である曲線速度制限不設置については「発生頻度が小さくても重大な人的被害を生ずるおそれのある事象に関する情報を入手した場合には、単にそれを鉄道事業者へ情報提供するだけでなく、それと同種の事象の発生状況、重大な被害を生ずるおそれ等に係る情報を付加して提供し、危険性を具体的に認識させるなどして、鉄道事業者による対策の推進を図るべきである。」(p231L−10〜)などと述べて、内容としては運輸省・国交省の監督責任について指摘しているし、「福知山線……の最高運転速度が…100km/hから120km/hとなって……半径600mの曲線半径が……304mの曲線になったのだから、鉄道事業者は、速度向上、線形変更のときに、上述のような重大な被害を生ずるおそれのある事象に関する情報を活用し、所要の対策を講ずるべきである」(同L−5)として事業者の重大な手落ちも指摘しているのが分かる。こういう事実認定をしたのなら本来判決たる原因章に指導管理・運営責任として記載される筋のものだが「諸般の事情」で除かれている、あるいはタブーをギリギリ間接的に指摘するものだ。
 この第3章「理由」が膨大な量の2章「事実摘示」(p4〜195)の断片事象を繋いでいる。だから読み方としては理由章でどう扱われているかを知ってからの方が無味乾燥の膨大な2章は読みやすくなるし、結論を読みたいだけなら先の59ページだけ読めば要らない部分であるが、一応読んだ方がいい。事故の外形が第1章である(p1〜3)

 なお、意見聴取会用の報告書は、事実認定部の1章2章で構成されている。意見聴取会(公聴会)を経て理由部3章4章を書き加えて最終報告書となっている。


2007/07/12 23:58
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