尼崎転覆事故解析
回復運転の過速度が主因 (#84)

[ 事実経過 ]
  '05/04/25, 09:18頃,JR西日本福知山線尼崎駅手前の右カーブ入り口で207系7両編成上り快速電車が転覆脱線して線路脇のマンションに衝突,1両目は横転して前半が1階駐車場に突入し地下室に達して外からは見えず,1両目後半と2両目は紙のように薄く押し潰されて外壁に巻き付き,3〜4両目は90度以上向きを変えて上下線を塞ぎ,5両目が脱線,後ろ2両だけが線路上に残ったが,死者実に107名,重軽傷者547名という三河島・鶴見両事故に次ぐ大惨事となった.
遭難者手記リンク(1両目で遭難、生死をさまよい6ヶ月の重傷で闘病中)
<FIG_1>
  事故地点の300R曲線のカントは97mm,制限速度70km/h(カントが105mmあれば75km/h制限.カントを逓増する緩和曲線が長さ不足?)で,曲線突入速度が108km/h,曲線入り口から65mが電車の最後尾で,そこから約10m先のコンクリート電柱の2.5m高付近のコンクリートが飛び散って鉄骨がほぼ全部剥き出しになっていて,内側レールに脱線痕が見られないことと併せ片足走行を推認させるものとなっている.電柱は左の線路から2.4mの位置だから車体は左に約30度前後傾いていた.
  衝突したマンション外壁はカーブ開始点から128m位置だった.列車の高さは約3.7mで,非常制動は働いていたことが確認されている.

  事故車は伊丹駅に約30秒遅れで進入したが,約40m過走して停止位置を直したため90秒遅れで同駅を発車.運転士は車掌に過走を無かったことにしてと頼んだが,処罰の軽い8m過走として指令に報告することとなった.車掌は乗客に過走のお詫び放送を迫られ放送.発車後の約90度方向転換の右カーブを過ぎての直線部ではフルノッチ加速を続けて,上限の120km/hを超え,JR西のシミュレータによる試験では130km/h近い高速に達することが判り,複数の乗客の証言で「いつになく非常に速く走って揺れが酷いと思っていたら,ゆっくり傾いていって突然衝撃」となっているから,フルスピードで遅延回復を図った可能性が高い.

  福知山線ではATS-SWが稼働しているが,現場には過速度防止装置である速度照査地上子対は設置されて居らず無防備だった.6月からATS-Pに切替の予定だったが,事故現場に現在-SW型の曲線速度制限地上子が無い以上ATS-Pになっても設置されないからATS-P化後でも事故は防げなかった可能性が高い(※追補参照).4/30の記者会見でJR西日本安全推進部長はATS-SWの速度照査地上子を現場手前に置いていれば起こさないで済んだ事故と説明した.
※追補(事故調査報告書に拠れば、過速度防止装置の設置基準が物理的なリスクに応じた一律ではなく、ATS-Swでは最高速度130km/h以上の路線の650R未満が設置基準だが、ATS-Pでは450R以下となっていて、信号ATS-P設置と同時に過速度防止ATS-Pも設置していれば事故発生は防げた。高速路線にATS-P速度照査を設置するに当たり、併設のATS-Swにも過速度防止の速度照査ATSを設置したときに「最高速度130km/h以上の路線」という物理的根拠のない有害な限定をして17個所への設置に留め、実際には危険度の高い尼崎事故現場への設置を除外してしまった。福知山線は最高速度120km/hで、現場は70km/h制限304Rだったから50km/h減速個所である。これはJR東海が一律に「40km/h以上の減速が必要な場所」8ヶ所全部に設置していたのとは好対照になっている。2010/06/19追補)

  通常の回復運転ではこの直線部は宝塚線唯一の時間を稼げる線形で制限一杯の120km/hまで加速するが,塚口駅通過直後に一旦100km/hまで減速し高速道路をくぐる手前から減速して70km/hに落として右300Rに入る.その制動距離は,100km/hからの減速なら255m前後だが,130km/hからでは600m〜420mは必要だ.これを1段制動で回復運転を図り,そのブレーキポイントが通常の100km/h走行時と勘違いするなどして遅れたら,惨事に直結してしまう.仮に130km/h255m手前から減速定数20で減速すると108.6km/h,20/0.7では98.0km/hで,到底減速しきれない.100km/h超の高速域では最大減速度が小さくなるので,記録に残された108km/hへの減速が限界だったのではないだろうか.通常の回復運転の最高120km/hは激しい揺れについての乗客証言から採用しがたいが、その場合の制動開始位置としては137m〜96m(制動定数20〜20/0.7)手前からである.
<FIG_2>

  尚,JR西日本は根拠の薄いまま繰り返し「置き石脱線説」と「133km/h以上で脱線のおそれを生ずる」と主張して,会社に直接の責任がないかの世論誘導を行ったが,物理的に疑わしいのは見え見えで「曲線の最高速度を制定する際の基準として,横転−復元境界遠心力加速度(横G)を選び,この値を安全比率(3.5〜2.5)で割った値から制限速度を定めているわけで,その境界値から実用不能な速度=理論的仮想的な転覆−復元境界速度=133km/hを求める意味がない.その速度は当然脱線限界ではない.走行振動や遠心力によるバネの傾きで起こる重心移動で100km/hを超えると脱線の危険が非常に高まるというのが常識である.
<FIG_3>

ATS-P速照地上子
 総武快速線上り線市川駅手前で最高120km/h走行から分岐制限60km/hを防御するATS-P速照地上子設置状況.尼崎事故現場70km/h制限より大差を不安なく防御
  過速度転覆の前例としては'74/04/21鹿児島線西鹿児島−上伊集院間で2034M特急583系12両編成(寝台電車)が300R65km/h制限を大きく超える速度(当時の推定95km/h超)で走行、1,2両目の先頭1軸が脱線し78人負傷しているし、'88/12/13函館本線姫川事故では高速貨物が300R60km/h制限に100km/hで進入して貨車20両中19両が脱線転覆,1976/10/02にも第1姫川事故.'96/12/04にも同様の転覆事故を起こしている.(参照:事故史)JR西日本主張の「133km/hを超えると脱線の危険を生ずる。超えないと脱線しない」というのは仮想数値の性格を無視した全くの誤りだ.(重心高は1491mm余で計算されている.「余」は踏面幅を考慮の場合).高速貨物は旅客列車に近い優れた走行特性である.
  なお鉄道ファンに読者の多い元国鉄小倉工場長久保田博氏著「鉄道工学ハンドブック」には確かに「脱線限界は制限速度の2倍弱」という表現が見られるがその記述式まで辿ると遠心力:横Gの話のなかに突然速度が出てくる.速度との混同があればそれは√2倍弱だから「70km/h制限のカーブは√2倍の100km/hを超えれば脱線の危険が大きい」という主旨になる.倍速弱なら転覆速度だが、倍速までは脱線しないというのは転覆条件の性質までは目を通してない読み誤りであり、本自体のあいまい記述である.
  結局は,事故調査委員会からも「あまりに大量すぎて短時間には置ききれない量で,脱線車両が跳ね上げたものを後続車が粉砕したと見るのが妥当」,「机上の空論」とされて記者会見で不適切な世論誘導になったことを謝罪した.

  また自殺者まで出した日勤教育も厳しい非難を浴びて内容を改善する旨明らかにしたが,糾弾訴訟当事者や労働組合に対しては謝罪・改善を求めること自体を処分対象にするかの脅迫状とも言うべき通告書を突き付けていて,全く無反省で世論の非難交わしの為だけのポーズであることを露わにしている.
  この尼崎電車区運転士自殺事件を第1報で抜いたのは事故翌日4/26の赤旗新聞で,以降極右を除く各紙やTVニュース,ワイドショーで「日勤教育」録音テープの暴露など,徹底的に叩かれることとなった.極右サンケイグループの夕刊フジまでが「日勤教育」を命じるあら探しの覆面背面監視団を「ゲシュタポ」と2ページ抜きの大見出しを立てている.

  事故原因についての報道がかなりおかしい.前述の通り70km/h制限カーブに100km/hを超えて進入すれば脱線転覆に至ることは経験則的に知られており安全確保に速度制限を遵守している.それを「過速度だけでは脱線しない複合要因」というのは妥当ではない.次世代高速車両開発プロジェクトで脱線要因を突き止めて管理し高速化を図るのならバネの座屈がどうの,蛇行動の横力による脱線係数が安全限界値0.8を超えてとか論じる意味があるが,事故発生の特殊事情として原因者を免責する複合原因説には絶対にならない

  事故の解析は,大局的には過速度転覆脱線事故なので<FIG_2>
(1).常用制動で70km/h+5km/hに減速する速度パターン,制動コマンドパターンを求めて標準的な運転操作を明らかにして,
(2).108km/hで曲線に進入するパターンを求め
(3).ATS-ST型時素速度照査で構成する過速度防止を示す.
(4).

[補足:]             (05/09/11)<hosoku>
 8月末(9/6付け)に事故調査委員会の発表があり、ATS-Pの記録を修正解析するなど整理すると、最高速度125km/h到達後は惰性走行で事故現場のカーブにノーブレーキのまま約110km/h以上で突入してから常用制動を掛けたがほとんど減速せず、非常制動が掛かり転覆したが、運転士は非常制動を掛けていないので列車分離で非常制動が掛かったと思われるとされた。
 発表の走行曲線では125km/h到達以降曲線突入までの運転操作がなく、そのまま70km/h制限300Rに110km/h以上の惰性走行で突っ込んでいる。これは、何らかの意識低下が起こったと考えざるを得ない。ボンヤリ・居眠りなのか、それとも伊丹駅での70m弱の過走を指令に報告する列車無線に気を取られてしまったのか、後から確定しようがないが、カーブ突入と同時に常用ブレーキ操作はしているので、居眠りではなさそうだ。「必死の回復運転」説だけでは125km/hの高速運転は説明出来ても、ノーブレーキ突入は無理がある。永久乗務停止の掛かった車掌の報告に気を取られて適切な減速操作を出来なかったというのは説得力がありそうだ。
 物理的には過速度転覆脱線であることは変わらず、JR西日本が提起し川島令三氏などが尚も擁護する異常な低速で脱線したかの論議は全く根拠のないデマで、必要な過速度防止ATSの設置をサボってきたJR西の責任を転嫁する試みでしかない。
 また、直通予備ブレーキの繰り返し使用を捉えて「運転士の異常行動」を強調して日航羽田沖事故K機長になぞらえる様な主張もあったが、そうではなく、強い制動力を得て、直ちに緩解できる裏技としては合理性のある操作だ。
 非常制動では電制が無効になる仕様で減速度を減らしたり、緩解に長時間掛かって遅延を拡げてしまう。(旧車では電制が有効の車種もあるが、今は少ない)
 一方、直通予備ブレーキというのは踏切での衝突でブレーキが破損し急勾配で加速して転覆脱線した富士急三ッ峠惨事を機にバックアップの独立系統として増設されたもの。電制が有効で、即時緩解可能で、車種によってはブレーキ圧が加算されるので非常制動よりは効く車両が多く、緊急の際の裏技になり得る。(最近は直通予備を重複使用できなくしている車種もある。207系はどちらだろう?)
 だから、緊急事態に際しては非常制動の使用を避けて、常用最大や、更に制動圧を加える場合のある直通予備ブレーキを使用するのには物理的な合理性があり故高見運転士が(手段の当否は別として)「勉強家」であったことを裏付けるものだ。K機長扱いは全く見当違いだし、それが裏技運転をさせるタイトな仕業を求めたJR西日本の責任を軽減するものにはならない。

「車体強度論」は感性の論議           
<keiryou>
 尼崎事故でノシ烏賊のように薄く潰れた2両目をみて車体強度に不安をもつのは無理ないが、逆に全く潰れない車両ではその内部で激突死する訳で、生存空間確保を配慮するとか無用な突起物のない内装にするなどは必要だが、どんな速度で激突しても壊れない強度というのはナンセンスだ。3両目に死者1名の他には後部車両での死者はなかったのは1両目2両目の車体の破損がクッションになって編成後部を減速しているからだ。車両同士の衝突だと質量に反比例して軽い方が打撃が大きいが、相手が橋脚などの構造物だと車両重量による差はないし、建物なら重い車両が突入したら主柱を損壊して一瞬で崩壊の危険を増すところだ。
 本筋はやはり衝突・転覆事故防止に速度照査型ATSを完備することだし、線間に衝突しない距離を採ることだろう。それに加えて生存空間確保を配慮して無用な突起物のない内装にすることだ。すなわち私鉄ATS通達の復活であり、ATS-P換装である。その方が安上がりに安全確保できることは疑いない。
 アルミ車体だから弱い、というのも誤解だろう。総荷重と牽引・走行衝撃に必要な強度を保証する設計にしているのだから、それを超える外力がどんな条件で加わるかの問題だ。日比谷線中目黒事故でもアルミ車03系もステンレス車30000系も側面が大きく剥がされているし、鋼鉄車両の側面が剥がされた事故もあり、材質の問題ではない。

  05/12/25 19:14 頃、羽越線第2(阿賀野川:誤記)最上川鉄橋南詰め付近で特急いなほ14号485系6両編成が約100km/hで走行中に突風を受けて全車脱線、3両が転覆し、先頭車は農業小屋に衝突して直角に折れて、死者5名、負傷33名の大惨事となった。485系は鋼鉄車体で40トンもあるが、これが強風で転覆して、車体が大きく破損した。破損位置に乗車の乗客が犠牲になったが、自重を無視して鋼鉄車体だから強靱で軽合金軽量車体が脆弱だという感覚的論議を否定するものとなった。(前記)日記92〜94、96〜97

[補足2:]             (06/01/17)<hosoku2>
 事故車がその直前に下り回送車として宝塚駅に進入の際「赤信号のロングATS警報を放置して直後の40km/h制限の分岐器を60km/h前後で通過し非常制動が掛かって停止、再起動してホーム侵入時に過走してATSで非常制動」と報じられていた。
  しかし、9/6発表の事故調中間報告書の資料を見る限り、後者の非常制動は1両分手前の6両編成用の誤出発防止地上子に拠ると考えられ、また中間報告書本文には記載がないが添付の現場写真にはロング地上子と40km/h制限の分岐器の間に分岐器過速度防止装置(ATS-SW速照)と思われる地上子対が写っている。
  以上の情報を総合すると、2回目の非常停止は、1回目の非常制動停止で誤出発防止装置のタイマー(時素)を起動したため7両目停止位置に到着前に誤出発防止装置が有効になって停止したもので、過走ではないだろう。
  問題は1回目の非常停止の原因が報道通りロング地上子警報5秒放置なのか、分岐器速度照査による過速度即時停止なのかだが、なぜ中間報告書は分岐器速照地上子の存在に触れてないのだろう?(05/10/17日記88 記載参照。分速は事故後に設置)
  無理のない推定経過としては、何等かの原因で40km/h制限分岐を過速度約60km/hで突入して非常停止し、これがホームの誤出発防止タイマーを起動したため7両編成停止目標直前の6両編成用誤出発防止地上子に当たって非常停止したという経過だろう。続くオーバーランは存在せず、運転士のエラーは分岐器過速度通過の1点だけだった。


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Last update: 2006/01/17       05/10/17 /09/11 /06(05/05/04作成)