107名死亡525名負傷という大惨事となった福知山線尼崎事故1周年に際し,鉄道事故に対してどういう予防策が採られてきたか,当事者の決定に加え監督官庁である運輸省・国土交通省や事故調査機関の行った指導勧告という切り口で振り返ると,多くの問題があることが分かる.
- 安全確保への対応が原理的解析とリスク比較評価で決められたのではなく,お定まりの行き当たりばったりモグラ叩き型対応に終始して案の定の事故を重ねたこと
- 国鉄への指導が聖域になっていて,通達を廃止してまで当事者任せにして事故を重ねていることと,
- 明示の欠点,反省がない.
- 事故調が,従前の監督庁の指導漏れ指摘を回避,ないしは緩和して不鮮明に,
- 刑事責任追及優先主義が取り締まり側,当事者双方の対応を歪めている
といった傾向がみられる.
原理原則に則った行政指導という点では運輸省が1967年1月に発したいわゆる私鉄ATS通達(昭和42年鉄運第11号通達)が突出して優れており,その内容では前年1966/04完備の国鉄ATSの欠陥を真っ向から批判するものになっていたし,その後の経過を辿っても私鉄はATS無効時の誤扱い以外では大事故になっていないが,国鉄は次々と「想定外」と称する事故でその都度部分改良を余儀なくされていた.私鉄ATS通達仕様に抵触していて事故を防げなかったのに「想定外」とは実に鉄面皮だ.
ところが,1987/04国鉄民営化で運輸省は私鉄通達を廃止してJR各社への適用を回避し国鉄型欠陥ATSの存続を許し,更に事故を重ねることになった.
青信号で働く過速度ATSについては,私鉄ATS通達後の1968年前後に分岐器での減速操作を行わずに脱線転覆する事故が相次ぎ,国鉄はロング地上子と同じ130kHz地上子と列車検知コイルと地上タイマーを組み合わせて「分岐器過速度警報装置」を構成して要所に設置たが,それは警報機能のみなので確認扱いで解除されて無効化してしまい,また55km/h制限以下しか設定できなかったため1984/10寝台特急富士が西明石駅の60km/h制限の渡り線に100km/hで突っ込んで大破する事故を起こした.
この1968年の段階で運輸省が(1).過速度事故防止に第2のATS通達,(2).私鉄ATS通達の国鉄への適用拡大通達を出していれば(或いは私鉄ATS通達を国鉄と共に廃止しなければ),少なくとも信号絡みでは'88/12東中野事故,'89/4北殿駅正面衝突事故,'97大月事故,'05/03宿毛駅突入事故は防げたし,過速度絡みでは'84特急富士大破,'76/10&'88/12&'96/12函館本線大沼付近高速貨物転覆,'05/04尼崎過速度転覆惨事は充分避けられていた.
また国鉄は'67/08新宿駅タンク車衝突炎上事故を機に場内信号直下にも警報機能の直下地上子(共振周波数130kHz)の設置を決めたが,マスコミにはこれを「強制非常停止機能付加」と虚偽の発表したため'88/12東中野事故では先行列車の130m手前にATS-Bの直下コイルを設置していて推定52km/h程度で突入して即時非常停止機能なら充分停まり切れる制動距離が有りながら惨事にしてしまった.
更に昨年2005年春の2度の惨事を承けての国会質疑で私鉄ATS廃止問題を問われた国土交通省は「赤信号手前で停める点で,国鉄型も私鉄型も安全性に変わりはない」という虚偽答弁までして国鉄型ATSを擁護し,過密線区に欠陥安全装置を存続させてしまった.真実は赤信号突入可能速度の2乗に比例して破壊エネルギー(≒停止距離)が増すので,ATS-Sx:私鉄ATS通達:ATS-P=36〜42:1:0 という顕著な差になる.運輸省はなぜ国鉄だけ当事者任せに拘るのだろう?国鉄JRは運輸省/国交省にとってまるで聖域の様である.
前日記#102で宿毛事故を承けての過速度・過走防止速照装置設置通達の不十分性を指摘し,日記#103で監督責任のある機関と事故調査機関を別にしないと,技術的にみれば判っていて経済性を口実に検討不十分で放置したのを隠蔽するのではないかと指摘した.
'87/03/31国鉄と一緒に廃止された私鉄ATS通達(S42年鉄運第11号通達)は実施以降私鉄では故障とその誤扱い以外で大事故は起こらなくなり,一方適用外の国鉄では次々と事故と改良が繰り返されたという要衝を押さえた大変適切な通達だった.が,その復活問題では'05/5/16に菅直人議員が前日の赤旗新聞トップ記事をなぞって質問し政府委員から「赤信号手前で止めるから,国鉄型のATS-Sxと私鉄ATSの安全性に差はない」と虚偽答弁で軽くあしらわれた後,穀田恵二議員がATS-P区間拡大や速度照査装置の設置を要求,これに小泉首相が「問題があれば改める」と若干前進的に答弁したのを,次の委員会での民主党議員の質疑で再び北側一雄国交相(公明)が「………国鉄型のATS-Sxと私鉄ATSの安全性に差はない」とコピペ虚偽答弁でひっくり返して強行突破.この国交相答弁は'05/4/25尼崎惨事で自分自身の打ち上げた「ATS-P設置義務化路線策定」方針を真正面から叩き潰すものとなった.案の定それ以降北側国交相からは信号の速度照査義務付け,ATS-P換装については一言もないのだ.北側氏のHP実績欄に記載の「新型ATS必置などの安全対策を強化」は誤り虚偽で,通達内容は新型(=ATS-P)旧型(=ATS-SW)を問わず過速度ATS設置義務付けである.このままでは再度の大惨事まで信号ATSへの速度照査機能義務化が放置される流れになってしまった.
繰り返しなるが,
各ATSの1/安全度≒危険度比較はATS-Sx:私鉄通達:ATS-P=36〜42:1:0 という決定的な差になるのだ。赤信号での多段速度照査は高速路線には必須である.
先の太平洋戦争中に設置工事され米軍の爆撃で取り付け寸前の全受信機を破壊されて頓挫した東海道・山陽・鹿児島本線のATSですら連続コード式で速度照査機能を持つものだったのに,それから64年後の今も国鉄JR系が赤信号警報のみのATS-Sxが主流というのは到底戴けない.
当ページでは鉄道事故とATS・ATC(1/2)という観点で過去の事故を整理しているが,その中に国鉄が'74/11/12新幹線新大阪駅信号事故を承けて決めたマニアル化によるノーハウの徹底方針がある.それを早くから実行していれば,新大阪駅信号事故自身を含めノーハウ敷衍で防げた可能性のある事故が(2/2)記載通り,かなりあるのだ.情報を全社に徹底していたら助けられたかもしれない犠牲者遺族や生け贄的に刑事責任を問われた職員にはたまらない思いだろう.
更に予見可能性を云えば,'02/2/22鹿児島線宗像海老津無閉塞運転追突事故は,全く同様の無閉塞運転が原因で起こった97/8/13片浜事故を機に指令の許可のない無閉塞運転を禁止たJR東日本などに倣っていたら,あるいは国交省がそれを勧告していたら起こらなかった.瀬古由起子議員(共産元)の質問通告で扇千景(林寛子) 国交相('04〜26代参議院議長)が「今どき無線が通じないなんて言い訳は通らない!」と無閉塞運転存続方針の事務局を一喝してようやく逆転廃止に持ち込んだらしいのだが,国鉄JRも運輸省・国交省も物理的な先読みの力がなさ過ぎる.
加えて,日記106にも触れた自律性・自発性のない上意下達体制である.細かなトラブルまで総て報告を義務付けて対処を採る方針を徹底したことは正しい.しかし,職分に直接関係ないことは放置で,他部局など横からの情報を顧みないし,横には口を出さない相互独立の体質というのは改めて貰いたいものだ.乗客や乗務員から不具合情報が挙がってもほとんど放置されるが,外的に五月蠅いところからだと動くとかでは困る.
突風転覆対策も,発生の可能性が分かっていて放置,数値に乗らない人的判断要素は必要でも排除,というのは戴けない.羽越線転覆事故後強風抑止の適用がかなり厳しくなった様に感じられるが.取りこぼしを覚悟で適用した方が安全なのだが,現技術水準で避けられない取りこぼしで刑事訴追を受けかねない「業務上過失傷害・致死罪」の摘要/免責問題が残る.現場の人の生け贄による幕引き体制はヒドイ.
最後に,事故調査委員会の指導監督機関からの独立の問題がある.もっとも典型的には日比谷線中目黒事故での事故調査検討会最終報告書の問題がある.事故原因について一見非常に曖昧な表現をして,マスコミ的には多要因の事故で原因を絞れないことにしてしまったが,各鉄道事業者に出した具体的な指示から読み解けば原因は丸見えで,(1).輪重不均衡による緩和曲線部(=カント逓減による線形捻れ個所)での脱線,(2).ガードレール設置基準が営団のみ極端に緩く万一の脱線を防げなかったことの2項に集約されて,それは運輸省・国交省の指導監督責任を問うものとなっている.事故調査検討会のだまし絵の表現は見事にそれを隠蔽した.刑事責任では無いのだから率直な指摘のされる体制,すなわち事故調査機関と指導監督機関の分離は必要だろう.とばっちりでレール側面をフランジに合わせてテーパーに研削して摩耗を減らす試みが「脱線に影響した」とされて中止されてしまうなど無用の悪影響も出ている.
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