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発電出力の瞬時調整可能構造が必要

 原子力発電の発電単価が他より低く見える絡繰りを一つ発見! そこに着目しないと公正な評価にはならない。
 まず、電力の特性として瞬時消費量と、瞬時発電量が全く同じで運転していることが絶対条件であること。 瞬時の負荷変動に対して、1対1対応で発電量を変えて周波数と電圧を維持している。すなわち、消費が急減すれば発電量も同量急減し、水力や火力のエネルギー供給を減らすし、急増すればそれに見合ってエネルギー供給を増やしているのだが、供給能力に余裕が無いと発電系全体が落ちてしまう大停電現象を起こす。 最近の北海道大停電が記憶に新しいが、地震で運転不能になった発電量に見合った代替供給が出来ず、発電量不足分の緊急停電も出来ずに北海道全体が停電してしまい、復旧に数日間を要してしまった。 日常の安定供給には最低3%以上の余裕電力が必要だとされている。その余裕電力分は、応答の早い衝動型水車の水力だったり、火力の水と炉の熱容量だったりするのだろうが、原子力にはこの余剰エネルギー吸収余裕がなく、そのためだけに夜間も小出力の火力発電所を並行運転しているのだとか。 さらに原子炉の夜間余剰エネルギーを活用するための揚水式発電所が作られているが、この陽水ポンプが一定出力で出力調整できなかったものを、電力系統全体の負荷状況に応じて、可変制御する新型ポンプが採用され始めている。

 ところが原子力発電所自体には細かな出力調整機能がなく、一定出力での運転を続けるほかなく、効率の良い最大出力付近の運転が昼夜続けられている。 電力系統として絶対に必要な瞬時電力調整を総て他の発電所に行わせることが原子力発電の見かけの効率を大きく引き上げ、瞬時電力調整を引き受ける一般の発電所の効率を引き下げている。 本来、揚水発電の陽水損失、発電損失は、揚水発電を要求する原子力発電の損失に加えなければ、発電方式の効率比較は成り立たないのだが、電事連の発表にこの重大な事実はないのだ。 原発は原子炉の出力調整の困難さと、熱ストレスリスク軽減から一定出力運転が常態で、夜中に余る出力を少しでも回収しようと、夜間電力を使った給湯システムの普及に努めたり、揚水式発電所を作って、余った夜間電力で水を高所に持ち上げて位置エネルギーとして蓄え、これで日中の発電を行うことで総合的なエネルギー利用率の改善を図るものだから、揚水発電所での水の往復のエネルギー損失は原発の損失にカウントすべきものである。

 たしかに原発の構造図を見ると、原子炉発生エネルギーは冷却材(≒水)で原子炉外に取り出され、高圧水蒸気として発電用タービンを回して復水器で大量の海水により冷却されて水に戻りタービンに必要な圧力差を作っているが、発電負荷が減って蒸気の必要量が減り、余ってしまった場合の行き場がないのだ。
 よく、原子炉の動作温度が質問されるが、出力は温度ではなく、熱エネルギーだから、その物質の熱容量と、熱量収支により結果的に温度が決まる訳で、冷却材(=熱交換媒体)循環で外部に持ち去るエネルギーが無くなると急激に温度上昇し、圧力が上がり、冷却材を失えば炉心溶融に至るのは福島第一原発や、スリーマイル島原発の事故に見られる通りである。 核分裂のエネルギー放出の速やかな制御が出来ない以上は、蒸気タービンをバイパスして復水器に逃がせる機構がないと、発電機としての瞬時の出力調整が出来ず、それを火力や水力に押し付けるのだ。
 だから電力の瞬時調整による損失を、原子力と割掛けしないと、出力調整を担った発電方式の見かけの効率低下ばかりが目立ってしまう。休止時間のある火力発電など、発電の前後時間の準備加熱分が丸損である。 その数値を原子力発電継続の理由にするのは極めて不当である。 これは誤導、トリックのデマだ!原子炉そのものの出力調整はリスクが大過ぎて当面実現できないにしても、そこから先の冷却材、水蒸気系ではエネルギーの捨て方の問題だからかなり対応できるのではないだろうか。

 なお、運行密度の高い地域の鉄道では卓効のあった「電力回生制動」を、電力会社が有償では受け取らなかった理由も見当が付く。 通勤電車の10数秒の制動時間の細切れ電力を送電網に返されても、「安定供給のための供給能力の余裕」として捨てられる率が極めて高く、損失ばかりで迷惑と思ったからだろう。 山陽線瀬野-八本松間10km、標高差230mの片峠勾配を10分も掛けて下ってその間の電力を返す規模なら受け取れるだろうが、10秒余では話にならないのでは。 鉄道としては鉄道変電所の整流で遮断されて電源側への返却不能で、列車同士の相互融通の範囲を、エネルギー吸収装置で補完して、その電力消費モードの範囲で使うしかなさそうだ。 通勤電車の省エネには総質量70%化が最も良く効いている。 これを電力回生制動とVVVFインバータ方式が補完して電力消費を公称50%弱としている。 回生電力の負荷が足らないなど動作条件次第ではトータルで省エネにならない場合も大いにあり得る。 東海道線深夜運航中心の電車貨物SRCはそのためか回生制動ではなく、車載の抵抗器に消費させる発電制動方式である。


救われた@千葉市海浜病院整形外科に  <2>

 某民間大病院で積極治療を投げられてしまった重傷破裂骨折患者が、千葉市立海浜病院で救済され、1年有余で後遺症もなく全治した話。 その市立病院が今、閉鎖が取り沙汰されて地域の反対運動が起きている。
断層図

断層図:大腿骨破裂骨折


 右の写真は、激しい事故で、頭蓋骨骨折、大腿骨破裂骨折、全身打撲の重傷を負って、病院に救急搬送されて、運良く命は取り留めたものの、足の破裂骨折は22片にも粉砕されるほど激しくて、担当医師団としては体力の回復を待って足の手術を決めたときの負傷状況のレントゲン写真のコピーである(個人特定情報は消去)。

しかし事務所を交えた病院の会議としては、「手術にはリスクが大きく、「保存的措置」として手術せず、そのまま自力回復に任せる」という方針変更が行われてしまい、回復しても膝と足は30度曲げられるかどうかの後遺症が残るとされ、一旦退院まで2ヶ月半を要した重傷であった。

 病院の方針が「手術」から「保存的措置≒放置」に変わったのは、病院受付に家族から国民健康保険証が持ち込まれて健康保険診療が明らかになった直後、翌々日のこと。 若い未婚女性が、重い後遺症を負って生きることが決められた瞬間だった。 事故が長期連休に掛かり、人繰りが付かない繁忙状態で、手数の掛かる処置、国民健康保険適用で儲からない処置は嫌われたようなのだ。

 ところが、当初、手術方針だった担当の医師から「他病院の意見も聞いてから治療方針を決めてはどうか。セカンド・オピニオンを求めた方が良い」と、こっそり助言されて、家人が次々と医療機関を尋ねて相談し、最終的に手術を引き受けてくれたのが、千葉市立海浜病院整形外科。 医師はOKでも、長期連休中の医療体制が組めなくて引き受けられないところもあって、ソコの医師の紹介で海浜病院にようやく引き受けて貰って手術、3ヶ月間の入院加療、10ヶ月後、ボルト止めのチタン製大腿骨補強材を取り去って1週間入院し、完治まで1年有余を要したが、その後、スノーボードで滑れるまで、元通りの健康体に回復できた。

 医の算術に埋没させられずに済んだのは、こっそりセカンドオピニオンを勧めた最初の病院の医師と、まるで治療・手術が趣味のように、早朝から深夜まで患者を診ていた海浜病院の担当医のおかげ。遭難者はまさに紙一重で重篤な身体障害後遺症から逃れられた訳である。 当人の弛まぬリハビリ(回復訓練)の賜でもあったろうが、チタンのボルト止めの手術成功のおかげである。

大腿骨破裂骨折

断面透視
断面透視@太腿部
横透視
横透視:22片の大腿骨粉砕骨折

 後で聞いたのだが、当初救急搬送された民間大病院は、その儲け主義が地域の医師たちの間でも指弾されているところだった様だ。地域の医師たちも多く集う高級クラブでも絶えずサカナになっていたそうである。セカンドオピニオンの結果、転院を決めたら看護師長からはかなりツンケン当たられてしまって大変だったとか。 看護師長は手術中止決定の事務所側だった模様。それでも全快して良かった。

 だが、庶民に有り難いそういう病院が、千葉市の合理化攻勢のおかげで統廃合、廃院、廃科の危機に見舞われていて、整形外科は既に、もう一つの市立青葉台病院に統合されたと聞くし、海浜病院丸ごとの廃止計画も有って、民医連など地域医療機関や住民たちが廃院反対運動に加わっている。

 千葉市と千葉県の財政悪化の理由は、収入は全国トップクラスなのに、それを越えて箱物造りと東京湾の埋め立て事業と、工業団地開発事業に大金を注ぎ込んで、それが思うように売れずに不良在庫化して資金ショートし掛かっているというもの。 すなわち大企業・ゼネコン優遇策の破綻の結果で、それをさらに民生支出に押し付けて削減するという踏んだり蹴ったりの政治が行われ、民生関係は軒並み全国47都道府県中の末尾45位〜47位という惨状にあって、その一環として病院統廃合も検討されているもの。それはヒドイ!
 更に辿れば、千葉市街地空襲被害の戦災復興計画で、国鉄千葉駅を移転し、それまでは千葉駅からバスターミナル(=バスセンター)併設の京成千葉駅を経て千葉市役所・県庁の官庁街を結ぶ商店街(栄町+千葉銀座)が形成されていたのを、千葉新駅から中央公園(旧京成千葉駅)までを新たな駅前通として塚本総業ビルとか三越とか大企業の並ぶ大通りとしたうえ、新国鉄千葉から京成千葉中央までの房総線ガード下に細長ーい狭い商店街を作り、繁華だった旧商店街の客足を激減させる施策連打で、千葉中心街のシャッター通り化が始まった。地付きの百貨店として栄えていた田端や奈良屋も人の流れと離れて閉店、 その客足の衰えと共に新駅前通進出の三越など大企業はサッサと撤退、中心街のシャッター通り化に拍車を掛け、栄町をピンク街化させている。 さらに中心街を通らない旧貨物専用線=京葉線や、房総特急の京葉線発着化&成田空港特急NEXの千葉不停車とか、各駅停車が千葉止まりのままで、その先の中心街の本千葉や蘇我(京葉線連絡)には行かないことも影響してるだろう。 かっては房総特急など「L特急」として8連で毎時走っていたものが、今や5連が朝夕だけしか走らないようになって、海遊び、海水浴も全滅状態と、東京のベッドタウン以外は全県が沈み行く状態。 庶民をないがしろにする開発優先大企業のための自民党利権保守政治が千葉県政、千葉市政に一貫してきて、過大投資のツケが財政悪化となっている。 売れない湾岸開発地、工業団地用地に資金が固定され、二束三文化して莫大な評価損を生んで担保価値を失っての財政危機で、それを更に民生費削減で埋めることは許しがたい暴政である。

 尚、病院選びにはコツがあるのだそうで、こっそりセカンドオピニオンを勧めた医師によると、先ずは多数の事故を扱って慣れていて腕の良い病院がお勧め、ということで、市立海浜病院の他、千葉医大や、川鉄病院など3〜4院の名が挙げられて、家人がレントゲン写真を持って片端から相談に行って、川鉄に決まりかけた処で、「長期連休の看護体制から転院は承けられない」とされてしまい、その先生から親しい海浜病院に頼み込んでもらいレントゲン写真を持ち込んで運良く助けられたのだった。

2病院の存続決定!青葉の救急は整理方向  <2.1>

 千葉市立の海浜病院と青葉病院の存続は決まって老朽化建て替え工事をすることになった。 しかし救急医療の縮小統合は継続して検討されるということで、署名運動は新たに「救急医療センター縮小反対」で出発することに。 取り敢えずは一歩前進! しかし緊急医療がまだまだ弱体の千葉市で、救急医療センターの統合縮小はいけない。 たとえば一刻を争う脳梗塞の融解治療など適用できる条件は非常に限られているではないか。 却って拡張が求められている。 (2019/09/26追記)

   See →全国の病院統廃合政府指針 2019/09/27東京28面2 (2019/09/27追記)

客観的実績や作品は独立結果で、属人評価は不適切
「悪魔の飽食」全3冊&制憲議会「主権在民」演説  <3>

 蔵書を整理していて、森村誠一著、赤旗新聞下里正樹記者助手の三部作「悪魔の飽食」(731部隊の調査記録)と、その「悪魔の飽食ノート」が掘り出され、大日本帝国の侵略地での組織的悪行を再点検してみようと斜め読みして、記録物読書は苦手だったウチのかみさんに手渡したのだが、3巻を一気に読み上げてしまって、「大量人体実験・生体解剖のこんなヒドイ事実を、なんで強く宣伝、指弾しないのか!生ぬるい!中国が怒って当然」と大変な鼻息。
 731部隊の客観事実の普及の必要性は私も同感だったし、すこし落ち着いて貰おうと、再版困難&活用困難な若干の事情を説明したのだった。

 「悪魔の飽食」第一部の販売数300万部を越える大反響に対して、その信用性を破壊する謀略手段として、取材対象の当事者が敢えて731部隊の写真として31枚を提供、その中に伝染病発生時の消毒作業関連の写真20枚を混ぜて、731部隊の演習のものと偽って渡したのだ。 下里氏も森村氏もそれに気付かず、第2巻にそのまま掲載して発行してしまい、それを口実に「悪魔の飽食」記事の総てが信用できない捏造だという反撃に遭って、出版元のカッパ文庫は即座に絶版を決めて、準備中の第3巻の発行も出来なくなった。
 倒産した大映撮影所の再建を引き受けた角川書店が後に「悪魔の飽食」第3巻の発行を請け負ったが、第1巻2巻はカッパブックスで絶版のママ復活できていない。といった説明をした。
   See、→東京新聞森村氏連載→引用記事

 著者、森村誠一氏と話が付けば他の出版社から再版することは可能なはずで、出版社の乗り換えは技術書では時に有ること(例:「列車制御」中村英夫著2010/06/30工業調査会刊→2011/02/25オーム社刊:ページ数表記以外同文)だが、下里記者と赤旗共産党との間がトラブルとなって、「党外から公開の形で党を批判(攻撃)した」という規約違反で除名処分となってしまい、それに森村氏が抗議、以降、再版どころか、資料引用さえされない宝の持ち腐れ状態となっている。
 我がフィールドの理工学書、科学書であれば、たとえどんな間違いが記事に潜んでいても、その部分を避けて、他の正しい部分は活用するもので、著書自体の解説から、記事の欠けや誤りに気付いて修正しながら読むこともあって、その記述エラーで本全体の信用を失うことはなく、写真の引用間違いなどその部分と関連説明を撤回削除し、経緯についての注釈を加えれば済むこと。 科学分野では、結果が明確なら、結論・推論の方は自力で計算・検証すれば良く、外に権威を求めなくて済むので拾い食いが容易いのである。科学上の新発見は当初は極少数の「異論」扱いだが、正しければ次第に理解者・支持者が増えて、時に、斯界の権威者の同意でオセロ的に評価が反転する。 作成者の人品素行など独立のこととして全く問題にもならないものだ。
 当サイトで豪雪時のATP(ATS/ATC:自動列車防御、停止、制御)の速度照査パターンに、減速力低下の実態に合わせた豪雪パターンの必要性を論じているが、現場関連はまだ反対者が圧倒的で、理解者は既にハードの準備をして待機しているATP設計製造メーカーと、学者たちに留まる極少数派であることに似かよっている。 論戦中に突然「(JR東日本山手線・京浜東北線で稼働の)D-ATCにはとっくに採り入れられてる。シロートが口を出すな!」という書き込みが現れて、そのD-ATCで既採用の真偽はともかく、豪雪モード必要論が市民権を得るオセロ的転換が始まりつつある。
 ところが、文系、政治系、宗教系の著作物、作品では、往々にして1点の不一致で全面否定にしてしまう過剰反応が見られる。基準の曖昧な文系の場合は、真偽は雰囲気の多数決が支配して時に問答無用の「異端審問」になって多勢に無勢、売り言葉に買い言葉で対決のみ拡大してしまうのかもしれない。 「無頼派」などと呼ばれる人倫に反する文学者たちの不品行の部分は批判の対象外だが、そうではないところがかなり恣意的に糾弾される訳である。 上田耕一郎、不破哲三、小林某氏らのデビュー当時の論文は、科学技術書を読んでいるようなスッキリした論旨で読みやすかったのだが、古典や権威者の言の引用が無かったことで消化不良を起こす人たちがかなり居た様で、そういう経緯からか以降、丁寧な古典引用がされるようになった。
 「悪魔の飽食」は客観事実を示す資料の集大成であり、科学論文に近い性格の著書。 それを調査編纂作業助手の、後日の行動と評価(=除名)により、全く排除してしまうのは文系的・宗教的には良く見られることだが、事実の拾い方としては実に観念的で不適切ではないだろうか? 腐ったところは避けて、有効に使えるところだけ拾えば良いではないか。
 しかも、除名の対立に至った中味もかなり下らない。 大昔の党大幹部が、特高の供述書の中で日和ったかどうか、裏切ったかどうかで、下里記者は「裏切っていた」と感じ、党機関員たちは裏切ったとは感じなかった。 そういう曖昧性、感性の違いのある評価の統一は困難で、しかも今直ちに統一すべき必然性などなく、それこそ統一解釈vs記者個人解釈と明記して発表して放置して足りることだったのではないか。 文学系の争いの多くがこのタイプのようだ。
 その辺の売り言葉に買い言葉の対立を巧みにほぐして、森村氏・下里氏との必要な範囲の関係修復を図れる柔軟な親分はいないのだろうか? 当面から近い将来に掛けての具体的方針を巡っての論争なら、実効、或いは実害が生じて整理統合が必要になることはあるが、それとは無関係の過去や将来妄想など、言いっ放しで放っておけば良かったことである。 どうしても許容できない異論なら「それは党外から言ってくれ」と離党勧告となるのだろうが、除名をかざしての評価の一致を求めても、なんと馬鹿馬鹿しい!の一言。
 当方、思想の一致は求められない労働組合運動の諸課題実現が活動領域で、労災認定・職場復帰闘争など、多くの場面で共産党地方議員や活動家の支援を受けてきたが、レッテル貼り、神学論争の部分は敢えて避けて、「『過労労災闘争はトロツキストのもの』だなんて、ウチの患者たちのことじゃありません。 現に患者の一人○○さんは他地区の地区委員の奥さんです。 主治医である鬼子母神や芝、代々木も民医連で統一戦線系の病院です」といった調子で、姿の見えない指揮系統からの指示を疑われる不同意・懸念層との無意味な対立を回避して運動を進めるアプローチは、労災患者支援の共産党議員さんたちから学んだものだった。 持ち込まれたアホな情報を信じてしまう者も居る訳で、正面から誤解を糺せれば良いが、いずれか上部指示がうかがわれて主張・指摘者に転換の見込みはなさそうなら対象外:例外を説明した方が早いのだ。 「例外」の方が遙かに多くて、やんわりと誤りを認識して貰う。 過労性労災である頸肩腕障害背腰痛症が多く労災認定されるようになったのは、国会での不破哲三質問以来のことで共産党の成果だというのに、「トロツキストの闘争手段」だなんて変な雑音を拡げたヤツは何処のバカだ! と大変腹立たしかった。 しかし民医連系、統一戦線系の取り上げた過労労災闘争は非常に多かったが、どこも変なトラブルにはなってないから、時折現れる観念的な変な横やりは皆ヒラリヒラリとやり過ごしているはず。 民医連の鬼子母神病院や芝病院、代々木病院の患者が主だったことも有り、社民極左系に近い病院が主治医とかBFが極左系活動家という第二組合員患者たちにも、我が某社・某労組が職場調査・立証作業まで噛んだし、御用組合員からもほぼ同数の労災患者が出ていて「アカの闘争手段」という悪意のデマが通らないことで同じ扱いで労災認定されていった。 選挙毎に炊き出しセンターを引き受けている学会員が、パート社員での労災認定・生活保障・職場復帰を求めて10年掛かりで実現させたが、学会公明党に対する強烈な非難を繰り返していたのは、こちらを共産党とみてのリップサービス=迎合姿勢だったろう。 労働基準監督署交渉など支援行動に参加した共産市議に近い人たちが投票依頼などに行っても揺らぎなく団地の公明党選挙炊き出しセンターだったから、彼女の激しい公明非難は労組からの労災支援獲得の方便なのだろうが、思想信条政党支持には関わりの無い善意の支援を続けた側としては彼女の人を騙して支援を得ようとするやり方には鼻白む思いがあった。 さらに業務起因性主張の陳述書作成で、早期提訴のために幼い娘を背負子に背負って宥めながら、細かに事情聴取して取り敢えずの労災休職扱いなど日程に間に合わせようとしているのに、極々日常家事を理由にサッサと帰ってしまう、多くの過労性労災患者とは大きく違う無神経さにうんざりだった。 やはり自分だけの現世利益強烈追求教団の信者ではある。 だが病状、労働環境、生活状況を見ていたら過労労災病か詐病かは見分けが付く。 その辺の現場感覚は支援側も実に融通無碍(w。 国民の運動に直接タッチする活動家たちは議員も含めて、レッテルでものを見ていたら状況を転がせないのだ。 一枚岩の金太郎飴だなんて軽薄な妄想に過ぎない。 労働者の要求解決が運動の軸ではないか!その柔軟思考とは違いすぎてはいないだろうか?!
[補足]:理工系の論議は数値解析などで謬論の排除はたやすいのだが、文系の場合は難しい場合がある。 判りやすい極端例を挙げれば、天皇制軍事独裁への絶対忠誠を求める「教育勅語」も、個々の命題にバラして相互の関連性を断てば、首肯できる部分も出てくるが、それが有機的に組み立てられ、権力により解釈が固定されると断固否定されるべきトンデモない内容になって行く。 そういう大きな危険性を持っていて、大日本帝国無謬論蒸し返しの政治的意図を持ったものを義務教育現場には絶対に持ち込ます訳にはいかない。 独立命題の正しさだけで済む理工系・科学系とは若干趣が違うわけだが、731部隊レポートは、意図とは無関係な事実摘示だから充分に拾える内容である。

 再版がどうしても出来なければ、過剰反応で絶版となった価値ある本の掘り起こし再版を続けている径書房(こみち書房:同名の「ゲゲゲ」じゃない方の出版社)辺りに企画を持ち込んでみるのも一手。あそこは奥さんが特にへそ曲がり!(w。社長とその奥さんは、我が子供たちの保育園の父母同士で深く面識があり、「長崎市長への7300の手紙」出版時にも、部落解放同盟の出版禁止干渉(絶版&回収要求)を乗り越えて継続するよう激励、我が某社有志で取り次いで50数部を売っている仲ではある。 再版がどうしても転がらなければ、ン10年ぶりに訪ねて、企画を持ち込んでみるか。森村氏の方から拒否されてはどうしようも無いが(w、ナントカ工夫して事実上の禁忌文書扱いで共産党からも排撃されているのを、普通の資料文書に戻す対処が必要だ。やはり再版だけでは足らない。このまま塩漬け放置では勿体なすぎるではないか。

 除名者、裏切り者の功績は一切引用しない、もう一つの例としては、戦後直の制憲議会で、唯一、野坂参三議員(日本共産党中央委員会議長)が、「主権在民」明記を主張して、現実の憲法に取り入れられた実績は、明らかに共産党の功績だろう。 演説内容は当然、議員団会議で事前に検討されている党としての正式方針だろうから尚更である。
 ところが、ソビエト連邦(ソ連)崩壊と共に流出したソ連共産党秘密文書中に、終戦でモスクワを離れる野坂参三氏がソ連共産党に折々の報告を行う旨の約束があったことで、「ソ連共産党のスパイ」とされて除名処分となり、それ以降、国会演説の「主権在民」の下りは言われなくなってしまった様だ。
 党を代表してのスピーカーが誰であろうと、演説した意思統一内容の価値は変わらないだろうが!そこはあまりの文系感覚に驚いてしまう。
 さらに加えれば、かっては全世界一律の共産党指導、コミンテルンなどがあって、その理念からすれば、自国の状況を「中央」に報告することは当然だと考えられていた時代があり、戦前にはその国際主義を信じて亡命して、スターリンの虐殺に遭った大変気の毒な事件さえ有った。
 各国・各民族毎の自主独立許容方針の確立は、国際的には81ヶ国共産党・労働者党宣言(1960年12月)以降、国内的には6全協(共産党第6回全国協議会:1955/07)〜7回大会(1958/07)以降のことだから、それ以前(1945年)、10年も前に中央への報告を約していたことは非難に値しない。 せいぜい、自主独立路線確立時に、その報告の約束を明らかにして、将来に向けて報告約束の破棄を表明すれば十分だった。 そこを放置したとしても、年を経て関係が薄れており、5大国による核兵器管理を固定化する核実験禁止条約批准国会に当たり、ソ連の指示で党決定に反して賛成票を投じて、ソ連派日本共産党「日本の声」を作った志賀義雄氏ら、まさにソ連の手先(w)とは違う行動を取っていたではないか。 それ相応の処遇はあっただろう。その他に許せない重大非行があったのだろうか?
 ソ連と中国、毛沢東らの批判、干渉によって、一時期、武装闘争を目指して山村工作隊を組織して、激しい集団訓練や地方オルグを行った人たちも居て、それは6全協7大会を経て現路線を確定した党に受け入れている訳で、揺らぎ是正の配慮は必要だろう。 軍事訓練など、極『左』トロツキストと切り捨てた人たちより、余程激しく組織的に行っていた話は伝え聞く。 中国干渉盲従派の行動は、公安警察や米軍裏工作機関が捏造、大規模に増幅したデマだけでは無い様なのだ。 ただ、それらに党機関の決定は無い。&辰野事件、松川・三鷹事件、白鳥事件等、権力側に事件をでっち上げられる拠り所とされた。 後に中国の干渉下の中国製日本共産党、山口県委員会「人民の星」≡「日本共産党左派」が、武装蜂起の局面を言って共産党を攻撃した程度で、無関係である。
 また弾圧下の非転向が高く評価されているが、運動面の実効性としては、否定声明・転向声明でサッサと出て来てシラっと活動継続して合法的陣地を拡げるというのも反面の有効な考え方だ。 数十万人を逮捕、75,000人を送検、1,700人を殺した国家犯罪:治安維持法弾圧から命を護り、犠牲を減らす具体方針は欲しかった。 「生きて虜囚の辱めは受けず」は大日本帝国東条英機流だが、捕虜になっても後方攪乱で敵戦力の弱体化を図る西欧流と、どちらが妥当な戦術だったか、被拘束時の党組織としての方針はあったのだろうか?アルジェリア独立闘争での「アルジェの闘い」では、逮捕から24時間の黙秘だけを指示し、その間にアジトの移転など対策してしまう決まりだったとか。(今は内偵捜査で掴まれていて簡単ではないが)。 そういう歴史的経過についてのガタ要素は残しておくべきだ。
 東大物理学科、応用物理学科出身の不破哲三氏、志位和夫氏、東北大医学部出身の医師小池晃氏ら理系医系出身といった科学指向の幹部が主流でいるうちに、宗教的、文系的な不合理な判断はなるべく早く是正して貰いたいもの。 取り敢えずは「悪魔の飽食」全3巻の復刊活用、主権在民主張の先進性指摘はなんとかして。 実に勿体ないではないか。

新版悪魔の飽食発見!
もう出版済み!再執筆版  <3.2>

 本屋の棚に「新版悪魔の飽食/日本細菌戦部隊の恐怖の実像!」森村誠一(角川文庫5422、昭和58年6月10日 初版発行、令和元年5月20日 55版(ママ)発行)というのを発見。 ニセ写真20枚を731部隊のものと偽って提供した者からの情報部分を全面削除して、他の調査で信頼の置ける部分で新たに執筆していて「新版」となっている。 取材の録音テープはあっても、悪意の仕掛けをした当事者の情報提供では信憑性のある記事にはならないということのようだ。 それにしても55刷(版)を重ねていたとは、かなり活用されている。前項は余計なお世話。森村誠一氏自身で解決済みだった。 本屋はかなり頻繁に覗いているのだが、旧版3〜4分冊分を「新版」として1冊で出版されていることに全く気付かなかった。  (2019/09/18追記)

改憲発議ノー!は参院選の民意
統一候補樹立は賛成だが、少し人が良すぎないか?共産
共闘推進者(=共産)が食われ、始動も遅く、広がりも不足
 <4>

 昨日参議院選挙が終わって、唯一の、しかし重要な到達点が、自公維改憲勢力に憲法改悪に必要な2/3の議席は与えず奪ったことであり、大変結構なことだが、紙一重で改憲に立場を変える勢力も国民民主党内などに明らかに存在して、安倍首相から秋波を送られているし、首相の解散権の縛りなどは立法で出来るものを、9乗無効化必至の改憲論議に引きずり込まれている党首も居て、気の抜けない状況が続きそうである。 一般立法化で十分足りる枝葉末梢条項は、9条無効化の踏み台にしかならないことに好い加減気付いて貰いたいものだ。

 当方、活動領域が労働運動、民主運動と、直接の政治系とは違っている選挙外様だから、具体化された行動に参加するだけで良く、投票日まえの行動に応援を頼まれて、ビラ撒きや、ハンドマイク、ポスター貼り、機材整備などに気の向くままに参加しているのだが、参院選では東京での経験則として、2月から諸行動が始まったときには当選、5月にずれ込んだときには落選となってきた。 公職選挙法の重なる改悪やビラ撒きなどの不当弾圧で選挙応援が動きにくくなっているが、さらに、ここ数年の選挙は、どこかで組織的な方針伝達のタイムラグが生じているのかも知れない。 我が身を振り返っても、ハンドマイク宣伝などの活動量がかなり減っている。 100箇所目標のハンドマイク宣伝を各人でこなしていた好調時の半分以下だったのではないか? 気ままにマイペースで参加すれば良い労働者後援会だから、時に全力で突っ込めて累積活動量は上げられるのだが、様々な出発合図や、不当弾圧回避に練られた演説原稿などの具体的なブツが無いと転がり始めないのだ。

 野党各党の共闘選挙に対する姿勢は、激しい濃淡が有り、右側の国民民主など、選挙の足として共産が動き、票が譲られる分には良いが、「絶対に一緒にはやらない」と公言しているし、立憲民主も仕方なしの消極姿勢で、共産に流れていた無党派票・浮動票の受け皿になれる計算から、国民民主とは一線を画してはいるが、一貫した共闘選挙積極推進ではなく、共産票流入待ちの匂いが強い。 選挙共闘合意が寸前まで延ばされて票だけ貰う計算で1人区のスタートに手間取らされてしまった様に見える。

 こうした状況では、国民要求の野党共闘を基本方針として積極的に推進している党を勝たせる必要があることを訴え、複数区で共闘拒否表明者には断固たる刺客を差し向ける、積極共闘論で共産排除には反対する政策協定が出来れば2人区は統一候補とするなどのメリハリのある方針が必要ではないだろうか。 郵政民営化小泉刺客の逆である。たとえ公言しなくても、具体的な行動方針で相手には批判が充分伝わる。 各党間の合意を待っている間が、運動をスタートできない無駄時間となり、選挙直前まで引っ張った合意で、票だけ貰う、足にだけ使うという計算高い姿勢は、運動の発展を妨げて、勝てたかも知れない選挙を地力通りの敗北に導くもので、具体的行動で粉砕していく必要があるのに、なぜか公明並みの比例区の運動先行とはならず、温和しく待ちすぎたのではないだろうか。 戦争先導を繰り返している自民極右の先導の党なのに、あべこべに平和の党を標榜して大運動を組織できる無批判盲従・非理性の人たちには慄然とするが、大義名分のある側が運動を起こせる条件は大きいはずではないか。 統一方針に消極的な相手への公の批判を大規模に行わず、共闘の味方扱いだけするのなら、共産に投票していた無党派層の多くが当選可能性の高い立憲に流れるのは目に見えていることだ。 何度も同じ結果なのに志位氏たちは人が良すぎる!と思った。 選挙毎に共闘・統一戦線積極推進指向の勢力が減っては連合政府など出来るはずも無かろう。 同じ共産系でも嘗ての解雇争議支援集団の参謀たちは顔だけでなく人ももっとズッと悪かったのだ(w。幾多の争議を解決に結びつけたあの参謀たちの知恵をも糾合できないものか?

2019/07/22 23:55

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