ATS-ST型
過速度・過走防止装置 (#82)
ATS-STの時素速度照査(
108.5kHz地上子対)を活用した過走防止装置の設営法について整理したい。
- 絶対条件としては、支障限界を超えてはならない。(絶対制動曲線内)
- 目標条件としては、常用制動曲線は支障しない。(過走余裕が少ないと厳しい)
- 過走余裕を取れない場合の例外処理。(最低速度段で10km/h以下での進入等)
- 段数はなるべく減らしたい。(運転支障とコストとの背反)
- 防御可能上限速度は、東海は45km/hだが、05/03/02宿毛事故が最高速度からの防御が必須であることを実証した。廃止された私鉄ATS通達(昭和42年鉄運第11号通達)が正しい。
速度照査段数を減らしたい場合は、常用減速度を低く取って制動開始位置を早めれば良いが、進入に時間が掛かりその分列車間隔を必要として輸送力が落ちる。非常制動と常用制動があまり変わらない様な高減速車はその性能を発揮できない。そんな場合、
ATS-P/-Ps方式の減速パターン照査が必然となる。
均等割の計算は、配置は合理的だが、過走余裕が少ない場合などの設置の自由度が無い。
see→<FIG-3> (宿毛駅試算はここ)
点速照型過速度防止装置の地上子設置位置計算
ATS-ST時素速度照査地上子は、元々
分岐器過速度防止装置用として開発され
ATS-Sの分岐器過速度
警報装置が動作できない
60km/h以上の速度制限を保証したものである。
ATS-Pであれば全く無駄のない減速パターンで過速を防御できるのだが、高価だから使わないというJR東海の方針で開発されたもの。減速余裕距離分だけ、あるいは最高速度からの分割距離分だけ制限速度での走行距離が伸びる。限界の計算は先出過走防止装置と全く同じだが、実際は想定常用減速曲線を寝かせて進入可能速度を下げ、3〜4対程度で最高速度から防御している様である。
算出手順としては、
- 基準位置として、速度制限開始位置を原点Oに採る
空走時間(=ATS応答時間+ブレーキ応答時間)をTo、
非常制動時減速定数をKe、常用減速定数をKn
(K=7.2減速度km/h/s=7.2×3.6減速度m/s^2)
原点からの距離をL、速度をVとする。
- 下り勾配で制動距離が伸びるが、その補正は勾配加速度を減速度から減じて実効減速定数を用いれば良い。
勾配加速度≒重力加速度×勾配tanθだから、減速定数の勾配補正値Kβは、
Kβ=254.016・tanθ(=9.8×3.6×7.2×tanθ)となる。
すなわち、平坦地の減速係数からKβを減じて、
非常制動時減速定数Ke=Keo−254.016・tanθ、
常用減速定数KnをKno−254.016・tanθ
(この勾配補正法は次項、次々項にも共通である)
- 速度制限開始点Oに一番近い速度照査点までの距離Loを制動余裕距離Sとしてこの間に制限速度内に減速させる。以降、速照地上子Qiの位置をLi、最大防御可能速度をViとする。
- 実質速度制限VL開始点と非常制動曲線(Ke)が接する様に配置、
この曲線より空走時間分手前にATS-ST速度照査動作線を置く。(公称速度ではない)
非常制動曲線はL=V^2/Ke−Lb=(V^2−VL^2)/Ke
空走距離がV×T0/3.6だから、
ATS-ST速照動作線は、L=(V^2−VL^2)/Ke+V×T0/3.6 となる。
逆関数は
V=−Ke×T0/7.2±√{(Ke×T0/7.2)^2+Ke×L+VL^2}
……正側が実解
一方、制動余裕距離Sだけ手前に常用減速度曲線(Kn)が接しているから
L=S=VL^2/Kn+Ofset、Ofset=S−VL^2/Kn となるので
L=(V^2−VL^2)/Kn+S
V=√{(L−S)×Kn+VL^2} ………(常用制動曲線)
- 速度制限開始点から手前に減速余裕距離Sを採り、この端にVL速照を置く。
(この区間は制限速度で走行)。常用減速度曲線上により上側に速度照査地上子対後端(速照側)があれば支障しない.(=安全装置が通常運転を支障しないための条件.これは必ずしも守られていない.)
- ATS-ST速度照査動作線から、S点での位置L0から前項の防御可能速度V0を求める。 V0
=−Ke×T0/7.2±√{(Ke×T0/7.2)^2+Ke×L0+VL^2}
- 前々項の常用制動曲線からV0での速照地上子位置L1を算出
L1=(V0^2−VL^2)/Kn+S
- 位置L1での防御可能速度V1を求める。Vn>Vmax が演算終了条件。
最高進入速度Vmaxを越えていれば計算完了。以下同様。
V1=−Ke×T0/7.2+√{(Ke×T0/7.2)^2
+Ke×L1+VL^2}
- 常用制動曲線からV1での速照地上子位置L2を算出
L2=(V1^2−VL^2)/Kn+S
- 位置L2での防御可能速度V2を求める。
V2=−Ke×T0/7.2+√{(Ke×T0/7.2)^2
+Ke×L2+VL^2}
- 常用制動曲線からV2での速照地上子位置L3を算出
L3=(V2^2−VL^2)/Kn+S
- 位置L3での防御可能速度V3を求める。
V3=−Ke×T0/7.2+√{(Ke×T0/7.2)^2
+Ke×L3+VL^2}
- 常用制動曲線からVn-1での速照地上子位置Lnを算出
Ln=(Vn-1^2−VL^2)/Kn+S
- 位置Lnでの防御可能速度
Vnを求める。Vn>Vmax が終了条件。
この防御可能速度が最高進入速度を越えるまで計算を繰り返す。
Vn=−Ke×T0/7.2+√{(Ke×T0/7.2)^2
+Ke×Ln+VL^2}
- 以上の計算を表計算に埋め込んでおけば、Sなどパラメターを変化させて最適値を捜すことができる。次項「過走防止装置」の計算は、制限速度=0の場合の「過速防止装置」の計算であるが、時素式ではゼロ速照が出来ないのでそれを絶対停止地上子に換えている。
「過走防止装置」の最大限界を辿る方式は減速余裕距離を少なくでき、最も支障が少ないとはいえ、常用減速度の想定を大きめに取ることで段数が多くなり経済的ではないことがある。良否の定量的な評価法については今後の宿題。
これを土佐くろしお鉄道宿毛駅に適用してみよう。
see <FIG-1>
分岐器速度制限が
VL=25km/h、
最高速からの防御でも速照対の段数を減らしたいので減速余裕距離Sを
S=75m
防御対象列車の非常制動時の制動定数
Ke=20/0.7、空走時間
To=2sec、(宿毛駅)常用減速定数
Kn=15=2.083km/h/s、最高速度
120km/h、(以上、電車・気動車のみを対象。安全確保に分岐器速度制限区間が
75m−20m?多くあり数秒増えるが、他は運転の邪魔にはならないはず。貨物を対象にすると、非常制動制動定数
Ke=15、空走時間
To=6sec、常用減速定数
Kn=8?、最高速度
65km/hで、旅客列車には辛く、設定を切り替える。)
宿毛駅ATS-ST過速度防止装置設置計算表
<TBL-1>
位置/ 速度 | 算式 | 設置位置 m(相対)※ | 防御限界 km/h
| 速照値 km/h
|
---|
|
L0 | 減速余裕距離(分岐器先端基準) | =75m | | 25km/h
|
---|
V0 |
=−20/0.7×2/7.2 +√{(20/0.7×2/7.2)^2+20/0.7×75.00+25^2}
| =45.3km/h
|
---|
L1 | =(45.3^2−25^2)/15+75.00 | =170.14m | | 45.3km/h
|
---|
V1 |
=−20/0.7×2/7.2 +√{(20/0.7×2/7.2)^2+20/0.7×170.14+25^2}
| =66.6km/h
|
---|
L2 | =(66.6^2−25^2)/15+75 | =328.65m | | 66.6km/h
|
---|
V2 |
=−20/0.7×2/7.2 +√{(20/0.7×2/7.2)^2+20/0.7×328.65+25^2}
| =92.5km/h
|
---|
L3 | =(92.5^2−25^2)/15+75 | =603.16m | | 92.5km/h >Max120km/h
|
---|
V3 |
=−20/0.7×2/7.2 +√{(20/0.7×2/7.2)^2+20/0.7×603.16+25^2}
| =125.9km/h
|
---|
L4 | =(125.9^2−25^2)/15+75 | =776.15m | | 常用制動 開始限界点
|
---|
| | |
|
※ポイント先端からの距離。停止目標からの距離は
+160m
点速照型過走防止装置の地上子設置位置計算
- 基準位置=123kHz絶対停止地上子Qo
- 支障限界位置:原点Oとして、基準位置までの距離を過走余裕Sとする。
- 進入列車の最低の非常制動定数をKe、常用制動定数をKnとし、その空走時間をToとする(K=7.2×減速度km/h/s:勾配加速度はここに含める)。
(勾配補正法は前項と同じである)
- Lo=S上の限界速度Voは、算出式から
Vo=−Ke×To/7.2+√{(Ke×To/7.2)^2+Ke×Lo} (Lo=S)
- Voが第1段の速度照査値になり、これが常用制動を支障しない限界点L1を求めると、(現実には必ずしも守られいる条件ではないが)
V=√{(L−S)×Kn} が常用制動曲線(但しLは位置)だから、
従って Vo=√{(L1−S)×Kn}
L1=Vo^2/Kn+S
この点での突入限界速度V1は、先の式を援用し
V1=−Ke×To/7.2+√{(Ke×To/7.2)^2+Ke×L1}
- 以下同様に
L2=V1^2/Kn+S
V2=−Ke×To/7.2+√{(Ke×To/7.2)^2+Ke×L2}
L3=V2^2/Kn+S
V3=−Ke×To/7.2+√{(Ke×To/7.2)^2+Ke×L3}
Ln=Vn-1^2/Kn+S
Vn=−Ke×To/7.2+√{(Ke×To/7.2)^2+Ke×Ln}
として Vn≧Vmax(有り得る最高速度)まで続ければ良い。前段に信号制限など何等かの速度照査があればその速度が含まれるまで設置する。
- 試算。
これも、宿毛駅の場合で試算してみたい。過走余裕は不明だが現場写真から仮に10m、停止目標から65m位置に22km/h速度照査があり、これは貨物列車(空走時間6秒、制動定数15=2.088km/h/s)で,進入速度21.1km/hなら停止目標、23.3km/hなら車止め位置で停止する設定だから、
仮に、常用制動の制動定数Kn=15、完全防御を電車・気動車対応と割り切って、非常制動の制動定数を20/0.7、空走時間To=2秒として計算すると、
宿毛駅ATS-ST過走防止装置設置計算表
<TBL-2>
位置/ 速度 | 算式 | 設置位置 m(相対)※ | 防御限界 km/h
| 速照値 km/h | 備考
|
---|
|
L0= | 過走余裕距離 | 10m | | 停止目標地上子
|
---|
V0 |
=−20/0.7×2/7.2 +√{(20/0.7×2/7.2)^2+20/0.7×10.00}
| 10.7 | 0 | 絶対停止地上 子防御速度
|
---|
L1= | 10.7^2/15+10 | 17.63m | | (7.63m)
|
---|
V1 |
=−20/0.7×2/7.2 +√{(20/0.7×2/7.2)^2+20/0.7×17.63}
| 15.9 | 10.7 | #1防御速度
|
---|
L2= | 15.9^2/15+10 | 26.85m | | (16.85m)
|
---|
V2 |
=−20/0.7×2/7.2 +√{(20/0.7×2/7.2)^2+20/0.7×26.85}
| 20.9 | 15.9 | #2防御速度
|
---|
L3= | 20.9^2/15+10 | 39.12m | | (29.12m)
|
---|
V3 |
=−20/0.7×2/7.2 +√{(20/0.7×2/7.2)^2+20/0.7×39.12}
| 26.4 | 20.9 | #3防御速度 >25km/h
|
---|
(ポイント速度制限25km/h超過で打ち切り)
|
※停止目標基準は
−10m。 以上<FIG-2>に図示。
宿毛駅は停止目標から
65m位置に
22km/h速照1段設置だが、この速度では絶対停止地上子以降の過走余裕
10mでは停止不能で、最低もう1段、
10.7km/h速照を
22km/hで停まれる位置
≧19.3mに設置することが必要だ。この場合、制動定数
15(=2.08km/h/s)の運転では、通過速度が
17.0km/h=√(15×19.3)なので
10.7km/h照査に当たり非常制動が掛かり支障するので、もっとゆっくり、
10.7km/h以下の速度から
0.82km/h/s=10.7^2/19.3/7.2以下の減速度で超スローで入線する。過走防止装置としてまともに機能しない1段よりましだが、算出例の3段の方が安全装置に支障されず運転しやすく早いことは確かだ。
宿毛駅用 過走防止装置 <FIG-2>
過走限界での運転は随分とシビヤな様で、標準減速度が
1.8km/h/s程度の設定と思われる
京王線新宿駅ホームの過走防止装置の実車試験で、運転士があまりに早すぎるように感じて、非常制動が掛かる前にブレーキを扱ってしまってなかなか試験にならず困った話は知られている。
ATS-Sx 3段の過速防止装置例
右図で、速度照査対間隔が非常に詰んでいるのは過走余裕が10mと非常に短い状況で、常用制動での運転に全く影響がないという仮定で算出したためである。
行き止まり頭端駅での客扱いを考えて、出来るだけ前に突っ込んで停車したい要求を満たすには、過走余裕を減らすしかないが、ATS-ST型時素速度照査の様な地点速度照査方式を使う限り、設定段階数でコストが問題になる。
そこで最終段の速度照査を超低速の10km/h以下に採ってここで距離を稼ぎ、停止目標直後の非常制動地上子で10m以下の短い過走余裕で停まれる様にする。
すなわち正規の停止目標の20〜40m手前に仮想の停止目標を置き、そこから先を過走余裕とみなして低速の速度照査を設置すれば、停止までの時間は増えるが、段数を増やさずに過走防止装置を構成できる。
(ATS-Pであれば停止限界位置設定なので過走余裕は少なくても問題なく、場内信号直下、あるいはホーム入口端に停止信号地上子を1つ置くだけで良い。東京駅中央線ホーム#1、#2は、防御動作すると停止寸前までブレーキ緩解できない信号地上子を嫌って、制限速度以下なら即時緩解可能な速度制限地上子を先に働かせ、ホーム中間第2場内信号YY現示をY現示に現示アップさせて超過密2分間隔折返しダイヤを捌いているとのこと)
前項、前々項に使用の
ATS-ST時素式地点速度照査は2個の
108.5kHz速度照査地上子に車上装置が応答するが、その応答の内法(うちのり)時間が車上タイマー
Ts(=0.50秒、貨物
0.55秒)より短いと制限
Vs超過の過速度として強制非常制動を行うものである。
地上子の応答幅をW(
=0.5m)、設置間隔を
Dとすれば、
設置間隔
D=Vs×Ts/3.6+W となる。
宿毛駅に設置の
25km/hと
22km/hの速度照査対の設置間隔Dは
D(25)=25×0.5/3.6+0.5=3.97m≒
4m
D(22)=22×0.5/3.6+0.5=3.56m≒
3.5m である。
#5 Y現示速照は東海方式では「当然の前提」なので不存在となる
停止信号(赤)を警報する
129.3kHz(旧130kHz)地上子の設置位置が、今回の宿毛駅事故では土佐くろしお鉄道開業以来
51.7km/hまでしか防御できない位置に設置されていて、何等かの原因で、その線の最高速度で進入した場合に、当然、今回の大惨事が発生する設定だった。この
地上子位置算出基準について
ATS・ATCテキスト(
P16)は
「その線区の計画運転速度」、「閉塞区間の運転速度の最高値」と規定していて、線区全体なのか、その地点なのか
解釈の余地のある記述になっている。これは「
信号設備設計施工標準」に具体的に定められているはずで、この規定の点検・訂正と
ATS-S系の全国調査が必要だが、ここでは電車・気動車の最高速度
120km/hを採用した場合の地上子設置位置を計算しておく。
(
勾配補正法は前項・前々項と同じである)
制動定数 | =20/0.7=20/0.7/7.2km/h/s×7.2 | (規定)
|
空走時間 | =ATS-S動作時間5秒
+ATS応答時間1秒+ブレーキ応答時間1秒 =7秒 | (規定)
|
地上子設置位置L | =速度^2/減速定数+速度/3.6×空走秒数
|
| =120^2/(20/0.7)+120/3.6×7
|
---|
=737.33m (信号からの距離)
|
2000系の非常制動停止距離は省令で600m以下とされているから、余裕時間は
|
| =(737.33−600)/(120/3.6)
|
---|
=4.12秒
|
0.88秒不足するが、
600mにはブレーキ応答時間、最大1秒
〜0.5秒も含まれているので相殺でき、
0.12秒余裕があるか、
0.38秒不足で、最大突入距離は、
12.67m=120km/h/3.6×0.38、突破速度は
19.05km/h=√(20/0.7×12.67)以下、最大衝突速度
8.73km/h=√{20/0.7×(12.67-10)}ほどで微少な事故に留まり、実際の減速度が想定の
4.0km/h/sではなく
4.6km/h/sであれば衝突せず充分停止できる。
すなわち、停止目標から
737.33m手前に
129.3kHz固定警報地上子を設置、
1016.33m(=279m+737.33m)手前に場内信号で制御する
129.3kHz/103kHz警報地上子を設置することが必要だ。
737.33m警報地上子があればオペレータの意識が無くても
2000系であればギリギリ停まれていた可能性が高い。
安全装置が在りながらなぜ小事故は防げないかというのは尤もな疑問だが、高速でブレーキ力が弱くなることと、この区間へは注意現示制限速度で進入するのが原則で、それに対しては充分すぎる余裕があって、一般閉塞信号では直下地上子や段階的速度照査が無いことで却って事故の誘因になっているため
ATS-S方式としてはやむを得ない。
ATS-Sでの防御は元々無理なのだから、絶対過走を許せない場所には前項・前々項
ST速度照査地上子対を5対〜7対(
11基
〜15基)用いた過走・過速度防止装置を付加する必要がある。
mail to:
adrs
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宿毛ATS計算表
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Last Update: 2005/03/27
05/03/23 (05/03/21作成)
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