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方向優先梃子の影響に気付いたのは誰?
信楽高原鐵道衝突事故本読み較べ   [基本原因記事]

 信楽(しがらき)高原鐵道事故を扱った2冊(3冊(弁))の本が出版されている。「信楽高原鐵道事故」網谷りょういち著(97/10/20日本経済評論社刊(網))と、「検証信楽列車事故 鉄路安全への教訓」鈴木哲法著(04/02/26京都新聞出版センター刊(京))である。
 この信楽高原鐵道衝突事故レポ本を読み較べて「事実」の微妙な違いに気付いた。どちらが真相なのだろう?
 また信楽駅での停止信号固着現象のメカニズムが微妙に違って書かれているが両書の記述では良く理解できなかった。

 信楽事故(しがらきじこ)は1991年5月14日10時35分頃、旧国鉄信楽線である第3セクター信楽高原鐵道(以下SKR)の小野谷信号所先でJR西日本からの3両編成下り直通列車と信楽高原鐵道自体の4両編成上り列車が正面衝突し、死者42負傷者614名の大惨事となった。

 事故の直接の原因は信楽駅からの上り列車が信号故障時の代用閉塞の手続きをきちんと取らず、信号所に派遣した人からの閉塞完了確認を待たずに、「誤出発検知装置」(=誤出発検出リレー)を当てにして赤信号を敢えて無視して出発させてしまい、そのとき信号装置修理点検中で誤出発検知装置から信号所への信号が伝わらなかったことで単線上の正面衝突に到った。

 信楽高原鐵道のATSは国鉄ATS-S型で東中野事故88/12と北殿事故89/04を承けて、89年末頃からJR各社一斉に直下地上子を警報型(S型130kHz)から即時停止型(Sw型123kHz)に換装していた時期で、現場が換装されていたかどうか大変微妙だが、網谷本によると「ATS取り消し操作」(p106L-3)が出てくるから警報型のATS-S型のままだったと思われるが「世界陶芸祭」輸送の臨時4両編成では折返しの先頭車車上子がこの出発信号直下地上子を越えていて全く働かなかった可能性が強く、結果として強制停止であるATS-Sw改造後かどうかは無関係になっていた様だ。

 問題はなぜ信楽駅上り出発信号が停止固着になったかだが、事故当時信楽で開催の「世界陶芸祭」のための輸送力増強策として信楽駅−草津線貴生川駅(きぶかわ)の中間に列車交換をするための小野谷信号場を設けて、その信号設備として「特殊自動信号」を採用し車両の進入に伴い自動的に進路を構成するARCとしたが、JR西日本と信楽高原鐵道両社それぞれの信号回路無届け無通告改造が重なって貴生川駅から35.3km離れた関西本線亀山CTCでの「方向優先梃子」設置が完工検査に漏れたり、検査直後の信楽鐵道側の列車検知点切替改造で信号固着条件が形成され、JR西日本から信楽高原鐵道側への改造連絡がなかったことで前兆と言うべき5/3に発生した停止信号固着原因を究明できず、これを誤出発検知装置に頼った赤信号下の出発で切り抜けてしまったことから、5/14の信号固着で、信号故障時の代用閉塞(通信指導式)を良く知らないまま誤って運用して安全確認前(閉塞完了前)に列車を赤信号出発させて正面衝突事故に到ったことが事故から約半年後に解明された。この信号工事内容に最初から問題があってそれを知らずに混乱に陥り、事故に到ったものである。
 JR西日本が亀山CTCの制御をその管理領域に留めていれば、異常動作は操作者である亀山CTCに把握できて対応が取れ、現に貴生川駅での動作異常は詳細に把握して対応マニアルを作成していたが、領域外の信楽高原鐵道の固着異常は見逃して惨事に至った。領域外制御厳禁のタブー破りを無許可無通告、操作無連絡で行ったJR西の責任は非常に大きい.

 信楽高原鐵道というのは国鉄草津線の支線だった旧国鉄信楽線が分割民営化に伴い廃止されて地方自治体の第3セクターとして発足した滋賀県の鉄道で、草津線の貴生川駅を起点に西に向け終点信楽駅を結ぶ14.7kmの単線非電化鉄道であり、路線の中間に交換設備もなく列車に通票を持たせて単線を往復するだけの単純な運行だったが、事故当時開催されていた世界陶芸祭輸送のための輸送力増強策として中間点付近に小野谷信号場を設けて約2ヶ月後、その欠陥絡みの誤運用で未曾有の正面衝突事故に到った。貴生川駅は東海道線草津駅から関西本線柘植駅を結ぶ草津線の中間付近にあり近江鉄道の終点でもある。


 2つのレポートを比較すると、事実摘示で微妙に異なるのが2点ある。

 第1点は、貴生川駅から35.3km離れた(草津線終点の柘植駅からも20km東の)関西本線亀山CTCに設置の方向優先梃子の操作と、信楽での赤信号固着の関連性に気付いたのが県警捜査本部(網谷りょういち本:以下(網))か、ノンフィクション作家でルポライターの佐野眞一氏(京都新聞鈴木哲法本:以下(京)、佐野氏第2あとがき)かで記述が違う。
 第2点は、信楽高原鐵道側の無届け改造の効果が双方で違っているし、共に具体的内容を説明し切れていない。
 ルポライター:物書きとしては第1点の事件のキーを探り当てたライターは誰かが極めて重要だが、ヲタ的には実はこの第2点の特に詳細動作の説明が決まってないのが一番引っ掛かるのだ。
 網谷本p234では「****」
 京都新聞鈴木本では「****」
 網谷本の方が信楽駅に直結でシロート受けするが、ARC絡みで自動的に進路を構成するのを方向優先梃子で阻止する云々となって、この時代'91年頃の進入制御なら同時進入禁止が当然入っているだろうから、小野谷信号場の上り場内信号13Lは下り出発信号13Rに連動して下り列車信号所到着まで停止現示で不思議はなく、このステータスを信楽駅が拾ってしまったら信楽の上り場内進行は出ないだろう。まぁどちらの本にも13Rが進行になる直接の動作説明はないようだから、同じことの説明側面が違っているのか、どっちかの機能説明が間違っているのか、。

 両者をざっと読んでみて、信楽高原鉄道事故の重大な誘引となったのが亀山CTCの方向優先梃子(65R)であることに最初に気付いたのは当事者であるJR西日本で、事故当日のうちに方向優先梃子の操作を記した操作マニュアルの改ざんを行い(検証信楽列車事故#21資料pL佐野眞一)、合計4種類も配布してそれが県警に発見された。
 県警は信号機メーカーに教育を受けるなどして解析力を付けて、繰り返しの立ち会いの検証でCTC操作盤の実物を操作しながら説明を求め、ようやく方向優先梃子の存在と、その操作説明を受けたのが事故から約2ヶ月後の7/10だった(京p80上L-1)。
 しかしながら県警としては、その改ざんの意味を掴みかねていた。
 いつ改竄内容とその意味に気付いたのだろうか?

 網谷本の記述を辿ると、「気付いたのは県警が事故の3ヶ月後、佐野眞一氏のルポ「ドキュメント・信楽高原鉄道」が不完全な形でも報じたのが5ヶ月後、(読売新聞など)一般マスコミが報じたのが7ヶ月後」((網)資料p240L9)としている。この記述に従うと、県警は3ヶ月後にマニュアル改ざんの意味を知った。報道は、5ヶ月後に佐野氏が某誌のレポで信楽駅での信号固着現象が亀山CTCでの方向優先梃子扱い時に限られることを「技術的には不完全に」報じ、7ヶ月後に一般マスコミが報じたことになる。
 ところが京都新聞鈴木本(京)では2ヶ月後(7/10:p80上L-1)の亀山CTC検証で方向優先梃子の存在を知り、4種類の操作マニュアルを発見、それは事故直後に方向優先梃子の記述が改ざんされていたとあり、著者ではない佐野眞一氏が他人である京都新聞鈴木氏の本に特別に後書きを執筆していて、その中の某雑誌レポ取材エピソードとして「亀山CTCでの方向優先梃子操作と信楽駅出発信号固着が同時刻に発生」していることを50枚ほどのレポで指摘((京)資料#21p247L7〜12)、「それまでSKR側の過失責任だけに向けられていたマスコミと警察の目は、JR側に一気に向かっていった」p248L6、「関係者」からの伝聞ではあるが「県警は佐野氏のレポに赤線を引いて熟読」、「真の原因の端緒を掴みながら事件の真相を追及し切れなかった」「事故の全貌を丹念に記録した(京都新聞のルポに)心から敬意の念を持った」などと記されており、機構的な関連性を追及する重要な切っ掛けになったことに触れている。これがあるから著者本人よりも長文の「あとがき」を書くことになったのだろう。「点と線」の東京駅11番線ミステリーに象徴される緻密なタイムテーブルを駆使する推理小説作家やルポライターならではの分析だと思ったし、またオリジナルソースを特に大事にする新聞社の対応だと思った。

 そんな訳で、具体的な信号固着のメカニズムを解析したのは県警だが、方向優先梃子の操作が信号固着の原因という殊勲甲の提起をしたのは、雑誌にレポを連載した佐野眞一氏ということだ。(=網谷氏の記述は商売敵の最も画期的な着目を「不完全な」と軽く見せかけていて悔しさ丸出しにも見えて往生際が良くない(W)。

 またいくつも悪条件が重なって事故になっているが、ここでもATS-P速度制限設定ミスと全く同様に基本図面一元管理が行われていないことが特徴である。規定・図面類を一元管理し、少なくとも作業着手前に来歴部を見れば時系列の変更と関連図が分かる登録制度として、これが済むまでは図面として発効しない管理は絶対必要だ。更に別会社からは図面にアクセス出来ないのだから、不設置合意違反の無断設置と事後連絡なし、代用閉塞手続きミス放置は極めて強く責められるべきだろう。ATS-P設定エラーは設置冒頭の1990年頃から一貫しており、信楽での方向優先梃子無断改造と同時期のエラーで今も変わらないJR西日本の制度的欠陥だ。
 亀山CTCで信楽高原鐵道側との合意に反して敢えて無断で方向優先梃子を設置し、それが設計ミスで危険側の使用制限があり、設置連絡書も図面も送らず、担当の信号設計会社に製作仕様変更を直接指示し、事故後にそれらを隠蔽する操作マニュアル改ざんを行って居ながら、事故の責任は総て信楽高原側にあると強弁、敗訴確定後は更に責任分担と称して賠償責任の全面押しつけを続けるというのは酷いものだ。困ったことに信楽側は新設の信号システムはもちろん信号故障の場合の代用閉塞法すらきちんと教わってなかったのだから、「世界陶芸祭」開催による輸送力増強についての指導依頼を受けていたJR西側の手落ちであることはハッキリしている。それまでの信楽高原鐵道は列車が通票を持って単線上を行き来するだけの信号所も必要のない鐵道で、国鉄分割民営化に伴う信楽線廃止を引き取ったにわか仕立ての第3セクターとして代用閉塞など扱ったこともなかったわけで、その半シロート集団を打合せに反する無断設置による異常信号現示でパニックに陥らせたばかりか、右往左往のエラーを何人もが何度も繰り返し見ていながら報告せず対策を取らなかった責任は大変大きい。
    See→[領域外制御のタブーを冒して不具合見過ごす:日記#0187] (領域外制御では操作者に不具合が返らないから見落とされ放置される!設計の根本エラー)

2007/10/12 23:30
<kata_sajou>
[参考文献]
(略) 書名 著者 出版日 刊行者
28 (網) 信楽高原鐵道事故 網谷りょういち 97/10/20 日本経済評論社
27 (京) 検証信楽列車事故鉄路安全への教訓 鈴木哲法 04/02/26 京都新聞出版センター
29 (弁) 信楽列車事故 遺族会・弁護団 05/05/30 現代人文社
17 日本の鉄道車両史 久保田博 01/03 グランプリ出版

「反位片鎖錠」機能!少し分かった!

 信楽事故遺族会と弁護団が刊行した「信楽列車事故 JR西日本と闘った4400日」という記録を発見。これに赤信号固着のメカニズムを記して信号場出発信号の「反位片鎖錠」に触れていて、他書で「信号場を方向優先梃子が通ってしまい」などと説明をパスしている部分が埋められて、かなり状況が分かってきた。動作解説部に外している部分がいくつかあって、他書と突き合わせて読まなければならないが、。

信楽線信号配置

[誤出発検出リレー≡誤出発検知装置]

 特殊自動信号システムの、列車検知のために2個続く短小軌道回路に逆方向から列車が乗り入れたことを検知するリレーで、即座に閉塞入口信号に誤出発を伝達して進入を阻止する。軌道に特別の装置を設置するものではない。
 図のnnxOT、nnxCTが短小軌道回路で、列車がこの2個一組の軌道回路を短絡する順序で走行方向、在線、脱出を判定し、設定方向と違えば逆方向で誤出発と判断する。
 特殊自動信号システムでは軌道回路があるのは駅付近のみで、駅間は列車進入の記憶で処理されるから、何等かの障害で在線記憶が消えると(常時在線検出の自動信号とは違い)在線情報を復旧できなくなる重大な弱点がある。
 信楽事故でも誤出発のステータスを故障点検配線で消されて事故になり点検中の技師が有罪とされている(技師の有罪判決には若干無理があると思うが、有罪の理屈としては、代用閉塞切替前で信号として生きているうちに点検を行い誤出発信号を消去したということだ)。

[検知装置写真説明の誤り]

 検知装置写真とその説明が(網)p110写真5-2(京)p145とも同じ間違いをしている。どちらも短小軌道回路22RCTの配線パイプを「誤出発検知装置」「……手前のサヤ管に入った電線で誤出発を検知する」などとしているが、正しくは前述の通り短小軌道回路による列車検知論理で検出する。写真のレール継ぎ目が軌道回路を分ける絶縁継ぎ目。SKR側の説明だったのか?

 同書に記載された小野谷信号場の下り出発信号(13R)に対する下り場内信号(12R)からの「反位片鎖錠」機能こそがJR西日本亀山CTCからの方向優先梃子を信号場を越えて信楽まで制した理由だった。すなわち、列車が貴生川駅出発信号短小軌道回路(3ROT,3RCT?)を踏んで出発が検知されると、ARCの判断で小野谷信号場下り場内信号12Rが定位(=停止R)から反位(=警戒現示YY)に変わりポイントは定位となり、下り列車が進行して信号場の接近検知点12RDAを踏むと、その先の信楽駅までに他列車が無い場合にまたARCが働いて進路構成がされ場内信号12Rが進行現示G、下り出発信号13Rも反位(=進行現示)になり、列車が信号場に到着すれば信号場場内信号12Rは列車在線のため停止になるが進路としては方向優先梃子65Rのため維持されてしまい、これが下り出発信号13Rに対する「反位片鎖錠」機能で下り方向に固定される。信楽駅はこの出発信号13Rのステータスを拾って進路構成するから、信楽駅場内信号22R/(23R)が反位(=注意)信号となるが、こちらは信楽駅到着と共に駅在線で停止現示となるが、(方向)ステータスだけは変わらず維持されているからその折返し方向の出発信号22L/(23L)は停止Rに固着し進行G現示が出せなくなるという訳だ。
 こんな現象が起こるのは先行列車がまだ貴生川−小野谷信号場間を走行中に亀山CTCで方向優先梃子が牽かれた場合、すなわち方向優先梃子が引かれた状態で小野谷信号場下り線の進路構成が行われた場合のみであり、信号場場内信号12Rの短小軌道回路12RCT通過後に方向優先梃子を操作しても異常現示は起こらない。
 しかし方向優先梃子65Rの回路設計にミスがあり、貴生川駅方向梃子を下りに引いた状態でしか方向優先梃子を有効に出来ず、方向梃子を一旦空で操作して貴生川駅出発信号を進行にしてから、或いは先行列車がまだ小野谷信号場場内信号到着前に亀山CTCの方向優先梃子65Rを操作する必要があり、この後者の異常操作をもマニュアル化していて、その方向優先梃子早期操作でJR臨時列車到着時に信号異常現示を起こす様になっていた。JR西日本亀山CTCはその欠陥に気付いていて改修を求めていたが連絡不徹底で放置され(p138L3)、信楽事故直後にマニアル改ざんを図り3回も更新してその欠陥を隠蔽している。
 ここで疑問!12R、12Lに対するARCは、列車情報がなければ両方共定位(赤の停止信号)で、先に列車を検出した側だけが反位(緑:進行か、橙:注意信号あるいはSKRの希望で橙×2:警戒信号)に動作する。すなわち通過側でみると、待機で双方定位の停止、列車の検出で上り、或いは下りの3ステートで動作している。ここに方向優先梃子を作用させたとしても上りに進路が構成されないよう阻止すれば足り、下りに方向に固定する必要はないのに、なぜ安易に下り方向固定にしたのだろうか?中立の定位なら良いはずだ。適する信号線が貴生川駅まで届いてなかったのか?この誤った構成を指して「方向優先梃子の設計ミス」と書いているのだろうか?

 JR西とSKRが相互に信号図面を交換していれば、また時折のトラブルの詳細を当事者達がその都度報告してJR西や信号業者の解析に回していれば、いや、法律に反して累積させた高利借金利子の切り離し国民負担化のトリックに便乗して信楽線を切り捨ててその運営を鉄道シロートの地方自治体に押し付けて居なければ、事故前に手を打てたろうし、最悪代用閉塞に到っても、進入区間の在線確認前に列車を突入させるような指導通信式に係る操作規則の本質に関わる重大ミスは起こさなかったろう。

 JR西日本の弁明に「JR西の方向優先梃子設置の方が、制御タイミング変更より時期が早かったから、SKRの信号制御タイミング変更に責任がある」とあるが、全く無連絡変更だからSKR側は対応できず、わざわざ直通電話を引きながら65R操作で12Lを抑止したことも伝えていないJRWの主張は当たらない。信楽駅操作盤の抑止ボタン廃止の指示連絡をメーカーにのみして、肝心のSKRにはしていないというのも「他社」の扱いではない不当なものだ。また信号のような重要事項に電話のみの図面なし連絡など有り得ないことだ。

 この本のおかげで知りたかった部分は基本的に埋められたが、他書の記述がなければ理解しきれなかったかもしれない。

 信号動作タイミングの変更理由については、網谷本(網)では信楽駅進入を例に説明していて改良の切迫した必要性を感じなかったが、弁護団本では、新設小野谷信号場が最高標高地点付近でその前後の急勾配での一旦減速を避けたかった(弁)p113L10〜とありスッキリ納得できた。信楽線の最大勾配は25/1000程度と思われ、これをディーゼルカーで登るにはトルクコンバータを介しても均衡速度が30km/hを切ってしまう超難所なのだ。
 首都圏で体験者の多い場所としては、たしか房総東線(現そとぼう線)大網−土気(とけ)間に25/1000の長い上り坂があり、ここをディーゼルカーは轟音を上げながら今にも停まりそうな速度でノロノロ登ったものだ。(房総はディーゼル化のモデルだった地域だ)。電化前の御殿場線もディーゼルカーの天下で旧東海道本線として25/1000勾配の連続だ。加速の良い電車だったらこの勾配での加速は問題にもならなかったろう。総武線お茶の水駅の停止目標付近に上り33/1000の勾配標があるがこの配置は旧総武鉄道両国駅まで開通以来のものである。ここをディーゼル準急はお茶の水駅は通過とはいえ登り切れたのは秋葉原までの全体の高度差が少なかったからだろう。15m/s=54km/h の通過速度を高度に変換すれば11.25m(=152/2・9.8)だから勾配の大きさに関係なくY現示速度エネルギーだけで山手線・京浜東北線を乗り越えるだけの高度が得られる。万一御茶ノ水駅に停まったら悲劇だったかも知れない。

 いつも通り念押しで、文章解説だけでなく、数値計算をしておきます。
勾配=25/1000、エンジン出力=180PS、車両重量=40ton、乗客=150人×50kg、トルコン効率=0.65弱、重力加速度=9.8m/s2、1ps=0.746kW として、登坂速度を求めると
登坂出力=登坂力×速度  だから
登坂均衡速度=登坂出力/登坂力
登坂出力={180ps×0.746×0.7}[kW]=87.282 [kW]
登坂力={(40+150×50/1000)×(25/1000)×9.8}[kN]=11.64 [kN]
∴均衡速度={87.282 [kW]/11.64 [kN]}[m/s]=7.5[m/s]
=27.0[km/h]、33/1000勾配で計算すると20.5 km/hだ。
 実際には更に走行抵抗が加わって平衡速度を落とす。いくらフル加速を続けてもほとんど加速されず、最終的にも自転車並みの速度にしか上がらない。これでは切実に減速したくないだろう。運転士として無理のない要求だ。
 更に、国鉄型ディーゼルカーは後期の特急型を除いて1軸駆動で、雨でも降ると空転の怖れもあり大変だった。粘着係数でいえば、1軸に全重量の1/4が掛かるとして
粘着係数=牽引力/軸重
=11.64[kN]/(47.5ton/4×9.8)=0.1000
あまりにピッタリの値は「作った」と疑われかねないので別解は、
別解:粘着係数=(25/1000)/(1/4)=0.1000
33/1000勾配なら0.132となる。勾配値 25/1000×4 の問題だった。

 この粘着係数は、滑走制御機構がない場合の上限の値で、抵抗制御電車なら降雨など条件次第で空転の起こるギリギリ〜空転必至の値である。(これほどの急勾配だとJR西からの乗り入れ車としては準急日光号用の2エンジン搭載型(キハ55系)や、後の大馬力440psエンジンのキハ66型あたりを投入していた可能性もある。網谷本表紙の事故車の写真は房総準急でよく見掛けたキハ28型に良く似ていて車体に裾絞りのないキハ55や小窓のキハ66には見えないが………)

 設計を請け負った日本信号とコンサルタント会社がSKR側の改良要求の本質を正しく分析して、結線替えによる信号制御点の変更ではなく、使用開始に遅れても接近制御子の移設によって無用な減速を回避する案を提示していたら論理系はそのまま原設計と変わらないからJR西日本の方向優先梃子無断設置による障害も表面化せず、何事も起こらず、自治体の第3セクターとしても列車間隔を詰めた運行が可能になって鉄道生き残り策も力を持てるだろうに、事故後の写真を見る限り信号に×点を貼り付けて使用停止にしていて、単線1列車往復だけの運用に限られている様である。SKRとしては専門家の居ないところで怖くて信号を使用できないのかも知れないが、設備自体はあるのだし、優先権限を預けて外注化するとか工夫の余地はあるだろう。

2007/10/17 23:55

列車編成はキハ58+キハ28+キハ58か!?       <キハ58>

 資料(網)の証人尋問部を読み込むと、事故列車はJR西日本からの臨時快速列車がキハ58+キハ28+キハ58の3両編成と思われ(網p2L13)、SKRがSKR200型の4両編成(網p82)らしい。キハ58型は180psエンジン2基の勾配急行用車両で全長20m、全幅2.928mの大型車体に裾絞りのある型、これの平坦地用車両あるいは冷房電源搭載車としてエンジン1基搭載のキハ28がある。房総のキハ28に見えたのは当然だった。
 先の均衡速度試算は概ねエンジン数比例で良いから、3両編成にエンジン5基(或いは4基)で、先の算出値に5/3または4/3を乗ずればよい。すなわち、エンジン5基で33/1000勾配の平衡速度=43km/h、エンジン4基では34.5km/hということである。
 一方、SKR200型はエンジン出力250ps、JR四国キハ32類似車ということで、それは会津鉄道A150類似の全長16m、全幅2.7m、重量25t(日本の鉄道車両史)で計算すると、33/1000勾配での均衡速度が約41km/hで、JR西日本のキハ58型2両+キハ28型1両による3両編成の均衡速度概算推定値43km/hにほぼ等しい。SKR車と走行特性を合わせた列車を入線させるのなら両端キハ58型、中間キハ28型ということだと数値的にもSKR総務課長証言とも辻褄が合う。更に「最高地点である小野谷信号場へのJR乗り入れ下り列車到着速度が急勾配により28km/h〜29km/hとなる」というJR運転士証言からは、実軸出力がもっと小さく、キハ28を2両連結の数値に近いが、それよりトルクコンバータの効率が0.65よりかなり低い(≒0.5弱)であることを示すと考える方が無理がない。0.65〜0.7はトルコンの最高効率値で、起動時効率は0だから。

松本陽鑑定引用ミス                    <kantei>

 (弁)本p117L16の運輸省安全公害研究所の松本陽氏の鑑定の引用ミス(或いは誤植)があり以下の「」内を落としているはず。

 運転方向表示灯22RFKの異常点灯の原因は、亀山CTCの「方向優先梃子設置、信楽高原鉄道の」自動制御点変更、小野谷の信号機の鎖錠関係(12Rによる13Rの反位片鎖錠)の3点が複合して発生したものとほぼ断定できる。………JR、SKR相互に連絡を密に設計していれば、22RFKの異常点灯を防止できたと言える。

起訴相当議決の却下理由には不同意!            <shinsakai>

 公共交通機関の事故については、再発防止・原因究明のために刑事免責を保障して正確な証言を求める西欧型制度への切替が求められていると私自身考えていて、処罰を要求する訳ではないが、亀山CTCに設けられた方向優先梃子無断設置・無通告使用と設計ミスについての起訴相当検察審査会議決を否定して再度不起訴とした検察の理論構成は納得できない。

 設計ミスといっても、SKR小野谷信号場上り出発信号12L抑止のために一旦方向梃子を倒してから方向優先梃子を操作すれば良いから、操作が増えるだけで、目的の機能は果たしているとして不起訴にした()が、問題はそこではなく、設計ミスに依り先行下り列車がまだ小野谷信号場の手前区間を進行中に操作する必要を生じさせ、12Rを反位に固定する余計な機能を無断で付けてしまったことだろう。抑止すべき上り列車の小野谷信号場接近時点で操作することを標準操作にできれば、信号固着条件は顕在化しないで済んだが、空の進行信号を出すというのは信号操作としてはタブーだから、先行下り列車が在線中に方向優先梃子を引いたはず。事故発生への寄与としては結果としてこの設計ミスは重大である。

どちらが重大ミスか!?                  <miss>

 一方、信号固着の点検を求められて、作業中の技師の有罪には執行猶予とはいえかなり抵抗感がある。信号系が異常で使い物にならないから「代用閉塞」で発車させたが在線確認と閉塞を怠って事故に到ったのに、点検作業により信号系のバックアップ機能である誤出発検知装置を誤動作させたとして有罪では浮かばれない。閉塞確認を待たずに作業したというのは結果論で、駅長相当と思った人物からの指示であれば、当然抑止済みと思うだろう。結線を具体的には知らないが、信号技師氏は予想外の出発をされたときに対向側の信号場出発信号13Rを抑止する電流を流せなかったのか?数分内に誤出発検出信号をジャンパー線で構成して対向側を抑止する道はあった様な気がするが、設計経験が浅ければ無理だ。産業の各種システムなら「非常停止ボタン」が用意されているケースであり、その基準で考えるとこの場合、13Rに対する緊急抑止ボタンがあれば止められたし、12L抑止ボタンも残しておくべきだった。
 先の方向優先梃子設計ミスと無断設置、無断使用は信楽駅でのパニックの直接の原因であり、更に管理領域外を制御するタブーを冒したことで異常現示を操作者である亀山CTCに直接分からなくしたミスは、信号技師のエラーよりも遙かに大きく刑事処罰が不公平ではないだろうか。信楽駅での抑止梃子操作でトラブルになったのなら赤信号固着との関連性に気付けた可能性は大きいのだから。

 一般にシステムものの納入メーカーが、納入初期に設備に貼り付ける人質要員は装置各部の初期調整はでき、システムの状態は把握できて報告できるが設計の中心ではない新人や客先向けエンジニヤで、改造が必要な事態に直面した場合に本隊の作業着手までを繋げば良いものだし、客先操作保守担当者に日常操作を繋ぐ補助のために派遣されている。システムそのものに欠陥がある場合の全面的な対応力までは求められていない。そこを技術不足と非難しても的外れだ。ところが運行2ヶ月を越えて尚保守契約が結ばれて居なかったとか、数々の初期トラブルの詳細が所轄官庁どころか設計・施工会社にも上がっていないのはどうしたことか?貴生川での2件はJR西の領域で担当外にしても少なくとも5/3の強行出発は報告があれば検討されていただろうが、SKR側では方向優先梃子の存在は分からなかった。
 技師の操作に卓越するのはSKRの命令系統の混乱ではないだろうか。運行の最高決定権者に特別な腕章とか帽子とかのマーキングをしておくのは指揮系統の混乱を防ぐ知恵と思うが、それを越えて場を支配してしまう人間関係というのはどうしたものだろう。

踊りの振り付けなのか?指導通信式           <Bon_Dance>

 今以て釈然としないのは、SKRが繰り返した安全確認抜きの代用閉塞での運転に、多くのJR運転士や指導添乗が遭遇しながら、それほどの違和感なく見過ごして全く報告を上げてないことである。出発を焦って無理矢理赤信号のまま発車させた業務課長氏自体が、基はと言えば国鉄の機関士で、(不)在線確認完了前に列車を進入させれば衝突に至り、自分の命さえ危ないというのに、信号場に職員を派遣し、腕章を持った人間タブレットを乗せる振り付けだけして、その実質である(不)在線確認をせずに出発してしまうとは、乗務員の代用閉塞法の理解が安全確保の実質ではなく、盆踊りの振り付け型で記憶されていて、一振り二振り抜けても踊りとして格好が付くという認識なのではなかったか?SKR側の代用閉塞の異常な扱いに遭遇したJR乗務員は7名も居る。
 5/3のJR下り快速列車が小野谷信号所で経験した対向列車交換は、対向列車から業務課長等が降りてポイントを切り換えるまでは「ポイント故障と思った」という証言で妥当だが、折返し乗り込んできて「代用閉塞で出発しろ」と要求されたとき、地上に最初から出発合図を出す駅長相当職も居らず、通告文書もない状態では受けられないはず。SKR在籍車4両全部が脇に居るから衝突がないのは分かったと弁解するが、安全確認の駅長相当職者が信号場に居なかったのに対向列車が「代用閉塞」で走ってくること自体異常で、安全についての重大な懸念として運転士・指導添乗者から報告されるべきだろう。軽微な落ちと考えたとしたら、代用閉塞手続きの理解はまるで盆踊りの振り並の認識である。

 この無報告の原因について(弁)本では国鉄JR現場のマルにする馴れ合い体質を挙げている。信号電圧不足で列車到着を検知できず出発信号を出せなかった貴生川で、件の業務課長から赤信号出発を強く要求されて断固拒否し抜いて原則を守り「もうやってらんない」と業務課長氏をクサらせた運転士氏が、その後亀山CTCの信号操作忘れで出発信号が停止なのに誤出発してしまい、踏切が閉まらないのに続きATS警報で停止しバックした事故ではJR西亀山CTCとSRK運転士双方のエラーということで揉み消してしまったことを例に挙げている。誰でもミスを犯す事実は全く同意で、それに見合った安全対策が必要なのだが、報告を上げない理由は「まる体質」が原因なのか?規則の理解が平板で重要ポイントの理解ができてない「盆踊り振り付け型理解」が原因なのか?分割民営時に国労全動労外しの恣意的処分に利用され悪夢の日勤教育・乗務停止回避の防衛習慣なのか?各要素が渾然一体での報告漏れ発生なのか?実に困ったものである。懲罰的日勤教育は後日05/04/25の
尼崎事故発生の重要な誘因ともなっている。

何たる既視感!元祖シンドラーエレベータ=JR西日本     <シンドラー>

 3書を読んでいて、JR西日本の事故対応にどうも既視感を強く感じて、考えてみるとシンドラーエレベータの対応だ!原因が確定するまでは謝罪しないし、お悔やみもない!と、被災者、国民世論の感情を逆撫でし、更に組織を挙げて証拠隠滅を図り、他に責任をなすり付けようとあがく無様な姿だ。
 「SKRの信号システムが、下り方向梃子を引いて続行運転をした場合でも信楽での赤固着を起こすから、方向優先梃子は衝突と無関係だ」とJR西の設計責任者が専門用語を駆使した屁理屈を法廷で述べて煙に巻こうとしたが、被害者弁護団による反対尋問で「実際に列車が居てそのことで到着まで赤固着になることは信号システム本来の機能で混乱を起こさない。無断設置、無断使用の誤設計方向優先梃子は、存在しない列車で赤固着を起こすことが問題」と切り替えされてそれを認めるハメになり、更に亀山CTCからその欠陥改修要求が出されて放置されたまま事故になったことを認めている。事故直後の方向優先梃子操作マニアル改ざんといい、JR西日本の対応は、その後の尼崎事故での必死の責任回避うそつき対応と全く共通で実に酷いものだ。会社の体質として一貫しているのには呆れる。
(シンドラーも「メンテ会社の整備ミス」だけではなく、一旦停止し開扉したゴンドラが、パッドの摩耗だけで動いてしまう構造に問題があることを放置させてはならない。一旦停止したら噛み合いを働かせて固定するとか、位置制御は生かしておくとかの簡単なバックアップがあれば事故になっていない)。

2007/10/23 23:55
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