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さる1月29日付でJR西日本が尼崎事故調査委員会から勧告された事項の実施状況報告祖を公開しています。標題としては「福知山線列車脱線事故に係る対応策について」ですが、その目次のタイトルはズバリ「建議・所見・その他に対する措置等について」となっていて、その目次と突き合わせる限りは事故調査委員会最終報告書の指摘を総てなぞって本文A4版38枚に渉りJR西日本がその実施状況を報告するものとなっています。事故調報告に云う「建議・所見」というのは、事故の直接の原因とはしないが、影響したと思われる、いわば間接原因ですから、当事者のJR西日本としては明確な対応を求められるものです。
この文書の具体的内容を検討すれば、最終報告書公表当初は「事故調はまだひよっこ!」('07/08/04遺族説明会での山崎社長発言)などとかなり傲慢に構えていて「ただ国の機関なので意見は受け入れる」としていたJR西日本が、勧告内容に対してどれほど本気で誠意を持って対応したかを垣間見るものにはなるでしょう。
事故調最終報告が急な上り坂での速度制限でATS-Pが無用の制動を掛けることを問題視していました。しかしそれは急な下り坂での防御も受け持つので、それを保障する範囲での調整が限界だから、時折不要の制動が掛かることがあってもやむを得ないと指摘しました。(See→日記#165<m4>)。
これに対しJR西日本実施報告は「設定減速度と実際のブレーキ性能との乖離」を認め、対応策として電気指令ブレーキ車につき「乾燥時の平均的な制動力を設定減速度」として調整し(p13〜p14)、「ATS-Pの設定減速度を実現速度に合わせる」(p15L1〜2)としています。
JRでの速度制限は国交省通達である転倒限界×0.9という「安全限界」よりかなり厳しい「乗り心地限界」で設定されているので、雨天時に発生する若干の過速度は安全限度内に吸収できるのに対し、位置管理で余裕の少ない信号パターンの余裕を減らしては過走して冒進になる条件が現れるでしょう。
ATS-Pによる減速度を速度制限と信号とATS-P信号とで別の値として独立に設定するのならパターンを実減速度に合わせて支障ありませんが、資料を読み取る限りはどちらも常用最大制動と取れますから、危険側ではない速度制限での過剰な制動を抑えるあまり、絶対的遵守事項である冒進禁止の可能性を許容してATS-Pの最も優れた点を殺してしまう本末転倒の愚挙になりそうです。もしそうなら、事故調勧告への過剰な迎合か、逆に輸送力増強のためにタイトな条件設定をするのが本音で、その場合のリスク増の責任を若干余計な勧告をした事故調に転嫁・便乗して実施しようということなのかも知れませんが、物理的には間違いと云うほかありません。
信号ATS-Pの設定としては、設定パターンと実制動力の差が実質の安全余裕になっており、雨天などの悪条件による制動力減少をカバーしていましたが、関空特急はるか冒進事故では、一基手前の信号から制動を掛けながら、拠点P場内信号のATS-P下で260mも赤信号区間に突入してしまったと報じられており、降雪下での125km/h走行では防御しきれない場合があることが分かりました。
ATS-P速度照査パターンが緩く、そのまま駅進入に適用されると運転時間を詰める上で障害になって困りますが、これは京葉線の設定では出発信号の設置位置を停止目標の130m〜200m先に置くことでY現示制限速度45km/h〜55km/hからの停止に対しては全く影響しない様にして解消するなどで安全余裕と両立させています。
信号ATS-Pの設定パターンをも実制動力に合わせる措置は即ちこの安全余裕分を取り去ることであり、雨天・降雪下では冒進前提ということになってしまいます。それは本末転倒で、制限速度と信号停止の減速度設定を別のものにして対応するか、登り急勾配で稀に起こるATS-Pからの無用な減速指示を容認するかで対応すべきことです。
ATS-Sxの設定は非常制動基準で常時冒進前提の防御ですから、-Sxとの比較ではまだATS-Pの方が物理的には安全なのですが、優れたシステムに慣れてしまったオペレータは、思いもよらないことをするもので、たとえば、回復運転に規則違反の「1段ブレーキ運転」などをしていると、この安全余裕削除はもろに冒進に繋がります。ATS-Pに残された運行記録を全数回収して分析・点検、乗務記録と付き合わせて個人追及でもするのでしょうか?少なくとも信号関係ATSの冒進リスクの判断は鉄道事業者の責任で行うべきで、事故調報告の触れた過速度防止過剰制動対応に隠れてやるべきことではありません。特にJR西日本で発生した関空特急はるか冒進事故の原因と対応策に触れないまま余裕部を削る改訂というのは通りません。
速度計の設定有効数字が足らずに許容誤差を超えていたこと、及び法令上の規定を製造業者が知らなかった問題で、事故調報告書は関係法令の周知徹底を指摘しましたが、これを関係法令等を明記した仕様書の周知徹底としています(p9下段11行)。
これは特性値に関わり相関の問題が含まれることなので、一般的な関係法令の周知だけでは相互に解釈の余地が残って一義的には確定できず、具体的な特性値を仕様として示し1元化を図る必要がありますから、JR西日本が「仕様書の周知徹底」を云うのは実務現場として適切なことです。
さらにデジタル速度計に「手動設定作業」があることを知らずに使っていたことを明かし(p37B)、今後は自動設定の速度計を使うとあって、びっくり!デジタル=万能ブラックボックスという誤解が技術屋だらけの研修職場にまで蔓延していたとは!表示部が針式だろうと数字表示だろうと車輪の回転速度と直径から速度を得る訳で、係数調整は必須の作業でしょう。営団地下鉄東西線では設定値である車輪径をATCケースにマジックインクで手書きして明確化していました。
しかし報告書の文面だけでは「仕様書に一般的総論的に法令遵守と書き込んで周知徹底を図る」とも読めて、それでは従前と変わりません。ここはやはり一般論としての関係法令遵守のお経規定は許さず、双方で合意した具体的な特性値と測定法を明記した仕様書と明確化すべきでしょう。
紀勢本線冷水浦駅先事故04/6/2では、陸橋上から線路に大量の丸太が落下、警察を通じ停止手配を取ったものの、列車が出発信号を過ぎていて間に合わず、列車無線もその事故による高圧混触で焼損して伝わらず、ホームにいた乗客の停止合図も伝わらず、丸太に乗り上げて脱線、乗客13名負傷の事故になりました。この時、即座に高圧回線を停電させていれば信号リレー落下によりATS-Swロング地上子が働いて停止警報を発し、信号も消灯で絶対停止を伝えることが物理的には可能でしたが、JRの高圧回線は2重にして相互にバックアップして停電させない運用が基本で、それをサバイバル法として人為的に停電させる運用はありませんでしたし、断固否定される行為でした。
ところが、今回の対応策には、直ちに停電させる架線饋電系高圧・特別高圧とは全く別に、「高圧配電線は警察、消防等からの要請があった場合や運転士との連絡が取れない場合に停電させる(p17L−1〜p18L1)」とあり、その前提として「乗客救護、併発事故防止を、復旧/運転再開に優先(p16L−3)」とあって、趣旨からすれば警察・消防等からの要請や運転士と連絡が取れない場合は事故防止のためには停電させるとも取れる記述を発見。しかし「冷水浦事故」対応の項(p24L13〜)には連絡・責任体制の整理・明確化だけで具体的な記述がありません。
冷水浦事故のように連絡不能で乗客負傷事故発生に際し、鉄道現場は停電操作禁止で事実上放置、警察・検察は報告文書に記載された可能な手立てを尽くしてないことで業務上過失を問う、指令員にとっては前門の会社処分、後門の刑事処分で対処法が決められないまま、悪運が降ってこないよう願うだけになります。こういう曖昧さは大変困ります。固く信じられていたことを逆方向転換するのであれば変更の具体的指摘が不可欠ですから職制ルート、労働組合ルートなどを駆使して明確にしておく必要があります。
[信号停電]
曲線へのATS整備p32項で、「なお、進出時の分岐制限速度超過対策については、現在、同種個所を調査しており、終了次第、整備計画を定め順次整備を進めていきます。」となっていて、ATS-P区間でも進出時速度制限装置が設置されていないことを明らかにしています。
しかし長大編成では危険領域まで加速できますので、列車長分速度制限を持続させることが必要ですが、それをATS-Sxではどう実現するのか、ATS-Pでは最大320m〜480mに達する列車長を車上装置に取り込むのかどうか?そこは明らかにして欲しいところです。
現に軽傷ですが乗客が振られて転倒して事故になっています。
分岐器までは制限速度で走り、そこから加速したとして試算しますと、
それぞれの到達速度を求めてみましょう。
加速減速距離=速度22/2加速度−速度12/2加速度
ですから
2加速度×距離=速度22−速度12、
速度2=sqrt(2加速度×距離+速度12) として
到達速度V(車種,加速度,車長,初速) が算出できます。
列車無線交信禁止の事故調勧告に「運転通告以外の、緊急を要しない・・・・・」を加えることで、実態に合った制限措置になっています。加えて、停車時にのみ交信とし、走行中には無線機の使用を行わずメモもしない、乗務員間の車内電話も使用しないと徹底していますが、ワンマンカーでの案内放送を考えると、そこはどう解決するのか疑問の残るところです。(p9L1)
See→日記#165 列車無線制限<m9>
それまでは人権侵害の不条理な懲罰として労働組合弱体化の不当労働行為絡みで行われていて、尼崎事故の重要な引き金になったと推定される日勤教育について、「実務を中心にした手法に変更するなど、より実践的な内容への見直しを行ってきました」(p12(2)@)として、件数で1/4、1件当たり日数で1/3(6日→2日)に大幅減少し、内容でも現車訓練がH16年度8.2%→H21年10月25.3、乗務訓練H16年度2.1%→H21年10月末43.2%としています。実数値に換算しますと現車訓練時間は尼崎事故前とほとんど変わらず、虐め座学などが減ったことがわかります。
こういう基準であれば尼崎電車区H運転士は自殺に追い込まれずに済んでいました。会社が本気で改善するメッセージとしては、この懲罰的日勤教育自殺事件を労働災害扱いして訴訟外での全面解決が必要でしょう。裁判の却下理由が「わずか数日の強いストレスで自殺するとは立証がない」という馬鹿げたものですから、会社としての対処は当然のことでしょう。
See→日記#126:訴訟記録調書からJR西「日勤教育」の真実把握を
ATS-P曲線速度制限値設定ミスは、製造業界ではきわめて常識的な社内規定の一元化、一義検索化をJR西日本では追求して来なかったことが基本原因で、ATS-PのJR西日本独自制定領域の存在を支社設計技術がまったく知らず、規定規則の制定来歴も全く当らずにいきなり設計計算ソフトを操作したことによってJR共通方式=JR東日本方式で普通列車基準で速度制限値を決めてしまい、特急など高速列車用の制限が無視されたものが設定箇所の実に73%を占めたものです。See
→日記#90:曲線速照の72.9%も設定ミス!
このエラー自体は安全とは直接関係なく、特急など高速列車に対応した高速制限が利用できなくて速達運行を支障するに留まるものですが、背景を当れば規定・規則・図面等の一元管理が追求されておらず、それら規定の追い掛け方も決まっていないことで齟齬を生じ、別規定で作業したという、マネージメント側として危機的な状況にあるのをJR西日本としてはまだ気付いてない様です。(p33(3))
ATS関係のデータ設定法に付いてのみ手引きを作り委員会を作って改善を図る様です。それはそれで必要ですが、一元規定化の努力は技術系では全分野に必要なことでしょう。
この分散的で不明瞭な規定法は曲線速度制限法でも見られ、新旧規定の経過をきちんと辿った解説を付した一目瞭然の規定に整理する必要があります。歴史的制定経過を熟知したベテランでないと規定の全体像を簡単には辿れないというのは現代企業の制度・規定管理ではありません。新人に制定構造を説明すれば総て辿れることを目指して整備するものです。
混乱の曲線速度制限規定(m7)
207系の車内写真を見て印象的だったのは、JR東日本の通勤車に比べてつり革や掴み棒が大変少なく、ベンチシートの端も座った目の高さ付近まである東日本に対し肘掛けパイプ程度で立ち客が掴まれるものが非常に少ないと思いました。それに対して吊り手を増やし、128個→152個としたとあります。「吊り手増設(p29)」
また「衝突安全性の向上(p27−p29)」として、新製車から柱を上下に通して接合するなど組立構造を改良して横剛性を増して乗客生存空間を確保する試みや、端面両側にパネル補強をして、オフセット衝突では相互に間隔を離す方向に車体が歪む構造とし、前面クラッシャブル構造でトラックなどとの衝突に際し運転室は空間を確保する構造とか、これまで軽視されていた部分の改良が例示されています。欧米系の車両では既に強度基準として取り入れられていたようで、日本でも事故前に導入して欲しかったものです。
従前も他社事故情報は内部報告して共有化しており、問題の96/12函館線仁山事故も「過速度ATSがあれば防げた事故」として社内回覧しながら、ほぼ同一条件になる福知山線尼崎進入線立体交差付け替えでは全く放置して尼崎事故に至っていますから、共有化の問題ではなく、他社事故に付いての正確なリスク評価・対策立案と実施決定の問題でしょう。ここで現場技術系に何ら決定権を与えてないことで、改良発議をするところが無くなり、当時の鉄道本部長だった山崎社長だけが起訴という不公平な扱いになったもので、報告書では予算権限を付与したことを強調していますから、天皇などと呼ばれた経営側3悪人抜きの鉄道本部長起訴には不同意であることを言外に示すものとなっています。
意外に感じたのは、ATS-Pの停止パターンが残って現示アップしても当たってしまうので、そういう個所に取消地上子を増設したという(p3の説明図の)話です。鉄電協刊ATS・ATCでは(p57に)取消地上子の配置を詳述してパターンには当たらないことを強調していました。
この違いは何処から来るのでしょうか?JR西日本が後側台車直前にATS-P車上子を設置しているのに対し、JR東日本が運転室直下に車上子設置が原因なのか、それとも元々当たるもので、機外停車の多い場内信号だけは地上子を増やして当たらない様にしていたのか興味が有るところですが、簡単な作図でのチェックでは、ATS・ATCの記述とは違い、元々当たるのではないかと思っていました。(See→ATS-P試算'03/11)。図に示すとおりブレーキ緩解は出来ますが、更新前に加速すれば必ずパターンに当たりますから、実際はATS・ATCの記述に誤りがあるのでしょう。
ATS-P車上子の前頭化(p2L−1)というのも、JR3社の共通化と共に、車上子取付位置のオフセット設定を車上装置ではしていない実態に合わせた改修方針なのでしょうか?
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