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[126]. 訴訟記録調書から
   JR「日勤教育」の真実把握を

  先日新宿付近をぶらついて紀伊国屋に立ち寄り「服部運転士自殺事件と尼崎脱線事故、JR西日本の大罪」(鈴木ひろみ著/山口哲夫編著五月書房2006/4/25刊\1,500.+税)という本を見つけた。双方の評価のぶつけ合いの宣伝戦になりがちなこの事件を、当事者の具体的な証言と調書を基に紹介しており、個々の事実から理解するのに適したものなので買ってきた。総論的レッテルには飽きたらず他人の評価部を切り捨ててグダグダ細かな事実から自分で真実を掴むのを厭わない人にはお勧めの一冊だ。(「当然の前提」に沿って心地よく誘導するアジ文書とは違い慣れないと苦労するかもしれないが、食える事実を拾って他人に煽られない自分の判断を確立するには必要な経験だ)。

  公判調書の引用から故服部氏が無実のエラーで追いつめられて、「日勤教育」の名でなぶり殺しにされていく様子はリアルに伝わる。事件の切っ掛けとなった不具合はJR西日本の201系運転台ATS-Pの電源ランプが反対側運転台の主幹制御器逆転レバーを操作するまでは保持されることを運転士たちにきちんと教育していなかったこと。車掌が電源ランプ点灯に疑問を持って服部運転士を呼び寄せ、原因が分からず検査係を呼んだことで50秒の出発遅延を生じたことを捉え、方向切替時の運転操作ミス扱いして終わりの見えない懲罰的侮辱的「日勤教育」に晒して更にそれによる心身の異常を顧みることなく助役が長期「延長」を言い渡して直後に自殺に追い込んでいる。確かに「殺した」に等しい仕打ちだ。全く眠れなくなって、誰と話しても上の空だったという状態は少なくとも日常勤務不能だろう。これを逆に成果として認識して攻撃を強めたのだ。「評価」ではない生々しいエピソードが細々と述べられている。
  逆転レバーの操作は誤出発を避けるためどこの会社でも発車寸前に操作するのが普通だから、それをATS-P電源切替の条件に選んでいることを教わってなければ車掌の疑問に答えようがないだろう。講習テキストには記載がなく、ほとんどの講師が触れない内容を現場で確かめたことを非難するなど明かな難癖だ。実際にエラーを冒していれば反省の余地もあるが、これで「反省」を求められたのでは終始一貫虚構の作文に陥り、出口のないところに追い込まれてしまう。

  こうした不条理・懲罰的な日勤教育に晒されてきた尼崎事故の高見運転士が遅延に焦っていくのも無理がない。最初のエラーは宝塚駅への回送で過速度進入をして、60km/h超で40km/h分岐速照に引っ掛かって非常停止を受けたこと。これがホーム領域に掛かって停まったことで誤出発防止装置の有効化タイマーを起動し、正規停止位置に移動中に一両分手前の6両編成用誤出発防止地上子で再び非常制動を食らって停止して平常心を失い、余裕時間ゼロのダイヤにますます焦りを増して過走を繰り返して90秒遅れに拡大してしまう。60m余の過走を8mにまけてもらい必死の回復運転で125km/hに加速した辺りで車掌が指令に過走の事態を報告中!これに気を取られてかその間全く無操作のまま惰性で走り110km/hを越える速度で70km/h制限のカーブに突っ込んで脱線転覆の尼崎大惨事に至る!

  この馬鹿げた非道のいじめ「教育」をJR西日本はいまだに正当なものと擁護して高裁裁判で争っていて、組合や社員がこの事件を報じること自体を処分対象とする警告書を出している訳で、誰がその「反省」を信じるだろうか!同じことを続けると宣言しているようなものだろう。

  救出側の不足としては2点ある(責任とは違う、救出機会を逃した不足)。日勤教育被害者対策として仲間が飲みに連れ出しても全く効かず酷い上の空状態に気付いた時点で組合として病院に連れ込み休養指示の診断書を貰って数日間でも状態の回復を図っていれば止められた可能性がある。個人レベルでは余計なお世話に成りかねず、追い詰められているほど本人は休みたがらないから職場の組合名が良い。
  もう1点は、ATS-P電源表示消灯条件を教わってないことのキャンペーンだ。JRでのATS自動投入は東中野追突事故88/12を承けての安全見直しで徐々に改造されたものでスーパーあずさ大月衝突転覆事故はハンドル投入改造中の未対策車が起こしている。そういう後日改造のためATS自動切り替えは改造車と新車など車種により微妙に違うのだ。これをテキストや文書で明示していないのはハッキリしている様で、ほとんどの講習講師はそこまで触れていないということらしいから、運転士全員調査をすれば、教育の不徹底が会社の言うトラブルの原因だったことは明白に出来るし、数駅で回復した50秒の遅れを処罰することの不当を強く押し出せた。
  「ATSの動作を教わってない」事故としては740名余の負傷者を出した総武線船橋駅追突事故がある。信号高圧電源の停電でATS-Bの警報が鳴りっぱなしでリセット出来なくなり、朝日の反射で消灯信号の判別が付かなくなって、あれこれいじっているうちに先行電車に追突してしまった事故だが「ATS-Bが信号の停電でベルが鳴りっぱなしになるとは教わってなかった」とする組合側と、「教えた」「知ってて当然」とする当局側が激しく対立、構造原理には触れず表面的な動作しか教えてなかったことが浮き彫りになって、事故を起こした運転士の情状として汲まれた様である。蒸気機関車の機関士の時代は機関士自身が自分で検査調整しながら運転する訳で深い経験と知識を要したが、運転士には次第に深い知識を求めなくなっており、運転には脇役(バックアップ)のATS構造原理など省かれるだろう。ATS-Bでの停止信号の伝送は、一定時間(1秒間)の信号電流断とは教えても、断のままだったらどうなるか何て設計屋的発想で運転士を教育する筈がない。
  これと同質の教育漏れに今度は反撃が弱すぎた.

  一方、同書P164掲載のJR西日本自殺者リストをみると、5年間3ヶ月間に18名亡くなっているが、組合所属別に整理すると、JR西労からは服部氏1名だけで、他はほとんどがJR西日本の官許組合であるJR西労組組合員とのこと。一部幹部が優遇されても一般組合員の要求は顧みられることなく捨てられて追い詰められ、逆に組合が会社を追及できる処からは苦悩に共感し支える仲間たちが居ることでたとえ結果が出なくても明らかに自殺は出難いのだ。その辺は他社での自殺や疲労性労災の発生状況とも非常に良く似ている。たとえ同僚が弾圧被害に共感同調して飲み会に連れ出す対応だけでも大きな効果を発揮しているといえる。それだけに服部氏の同僚たちとしては引き留められなかったことは今も無念だろう。

  このレポの弱点を挙げておけば、ターゲット以外の周辺事実の詰めがかなり甘いことだ。
  まず尼崎事故については「多くの専門家の言」として「尼崎事故がATS-P換装で防げた」との見解を紹介して、エラーの責めが直接自分に掛からない構成にしてはいるが、ATSの形式に拘わらず速度制限の照査が必要だったことに気付いてない。その見解の間違いを暴けてないからその点は一般マスコミ報道と同レベルである。

  JR西日本の「安全性推進計画」については、本の中心テーマ自体がその信用性に疑問を投げ掛けるものだが、その他は本気が疑わしいとする評価部のみの引用に留まっている。「計画」の基本的弱点はその基本安全原則に「人為エラーを前提に致命的事態に至らない様対策する」というのが抜けていて(日記122)、それを事情報告に際しての免責に留めてしまっていることなのだが、血まみれの現場の安全管理とは遠い位置にいるルポライターたちにはなかなか気付けないのかもしれない。尼崎事故被災者の半数前後は労働災害、通勤労災適用と思われ、旧労働省の労災防止指導基準として製造業界には繰り返し要求した「人為的エラーで致命的事態に陥らない安全装置の具備」を義務付けてはどうだろう。国交省が業界代表として安全改良を阻んでいて多数・多額の労災補償をしたのだから厚生労働省の縄張りとして占領すればよい。

  もう一点は、情報提供組織の「評価」を無批判に垂れ流してはレポではなくなること。官許組合であるJR東労が主導して会社に安全政策を改めさせたかの記述は、JR総連関係資料からのものだろうが、右下経過表に照らしても妥当でない。せいぜい閉塞指示運転への切替など積極的な会社提案を拡げた程度だろう。
  国鉄JRの労働組合の安全闘争で今も有名なのは、房総に183系特急車両を投入するなどして全国で特急列車の大幅スピードアップを図ったときに一般組合員ぐるみの運動で個所毎の制限速度を設定して当局の無茶なスピードアップを抑え切って全国の過速ダイヤ見直しと房総での目標約10分遅れを正規ダイヤとして認めさせ房総東西線の軌道強化改良をさせ、その後も労働組合としてほとんど唯一技術領域にまで踏み込んだ見解・方針を出し続けて(個々の当否の評価は別として)その点では信頼を得ていた動労千葉の安全闘争だ。これに較べると東労の押し付け支配方針は組合員に酷く嫌われていて実績としても見劣りして、無閉塞運転廃止など会社提案の成果宣伝は官許組合のテコ入れみたいなものだ。

  後に千葉県土地収容委員・成田空港公団襲撃テロや浅草橋駅焼き討ち事件、信号ケーブル一斉切断事件、反対派には生命を脅かすテロを加えるなどの中核派の犯罪・反社会的行動を擁護し続けて暴力集団との絶縁を表明しない「組合・団体」:千葉動労となった。そうした暴力容認集団とは一切関係を持たないという地域の組合の方針は同僚組合員を過激派からの無用な生命の危険や挑発に晒さない点で組織の判断としては妥当だと思うが、過激派とは一線を画する無色の一般組合員が積極的に安全闘争に参加して得た仕事上の安全の成果は独立に評価されなければならない。また、注意して見ていると、数々の暴挙は千葉動労の組合名ではやられていないのだから、セクトの宣伝の場確保よりも国鉄闘争解決を優先させるのならそうした矛盾解消の方策はまだ無くなってはいないが………、(残念ながらセクト的利益優先で、争議団9人を定年まで飼い殺しにして介入の手掛かりとする方針で積極的な暴力否定絶縁声明は今後も引き続き出さないだろうとは思うが、それに付き合わされる勝利解決を求める闘争団はたまらない)

  10万人合理化1,047名不当解雇国鉄闘争は是非勝たしたいから連絡があれば個人で勝手に行動に参加するが、下手に反対すると身内から爆撃される危惧のあるところに自分の所属組合を参加させようとは思わない。この辺りは中心になっている文化人たちと全動労指導部の暴力排除保障措置に対する読み誤りと根回し不足で千葉動労中核派に盲動の場を保証してしまったのだろう。目の前で各種テロが行われた地元千葉の人達と、遙か離れた北海道・東京とでの認識の違いを埋めながら方針化して欲しかった。運動論としてみたときに、仲間・味方が離れる方針は理論の如何に関わらず間違いなのだから。と言うより運動を大きくする理論を軸に他理論を配する必要がある(本節末段は本には無関係の独り言)
  経過概要は次節の通り。

近年の安全対策一覧
アクション:会社、監督庁、労働者
DATEContents
'70/〜87変周式ATS-P線試験
82/01/29天王寺駅快速過走,行き止まり駅に衝突。
変周式P関西線試験決定
82/03/15名古屋ブルトレ紀伊DD51機関車衝突
82/〜 全事故報告、事故隠し厳禁方針実施。一律処罰でなく原因追求は徹底。 (主要側面は分割民営化準備の国労・全動労組合員差別攻撃材料で恣意的人活センター送りなどの口実に使われて安全情報集積の意味は見えなかった) 労組側主張「責任追及でなく原因追及を」は同意(なぜ起こる鉄道事故P243〜8)
84/10/19寝台特急富士過速度大破事故。
過速度ATS-H開発決定
86/12H-ATS(現ATS-P原型)西明石,大阪,京都,草津で稼働開始ブルトレ用EF66型16両に設置
88/07/03上野駅特急冒進事故。
JR東ATS-P換装方針決定
88/12/01 京葉線南船橋−新木場間ATS-Pで開通
88/12/05中央線東中野駅追突事故。
ATS-P換装前倒設置区間拡大公約、 全ATS-B区間ATS-P化決定。 全JR絶対信号非常停止開発(-SN化)決定。 東労主張「責任追及でなく原因追及を」(JR西大罪P194)
88/12/13函館本線姫川付近曲線過速度転覆事故U
89/04/13飯田線北殿駅正面衝突事故。 JR東海ATS-ST開発決定、西SW九SK四SS貨SFが採用
89/11/JR東ATS-SN供用開始
90/10/30JR東労「国際鉄道安全会議」参加「責任追及から原因究明へ」主張JR西労使不参加・禁止(JR西大罪P194
90/12/JR東海ATS-ST供用開始
96/12/04函館本線大沼付近貨物列車曲線過速度脱線転覆V、ATS-SN速度照査設置
97/08/12東海道線片浜駅付近追突脱線転覆事故。鉄道局各JRに自主対策指示
JR東・北,無閉塞運転廃止,JR東海西九州無視
97/10/13スーパーあずさ大月衝突転覆事故。
ATSハンドル連動工事中に発生
00/03/08日比谷線中目黒脱線衝突惨事。
輪重比管理&護輪軌条設置基準制定。
'92より輪重計設置要求,拒否し半蔵門線のみ調整で惨事に至る
01/04/18東海道線富士駅冒進誤出発支障事故(放置)
01//JR東位置基準速照式ATS-Ps供用開始
02/02/22鹿児島線宗像海老津追突事故。
指令の許可なき無閉塞運転の禁止。
列車無線整備
05/03/02土佐黒潮鉄道宿毛事故。
100km/h以上の行止り駅に最高速度から有効の過走防止装置設置義務化
05/04/25福知山線尼崎転覆惨事。曲線速照義務化
05/12/25羽越線いなほ強風転覆惨事。
風速計増設,未定

手前味噌に過ぎる!
 JR総連・JR東労成果宣伝

  この本には88/12/05東中野事故に際してのJR東労の労使交渉で「責任追及より原因追求を」として事故防止に有効な「ヒューマンファクター」という事故の捉え方を用いることにして、事故を起こした当事者への責任追及をばっさり切り捨てることにした(P192)、などとしていて、その部分のソースがJR総連系、JR東労関係であることが推察されるが、近年の事故とその具体的対応を辿れば主要な安全確保策を組合が主導した場面はないことがすぐ分かるだろう。会社公認の官許組合が会社に手柄宣伝を分けて貰ったに近い惨状だ。

  ATS-Pについての現場の評価は数年前までは非常に否定的で、「安全はSnで足りるものを、他の予算を総て奪う金食い虫だ」とか散々のものだった。JR東日本が東中野事故対応公約で全面導入を決めたATS-Pの優秀性を社内と一般世論に伝える説明内容と宣伝量にも大いに問題があったのだが、組合機関がそのPの優秀性に気付いて組合員と世論を説得した形跡はないし、仮に気付いてもそうした現場の反発を抱えたまま組合方針にすることは出来る訳がない。近年、間違いだらけとはいえマスコミが取り上げる様になってから各組合ともATS-Pに言及するようになっている。

  無閉塞運転禁止問題でも、運輸省から片浜事故'97/08/12対応策として迫られて'01/年初東日本が基本的に禁止し、北海道、四国が一部区間で追随したものだから、決定前には何処にも労働組合が主導できる条件がないではないか!無閉塞運転廃止、閉塞指示運転採用決定を伝えられ説明されたのが実態だろう。また、JR東日本などが無閉塞運転を廃止して以降、鹿児島線宗像事故'02/2/22で再び無閉塞運転での衝突事故が起きて国交委と国交省に迫られて禁止するまでJR九州、西日本、東海の総連傘下の労働組合が無閉塞運転禁止を働きかけた話はなく、宗像事故直後のJR九州現場長会議は無閉塞運転続行を繰り返し「決定」している。それを匿名個人がBBS(2ちゃんねる鉄道板スレッド)に刻々速報して「無閉塞運転を廃止せよ」「閉塞指示運転にしろ」などのスレッドが数日で10本余1万数千応答も埋め尽くされるなど、いわゆる「祭り状態」となって世論化して国会・国交相まで動かしたものだ。鉄道局自体が当初は無閉塞運転継続方針で国交大臣に説明して「今どき無線が通じないからなんて理由は通らない!」と一喝されて翻っており、ましてこの手の判断には意外に保守的な労働組合が廃止を先導することはない。
  ではJRで、人の安全判断をシステムから排して運転士の判断による徐行・停止を禁止する方針とか、人による風速観測の全廃、風力表の削除、進行の指示運転など論議すべき課題にどのような機関見解を持つのか、そのベースとして信号系以外の分野に「人為エラーを前提に致命的事態に至らない対策」がまだ適用されてないことへの機関見解はどうなのか?それは存在していない様だ。「安全問題に一貫して造詣の深い労働組合」にしてはあまりに首尾一貫しない。
  このJR東労の成果宣伝はあまりに手前味噌に過ぎる。それを無批判にルポに載せてはいけないだろう。
2006/07/11 01:00
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