【 西武鉄道ATS動作概要 】

西武ATS概説
 西武鉄道ATSの動作概要と基本構造が「鉄道ピクトリアル」誌2013年12月臨時増刊通巻884号p77に掲載されて、右コラムに引用の通り、十分理解できる記事でした。用語説明を後節に記しますが、まずは本文を読んでみて下さい。同じ編集部による記事なのですから西日本鉄道ATSの記事もこの西武ATS記事の水準で仕上げて貰いたいものです。様々なしがらみに思いめぐらして、技術的に問題のある記述をそのまま通してしまっては、却って執筆者らを晒し者にしかねない不親切・陰湿なものになります。
 記事中で唯一気になったのが、速度信号を送るコイルと、列車検出のB点コイルは別物であることの明瞭な説明が無いことで、もし図-1中の説明「B点受信コイル」を見落として本文だけから「B点コイルからも速度信号を送る」と誤解されると、西鉄ATS解説記事の「車輪検出地上子からも速度信号を送る」という「解説」同様に訳が判らなくなってしまいます。

 西武ATSの構造は図-1〜2に示す通り、
西武ATS構造図
 地上子コイルは信号手前に1、B2と2個定位置に設置して、ここを基準に車上演算で限界速度:パターンを生成して、当該信号進入時には現示制限速度内に減速を求めます。
西武ATS動作図
【速度2乗差比較】    <T2>
現示速 度 km/h2乗差減速度
最高
速度
パターン
速度
制動
定数
km/hs
110115 115
→65
3.125
90115→95
YG754,20021.002.92
5595→654,80024.003.33
YY2565→303,325(16.625)
065→ 04,22521.132.93
RR030→ 0900
 信号現示5段階(YY)に対応する速度は、表-1に示されて、を2段階に分けて6段階にしていることと、その信号現示制限とは別に、等加速度運動で減速する際の減速距離に合う、物理的整合性を持った「パターン速度」を制定して、運転に対するATSからの無用の介入を避けています。
 設定数値で見ますと、速度2乗差を距離(200m)で割れば「減速定数」、さらに7.2で割れば減速度[km/h/s]なので、点検すると1・B2で発生させるパターンの減速度が概ね3km/h/s前後になっていることが分かります。
(←[表2]速度2乗差比較参照)
 G→Y1点から信号機までの400mの間に115km/h→65km/h減速をする減速定数が22.5(=(1152−652)/400)=減速度3.125km/h/s(=22.5/7.2)ですから、前後の現示での減速度2.9〜3.3km/h/sとほぼ同じです。これは停止点基準のATS-Pの設定に近い、ATSシステムからの無用な干渉を避ける設定です。流石に超過密首都輸送を担う鉄道というところで、「1969年使用開始」というのは1986年使用開始ATS-Pの17年もの大先輩です。同じ首都圏ながら連日5分遅れが長らく常態化しているところは、輸送量過大だけではなく、運行全体の検討不十分があるのかも知れません。
 この速度パターンを越えると非常制動が掛かり、4.0km/h/s前後の減速度で停止しますから、速度パターン≒3.0km/h/sとの差が安全余裕距離となります。
過走防止装置比較
(点速照式 vs パターン式)
京王1型過走防止装置
12〜15地上子
京王新宿駅3番線
ATS-P過走非常停止
パターン式は1+過走非常停止正副2基のみ
千葉駅2番線行き止まり
 これは、JRのATS-Pの現示パターン制限が停止信号にのみ対応して中間現示制限を無視して衝突防止機能であることを明確にしている設定に近いもので、JR従来型のATS-Sxが物理限界遵守ではなく、規則遵守優先の設定で運転を縛り、会社によってはペナルティーで強制しているのとは対極の特徴でしょう。
 ATS-Pの「現示アップ」機能は列車の制動力で選択して上位現示に変更し、これが待ち時間減少に卓効を上げていますが、この現示アップ制御に拘わらず速度制限パターンは不変です。
 ATS-P導入当初に「中央線は運転席の遮光幕を降ろして1段制動運転で回復運転している」と揶揄されたのは、このATS−Pパターンの赤信号位置基準の設定を言っています。

 西鉄との比較でいえば、車上演算方式=パターン方式の導入で、信号手前のB点から現示制限速度が適用されるのではなく、減速パターン一杯まで許容するので列車間隔を詰めやすいことと、ことさらの過走防止装置が無用になること(右写真は京王新宿駅1号型過走防止装置の地上子群→)。過走余裕のないターミナル駅でも西鉄天神駅や、京王・小田急の新宿駅などで見られた6〜15地上子過走防止装置の必要性ありません。

 ATS−Pが点伝送であるため、トラブルが起こっても最短開通区間と想定した赤信号(3位式では3つ目の信号位置)までは走ってしまうのに対し、速度信号周波数を軌道回路から送り続ける西武、西鉄、阪神、阪急などの方式は、ATCと同様に、無信号化で直ちに非常停止となることが違います。

 なお、図-2の制動パターンは、元図は鉄道業界の慣行的表現で描かれていますが、等加速度運動であれば本来、速度ゼロを軸とする横に凸の放物線の上半分として描かれるべきで、途中で減速をやめた場合も、その一部を切り取る赤線で示す通りになります。最近の文献の解説図では正確な放物線表記が現れてきましたが、新幹線ATC解説図以来の模式的パターン図がまだまだ主流を占めています。
【用語説明】 地上コイル、軌道回路、商用周波数、
可聴周波数、高周波、2分倍周・5/3倍周 
 <c0>

  • 地上コイル     <c1>
  •  「地上コイル/軌道コイル」は、受信コイルなら信号区間末端から入口に向けて左右の線路に送っている信号電流を車軸が短絡して構成される1巻コイルの磁束を拾って電圧が発生するので、列車が閉塞区間に踏み込むとコイルに電圧が発生し、そのコイル位置を車軸が越えるとコイル手前で信号電流が短絡されて電圧が無くなることで位置検出を行う構造です。機能としては西日本鉄道(西鉄)の磁気式車軸検出器に相当するものです。東海道新幹線では列車後方から軌道回路に検知信号を送信して列車を監視し、A点コイルで電圧が検出されることで出発検知してポイント切換を許容しています。
     送信コイルであれば、多くの場合コマンドを送信したり、軌道回路からの励磁を打ち消して無励磁状態を作るために用いられます。新幹線アナログATCや過走余裕不足終端過走防止装置で用いる3がこの地上コイル方式で送信され、廃棄済みだがATS−B誤出発警報の1巻コイルが軌道回路の励磁キャンセル機能となります。
    自動式信号回路例

  • 軌道回路      <c2>
  •  左右の線路を使って信号電流を送る方式を「軌道回路」と呼び、先ずは車軸が両側を短絡することで列車の在線検知に使い、信号系を構成しました。さらに信号電流を交流として、車軸に短絡される1巻コイルを構成して、車上に情報を伝える情報伝達系も構成するようになりました。電化区間で信号電流と運転電流を分離する信号電流トランス≡「インピーダンス・ボンド」(回路図参照)を介して送受信します。
     軌道回路の短絡電流の有無で列車位置を検出するのが先出「軌道コイル」。新幹線では列車の駅出発を追って軌道回路後方から信号電流を送り「A点」軌道コイルでそれを検出できると列車出発完了として鎖錠を解き新たに進路構成します。

  • 商用周波数     <c3>
  •  「商用周波数」は電力の50Hz〜60Hzです。自動信号では、この電源を直接用いたり、誘導障害回避には2分周・2倍周・5/3倍周し、あるいは電動発電機MGで発生させて主に在線確認に用います。この周波数を念頭に(分周・倍周したもの以外を)「AF」や「高周波」を呼び分けます。

  • AF:可聴周波数  <c4>
  •  「AF:可聴周波数 Audio Frequency」は、元々は16Hz付近〜20kHz付近を言いますが、応用分野毎に微妙な差があり、電話・有線通信では概ねその周波数帯域である300Hz〜3kHzを指していて、通信が運用の重要な軸になり自前の通信網を持つ鉄道もこれを適用(国鉄JRで250Hz〜3500Hz)しています。新幹線アナログATCにはこの周波数が速度信号と在線確認に用いられました。在来線では閉塞在線確認と速度信号とで、別周波数を重畳させます。回路的に見れば実際の可聴周波数域の数倍100kHz程度まではAF扱いされます。

  • 高周波       <c5>
  •  「高周波」というのは、電波・無線関係では文字通り空間を電波として伝わる数10kHz以上と考えられますが、冶金とか鉄道では商用電源周波数50Hz〜60HzやAFより高い周波数を指していて数kHz以上を「高周波」としています。西武ATSの周波数割当ては表-1に有りませんが、西鉄ATSでは8.75kHz〜12.50kHzを「高周波」としている様です。10kHz前後はギヤなどの「高周波焼き入れ」の表面加熱に使用する周波数です。

  • 低周波       <c6>
  •  「低周波」というのは、実用上はほぼAF:可聴周波数と同義ですが、概ね10kHz以下に使われたりする曖昧概念なので、文脈から判断するほか無く、厳密な説明には使いたくない場合の多い言葉です。ギヤの高周波焼き入れで加熱に使われる周波数は10kHz前後ですから、高周波・低周波が双方で衝突するのです。

  • 分倍周軌道回路・
     2分倍周・5/3倍周  <c7>
  •  「分倍周軌道回路・2分倍周・5/3倍周」は近傍送電線からの誘導障害回避に採用されるもので、交流電化区間や、線路上空を特別高圧送電線路に使っている場合(西武鉄道など、私鉄各社)に採用されます。1/2周波数は鉄芯の磁気飽和現象を使ってパラメトロンを構成して生成したり、電動発電機MGで生成します。
     分周・倍周した周波数は鉄道では慣用的に商用周波数準拠扱いで、後に新幹線などのATCで新たに導入された「AF:可聴周波数」とは別扱いになっているのは鉄道信号での歴史的経過でしょう。物理的分類とは違います。これは前出「高周波」「低周波」についても同様、分野毎に微妙に異なる慣行的なものです。
         →パラメトロン(電気鉄道ハンドブックp636L8)
     電源周波数の5/3倍の83.33・・・Hz、or 100Hzを用いる場合もあるようです。
         (信号保安・鉄道通信入門:菱沼好章著中央書院1991/06/25刊p104〜)
       →(参照:ATS用語メモ) 2013/11/29記


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    Last Upload:    Last Update: 2013/11/27