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改    <2>

社会運動の目標の正当性・妥当性  <2>

 「社会運動」は、大局的には社会を進歩させて民主的諸権利を定着させる肯定的なものであるが、「権利同士の衝突の調整」、「獲得目標の正当性・妥当性」は適切に追求されないと独裁支配や衆愚に陥る。 ヒトラー崇拝のナチスドイツ、連続テロとクーデターで軍部独走戦争拡大の日本、などが典型で、不当な政策遂行が社会運動化して抵抗困難・是正不可能にしていった。
 特に、日本では生命を奪う連続テロとクーデター(5・15&2・26&不発鎮圧分)で威嚇しての異論封じが暴走の起爆力だったが、これを世論が圧倒的に支持して「非国民!」攻撃など異論潰しに加担していったことも強く指摘する必要がある。
 浜口首相襲撃殺害(1931)、三菱財閥トップ團琢磨ら2名殺害の血盟団事件(1932)、同年5・15反乱事件、相沢中尉の軍務局長斬殺事件(1935)、s.11の2・26反乱事件(1936)、盧溝橋事件・日中戦争(1937)、日米戦争(1941)、無条件降伏(1945)、

大陸の関東軍などを含めた軍部だけが悪かったのではないのは特に注意が必要だ。 そして今再び「非国民」攻撃が生き返りつつある!様々な威迫・脅迫で異論・反論を封じ込め始めている。
 戦前、繰り返される生命を奪うテロ攻撃で右翼・軍部独走を止められなかった恐怖支配から、法律は自衛隊の自発行動を厳しく制限していたため、阪神大震災1995/01では自衛隊が救難の初動に困難を来すほど雁字搦めだった。
当時は「政治家は軍部:自衛隊を制御し切れない!」恐怖感が支配的で、マッカーサー命令で超法規的に「間接侵略対応(=米軍指揮下で国民に銃を向ける)」の治安軍「警察予備隊」1950が作られ、独立1952後「保安隊」「自衛隊」≒日本軍となって来たから、日本の政治家には自衛隊を制御できる自信などなくて、自衛隊法などで雁字搦めのリミッターを多層に掛けて、自衛隊制服組には専門の軍事技術内容さえ国会答弁を許さず内局背広組に限るなどの一部過剰不合理な厳しい縛りを掛けてきたのだ。 現在では逆にそこ:テロと軍事支配の恐怖が忘れられているのは大変危ない。社会・共産共闘での都知事など革新自治体が過半数を占め「民主連合政府」が提唱されたときに、「選挙で民主連合政府が出来たら、自衛隊もそれに従うことになるだろう」と述べた将官が全く消息不明のままで、防衛庁のコメントもなく、自衛隊の無言の準クーデター宣言と疑われている。
 自衛隊が災害救援に大変有用で感謝されたことは国家公務員として期待される役割を果たした大変結構なことであるが、本来業務による国民の軍事制覇の危険性とは独立である。 イラクのサマーワに工兵隊を派遣、道路などインフラ復旧と給水を続け技術移転をしたことは民生復興支援として適切な内容であり現地から大いに感謝されたが、反面、日本国内としては純民生支援に土木建築部門の派遣ではなく、敢えて自衛隊(工兵隊=土木インフラ部隊)を送って日本軍の海外派遣の実績を作って、憲法9条のなし崩し的空洞化の一環の政治的狙いをはめ込んだ。 かって田母神発言が物議を醸したのは自衛隊幹部軍人の独断専行体質が多くの人に感じられたからだろう。 そんな状況で猶更運動の前提として目標の妥当性・正当性が厳しく追求され、個人レベルで正しく判断できる必要がある。
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    (有用だった運動)
  • 尾瀬ヶ原ダム反対運動
  • 小田急複々線化高架反対運動
  • 各種冤罪せつ冤運動
  • 不当弾圧反対闘争

    (問題のあった運動・政策)
  • BEV一択の法制化
  • アイドリング・ストップ無効
  • 石炭火力絶対反対(?石油LPGは可?)
  • 割り箸反対運動
  • 再生紙偏重
  • 京葉線幸町駅設置反対運動
  • クジラ全面禁漁
  • 「差別」糾弾闘争

日本国憲法【 前文(抄) 】

平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して我らの安全と生存を保持しようと決意した。


 政府レベルで誤謬・不当を強行する例は、帝国主義戦争、ロシアのウクライナ侵攻、中共政府の南シナ海武力占拠・尖閣侵出、米国イスラエルの他国主権侵害・軍事攻撃が喫緊の課題で、世界的な世論で掣肘するほかない無法地帯であるが、残骸化したとはいえ、国連の総会とか諸決議、条約機構など諸機関も一定の影響は与えて侵略国のむき出しの暴力を一定程度は掣肘して居る。
 歴史的に振り返れば「大航海時代」というのは力尽くで制圧する、地球分割、帝国主義の時代で、カトリック・ローマ教皇の勅許による条約でポルトガルとスペインが地球を2分割して制圧、領土としていた生のままの帝国主義時代であり、根底に一神教であるキリスト教(同系のユダヤ教、イスラム教)に極端な唯我独尊教義が有り「異教徒は滅ぼして可、奴隷売買可、〃非文明人」「布教で文明人化」とする傲慢な宗教実践が有って、武力制圧(インカ、アステカ)、異教徒の奴隷化(南米)、三角貿易での黒人奴隷貿易(米国黒人奴隷=準家畜扱い)がローマ教皇(カトリック)の勅許のもとに行われた生のままの力尽く支配の時代が有って、それよりは現代のガラクタ国連の方が侵略国の武力侵攻を掣肘しているのは確かだろう。

 多国間合意条約となったCO2規制条約も、総論の「CO2規制」への反対は多くはないが、その算出起点では、第一次石油危機の経験から先行して省エネ・CO2削減を進めていた日本が極端に不利益になる一律算出起点が強行されて各国間で一種産業戦争の様相をも見せている。 無対策の国と、対策して既に数分の1に抑えている国とを条約成立の同一始点で減少率を求めたら、先行規制側に極端な無理が行く。第一次石油危機以来対策を進めた国があるのに敢えて無視して同一始点というのは後進EUが排ガス対策先進日本に重い足枷を科す陰湿な産業戦争に近い。
 日本政府としては、せめて起算時期を実情に合わせる要求をするとか留保条件を付すなど衡平化の意思表示をすべきであった。

 自陣営に利する独善的な規則変更の常習者!ヨーロッパ勢EUの不公正の過去を思い出す必要がある。 アルペン三冠×2:トニーザイラーの映画出演を「プロ」と攻撃してのオリンピック追放に始まり、平泳ぎの潜水泳法禁止、ジャンプのスキー板長身長リンク制、スキーウエアー規制悪用での優勝者失格処分、技の実効より見栄えの判定基準変更、先行開業で圧倒的に最大輸送量の新幹線を敢えて無視した「高速鉄道国際標準規格」の制定(さすがに無茶規格制定で、後日、大分経ってから新幹線規格も別枠公認)、と見てきたときに、お題目とは違う、我田引水の利害攻撃が規制の軸になっているギルド的制定なのがEU基準である。
 BEV一択規制はそれで、科学的根拠を無視して「化石賞」などと攻撃しまくったが、裏の真の狙いは日本車勢潰しの製品条件リセットだったが、それが物理的に実現不可能な規制になってしまって大混乱している。
 有害排ガス量規制だったアメリカのマスキー法は排ガスの結果規制で、規制の解決方法に縛りはなく、CVCC方式でマスキー法を最初にクリアしたHONDAがエンジン設計技術の進歩で後日CVCC方式を止めている。 マスキー法は方式は問わず、排ガス成分の量規制であり、EUのBEV一択強制の様な「BEV方式一択で日本勢追い落とし」という陰湿な裏の思惑は無かった。 (物理的に詰めると、排ガス減少に有効な小型化軽量化への消費者誘導が欠けているのが弱点(後述)。これは現BEV一択規制でも欠けている重大な弱点で、欧米各社は自動車を無用・無批判に大型化させている。 かっての英国小型車ミニクーパーが近年どれだけ大型化してしまったか!は象徴的である。 欧米人の偏った大型車好み感覚を、環境改善の必要性から制約、小型軽量許容に変化させる必要がある。

不合理規制:BEV方式一択強要、他方式全否定

 当面の国際的基準の大きな矛盾として真っ先に取り上げるべき内容は、「自動車の内燃機関禁止、バッテリーカー一択強制」の不合理がある。 国際的基準であれば、CO2削減に目標値を定めて、その具体的方法については市場と開発者に任されるべきもの。BEV一択には一般的な合理的根拠がない。
 また、「HEV方式がBVE方式採用への過渡的な方式」というレッテルも、マスコミを席捲したが技術的根拠がない。 「内燃機関モードとBEVモードの良いとこ取りで最大効率を目指す(≒HEV)」のであれば、低温特性と充電に問題のあるBEVよりも、動作範囲の広く高効率・安定動作の期待できるHEVの方が実用上優れた方式で、考え方によって「過渡的」どころか、逆に推奨対象になる筈のもの。

 CO2削減法には様々あって、 など、諸々考えられ、今後の技術開発の対象であるが、CO2規制としてEUが定めたバッテリーEV一択規制では多くの国でエネルギー源が実態としてはCO2多発の火力発電に頼るのが主流になって(エネルギー構成図参照)、何等効果を生まない根本的誤謬をかかえ、しかも有望な代替手段の開発をEU市場での販売禁止により事実上禁止してしまう誤った政策決定になっている。 「化石賞」とか「環境団体グリーンピース」などの言い分は、科学性を無視した宗教的ドグマ化、無知の暴論に陥っている!
BEV一沢のEU規制は、引いてみれば原発主力の温暖国:フランスだけ特に都合の良い規制である。

 さらにバッテリー製造や廃棄処理を含めたトータルのCO2抑制では、殆ど効果がないか、逆効果だから、BEV一択政策そのものが無効・有害・誤導である。すなわち原発主体フランスの我田引水政策を、火力主体や超寒冷地域など、適合しないEU全体に押し付けた構図である。

 加えて、まず電力網が保たなくなる! 普通車BEVの電池容量が現在70[kW時]程度だから、そこへ30分律で充電すると、充電効率100%でも140[kW](=70kWH/0.5H)の充電電力設備を必要とする。 充電効率80%なら175kWだが、日本の家庭用電力契約は100Vで20〜60[A]:すなわち2〜6[kw]契約だから、EVの高速充電設備は一般戸建て住宅の30倍〜60倍の大電力消費であり、配電容量を増やさずにBEV化を進めれば、極近いうちに配電網がパンクする。
 仮に自動車保有率30%、BEV走行電池30kWHを毎夜6時間充電と仮定すれば、夜の充電電力は30kWH/6H×0.3=1.5kWだから、一般家庭の電力使用量がおおむね現在の2倍になる。 配電インフラとして、BEV普及に合わせて現状の倍オーダーを早急に準備する必要がありそうだ。 各国の電力供給網は主に民間企業のもので、いきなりそんな負荷増には応じられない。(日本での送電線容量不足&負荷調整電力確保を理由とした太陽光発電のや風力発電の受領拒否があり、スイスでは既にBEV規制が始まったとか)。 大電力充電ステーションの大規模新設には当面、送電・配電線容量が足らない。 単純に、現在の充電ステーションの不足からもBEVの急速な普及は無理がある。

 電池寿命も重要である。スマホの電池が数年で劣化して動作時間が短くなり、換装を必要とするが、同じことがBEVでも起こり、電池交換の都度、数十万円という交換費用が必要である。ハイブリッド車HEVでもBEVより規模は小さく併用のエンジンもあって影響は少ないが、同じ問題である。

 HEVとBEVのバッテリー用稀少材料使用量比較ではHEVがBEVの数分の1〜ン10分の1とされ、主要産出・精錬を中国に握られて政治的武器として振り回されている現状ではリスクの大きいBEVよりは稀少材料が極少量で済み他国産に代替しやすいのがHEVである。
 希少金属が中国産に集中するのは、地下資源分布以上に、精錬の環境負荷が極めて大きく、必要な水準の対策すると到底ペイしないのを、中国は環境対策不十分なまま自国領域に汚染を振りまいて環境障害:自国民の重篤な健康被害を放置したまま低価格精錬を強行しているためである。 中共政府が自国民の安全を考慮した人道的で妥当な環境規制をしたら今ほどの中国優位はなくなる。

 更に、化学反応である電池の特性として、極低温域で著しく反応速度が低下して、充電容量と充電速度の激低下が起こり、充電不能に陥るのでBEVは極寒冷地での使用に耐えない。温暖な日本でさえ低温時の性能低下が起こっている。 最低気温零下40℃を記録したEU北欧地域では、その時ハイブリッド車HEVはまだ動けたがBEVは全滅だった。

熱効率35%→55%改善の否定!石炭の一律絶対否定は妥当か?!

 日本の驚異の高度経済成長開始、発電電力増強初期である1957年に操業開始した我が千葉市の千葉火力発電所は石炭火力発電所で始まり重油燃料に切り替えたが、当時の最新鋭として発電機4台で公称60万kW出力、熱効率は当時としては高効率の37%前後で運転開始して、老朽化で2000年初期に全休止し、全面建て替えとなり3・11震災を期にLNG火力として大増強された。
 これが今の技術で「コンバインド・サイクル火力発電」として、LNGや石炭をガス化してガス・タービンを回して発電、更にガス・タービン排気の余熱で過熱蒸気を発生させて蒸気タービンを回す「コンバインド・サイクル方式」で熱効率57%前後を実現しているし、最新のLNGコンバインド・サイクル式では熱効率55〜63%を実現しつつある。
 熱効率が上がれば単位出力電力当たりのCO2発生が減るから、石炭資源が主の国で、GASは入手に難が有っても、老朽石炭火力発電所を新型のコン自国民の重あつな健康被害バインド・サイクル石炭火力に置き換えることで、CO2発生量を減らし、さらに増力できる。 石炭のガス化技術の改良と、CO2吸着固定技術開発が急がれる。
 それは明らかに大きな状況改善だが、環境運動側は物理数値の大幅改善を一切認めず、燃料が「石炭」というレッテルだけで一律全面反対で、生産と社会生活、浄化技術開発が止まることには無頓着だ。 国の運営と生産にエネルギーは必要で、どんなに強く反対されても代替策が得られない限り止められない範囲があるのが実態だ。

しかも重油やLNG火力も石炭よりは低率とはいえ大量のCO2を発生するから即座に石油&LNG燃料の「高効率化要求」が必要なのに、こちらの技術改良策は各社任せで全くお構いなしの不公正要求なのだ。 客観的には石炭・石油に共通するCO2回収固定法の開発は緊急に求められている。 こういう不合理・不公正・非論理を主張するから「無知蒙昧」では収まらず「運動に名を借りた産業戦争」=LNG側キャンペーンを疑われてしまう。

思い付き:感覚による規制運動

 効果はあまり無く物理的な必要性は疑わしいが、迷走世論に殉じて対応している事項が有る。 根拠が怪しい内容で「運動」が走ってしまうのは、個人的な承認欲求が先に立って、マスコミ世論に乗ったものが内容は失当でも攻撃力を持ってしまうのかもしれない。
  • アイドリング・ストップ無効
    アイドリングを止めて節約したエネルギーより、再起動に必要なエネルギーの方が多くて、しかも倍近く高価なバッテリーを必要とするので、有効性に乏しく、交差点停車でのエンジン停止強制など逆効果の疑いが強い。 そういう物理的検討をしていない感覚的「世論」に迎合して、アイドリング・ストップが多くの車に標準装備されてしまっている。 科学的な真相暴露説明で、「化石賞」とかの失当なレッテルを貼られ、不当な不買運動を起こされるより、無効対策は分かって居ても要求に従ってコストを負担した方が商売上は得だという判断だろうか?
  • BEV一択強制
    これまでに既述!
  • 割り箸禁止
    割り箸は、森林涵養に植林育成途中で伐採処分する必要がある「間伐材」が主原料で、新たに木材を消費するのではないのに「木材の浪費」と誤解して、割り箸禁止運動が起こされて、間伐材の用途が狭まって正常な森林育成を困難にした愚劣な運動があった。提唱者たちの反省は無い。建築現場での足場丸太の需要が無くなり、森林育成に必要な間伐で生じる間伐材の需要が減って林業が難儀。
  • 再生紙絶対主義の愚
     再生紙というのは、新規パルプに回収紙を混ぜたもので、最終的には板紙:段ボールに費消された後は再生できなくなって処分される。 すなわち一定割合で新パルプ=森林が費消され、過程の中間製品が再生紙であり、再生不能の板紙の最終処分でCO2が発生するが、その分を補って、これがバランスする消費となる植林をすることが求められて、全部を再生紙にはできない。 再生紙唯一絶対には成り得ないのだ。 また再生紙はインク落しに界面活性剤など多量の化学薬品を消費して環境汚染が起こり環境負荷となる。 新聞雑誌は主に再生紙だが新規パルプ供給と、再生困難材の廃棄は必ず要る。 但し森林は光合成によるCO2固定の結果であり、伐採に見合った植林が行われればCO2収支ゼロには成り得る。植林なしの過剰伐採が行われたのが問題なのだ。 まだ少数世論だが、そうしたバランスを考慮した「木づかい」運動が提唱され始めた様ではある。
  • 駅新設反対運動
     千葉市の埋立地に建てられた大規模団地、幸町団地は稲毛駅までバス連絡で不便だが、その南端を掠める貨物線、京葉線が旅客化する際に幸町駅設置が発表されると「騒音」を理由に反対運動が起されて、さらに地元負担が求められて応じられず、なぜか反対運動が盛り上がり中止となってしまった。
     京葉線の線路からは松林帯と並行道路で隔てられて、高架線の日陰は北側の松林と側道であり、新たに日影を生じたり、耐え難い騒音が発生する訳ではなかったから、地元千葉市は過剰土地開発投資で支払える資金力が無かったことは大きいが、その他には運動側に現実的で妥当な反対理由はなかった。 京葉線新設時の反対運動なら騒音振動増が生じるからまだ分かるが、既に開通している路線の駅設置反対運動というのは新たな不利益は無くて理解に苦しむ。 運動側の勇み足である。
     総武線新検見川駅新設時(1951年7月s.26/7)には鉄道利用債が割り当てられ、検見川町の寺社設備などの負担組織(檀家と氏子を纏める町内世話人組織)が引受けて各戸割当して、立地は花園町内の駅なのに「下総花園」とはならず債券を引き受けた地域名の「新検見川駅」となっている。「花園」駅は既に山陰線京都から2駅目に有り重複命名はできない規則があったことも理由。
    住宅営団花園団地が主の花園町(旧検見川町内の旧農地転換の住宅)からの鉄道債券引き受けがないとの不満があり「営団(団地)の連中には何故鉄道債券を割り当てない!」と不満の声はあったが、「債券」は償還され、しかも高利率だったから経済的保障はあり現在の駅建設費用負担とは違う。
    「新」は既に京成千葉線に検見川駅が有って新国鉄駅とは距離があるため。

     運動のきっかけは、名古屋新幹線騒音訴訟だった。
    振動激しい軟弱地盤の住宅密集地を12〜16両編成の東海道新幹線が210km/hで駆け抜ける暴騒音・振動被害の解消訴訟で、動労運転士たちが被害地域の通過速度をATC信号1段階落として160km/hで通過、騒音と振動を落して被害を軽減させ、ダイヤは守って連帯したのだが、国鉄本社は騒音・振動対策を拒否し、1段階減速運転はダイヤに遅れを出してなくても懲戒処分を以て禁止、暴騒音・激振動加害を維持した。
     国鉄当局の酷さの典型例を挙げる。北陸トンネル内列車火災(1969年特急日本海)に際して、乗務員は「トンネル内では消火困難」と判断、外に抜けて停車、地元消防の協力を得て、火元の食堂車1両焼損の物損被害に留め、事故報道でも絶賛された。
    国鉄当局は確認実験もしないまま、欠陥のあった運転規則の修正をせず、あべこべに、この殊勲甲の乗務員たちを「運転規則違反」と称して不当処分、それによりトンネル内火災時の即時停止を絶対義務化して全国の乗務員に強制した。
     ところが3年後に同じく北陸トンネル内列車火災(1972年急行きたぐに=特急日本海格下げ同一ダイヤ)では、処罰を以て強要された運転規則通りに直ちにトンネル内停車、消火不能で、炎上車の切り離し作業に掛ったが、電源遮断で発車不能となり電源再投入の試みも拒否されて、酸素不足と毒ガスで死者30名重軽傷714名の大惨事に拡大させた。殉職した機関士は、送電再開を要請したトンネル内の鉄道電話を握ったまま殉職していたとされる。
     空気の量の少ないトンネル内の火災では酸欠、二酸化炭素と毒ガスに生命を脅かされるリスクが非常に大きから、特急日本海乗務員のトンネル脱出行動が妥当で国鉄の「運転規則」側の誤りだった。
     事故発生の刑事責任は、火災時のトンネルからの脱出を懲戒処分で禁止して3年後に大惨事を招いた国鉄本社側にあったはずなのだが、警察・検察はそれを全く放置!運悪くトンネル火災事故に遭遇したがトンネル脱出消火を懲戒処分で禁止され、殉職者までだした裁量権の無い無辜の乗務員たちを長期の刑事裁判に晒し、起訴休職で仕事を奪う見当違いで不公正な刑事裁判を提起した。
     国鉄本社は科学性を無視した極端な命令主義であったが、警察・検察はその重大エラーを敢えて見過ごしてしまい、懲戒処分付きの本社命令で危険なトンネル内停車をさせられて脱出不能となり、1名殉職、生き残った乗務員たちを起訴して刑事責任追及を行った。(裁判は乗務員無罪判決で確定)
     東海道新幹線名古屋騒音対応での国鉄当局の強硬な対策拒否、敵意丸出しの乱暴な対応で東京ー大宮間の東北新幹線反対運動、成田新幹線反対運動に火をつけてしまい、都知事も反対運動支持表明して解決策を求めた。 国鉄が名古屋騒音訴訟支援で減速した運転士に懲戒処分を以て210km/h運転継続を強要、暴騒音被害を断固無視したことが、各地の騒音反対運動を激しく燃え上がらせ、一部誤導したようだ。
     打開策として決まったのは、新通勤線埼京線、大宮北部へのトラム新設に加え、大宮以南の東北新幹線の在来線並速度制限で建設承認を得て、成田新幹線建設は中止、その流れが過走して京葉線幸町駅設置反対運動に繋がった。

     列車騒音の物理的実態は、住宅密集の都内と新大阪は名古屋とは違い、東海道新幹線では、160km/h制限、110km/h制限か駅停車低速で有り、しかも在来線の暴騒音モーターMT-54:113系近郊型電車(横須賀‐総武快速等)の方が新幹線0系電車よりずっと煩かった。 最高速度210km/h区間は多摩川鉄橋から先の川崎市からで、名古屋駅南方を含んでいたが、東京都内、新大阪付近の様な軟弱地盤の密集市街地では160〜170km/hの低速制限が定められた(現在は(都内)170km/h、120km/h制限。285km/h、255、230、)。

     名古屋新幹線訴訟で騒音の賠償請求が通り、世論に正当理由と認められて新幹線の騒音規制の行政指導が公示された。 そして品鶴線の旅客線化横須賀線化時の暴騒音問題の解決に、並行・上下する新幹線騒音対策費が使われて解決した。
     埼京線並行区間も「都内の東海道新幹線並み」とか、「騒音・振動値規制」にしていたら自由度は増してもっと高速化・大容量化していたし、根拠の乏しい新駅建設反対運動には繋がらなかった可能性がある。国鉄本社文系役人たちは無茶苦茶であった。

     実質の新幹線の騒音対策となった事項は国鉄技術陣の総力戦だったから様々あって、東海道新幹線列車への給電容量を増やすため開通時のBT饋電をAT饋電に変更すると共に、トラブル頻発の架線のBTエア・セクションの全面廃止(=エア・セクション数の1/4〜1/5化)、大騒音源のパンタグラフ8基を2基に削減して摺動音を1/4に抑制、残る2基の並列運転して少なくとも1基は架線に接触する割合が大きいから、同時離線=スパークを激減させたことで耳障りな離線スパーク音を激減させ、防音のパンタ・カバー設置、車体と連結幌の空力的工夫、防音壁・吸音壁の設置などであり、こうした長期間の試行・改善の積み重ねが行われた。
     360km/h運転を目指して開発された東北新幹線車両が、営業運転では最高速度320km/hとなっているのは、騒音規制からと、330km/h超の高速での激しい線路損耗からであり、結果として名古屋南部と東京-大宮の新幹線騒音対策運動の反映である。
     中国や韓国の高速鉄道の騒音規制基準は日本よりかなり緩い模様だ。市街地は在来線で走るフランスTGVは高速線では人家まばらで騒音被害が少少ないのか?
     中国高速鉄道は日本製と欧州製の直輸入&デッド・コピーに始まって、日独から基幹部品の輸入で高速車両を自国製造し、高速鉄道の路線長では日本の10倍以上と画期的だが特段の技術的進歩はなく、降雪対策設備もないから雪にも寒波にも弱く日本より優れている訳ではないのだが、速度=性能とする誤謬で高性能レッテルは中国に奪われている。

     現在ではJR側が駅の建設費用を地元に押し付ける方針に固まり、自社の電車基地への通勤用駅まで地元に作らせるほど横着になって、今では反対運動が潰した形の京葉線幸町駅を、反対運動再燃の懸念を圧してまでJRが建設するとか自治体が費用負担する可能性はまず無くなっていた。
     仮に、鉄道を道路建設と同じ公共投資扱いで国や自治体が建設費・維持費を負担する政策であれば負担は妥当で、高速道路並みであれば40%前後の公費負担となるが、現状は鉄道の維持費は総て「独立採算制」とされ鉄道事業者の負担とされている。
     近年の京葉線幕張塩浜駅新設には地元が建設費用の補助金を支出している訳だが京葉車両センターの通勤駅でもあってJRはチャッカリだが、失当な幸町駅設置反対運動の悪影響は未だ消えてない。
     因みに1972年、総武快速線の車庫として幕張電車区が出来て、当初は幕張駅から電車区への専用通勤電車があって、配線としては今も緩行線駅の中線から緩行下り線(と快速上り線)を超えての車庫回送線接続で車両センター行きを残しているが、総武快速線の千葉延伸時の1981年、幕張電車区(車両センター)への通勤駅に相当する幕張本郷駅が開業、車庫直通列車は必要では無くなった。 幕張本郷駅周辺の宅地化が進み京成千葉線が10年後の1991年にこれを追って並べて幕張本郷駅を作った。 幸町は交通不便な古い住宅公団団地だが家賃が安いので中国人など外国人が目立つUR団地となった。
  • クジラ漁反対全面禁止
     かって欧米は夜間照明用に鯨油を求めてクジラを乱獲。しかも鯨油以外の鯨肉や骨、髭などは殆ど捨てていたから、クジラは絶滅寸前となった。 そこで各国参加の国際捕鯨委員会IWCを組織して、資源維持を図る継続的捕鯨を行うことを決めた。 ここに捕鯨絶対反対の運動に乗った非捕鯨国が、捕鯨の絶対的反対を掲げて多数参加し、IWC本来の設立目的:持続可能性のある捕鯨を全面否定して捕鯨禁止団体に変質させてしまった。 その結果、クジラが増えすぎて漁業資源を食い荒らしたばかりか、サメの餌と化してサメの異常発生でクジラ漁絶対反対の反捕鯨国オーストラリア沿岸では海水浴客などがサメに襲われて命を落とすようになった。
     牛馬、羊やバッファローなど肉食で、照明用油獲得に鯨を大量惨殺してきた国々が、同じ肉食:クジラの食用:全面活用の日本にヒステリックに絶対反対を貫く妥当な理由など存在しないが、クジラ漁に無関係の国の主流多数派が受け狙い政治に占拠されている限り現IWCの場で妥当な解決はない。 捕鯨絶対反対である反捕鯨国が資源調査費など応分のIWC運営費用は払わず、日本の拠出に大きく依存していたから、日本の脱退で機能不全、資源調査も出来なくなり、存続が危ぶまれている。 日本がIWCを脱退したのはやむを得ない様だ。

  • 未開放部落解消運動を地域制圧支配に転換
       同和利権部落解放同盟浅田派

     浜松以西の各古都を含む地域には未だに旧未開放部落出身者に対する差別意識が残り、若い層ではその軋轢を嫌って故郷を離れて、部落差別のほとんど見られない関東・東京へ脱出する人達がかなり出た。 地域の不文律で部落出身者と結婚すると周囲から付き合いを絶たれて商売が続けられない状況が有り、親側も表向きは子夫婦を義絶、勘当して地域の「常識」に恭順するほかなく、その状況が部落解放同盟に漏れると「被害者」が望まない非常識で苛烈な糾弾闘争が際限なく始まり、双方が暮らして行けなくなるほど追い詰められてしまう! その脱却策としては、若い層であれば働き手を求めていた部落差別の殆どない東京への脱出は親も子も追い詰めないで済む良策だった。 こんな状況が長く続いたから関西方面の地盤沈下は人材面から必然だったろう。 求人の新規事業計画者も部落解放同盟の訳の分からない言い分絶対の理不尽なクレーム・リスクを圧してまで事業展開したくはない。 「差別を知らないのは差別だ!」と糾弾・追及するから、集団的威圧の中で究極は「世界中が差別者で解放同盟の支配に服すべきだ」という暴論実践に転ぶ。
     私の1年次先輩の優れてアイディアマンの開発設計技術者が見染めたのが、旧未開放部落出身の女性。 しかし御当人は逆に日本で名の通った由緒ある家柄の総領で、その伝統社会では絶対に認められない結婚。 解決策としては、西日本の故郷を捨てて関東永住を決意し、親に半年先の結婚宣言をして、対外的には勘当・義絶扱いとして攻撃を回避し、職場の同僚たちで内輪の「結婚を祝う会」を開いた! その場で西日本の激しい結婚差別が話題になって、件の婿殿曰く、「部落民は『四つ』って言うから、尻尾でも生えてるのかと尻を撫ぜたんだけど、何も無かったよ」と、人前で新婦の尻を撫ぜてイチャイチャと!大爆笑だったのだが、当時、西日本では到底笑えない深刻な社会的タブーとして存在していることが分かった。 東日本の感覚では信じられないが、『四つ』とは四つ足:部落民は四つ足のケモノだというのが西日本古都地方の差別感覚だった。アメリカ南部白人たちに未だに「黒人は家畜」という奴隷制時代の差別意識が支配していて、繰り返し射殺事件が起こって、時に無罪放免されて深刻な対立を生んでいるのと共通の差別意識である
     部落解放同盟は差別を口実に糾弾リンチで無法な利権漁りを強行、地方自治体の予算が組めないほど「同和関連予算」を膨らませて、唯一政策対抗出来る共産党籍の首長を多数実現させる事態となった。 だが、それが2〜3期続くと同和利権の占拠もソコソコに収められて共産首長は使い捨ての形となった。

     部落解放同盟の最も劇的な集団犯罪が教職員60余名を拉致監禁、長時間集団暴行を加え重傷12名(重体2)、重軽傷44名(入院27名)の被害を負わせた「八鹿高校事件」(1974/11)である。 (cf.→国会議事録 https://jtqsw192.nobody.jp/DOC/kd74_75/741128naitou.htm)
     部落解放同盟は兵庫県八鹿高校内にその直属組織「解放研」を作ることを要求して、校長は屈服させたが職員会議が、「学校不可触の外部組織=解同組織を学校内に認めることを断固拒否」、それに対して部落解放同盟側は暴力で要求を認めさせる糾弾会を企画し1000人超の大動員をかけて、町役場や警察まで糾弾会側として動員、朝危険を感じて下校を始めた教職員60名余を体育館に拉致、夜まで暴行を続け、殴る蹴る冷水を浴びせるなどで重傷12、軽傷32(入院27、内臓破裂などの瀕死の重症2)の集団暴行を続けた。
     被害を訴えても警察が拉致され暴行されて入る先生方を救出しないので、同校の高校生たちがデモ行進し川原で集会を開いて先生方の救出を訴えて町の世論を動かした。
     この重大事件は当初殆ど報道されず、東京では毎日新聞が3段の小さな埋め記事を1回出した程度だった。 こんな状況で関西ローカルに事件処理を任せたら、糾弾会強要17年間隔離・教壇パージの「矢田事件」の様に加害者側解同の暴挙が地裁の裁判で正当化され深化する危険が強くあった。
     そこで全国にテレビ中継されている国会審議の場で半年近く24回に亘って八鹿高校事件の詳細を取り上げて、部落解放同盟の暴虐を知らなかった東京など東日本全国に知らせ、中央政府国会答弁として「部落解放運動の『糾弾権』の否定」:解放同盟の常套手段、際限のない強制的暴力的糾弾の違法性を確認させることで、政府中央の方針として「検挙」方針を明確化させ、関西ローカルの警察、行政機関や裁判所の解放同盟屈服免罪を出来なくして、曲がりなりにも摘発・取締りを始めさせた。
     このNHK-TV全国放送での八鹿高校事件国会質問生中継は全国に驚きを以て拡がり、マスコミが殆ど報道してなかったから、唯一の赤旗新聞報道が広く浸透した。 (See→八鹿高校事件関係国会質問リスト)
     このとき組合側団体交渉委員(副団交委員長??)であった私は、会社側団体交渉委員である人事部長(副団交委員長)と工場労務課長に呼び止められて、八鹿高校事件がどんな事件かの説明を求められた。 そこで関西圏、福岡、広島など西日本での部落解放同盟の糾弾闘争の集団暴行常套・強引な利権獲得を概略説明して、「我が社員にも旧未開放部落出身者は居るが、我々の知る限り、皆関西系の解放同盟浅田派の活動とは距離があって呼応して居らず、特別の警戒は無用の状態。個人的に何人かの旧未開放部落出身社員は知っているが、その個人特定は不当・有害だからしない」と説明した。
     赤旗新聞は日常報道に加え八鹿事件報道の詳細の臨時増刊パンフなどを出していたので、労災・解雇など争議被支援を受けて顔見知りの共産党議員を通じて入手、先の部長課長2人に手渡したが、解放同盟が警察や役場まで制する異様な事件に大変驚いていた。
     実際、組合結成以来共に活動し30年間組合三役だった同僚がリタイヤ後に社会党右派とされる関東某地域の解放同盟のトップとなってビックリ!在職中は完全非公然の解放同盟員(非浅田派)だった事になる! 彼の日常の主張は「左」で、組合員要求に概ね良く沿って信頼を集め、西日本を制する利権追及の解放同盟とは明らかに違っていて我が某組合幹部として退職までの30年間、解放同盟への言及は無かったから、全く思いも寄らなかったのだ。 言動などからすぐに匂って注目されてしまう「非公然共産党員」たちとは偉い違いだ(w)。

     東京本社工場では、3交代の深夜勤専門パートたちが人員整理にさらされて、我が組合に加入して交渉、その身分を、よりまともな(男子)嘱託として賃金を引上げさせて雇用継続させた人達のほとんどが旧未開放部落出身であることを後で知った。
     三越デパートの合理化で、三越専任の外注生産が廃止され一斉工場閉鎖、失業となったが、そこが東京の元部落領域の一つだった。 元工場長を含め多数が廃業して、我が某社の三交代深夜勤専業男子パート要員に採用されたが、社内の解放同盟の活動は一切なかった。 私にとって、東京では彼らが唯一の生身の元未開放部落出身者:社会党右派解同傘下者であった。 彼等からは、それまで作ってきた三越ブランドと入れ替えられた大量生産品オンワードとの裁断・縫製の見分け方を詳しく教わり、「一般顧客には気付かれない欠陥の品が日本橋などに安く流れて居る。あんたが今着てるスーツは素人には気付かれない何らかの欠陥があって日本橋に流れて売ってる準高級品だ!」と見抜かれてしまった。 三越の倍近い値段はそのせいだったのか!工場の設計屋である私には丁度良い水準だワイ !(笑)。
     この深夜勤専門パートを生産調整で解雇する!(=1年間だった雇用契約更新拒否)で日勤パート化で高額な深夜勤手当をなくして女子パートと同じにして暮らせなくして退職を迫る合理化を強行。 だが東芝臨時工契約更新拒否事件で解雇無効判決は確定していて地裁提訴なら先ずは勝てる。 三越下請け会社では工場長だった一人が、気持ちとして労働組合には加入できず、会社と個別交渉して、大型電算機の帳票出力係の「男子パート」として「深夜勤の+50%分」を代替して+賃金補償とされた。
     当時パンチカードで動かしていた大型電算機関係への一般労働者の配転は、三次元(立体)の三角関数演算に追われる三次元測定機室配属同様に、当人に不適応を起させ退職させる陰湿な「選別首切り合理化」攻撃だった。
    (開発設計系が多かった我が某労組中央役員の「理工系脳」では三角比もコンピュータも日常使いだから、気付き難い盲点だった! 製造職場組合の軸であった商業高校出身女性を三次元計測室に配転したのも、振り返れば同時期に行われた組合攻撃の一環だったようだが、当人が周りの支援で商業とは畑違い理数系の三次元空間の三角関数計算を楽々乗り越えてしまって、頻繁に行われていた「差別配転の一環」とは気付かなかったのは労働組合としてやや間抜けであった。 今振り返れば地域各社では、組合役員活動家の3次元測定機室配転が多発していて、何人かが不適応を起こして体調不良・鬱症状で倒れ活動困難になっていた。むろん平気な人物も居た)。
     しかし三交代深夜勤の元々の作業が完全自動組み立て機の操作、組立部品供給、ワークの詰まり除去などのお守りだったから、夜中中、手順書通りボタンを押す作業には変わりなく、加えてプログラム作成側も主力副キャップ2人が我が組合員で、ソフトの設計方針として「(電算機で帳票印刷などの)オペレータに判断は求めない単純操作」のソフトを組んだから、大型電算機操作が全く精神的負担にはならず難なく適応、自発退職という会社の陰湿な狙いは外れ、他社の様な首切り攻撃にはならなかった。 「電算機」を錦の御旗に全社に「事務合理化」を強要していた大型機の時代に、すでに我が労組員システマー達が使い易いマンーマシン・インターフェースを追求していたのは大変有難かった。 そればかりか、「男女雇用平等法」の施行で男女別賃金が禁止されたばかりなのに、会社は女子よりも3割余も高い「男子パート賃金」を創設して組合交渉抜きで個人と雇用契約を結んでしまい撤回できなくしてしまった! 組合の交渉で出した「仮案」なら組合から違法を指摘されて撤回できたものを、組合回避で先に「会社の制度」として個人と正式契約して実体化してしまったのだ!
     しめたっ!(笑)。 「男女別パート賃金違法!直ちに女子パート賃金を『男子パート賃金』に引き上げよ!」と翌朝工場門前ビラ宣伝。 男子パート制は契約で制度化されて取り消せない!整理対象は10名、女子パートは120余名、130余名を男子パート給にするより男性深夜パート10名を常勤嘱託化する方がが安上がりだから、会社は堪らず残る未契約男子パート全員を、より高給の常勤嘱託で再契約して切り抜け解決することとなった。 (当て馬にされた形の女子パートさん達は最初から深夜男性パート雇用継続交渉だと見通していて非難は無かった(笑)) だが選挙時には社会党右派候補への投票に強く動員されていて、我が某社の人員整理方針を運動で粉砕した組合員有志らの個人的支持政党と又裂き状態になっていて、解放同盟・社会党右派から指示の会社内への働きかけどころではなかった。

     開発設計技術系の多かった当方組合執行委員側は団体交渉の場でも話を盛ったりせず、法学部など文系が主の会社人事労務側に、交渉内容の技術的解説をしてきた関係で、「コンピュータの結論だ」とする会社側の実質説明拒否を、納得させて封じていた関係があったので、結論の評価では労使対抗側として対立しても、事実関係の話では我々組合側が一定の信頼を得ていて、時に彼等からの準リークさえあった。 さすがに直接の中味は教えなかったが開発設計技術者とベルト労働者中心の我が組合側に経営関連の重要事項の調査法を教えてくれて、「インサイダー取引」などと外部監視が無かった時代、社長一族が会社を食い物に私腹を肥やしている醜状が把握でき、ビラで暴露、糾弾したこともあった。
     社員採用を司る人事・労務幹部が共に東京出身で同和問題の存在を全く知らなかったのだから我が某社中央では部落差別採用など起こりようがなかったが、地名総監購入ではやはり東京出身総務係長が内容を知らずに「不要書籍」として購入を断っていて、近隣各社総務部との交流会で、知らずに買って解放同盟から酷い目に遭った経験談を聞き、理不尽で激越な糾弾のニュースに「危なかった!運良く断っていて助かった〜!」と胸を撫でおろしていた。
     西日本の採用現地に配置していた求人・採用担当嘱託は地元居住者だから当然同和差別と解放同盟の専横を知っていて、部落解放同盟系とは子会社採用担当者個人との裏合意で毎年の新規採用枠を示して「求人成功」(求人担当の成果)&「採用成功」(解放同盟の成果)としてwin-winに収め、それ以上に多く採用していたから、旧未開放部落関係者の採用差別は全くなくて、部落解放同盟幹部に部内に誇る花を持たせた形だった。
     本社総勢4500人の会社で毎年1000人採用して1000人退職、半減期1年半という雇用崩壊状況で全国で必死の採用活動をしていて、仕事に無関係の「旧未開放部落出身」など採用拒否の理由にはならず、採用担当者に取っては本社からの採用ノルマを埋めてくれる有難い枠だからの「採用担当個人合意」なのだ。 当然本社はこの密約を知らなかった(ことになっている。創業者社長は自分の故郷のことだから個人として知って黙認していた可能性はある)。
     これらは子会社解雇反対組合結成で長期の貼り付き支援時に得られた裏情報だ。 中高年嘱託社員とパートの整理解雇を御用組合が容認・放置声明!マスコミに対しても公表した。 そこには我が本社工場開発設計系組合員が多数技術指導者として派遣されていて整理解雇の職場状況を労働組合本部に詳しく連絡し続けていた! 「中央執行委員会4役決済」として、子会社組合新結成の機密漏洩・弾圧防止を図り、組合規約には無かった「組合大会の後追い承認」を期して地方支部扱いで解雇反対組合結成支援を決定。 これらの情報は現地に組合結成を成功させ、初期運営支援として新婚直後の私が単身赴任で4か月ほど貼り付いて当事者らから得られた裏情報の一つである。 (=大会で否決されたら出張全費用の自腹負担を覚悟。かなり強い反対もあっての断行だった。幸い後日に大会承認されたが、夜8時には食堂が看板という非常に夜が速い街での寿司屋など食べ物屋の晩飯や、地域労働組合への支援要請の付き合いは飲みにケーションが支配して普通は自前だから(炭労など古い大組合には役員交際費がある組合もある)、私の通帳残高は子会社組合結成支援の張り付き4か月で約40万減っていて、カミさんにバレない様、仕事直結の磁気記録付きプログラム電卓入手30数万、さらにパソコン・ディスプレー・プリンター・ハードディスク一式購入などに混ぜ込んで隠し通したのだった(笑))。
     解雇反対組合結成に現地正社員御用組合が「第二組合撲滅、排除!(=我が組合の解雇反対地方子会社支部撲滅!)」を指令したが、職場の既存組合員たちからは逆に「お前らが嘱託&パート250名の解雇を認めて放置したから、対象者が『解雇反対組合』を作ろうとしてる。当り前の行動だ!既存組合はオッちゃんたちの邪魔するな!」と各所で糾弾・決議され、会社側御用組合執行部を封じ込めてしまった。
     会社が不景気で全国一斉に採用を止めたときには個人的裏約束の人事担当者を国際電話で連絡困難な東南アジア子会社(マレーシア?)に出向させて連絡を絶ち、掛け持ち社長も常駐しておらず、会社として知らぬ存ぜぬで通し、個人レベルの裏合意を無効にした。 当人は「この歳で海外出向は厳しいよ〜〜」と深々とボヤいていが、ほとぼりを冷まし2年余で帰国した。
     なお、組合側にもDMで地名総監の売り込みがあったが、地名一覧など組合活動には不要で私が即時却下廃棄していた。 勝手に現物を送り付けて、請求書を送り、間違えての送金を期待する酷い商法も多数繰り返されていたから、請求書を良く見て間違って支払わない様気を付けていたが、購入しただけで有無を言わさず「差別だ!」と糾弾し諸要求を飲ませる部落解放同盟の手法は恐喝・強要に等しい。
     東日本の圧倒的多数では部落差別とは「橋のない川」(住井すえ)など近代小説のヴァーチャル世界であり、関西・西日本の旧身開放部落と運動の実態は殆ど知られていないから、その時点では地名総監が旧未開放部落リストになるとは思いも寄らず、同和差別の資料とは全く認識していなかった。

     解放同盟の文化破壊暴力として記憶に残るのが「映画『橋のない川』上映粉砕運動」で、解放同盟に加え反共産党系組合団体を映画の上映会阻止に大動員して力尽くで上映中止とさせる愚を繰り返していた。 しかし同小説の読者は多くて「差別認定」は解放同盟身内からも突き上げられて「小説は可。映画が差別だ」と方針修正した。 上映妨害運動が関東にも持込まれ社会党右派系労組と極左(反日共)系が妨害運動に呼応(=実質日本共産党敵視の思惑で取り組まれるが、文学映画が標的では自身の評判を落とすばかりで全く外している)。
     そこで日活、大映、東映など映画関係労働者らが上映成功の支持運動を起して各地地区労に提起、都教組(主に後の全教系)、各地区労傘下組合に橋のない川上映会防衛動員を呼びかけて150人〜300人ほどの防衛部隊で上映会場を取り囲んで映画会を成功さるようになった。
     調布では右派の全逓や極左の東京現像所などのムクつけき男世帯部隊が会場前妨害デモでうねって突入を匂わせたが、組合結成直後で上部団体を持たない純中立の我が某労組の平均20歳未満の女性執行委員・職場委員・組合員たちが「映画:橋のない川」上映防衛に大挙結集。 「『橋のない川』が差別作品の筈が無いっ!」と森英恵デザイン(1967?)のスカイブルーの華やかなミニ・スカート(ジャンバー・スカート)の上下一体制服の集団で映画会防衛ピケの先頭にスクラムを組み、目の前の妨害部隊に「上映妨害するな!」「何処が差別よ〜っ。本も読んでないのに妨害に来るな〜っ!」「触るな!弩スケベ〜っ!」などと野次り倒した。 当時、極左派の暴力的デモが各所で繰り返され、報道が相次ぎ、男同士の大乱闘には慣れていたムクつけき実力妨害部隊をミニスカ太腿軍団が大いに怯ませて早々に撤退させてしまった。 都教組も半数は女性教員だったが概ね中年、若さでは未成年女性中心の我が某組合が圧倒していた。 揃いの華やかな制服姿の若い女性軍団相手では、組合の割当動員当番を含む上映反対デモ隊に実力行使・ピケ突破など到底出来なかった。 森英恵ミニ・ジャンバースカート制服(形は日本航空1971年制服に良く似ていて、袖なし腕部はシャツだが、色違いの原型を思わせる)では製造係用としては作業中に太腿までせり上がってシミチョロ化どころではない惨状で作業を妨げ、セクシーに過ぎて、酷く嫌われていて、組合結成時の廃止要求が認められ、一般的なデザインの作業服が改めて支給されてどちらを着るかは自由とされたからコンベア・ベルト配属の製造係ではない受付嬢などごく少数の「見てくれ派」は森英恵服が多かった。 だから当人たち自身が森英恵制服の見栄え効果は良く理解していた模様で、撮影所の倒産反対再開要求大集会などの舞台衣装では揃って良く着用して出演していた。 当時、女性が活動している労組は教職員、保育などに限られ、労働組合活動は男性のものだったから、我が某労組の女性主流は例外! 我が某社では長らく労働組合不存在を自慢していて、山猫ストが頻発する惨状ながら重なる不当解雇攻撃で男は組合活動の表に出難く、またベルトの末端管理者たちが御用第2組合に囚われたので多くの若い女性たちが組合活動を担っていた。
    上映防衛ピケの前面に男性が立っていたら流血の惨事が懸念された。
     我が労働組合の女工さんたちには文学好きが多く日記をしたためていて文章力もシッカリしていたから執行委員として工場門前での連日朝ビラが当番で数年間続けられた。 当時、集団就職全盛、女性の大学進学は僅少で、中学・高校卒で多く製造業に就職していて、文学好きの女工さんは多くて「橋のない川」はかなり読まれていたから、上映反対運動への強制割当動員は所属労組と(文学小説など縁のない)幹部たちへの信頼感を大きく落とし、以降、橋のない川上映妨害運動は、東京地方では社会党系諸団体の社会的信頼を大きく落として急速に収束していった。
     また西日本の部落解放同盟(浅田派)が旧未開放部落解放運動などではなく、差別を食い物にし再生産する醜悪な利権団体と理解されて云ったのだ。

     解放同盟に購入名簿を辿られ「部落名総監」購入とされて、無知を故意差別と曲げられ厳しく糾弾されて無理矢理「差別」と認めさせられ特別の便宜供与を負わされた関東の会社がかなりある。
     八鹿高校事件については主に解放同盟の西日本圏が暴力糾弾擁護に回っているが、例外としては近畿圏であり地域では糾弾闘争も行っている滋賀県本部は八鹿高校事件に非難声明を出している。

     関東では旧未開放部落住人のみを入居させる「同和対策住宅」は未開放部落地域の再生産に成りかねないから、自治体として早い時期にそれを止めて、公共住宅一般の運営に同和地区を数値枠で運用して分散解消している。 一般公共住宅に優先枠で住んで一般人に混じれば実態として被差別部落地域が消える。 この方針に反して消防地図に単純に「同和対策住宅」と明記してしまい大問題として回収したのが都下調布市だった。 ここは江戸時代からの旧住民に部落認識が残ったが、圧倒的に地方からのお上りさんと関東大震災&大空襲避難の街になって事実上解消となった。 ところが関西は窓口一本化で公共住宅である同和住宅の入居選考まで部落解放同盟が不当に奪いつつあった。
    「差別」があると、利権獲得の大チャンス!部落解放同盟にとって差別は無くなっては困るから、同和住宅とか、部落民宣言運動などで未開放部落の維持・再生産を図るのだ。

     しかし、現場が個人対応する形で抵抗力が弱く、解放同盟の横暴が通っている分野が放送業界だ。 差別語狩り糾弾が怖くて、喧嘩場面は罵倒に「差別語」が飛び交いがちで面倒だから言葉少ない殴り合い一択とか、あるいは一面的な差別語認定がまかり通ってしまう。 同じ文面でも対立する複数のニュアンスはあるが、部落解放同盟側の言葉狩りが現場を制圧してしまう。 侮蔑する『馬鹿!』と親愛の『ばか〜〜』とは全く意味が違う。解同が勝手に解釈を固定化して集団暴力で押し付けるな! これは個々の番組現場任せにせず、対個々人ではないクレーム対応組織が必要なのだろう。 放置すると番組の質をどんどん落としていって雛壇芸人を実力ではない面白くもない学会員の制圧で視聴離れを起しているのを更に酷くする、
     行政窓口を、民間任意団体であるはずの解放同盟が独占し利権とする違法な「窓口一本化」もあって、公共施設の不法占拠とか、職員の身分で賃金を得たまま解放同盟活動に専従する「闇専従」等が関西・九州を中心に長らく続き、一部東京でも未だに続いている。 労使交渉に際して、交渉時間とその前後を有給とするのは法に明文で認められているのだが、ズルズルと組合専従化したのが元々の「闇専従」であり戦後すぐのポツダム労組時代のものだ。 だが、本来社会運動である部落解放同盟は元々専従の対象外だ。 東京は美濃部都政2期目末期の舟橋副知事の部落解放同盟(社会党右派相乗り)屈服の置き土産であり、東日本の住民には殆ど知られず、次第に改質で薄まったとはいえ「解同流の人権研修義務化」「一部公共施設占拠」など未だに残滓があり、少なくとも解同支配を拡大させない世論の監視が必要だ。

    有益だった運動

     
    2026/08/27 23:55

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