[331]

BBS
BBS
mail to: adrs
旧
新
Diary INDEX
Geo日記
戻る
LIST
主目次

風力階級表解説の改訂
 誰も関心を示さなくなった内容をどう普及する?
  理科年表は長らく掲載中止!JRは目視観測中止・基準廃止

See→ [気象庁風力階級表]
 気象庁風力階級表が改訂されたというニュース(下枠。See→気象庁原サイト表)。
 改定内容は「瞬間風速」を具体的な値で定義し、強風域をさらにクラス分けするなど大変妥当なものですが、従前はビューフォート風力階級表を後にメートル換算して採用していたものを、メートル単位区分に改めていたことに気付きました。ビューフォート風力階級は航海用にノット基準で階級分けされた全世界で使われていた風力階級表で、気象庁の風力階級表はそれを単純にメートル換算したことで中途半端な風速区分となっていました。現在は中学2年の理科の内容のはず。See→ノット表示風力階級表(抜粋)(ノット制定が明白)

気象庁風力階級表解説改訂

   [ビューフォート風力階級表](=気象庁旧風力階級表)

 イギリスの海軍提督フランシス・ボーフォートが1806年に提唱した。ボーフォートは風力を0から12までの13段階で表し、それに対応した海上の様相についての表を作成した。その後、より客観的な風速と風力階級も対応付けられた。

 この風力階級表は1964年に世界気象機関の風力の標準的な表現法として採択され、現在ではビューフォート風力階級といえば通常はこの世界気象機関で採択された風力階級表を指す。日本の気象庁の採用している気象庁風力階級はこのビューフォート風力階級を翻訳したもので内容は同一のものある。あった。
  by Wikipedia [ビューフォート風力階級表]
東京新聞
東京新聞2013/03/26夕刊D版8面第2社会面
日経新聞
日本経済新聞2013/03/26夕刊4版14面第2社会面
 問題としては、先ず、世界的には共通性のない日本独自指標を採用して良いのかどうか?
 例えば地震の「震度」は日本独自スケールですが、制定の合理性では日本方式の方が妥当で、しかも被害地震の圧倒的回数が日本周辺のうえ、地震そのものを他に持ち込むことがないので「世界標準」も存在せず、日本独自震度指標を採用して差し支えありません。(西欧で採用の震度は以下のメルカリ震度を参照して下さい)。
 ところが風力は帆船航海を媒介に世界中に拡がり、条約に基づく国連機関「世界気象機関WMO」で採択された表現なので一定の汎用性はあって、地表の風だけであれば独自基準採用は可能ですが、地震に比べて各国独自基準は採用しがたい面があります。
 気象庁風力表にはノットをメートル毎秒換算しただけの無理なメートル表示という問題はありましたから、独自区分採用か、元々のノット表示復活かの公開論議を必要としたのではないでしょうか。少なくとも基準変更理由は事前に国民に明らかにして貰いたいものです。

 もう一点の大問題はその目視観測が近年現場でも学校でも次第に使われなくなっていること。使わないものをどう決めようと関係有りません。

 かってはそれぞれの駅の駅長が現場でこの気象庁風力階級表を基にした規則付表で気象観測して列車運行の可否を判断していた国鉄JRが無人駅増などを口実に現場の判断を禁じて、規則付表の風力階級表も廃止しました。そして疎らな風速計データに頼って指令の判断に集約して稀に見る荒天を見逃してしまい羽越線転覆事故(2005/12/25)や余部鉄橋転落事故(1986/12/28)に至りました。
 科学データブックである理科年表の気象の部にも10数年前から天気図の凡例と共に載らなくなっています。(理科年表の1994年版には掲載があり、2003年版では削除されていて、2005年の羽越線強風転覆事故当時にはもうありませんでした)。

「情報」マンホール
社章
涸沢の紅葉
上高地、新村橋下流徒歩4分の通信線?マンホール。 梓川左岸徳沢園−横尾山荘間、社章は旧電源開発??
(山小屋の電話は衛星電話のみで有線の電話は無いはず。 山中のこの回線は東電?建設省?電源開発?
NTTと自衛隊と気象庁とJRではなさそう。紅葉は涸沢ヒュッテ前から涸沢小屋)
 気象庁アメダスを筆頭とする自動気象観測網の充実で、実務上は人力目視観測の必要性が無くなったからなのでしょうが、気象庁には独自回線が無いようで、NTT一般回線によるデータ収集のため荒天で通信が錯綜すると収集漏れが起こるとか酷い状況のようです。自由に優先度を設定できるデジタル交換なのですから、公共情報として最高の優先度を割り付ければいいものをと思います。NTTではペイしないところに線は引かないけど、気象庁には他からの借り物でない回線、少なくとも最優先回線を割り当てたいところ。が、入門者・学生・生徒の存在を考えると天気図凡例や風力階級表の削除は妥当だったと言えるでしょうか?
 むしろ、気象庁制定新風力階級表か、あるいは基になっているビューフォート風力階級表のノット表示をも復活して理科年表に掲載するよう求めた方が良いのではないでしょうか。表の参照は気象庁サイトを見れば足りるとしても理科年表不掲載は重要性が下がり軽視されないかと危惧します。気象庁のサイトも資料検索部をもっと目立たせて行政広報との視覚的区別をして簡単に検索できるようにする必要はあるでしょう。
 昨秋の上高地−涸沢山歩きで驚いたのが、上高地バス終点から徒歩で2時間半も奥の「氷壁の宿」徳沢園先の山道に「情報」と刻印された大きなマンホールがあったこと(右上写真→↑)。リアルタイムの人里離れた気象情報を自前で収集しているところは建設省と水力発電関係ですが、社章は見覚えあるのですが、どこでしたっけ?旧「電源開発kk」みたいな気がするのですが・・・・。そうだとすると梓川奈川渡ダム系を管理する東電のマンホール?

いつもながらの余談ですが、

 前述の通り、気象庁風力階級表の風速区分の中途半端な値は、[ノットkt=海里/毎時]を単純に[m/s]に換算して2重表示していたのを、メートル法の不当強制適用でノット表示を削除したことで生じたことです。同様の行政の無茶は機器操作上の目安で、絶対値は問題にしていない用途の圧力計まで、[気圧Atm]表示や[kg/cm2]表示を禁止して[kPa:キロパスカル]に換装させる愚行と同時に強行されたものですが、慣用で国際的に共通使用の数値を国内法での規定で全面的に変えて良いと思う方がおかしい。電車の運転室をのぞくと圧力計が幾つか見えますが、その目盛の490kPaや686〜882kPaに赤線があるのはそれぞれ元々の基準値5kg/cm^2、7kg/cm^2、9kg/cm^2を示すもので、交換する必要性は全くありませんでした。

 例えば様々存在したネジ規格を新規製品についてミリ単位のISOネジに統一したのは主旨としては妥当性がありまして、同じ直径のネジでもネジピッチや山の角度が異なるネジが流通していた混乱状態を整理して日本社会としての生産合理化を図れたのですが、欧米は圧倒的にインチネジ主流で、日本での高級品・高精度品は工作機械からして「舶来品(=輸入高級品)」のインチ基準だったわけで、既流通品の補修を考えれば「全面禁止」には元々無理があり、処罰の強権で一般には入手不能の裏流通にしてしまいましたが、後日、日米貿易摩擦でアメリカから恫喝を受けるとたちまちにインチネジ製品の流通を認めてアメ車関係品と政府専用機747を2機とかエアバス機を即時輸入することになりました。

 一般ユーザーの直接関係する製品としては、カメラやマイクロフォンのスタンド・三脚との止めネジ1/4インチ(カメラ)、3/8インチ(マイク・スタンドが主)とかのデファクト・スタンダード製品用も純正以外は入手できなくなったり、ゲジゲジ半導体DIPパッケージのピン間隔1/10インチとかカード・コネクターのピッチは一時、mm規格の2.5mmピッチとインチ規格2.54mm/1.27mm規格の両方が市場流通しましたが、メートル法強制の予定したmmには収束できませんでした。一方、一般人(というより取り締まり側)が簡単には判らない[ガウス]とか[エルステッド]、[ガル]などは国際単位(SI)化した方が良いし悪い副作用もないのにそのまま残されまして、本来なら、曲尺・鯨尺の禁止などを含めて生活の場の一般表記まで縛ってはならず、商取引の実値規制に留めるべきなのを、そうした実情を無視して処罰まで強行した通産省の横暴支配が行われました。

 この一面的利点だけで問答無用の処罰付きで一律強制して悪法化したメートル法で、日常生活も影響を受けて、量り売りで100匁(375g)単位だったのが、400g単位に変えられるなど様々ややこしく影響したのですが、一般国民は苦情を言うことなく大人しくこの強制に従いました。
 僅かな抵抗として通産省の見せしめで捕まって処罰されたのは、一般国民が和裁で欠かせない曲尺・鯨尺をメートル強制法に違反して売った業者・大道夜店でしたが、あまりのことに放送作家・作詞家・文筆業タレントの永六輔氏がその担当番組で宣言した上で、ご自分のイヴェント会場で売り歩いて「さぁ、掴まえなさい!」と抗議を続けて与論の大きな支持を得て弾圧できなくして、曲尺鯨尺については不当な禁止の無効化に成功しました。この場合の曲尺・鯨尺は商取引用ではなく個人向け製作用治具に相当するもので、そんなものの売買まで処罰付きで規制してはいけません。
 そういう国民の実力行使で粉砕した法規制としては、他に梅酒などリキュール作りの禁止撤回があり、貧乏人の酒どぶろく(濁酒)製造は未だ違法で「あんぽん」の孫正義氏御一族同様、田舎では摘発とのいたちごっこが続いているらしいです。掘り炬燵のあった時代には甘酒は糀を買ってきて炊きたての暖かいお粥に混ぜて自家醸造して飲んだものですが発酵が行き過ぎるとどぶろく状になって更には酸味が出てお終い。酒粕+砂糖の「甘酒まがい」ではない、深大寺・植物公園とか偕楽園とかのお花見の屋台で売ってるような本来の甘酒です。町に小売りの「糀屋」はありましたし、自家醸造のどこからが「違法」なのでしょう?村共有の入り会い原野を国が所有を宣言して取り上げてしまい、御都合で立ち入りを禁じてしまったのと同じ臭いがします。真珠の「匁」などは国際単位となって居ることが考慮されて真珠取引に限り最初から取り締まり対象から外されていましたが、かっては自分で縫うのが当たり前だった和服の基準寸法や、日本家屋の部屋・建物の基本単位である尺、間の使用を刑事罰をもって禁止するなど悪代官的国民生活無視・敵対行政はまるでキチガイ沙汰でした。

2013/03/29 23:30

[Page Top↑] 旧
新
雑談
Geo雑談
戻る