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神戸電鉄過速度停止事件追補

 神戸電鉄は過速度非常停止の事態について誤解を含んだ報道が席巻したことで、改めて解説文書を発表した。→[神戸電鉄発表文]
過速度防止装置設定
No.#照査
速度
[km/h]
相対
位置
[m]
絶対
位置
[km]
備考
1802209.283#1照査
2751209.38380km/h
C(55)(200R)9.503曲線
S(237)−1179.620停止点
 報道用説明文書の開示はないが、前ページ#189に述べたとおり、曲線速度制限値55km/hの発表を落としたことで報道機関側が過速度防止装置の速照値75km/hを曲線速度制限と誤解して報道したことが明らかになり、更に追って公表した解説文書に国交省通達による「安全限界速度」が明記されなかったことで新たな疑問を生じさせてしまった。過速度停止を叩くだけで、防止装置設置の成果であることを見ない毎日報道や、神戸電鉄の誤発表だとする朝日報道は共に妥当性を欠くのだが、鉄道現場にとっては注記無用の「公知・常識」事項であっても、一般向けに正しく理解できる広報としては周辺条件も付け加える必要があることを示した。
 それにしても尼崎事故の地元の事件なのに1社くらいは気付いて欲しいとの思いはあるが、裏返せばそうではない前提で、どういう情報を添えて発表すれば正しく伝わるかを考えながらの発表が「広報のウデ」ということだ。一昨年夏の東京南部大停電での東京電力広報課長氏の適切さは書いたが、鉄道業の広報も情報を正確に伝えるための様々な事前シミュレーションが要るのだろう。これだけ悪意側に疑われるのはJR西日本の信楽高原鐵道事故・尼崎事故以来の一連の不誠実な対応のとばっちりなのだろうが、噛みつかれる方はたまらない(w

公称曲線速度制限値は乗り心地限界速度

 国鉄JRの曲線速度制限は、基本的に「乗り心地限界横G」を基準に定められていて、水平面基準の「本則」と、高速化のための特別基準としてカント面基準の「許容不足カント」2通りの決め方があり、それぞれ車種別に決められている。
 本則の場合の概ねの限界値は線路面に対して曲線で 0.08G、カントや緩和曲線を設定できない分岐器付帯曲線で 0.05Gとなっているが、規定法としては本則の場合、安全比率≡軌間/(2遠心力と重力の合力線と水平面の交点の中心線からのズレ)を、高速車で3.0、低速車で3.5に取り、分岐器付帯曲線で5.5に取ることを基準にして具体的価を表で定めている。不足カント方式の場合は、対水平面ではなく、カントの付いた軌道面に対する安全比率を4.0とすることを目途に、均衡カントに対する許容不足カントを車種別に定めて「本則+α」の一覧表の形で高速制限を規定している。国鉄JRでの許容不足カントは普通列車60mm、特急列車70mm、振り子式特急列車110mm、機関車列車50mmと定めている。
 神戸電鉄非常停止事件現場の200R、55km/h制限というのはこの乗り心地限界による速度制限である。
 現場の水平Gを求めると、
    水平G=速度2/半径=(55/3.6)2/200=1.167m/s2=0.119G
であるから、制限値は本則ではなくカントによる遠心力相殺分を考慮して+αを加算する不足カント型の制限と思われる。

 この速度制限の決め方は、先出不足カント方式が列車高速化のために後日一種の特別規則として制定された経過があって、一元的規則としての制定ではなく、本則自体を含めて規制の考え方と解析式、現場実用式、一覧表、加算表などと煩雑に分かれていてその適用誤りや、設計担当部局がATS-Pへの車種別設定機能の存在そのものを知らなかったため73%もの設定ミスを冒すなどのトラブルを誘発した。量産工場に倣った規則・図面一元管理化の試みは鉄道にも必要だ。事故調最終報告書に指摘のあるJIS等諸規則の周知徹底というのは現場的には規定の一元管理の問題である。選択解釈幅のあるJISなどの規定をそれぞれが独自に解釈したら齟齬を来すこともあるからだ。

通達の安全限界速度=転覆懸念速度の90%

 国交省は05/05/17付けで鉄道事業者に対して以下の通達を発している。
http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha05/08/080527_2_.html
速度超過防止用ATS等の緊急整備の考え方(整備箇所)
      直線部の制限速度で曲線部に進入した場合を想定し、対策を講じる必要がある箇所
直線部の制限速度 > 曲線部の転覆脱線に至る速度×0.9  (理 論 値)
 この式の実質内容は、「安全限界速度」として、「転覆懸念速度」×0.9を採用し、それ以上の進入速度の個所に速度照査装置(過速度防止ATS)を設置せよ、というものである。
「曲線部の転覆脱線に至る速度」は実験式である「國枝の式」から求めているが、そのパラメター選択にあたっては実重心高×1.25を採用するとか、実験式特有の決まりがあって、門外漢には実体を理解しにくい点があるので、事故調が國枝の式により具体的に算出した304Rでの限界速度105km/h(103系)〜108km/h(207系)から比例計算で200Rの転覆限界速度と安全限界速度を求めた方が概算値であっても理解されやすいだろう。すなわち、
 転覆限界速度(200R)=105km/h×√(200/304)=85.2km/h
 通達では、この値に0.9を乗じたものを安全限界とするよう求めているから、進入速度が76.6km/h以上の個所に設置すればよいことになり、神戸電鉄過速度停止現場の75km/h速照1基設置というのは先の05/05/17国交省通達に準じた妥当な設定である。
 設置条件にも依るが、特別の条件が無ければ、速照が1〜2段なら安全限界基準での設営、3〜5段なら乗り心地限界に拠る設営とみて良いだろう。

 念のため減速余裕距離も見ておこう。絶対的条件としては曲線入口までに安全限界速度75km/hに減速すること、ATS-Sx設置基準では空走時間が2秒必要なこと、ATS-Sx計算に於ける電車の制動定数は20/0.7=28.57=3.968km/h/s=1.102m/s2 と規定されていることを満たす条件で設置されているかどうかを確かめればよい。
 まず「80km/h走行中に75km/h照査からの非常制動コマンドを受けて、237mで停止した」というのは
●[減速度]:空走距離が80km/h/3.6×2s=44.44mだから、停止までの実制動距離は237m−44.44m=192.56m。
従って制動定数K=初速2/実制動距離=802/192.56 =33.23=4.616km/h/s=1.282m/s2
となり、想定より良く効いている。実際の空走時間が規定の2秒より短いのかもしれない。
●[75km/h速照設置位置]:80km/h→75km/h減速で、L=(80^2−75^2)/(20/0.7)+44.44m
=71.57m<設定値120m でOK!
●[80km/h速照設置位置]:90km/h→75km/h減速で、L=(90^2−75^2)/(20/0.7)+90km/h/3.6×2s=86.625m+50m
=136.625m<設定値220m でOK!
 どちらも十分な減速距離のある地点に設置されている。

 この速照に当たらないで速度制限の55km/hに減速できる減速定数Kを逆算すれば、
K=(80^2−55^2)/(220m)=15.341=2.131km/h/s=0.592m/s2
この減速度なら緩めの常用制動である。
 この減速曲線の2段目速照位置での速度は、=sqrt(V2−KL)=sqrt(80^2−15.341×(220−120))=69.75km だから、75km/h照査には当たらないで減速できる。
 現役の設定だから正しいのは当然と言えば当然で、この確認はまさに演習題だ(w

 (「安全限界速度」という概念は05/05/06国交省解説図に関連して5/20付け日記#71で提唱しているものである。宇野線の速度制限標識設置忘れ個所の速照設置例は、安全限界速度ではなく乗り心地限界で設置したことを示唆している。この時点では5/17に上記内容の「実質『安全限界速度』を基準に設置するよう求める」通達が出されたばかりであった)

非常制動自体にリスク

 ATS-PやATCでは連続制限に基づいて常用制動で緩やかに制動できるが、ATS-Sxなどの時素式点速照では「在ってはならない異常運転」と見なして突然非常制動を掛ける訳で、乗客が転倒負傷するリスクもあるが、更に碓氷峠横川−軽井沢間運行試験の様に運転条件次第で脱線の危険さえあり、あの急坂区間用車両では非常弁に制限を施し更にATS-Sを開放して急激な非常制動を回避して運行していたほどである。だから非常制動以上のリスクが予測される安全限界抵触の場合にのみの非常制動動作に限ることは適切な配慮である。緩やかな常用制動での減速であれば、それに適した設定でリスク分散を図るものだ。ATS-PsやATS-Pでは制限+10km/hに制動パターンを設定して(込め不足の危惧のある自動ブレーキ車以外は)常用制動で減速している。(ATS-P速度制限については+5km/h設定説もあるがその点は確認できない)。

多かった?無用停止
  装置に見合って修正か?

 尼崎事故後に前出の曲線速照設置通達が出され、その対象個所に倍する各鉄道の自主設置個所が発表され工事が進んでいるが、どんな基準で設置を決めたかとなると、国交省通達通り安全限界に依るのか、それとも速度制限値そのものを遵守させる乗り心地限界によるのか、中間的な基準を設定するのかという選択肢がある。前記の事情で非常制動のみのATSでは、安全限界による緩めの設定でもバランスとしては適切だ。神戸電鉄が国交省通達設定で速照に当たったというのは速照が無ければ危ない事態だった。
 一方、尼崎事故現場近くの60km/h制限のカーブ(250R?)に速照設置直後に特急が70km/hで当たってしまい、マスコミから酷く叩かれた例があったが、新設の安全装置がきちんと働いた成果という側面を無視してはいけないことと併せ、60km/h制限に対して70km/h設定というのは乗り心地限界での設定であることが窺われる。すなわち国交省通達による安全限界速度より厳しい自主基準で設定した制限に当たっての非常制動停止の様だ。
 他線でも多くの無用停止を強いられたことが報じられており、該当各社とも微調整した筈だがその内容は安全限界基準に近い緩いものにしたはずだ。時素点速照という簡易・初歩的な安全装置に見合った適切な設定があるということだ。JR西日本が去る4/1付けで「安全基本計画」を発表して、その文面としては積極的な方針を出している(=指弾の風除けに「言うだけで実行しない」かも知れない)が、そこに言う「リスクマネージメント」により順位比較をしていたら、雑なATS-Sx時素速照機能で乗り心地限界速度徹底の厳重な設定をするのと、閉塞信号を最高速度で冒進可能な大きなリスクとの比較で、閉塞信号の冒進速度制限導入に傾いた可能性がある。福知山線ダイヤは「余裕時間を取った」とされるが実際は最高速度120km/hを95km/hに下げてしまったから、その分運転時分を食われてタイトな運転になっている。どちらも物理的に必要な措置を解析して導いたのではなく、世論の指弾を和らげる迎合的措置として行われていることが問題だろう。
 誤った理解の世論には専門家として真実を伝える努力をすべきだ。それなのに全く根拠のない「懲罰的日勤教育有用論」を会社としての公述で持ち出すなんて、呆れて物が言えない。業務に必要な教育訓練と、全く無用の懲罰との区別の付けられない御仁が次期社長候補として君臨していたとは考えがたい会社である。このほど日本旅行社長に転出しJR西日本社長昇格の目は当面無くなったとされる。(受け入れ側社員もお気の毒に)。世論に圧されての常識的な措置ではあるが、くれぐれもほとぼりの冷めるのを待って昇格させるようなことの無いよう願いたい。
 一方、神戸電鉄が堂々と「安全限界速度で設定している」と説明しているのは妥当で支持するが、せめてその「国交省通達による安全限界速度75km/h」の基準である「転覆懸念速度」は示すことと、乗り心地限界速度55km/hについて「……過ぎない」などと余計な強調をして却って一般人の疑問を深めるような言い方は止めて、物理の教科書的な事実摘示だけの中立表現に留めるべきだった。(pdf文書は中立的な書き方だが、問い合わせにはつい口が滑っで「……過ぎない」とやったのか?(w)。一般世論がどう理解するかを常に念頭に置いた広報活動が必要だったのだ。

P.S.
 日記以外の、計算式が目立つページは別人が書いてるのか?との質問を頂いたが、出典・著者注記のない記事は総て自前。サイト作成の裏目的である脳味噌の錆落としは自分自身で遊び半分にやらないと効果がないから。飲んだくれてトホホの姿を繰り返し見ては到底解析屋には見えなかったのだろう。お互い様………いや、自戒!自戒!
(電子回路の設計屋なのだが「解析屋」と敢えて言うのは、解析込みの仕事で境界を越えて設計公式まで作りながらの作業だから。狭義の「設計屋」は既存公式の利用で足りる。要するに需要の少ない儲からん仕事ばかりだったということ(苦笑)。「面白い」と「儲かる」は別次元の排反事象の様だ)。外注ソフトをコーディングだけではなくアルゴリズム開発まで請けてしまったら、パート労働の賃率にまで落ちて当然だ。まして通信制御が入ると相手方ダミーのソフトまで作って調整するから踏んだり蹴ったりで、中小システムハウスがほとんど一掃されたのも無理がない。

参考資料リンク