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過速度転覆プユマ号事故でメーカーに賠償請求か!?

 ナマ資料や報道が無くて、間接情報、孫引き情報では不正確になり易く、コメントは慎重にすべきなのだけれど、台湾の特急プユマ号脱線転覆事故(2018/10)で、日本の製造メーカー(報道では住友商事)の責任を問うて損害賠償請求訴訟を提起したというニュースは、以前検討した(日記#0433)様に何重にもお門違いに見えて、問題点の指摘・整理が必要でしょう。その上で、様々な要因の重み付け=過失割合の算定となるべきものです。
 転覆事故原因を階層分けして辿ってみますと、
 アングラ情報で流れた、「システム立ち上げに当たり取り敢えずのATP断情報線非接続指示が台鉄現場からあった」のではないか?というのも充分考えられますが、発注者からの依頼文書無しに、口頭指示だけで動いてしまったのは、信楽高原鐵道正面衝突事故での信楽駅信号操作盤の仕様変更と同じで、重大な不適切。
 信楽高原鐵道の小野谷信号所設置に当たって、発注者の信楽高原鐵道には知らせないまま、助言補助者のJR西が口頭(電話)で信号メーカーに信楽駅制御盤の仕様変更を指示、3者打ち合わせでは退けられた「方向優先梃子」を亀山駅CTCに勝手に設置して信楽高原鐵道線制御に介入してしまい、それを知らない信楽駅での赤信号固着でのパニックを誘発して正面衝突事故の引き金となりました。
 これらは本来の権限を無視、口頭指示許容は鉄道業界に残る危険な悪習ですが、唯一第三者対抗出来る「発注仕様」に基づけば、それに反する信号線不接続は製造側が責任を持って補修すべき内容で、改修済みの模様です。

 製造側に責任有りとすれば、運行開始前の不具合抽出・調整の慣熟運転の必要性と、点検項目、確認項目を、明文で指摘しなかったことだけであり、信楽高原鐵道のような素人同然の地方自治体第三セクター鉄道ではない、歴史深く実力はある大規模鉄道事業者:台湾国鉄に対しては無用と考えても無理からぬところでしょう。 過失割合として認定したとしても微々たるものです。
 信楽高原鐵道は、廃線となる旧国鉄JR信楽線を自治体:信楽町が第三セクター鉄道として引き受けて、その技術指導をJR西日本が引き受けていて、技術能力の極端に不足する信楽高原鐵道に無解説・無連絡でパニックの原因となった方向優先梃子を設置していることと、JR西日本の旅行募集列車であることから、正面衝突事故補償として、過失責任割合訴訟の判決では信楽7:JR西日本3、自治体0で、弱小第三セクターの無い袖は振れない厳然たる事実で結果的に半分半分の賠償をして収まっています。信楽高原鐵道丸ごとを差し押さえて「JR信楽線」に戻したのでは国鉄信楽線廃線・第三セクター化の意味が無くなってしまい、補償金差額分請求放棄で結着しました。 c.f.See→詳解=日記#274
 しかしプユマ号事故では直接のメーカー関与部分が無く、台湾国鉄は技術的実力が充分あって、車両メーカーが指導・介入するような余地はほとんど無いでしょう。
 そうした原因階層から考えて、製造者・納入者に対する転覆事故損害賠償請求には全く妥当性が無いように思えるのですが。これでは台湾国鉄の中国習近平化で、正当な根拠の無い無茶苦茶要求です。


続)なぜ日本は植民地化されなかったか?  <2>

 テニスの大阪なおみ選手が、アメリカ警察の度重なる黒人虐殺に抗議して、予選大会準決勝戦の不出場表明に始まる一連の意思表示を行って、世界的に支持が集まりましたが、射殺犯人の警官たちの激アマ処分にさらに批判が起こっています。

黒人を家畜感覚!有色人種は劣等被支配者:白人至上主義者

 西欧やアメリカに多く巣くう「白人至上主義者」たちにとっては、黒人は生殺与奪の権限のある「家畜」に見えている様です。 アメリカは南部分離独立を抑える南北戦争で奴隷解放を宣言したリンカーンの北軍勝利で結着しましたが、解放された黒人奴隷分の労働力が不足してしまい、それを囚人強制労働で補うべく、黒人たちに警察などが因縁を付けて犯罪者に仕立て上げて奴隷に代わる強制労働層としたのが、現在にも尾を引いて、黒人だけが極端に就学率は低く、形式的な犯罪率が高い状態となっていて、家畜感覚が消えないことで米警察官やKKK(現全米ライフル協会等)による黒人虐殺継続多発・一触即発の抗議行動の背景となっています。 「自由の国アメリカ」は白人だけのものであり、黒人、有色人種には適用されず、アメリカ原住民インディアンは討伐の対象とされて土地を奪われ狭い居留地に閉じ込められました。
 大航海時代以降、有色人種は白人より劣った人種で白人が指導し治めるものとして、黒人は強制連行され奴隷市が立って家畜として売買され、有色人種は植民地での労働力として超低賃金での農奴的労働を担う「準家畜」であって、自由や民主主義を謳歌・享受出来るのは優れた人種である白人だけ!と本気で骨の髄から思い込んでいる様に見えます。 黄色人種の日本人は「イエロー・モンキー」であります。 これはナチス:ヒトラーがアーリア人優性・劣等ユダヤ人撲滅を唱えて民族浄化大量虐殺ホロコーストを行ったのと共通思想です。
 度重なる十字軍遠征侵略のいにしえは発端がイスラム征伐であり別とすれば、「大航海時代」というのは、西欧諸国が探検航海で発見して領有を宣言すれば領土となる、という乱暴な規則で、アフリカ=黒人=奴隷化し家畜売買、アジア=黄色人種=植民地化で土地と労働を収奪、制覇していきました。 特に地中海貿易に距離のあったポルトガル&スペインが争って海洋進出をはかり武力で新領土を獲得、略奪支配に抵抗する原住民を虐殺、インカも侵略と持ち込まれた疫病で文明としては絶滅の憂き目に遭っているし、ネイティヴ・アメリカンをインディアンと呼び、その住む土地アメリカ大陸や、原住民アボリジニの住むオーストラリア大陸を植民地化。西欧列強の力尽くのやりたい放題の時代が、大航海時代の実態でした。

宣教師・キリシタン絡みの日本史年表 <T2>

年代 事項 備考
1096
〜1291
十字軍遠征T〜6 宗教による軍事侵略
1271〜95
1300年代〜
東方見聞録:マルコポーロ 黄金の国ジパング(#3巻)
1274
1281
元寇:蒙古襲来、文永・弘安の役 鎌倉武士たちが撃退、蒙古船団台風で?壊滅
1300頃〜 大航海時代:最初に「発見」し領有
宣言した国の領土
(原住民無視)
ポルトガル&スペイン主、ローマ法王の勅許
1492 コロンブス(中米)西インド諸島着 東方見聞録で動機
1543 鉄砲伝来、種子島(大隅藩主購入) 短期間に複製量産
1549 フランシスコ・ザビエル来日 スペイン王&イエズス会宣教師派遣(信長接見)
1570 長崎を再開港 ポルトガルとの交易再開、純忠
1575 長篠の戦い(鉄砲初活用) 『長篠合戦図屏風』多数の鉄砲使用を描写
織田・徳川vs武田で武田滅亡
1582 本能寺の変 秀吉治世
1587 バテレン追放令
(宣教師国外退去)
大名に棄教令、秀吉
筑前箱崎(現福岡市東区)で発令
宣教と南蛮貿易の禁令
∵他宗教と激抗争で禁教令に繋がる
1600 関ヶ原の戦い 徳川政権
1613
1614
キリスト教禁教令
キリシタンの国外追放令

1619 黒人奴隷アメリカ初上陸
1637 島原の乱:農民一揆の大内戦 キリシタン中心に蜂起、過酷年貢取立圧政に抵抗
1639 南蛮(ポルトガル)船
入港禁止(鎖国令)
朝鮮、琉球、中国(明&清)、
&オランダ(東インド会社)とは交易
スペイン、ポルトガルは政教分離
布教禁止を拒否、オランダ承認出島へ
18世紀半ば〜 産業革命起こる 生産力に見合う販路要→植民地必要
1775
〜1783
アメリカ独立戦争 イギリス植民地から独立建国(白人の国)
1840
〜1842
アヘン戦争 清に英仏がアヘン売買の自由を認めさせる
1852 黒船来航 開港、国交要求。アヘン戦争を引き合いに
1861
〜1865
アメリカ南北戦争 アメリカ南部分離独立阻止、奴隷制廃止。この1年
早期戦勝余剰武器がグラバー商会・龍馬を通じて
日本の諸藩へ
1863 薩英戦争 生麦事件の報復・補償要求。英艦隊主力は印等張付
1867 大政奉還 幕府施政権返上
1868 王政復古 天皇施政宣言:明治時代
1868
〜1869
戊辰戦争 鳥羽伏見の戦い〜江戸無血開城〜五稜郭

キリスト教が植民地支配の先兵に

 コロンブスもマゼランも、その探検は領土獲得の遠征で、ローマ法王から新発見土地切り取り勝手のお墨付きを得た王の委嘱を受けての侵略そのもの。 西回り航路開拓目指してアメリカ大陸、西インド諸島到着のコロンブスは、座礁して難儀しているのを助けられた島に、軍隊を連れてやってきて領有を宣言、従わないものを征伐しています。 「東方見聞録」に触発されて、黄金の国ジパング=日本目指して出航したもので、領土化・植民地化の強い意図は明らかでした。

 ポルトガル、スペインを中心とする西欧勢力は、いきなり軍隊を派遣して占領支配する中南米・アフリカ型に始まって、アジアに対しては支配貫徹、植民地化にあたって、まず「宣教師」を派遣して、これを侵略の斥候として情報収集・報告させるのを最も重要な裏任務として、表向きはキリスト教の布教を図ったけれど、それは神の名で宣教師に従う現地信者勢力を作って支配の助けとするものだったのは、アジアの西欧植民地に共通するものでした。ポルトガルやスペイン、オランダなどによる「信仰」を使った間接侵略政策と言えるでしょう。

鉄砲複製&大量生産力とその武力で侵略抑止

 では、なぜ当時は戦国時代の日本が他のアジア諸地域の様に西欧の植民地にはされなかったのか?!取り敢えずのそれは日本の工業技術力と、国民の教育水準と、鉄砲で武装した多数の武士などによる軍団の存在で、鉄砲など西欧の総量を超えた数を日本が備えていて、織田信長・徳川家康連合軍と武田勢の戦った長篠の闘いで初めて鉄砲が使われて連射など戦術が工夫されて武田勢を滅ぼしていて、武力制圧が不可能だったからです。 この点は織田信長サマサマ!加えて東方見聞録のジパング=「金製の建物」とか魅力ある資源なども少なかった(w。鉄砲の購入に日本で産出する銀が使われた様で、取り敢えずは南蛮貿易が先行しました。 近代は侵略の矛先が豊かな清とインドで、資源の少なく、戦闘集団武士の多い日本にまで手が回りかねた模様。 (台湾島などはスペインやオランダの植民地として中国大陸から農業作業者を移住させ貿易農産物を作らせていて、資源が無くても植民地化されていて理由としては弱い)
 余談ながら、織田信長は、フランシスコ・ザビエルが来日時に従者として随伴させた黒人奴隷を譲り受けて家臣待遇として重用し家を与え、時に親しく会食していたという話があります。 本能寺の変で信長を討ち取り、この黒人侍を捉えた明智光秀は逆に「奴隷は西洋では家畜。殺すには及ばず」として救命したそうですが、当時の日本には人種差別はなかったことになります。 知らないものは差別のしようが無いというのは、関東・東北など東日本に未解放部落差別は全くといって良いほど知られていないのと同じで、横車支配を狙う利権集団部落解放同盟(See→解同関係衆参両院議事録)が 「差別を知らないのは差別だ!」と称して無茶苦茶な集団威迫・暴行を仕掛けましたが、美濃部都政第3期立候補に当たってその攻撃を撃退(=一民間団体に公的権限は与えない)して以降、関東・東日本の民間一般社会には定着出来ないで居ます。(公共施設の正当根拠の無い占拠はまだ残っている様ですが)。
 初めて黒人を見た信長は「肌に墨を塗っている」と思ったようで黒い皮膚が信じられず、見ている前で手を洗わせて色落ちしないことを確かめたとか(w。正史には載らないエピソードで、どこまでが事実か、話半分のスタンスは必要ですが、当初、信長は「南蛮寺」と呼ぶ教会を新築して与えて保護しており、宣教師(バテレン)側が仏教寺院に積極的に攻撃を仕掛けた騒乱:侵略着手がなければ禁教・追放令には至らなかったでしょう。 スペイン・ポルトガルの植民地獲得:侵略の先兵としての宣教師とキリスト教の役割については、極右大日本帝国無謬論の扶桑社「新しい歴史教科書」でも指摘されられて居らず、「占領によって布教を楽にする」という従属的評価p200に留まっています。
 ドイツがスペインから買い取っての植民地だったパラオなど南洋諸島を第一次大戦後のパリ条約で日本が委任統治するようになってから侮蔑的に「くろんぼ」「ちゃんころ」「ちょん公」などと呼ぶようになった模様で、酷い扱いですが、政策制度的差別ではありません。 治世としては、時に現地固有文化や言語を否定撲滅を図って強い恨みを買う愚策はあって今も責められているものの、鉄道、道路、港湾、水道利水など各種社会インフラの整備、公衆衛生、義務教育の実施、農業指導など、西欧のやらずボッタクリの植民地政策とは異なる、現地を育てて双方が利を得る日本同化政策でした。 インドネシア・台湾などを含め西欧の植民地から日本治世になった地域では、その政策のプラス面が第二次大戦後のアメリカによる大日本帝国批判教育を乗り越えて今も親日的である原因となっています。先の大戦後、再び占領を図るオランダを撃退したインドネシア・スカルノ(大統領)の発した独立宣言は西暦を避けて天皇記=皇紀でしたためられていたとか。 (清の属国から日韓併合で実質植民地化した朝鮮の政権だけが極端に日本に攻撃的で、インフラ整備や義務教育普及など韓国李王朝が長年放置していたものを日韓併合で「日本国民」となって受けた善政とも言える施策や、謝罪・賠償条約までも事実を曲げてまでして全面否定を繰り返していて、さらに誤主張是正の言論を刑事罰を以て禁止するという独裁国家並みの法律が「世論」の後押しで準備されるとかで、解決不能の事態に・・・・・・・・)
 See→「坂の上の雲」の語らない真実:明治時代は栄光の時代か?なぜ日本は植民地化されなかったか? 日記#420-2末節


 「洗礼を受けないと地獄に落ちる」と脅して改宗を迫る宣教師フランシスコ・ザビエルなどに、「ご先祖様たちは洗礼を受けずに亡くなっていて、ここで改宗したら御先祖さま皆が地獄行きになってしまう。そんなことできない」などと改宗拒否する知恵ある日本人たちにお手上げになってしまったとか。
 種子島に漂着したポルトガル交易船(南蛮船)から鉄砲(火縄銃)が持ち込まれて、それを領主、種子島氏が1000両で買い取って、刀工(刀鍛冶)の八坂金兵衛たちに複製を命じて生産に成功。ポルトガル船の次の寄港で再び持ち込んだ鉄砲を無用にしていました。
 火縄銃は「種子島」と名付けられて日本各地に鉄砲製造技術が伝わり実戦向きに独自改良がされると共に、織田信長を筆頭に戦国大名たちに大量に買い取られて、鉄砲の数では西欧各国の装備量を大きく超えてしまい、蒙古襲来を撃退し、戦国時代で常備の戦闘集団化して実戦慣れした武士たちの多い日本には到底攻め込めない状況になって、武力制圧不能となりました。それが幕末までの300年間、辛うじて保たれました。
 アームストロング砲など強力兵器は幕末の日本を追い詰めましたが、生麦事件(1862年)の報復征伐としてイギリスが薩摩に仕掛けた薩英戦争(1863年)では、史実評価とは若干異なり、双方にほぼ同数の戦死・戦傷者を出して、イギリス艦の司令官の戦死など薩英で互角の戦闘をして休戦・解決しています。さすがの大英帝国もインド・清征圧に手一杯で遠路はるばる日本まで勝てる大軍を送れなかった様です。 鉄砲は中国など他のアジアにも南蛮船を通じて伝わったのに、複製・大量生産・配備運用できて、実戦配備できたのは戦国時代の日本だけでした。 他のアジア諸国では、複製できなかったことで多くが武力による植民地化を許した模様です。(タイ王国は独立国として残り、当時の超大国清は次第に西欧支配を受けて英仏とのアヘン戦争(AD1840〜1842)でアヘン貿易の自由や香港・マカオの割譲・99年租借などを呑まされて植民地化)
 日本にもそうした宣教師たちがスペインなどの侵略の先兵の任を帯びて貿易船(=南蛮船)と共に派遣され、南蛮貿易の多額の収益で釣って各地の領主をキリスト教に改宗させてその領民をまとめて改宗させる策が採られ、九州を中心に「キリシタン大名」が多く生まれました。改宗に応じない領主には南蛮船を寄港させないことで、南蛮貿易の巨利でも改宗を迫っていました。

工作員・スパイ役、宣教師&キリスト教への防衛策:禁教

 それら日本に派遣された宣教師たちは、識字率など国民の能力や、組織された文明社会に驚いて、武力制圧不能と、簡単には布教出来ないことをイエズス会など派遣元に書き送っていましたが、南蛮貿易の利で迫って藩主丸ごとの改宗は進められて、長崎が丸ごとイエズス会に寄進されるなど、広がりを見せ、このとき改宗を拒否した領民は「逆殉教」とも呼ぶべき弾圧を受けて、奴隷としてアジアの植民地に送られたりしました。
 そうした宣教師・南蛮船側の不当に対して豊臣秀吉が原状回復を求めて日本人奴隷の買い戻しなどを要求したものの、実質無視され布教が続けられたことで、「バテレン追放令」を出して宣教師(≡バテレン)たちを国外退去(=主に中国の拠点へ撤退)させ、さらにはキリシタン大名たちに棄教(宣言)を求めて(立証求めず)、日本に対するスパイ・侵略行為を止めさせようとして、公然とした棄教拒否を表明した大名(高山右近)を追放したりしましたが、隠れた布教は続きました。
 徳川家康はキリシタンを中核とする農民一揆=島原の乱を経て、南蛮船に禁教令に従う政教分離:交易・貿易専念を要求、それに従ったオランダ(東インド会社)とは長崎・出島を介して貿易を続け、布教禁止を拒否したポルトガル船は入港禁止、スペインを加えて貿易も禁止されて、布教禁止要求でポルトガル・スペインの貿易船側からも寄港しなくなり絶縁状態となる、いわゆる「鎖国状態」となりました。 しかし、中国(明、清)、朝鮮、琉球とも貿易は続けており、中国との貿易量はオランダの2倍もあって、「鎖国」の実質は幕府による貿易独占状態となり、さらに農民一揆である島原・天草の乱の主力がキリシタンだったことから付随して渡航禁止、帰国禁止が定められた模様です。

教科書に不足(キリスト教の侵略性の無視)→攻撃開始側が逆転

 歴史教科書の定説としては、キリシタン弾圧の動機として、江戸時代の「士農工商の身分制度」を、キリスト教の「神の下に平等」という考え方が崩壊させるのを怖れて、とありますが、「支配者に従う」点では、キリシタンも神の使徒である宣教師・神父に信仰で盲従し西欧植民地支配に資する訳で、「平等」とは異なりますし、織田信長や百姓出身の豊臣秀吉の時代には明確な排除的身分制度ではありませんから、禁教理由としてはかなり説得力を欠きます。
 ポルトガル、スペインを初めとする西欧諸国は神の名を使って武力で植民地獲得をしている訳で、その政治工作の先兵=宣教師と、現実に各地でトラブルを起こして侵略の先兵を担ったキリスト教は、禁教の対象になり、幕末までの間の日本最大の内戦となった一揆=島原・天草の乱を経て厳しい取り締まりが行われる様になっています。
 一揆=島原の乱は領主2代の苛烈な年貢取り立てなどの悪政に対して起こされたもので、蜂起の中心はキリシタンだったけれど、スペインなどの侵略呼応ではありませんで、領主は一揆発生の原因者として幕府から処罰されている様です。激越なキリシタン弾圧が主因で一揆が起こったというのは逆順です。 織田信長の時代の一向一揆は仏教系で平等思想とは関係がありませんが、同様に軍事衝突で対宗教戦争の対象になっている訳です。
 c.f.:一揆=島原の乱:キリシタン弾圧が先か?信長・秀吉時代からの
     宣教師側の騒乱が先か?(バテレン追放令&大名禁教は秀吉による)
    信長・秀吉の時代の布教トラブル&バテレン国外追放&大名禁教を無視
   ∴原因と結果が逆に?!「【鎖国の理由】なぜオランダ・中国だけ貿易できた!?

 徳川時代になって島原の乱以降から行われたキリシタン摘発の踏み絵などの厳しい取り締まりと、過酷な死刑は、犯罪意思のない一般信者キリシタンに対しては明らかに遣り過ぎで、多数の「殉教」に同情が集まって非難されるのは当然ですが、西欧が大航海時代にキリスト教権力の助けを借りて世界中で行っていた皆殺しを含む激しい侵略を、不当弾圧「殉教」への同情が隠してしまっています。
 スペイン、ポルトガルなど西欧帝国主義諸国の侵略の先兵としてのキリスト教布教宣教師による間接侵略が各地の宗教対決騒乱として顕在化していた状況の平定のために、抵抗措置と反撃:宣教師国外追放&禁教令が必要となった事情と、仏教・キリスト教を問わず世俗権力と結びついた宗教側の様々な腐敗行為は、政教分離原則の根拠として歴史教科書にもきちんと載せるべきだと思うのですが。


大日本帝国無謬・戦争法体制の徹底か!
菅(安倍)首相の学術会議議員選任拒否  <3>

 学術会議自身が会員候補を選考して、首相がそのまま任命する慣行だったものが、今回は6名が選任拒否されたことがわかりましたが、選任拒否理由は全く説明されません。 個々に調べると、国会に参考人として呼ばれて、学識経験者・学者としての学問的判断から、安倍内閣の問題法案:戦争法、共謀罪、機密法に反対の見解表明をした人達が排除されていることが判りました。(捕捉:さらに前期の学術会議欠員補充についても内閣府が選任拒否して補充出来なかったとか、2018年には拒否権の存在を決定していたという内部文書が提出されました)
 また、研究の補助金受領に対して、学術会議が(結果公表の自由を制限される)軍事関係の受領をしない呼びかけ(2017年)をしたことを捉えて、自民党政府側からの「体質改善」を図るものとの解説もフジTV系番組で為されました。戦争法推進・大日本帝国復古の安倍内閣の立場からは許しがたいと映ったのでしょう。

 そもそもを言えば、アジア侵略の先の大戦の反省のもとに制定された日本国憲法(1946/11公布1947/05発布)の精神:殊に憲法前文と第9条の恒久平和主義の立場から、不戦を求めて政府とは独立に学術・科学政策の提言を行う政府からは独立した機関「学術会議」として1949/01設立されたもので、当初の公選制を1983年に中曽根内閣で、学術会議の推薦者を総理大臣がそのまま任命する形に改められたと報じられています。 改定時の政府文書でも懸念された独立性の確保について「科学者が自主的に代表者を選出する仕組みは『変わらない』」という法解釈が述べられていました。 侵略戦争に無批判に動員されていって原子爆弾開発まで要求された学術界も設立趣旨に同意、その路線で研究の全面公開=秘匿を求められる軍事研究の補助金不受領を宣言していたもので、改めて不受領を表明したのは設立時の方針を再確認したものです。
 菅首相の学術会議会員推薦者選任拒否は、科学者たちによって斯界の学術評価から推薦された人選を、そうした学術評価力の保障されない政府が勝手に評価して、政府とは異なる価値観・評価の存在を許さず専任拒否するのは、学術会議の独立性:自主的選任権を奪うもので、その点で制定趣旨に反して違法です。

「総合的判断」とは回答拒否宣言∵説明不能

 菅首相は官房長官時代から一貫して説明出来ないことの回答に「総合的判断」「そうは思わない」とだけ言って、具体的なことには一切触れないで質問を封じる実質「説明拒否」を続けてきました。 追撃して回答拒否を攻めた東京新聞望月記者など名指しで追放してしまいました。
 学術会議会員任命拒否も菅首相が同じ説明拒否手法を使ったのも、拒否理由を正直に答えてしまえば、大変な非難を浴びて追及されるから疑問に噛み合った具体的回答は出来ず、政府が勝手に法解釈を変えての「手続き合法」主張をするほか無いのでしょう。 政府として遵守すべき「学術会議独立」を踏みにじった不当な内容は説明出来ないのです。
 賭け麻雀辞任の黒川検事長定年延長と全く同じ構図で、政府による恣意的な法運用:解釈変更運用が批判されたことで、検察庁法そのものを変えて明文で合法化する、しかし、恣意的狙いは益々明らかになってしまっています。
 普通の意味での「総合的判断」というのは、同一の評価スケールには載せられない様々の評価項目について適否を説明した上で、Go−No Goの判断をしたことを「総合的判断」と説明したもので、菅官房長官・首相のような、個々の説明すべき要素を一切明らかにしないのは回答拒否そのものであり、民主体制の為政者としては絶対に許されません。
 小心な独裁者:安倍・菅路線は、忖度横暴側近萩生田某のような茶坊主ばかりを周囲において、前川喜平前文部事務次官や東京新聞望月イソ子記者に対してのような陰湿な情報操作攻撃を繰り返し、暴走抑止に制度的に配置された異論を唱えられる勢力:学術会議を大政翼賛機関に「改質」する不当な攻撃を始めたのでしょう。


十五夜20/10/1≠満月20/10/2  <4>

 満月vs十五夜  今年の中秋の名月も、十五夜ではあっても満月の一日前で、一般常識とは一致しませんでした。 理科年表を辿ってその実態と、理由を整理してみましょう。
 それは下表の右注記通り、正午月齢0を旧暦:太陰暦の朔日(1日)にする序数で決めていて、月の公転周期が29.53日だから、その半分の月齢14.765日が満月の中心、「1」から始まる序数では十六夜(いざよい)が多くの満月で、十五夜から十七夜の範囲で満月が動いているための現象です。
 「常識」というのは往々にして正確な真実とは差違があるモノですねぇ!小中学校の理科で月の満ち欠けを習ったときも、数え始め=原点について厳密な説明が無かった様に思います(つい最近まで三日月は月齢3の月と誤解していました。正しくは正午月齢2.0±0.5の模様)。序数と、ゼロ原点の数直線の違いに気付いて貰える良い教材だと思うのですが・・・・・・・・・・今はどうなっているのでしょう?


発明王エジソンの列車上の
化学実験室は問題では?!  <5>

 小学生向けの偉人伝に必ず収録されるのは「発明王エジソン」。 その偉人伝のエピソードに、列車内に薬品を持ち込んで実験室としていて、小火を出して車掌に殴られて実験設備一切合切放り出された話があり、「勉強熱心」という文脈で肯定的に扱われています。
しかし、鉄道車両への危険物の持ち込みは制限されていて、油脂やマッチ類にも持ち込み量に制限があります。走行中の出火には、山間やトンネルや鉄橋など、消火作業が大変困難になって、危険なための特別の制限ですが、そこにわざわざ危険物を持ち込んで実験するというのは総合的配慮を欠く非常識の極みでしょう。 勉強内容には様々あって、環境次第で実施可能なものを選ぶべきもの。一瞬の興味だけで危険性の高い、高くなる実験を強行してはいけません。

 エジソンに限らず、アインシュタインやスチーブ・ジョブス、ビル・ゲイツ、ガリレオ、ニュートンまで「発達障害、ADHDではないだろうか」との風説があって、自分の注目点以外には全く目が行かず、他人との関係や、危険性の回避など眼中に無く暴走しがちだと言われています。 ゆで卵を作ろうと、時計を茹でて卵をジッと見つめていたエピソードなどは確かに過集中で、最近は「不等発達」と言い換えられていて、そうなのかな?と思いますが、列車内を化学薬品を備えた実験室にする暴挙など、目撃しているのですから火災事故発生前に断固撤去させるべきでした。 小学生向け偉人伝でも、そういう危険な暴挙を肯定的な「勉強熱心」とはしないで、TPOを省みない無思慮で危険な行為、過集中は業績に資すも危険も招く弱点という指摘が必要でしょう。

2020/10/05 26:55

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