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実情歪曲の無罪主張!JR西前社長

 尼崎事故の刑事責任を問う裁判が立証計画を打ち合わせる準備手続きを終えて12/21に初公判が開かれることが右枠の通り報じられています。鉄道本部長時代の不作為を業務上過失致死傷罪に問われた山崎前社長の無罪主張と、検察側の起訴理由が対比されていますが、争点は予見可能性に絞られて、事故現場の配線を曲線半径600mから304mとした時に、転覆の危険性を予見できたかどうかで争われています。

尼崎脱線  事故予見できたか争点
  JR西・山崎前社長初公判

    日本経済新聞 2010年(平成22年)12月20日(月曜日)14版32面

 乗客106人と運転士が死亡した2005年のJR福知山線脱線事故で、業務上過失致死傷罪で在宅起訴されたJR西日本前社長、山崎正夫被告(67)の初公判が21日、神戸地裁(岡田信裁判長)で開かれる。
 公共交通機関の大規模事故で、経営幹部の刑事責任が問われるのは極めて異例。JR史上最悪の惨事はなぜ防げなかったのか、経営幹部は「安全」とどう向き合うべきなのか−−。審理の行方に注目が集まる。

ATS必要性の認識など

 公判で検察側は「事故が起きる恐れを予見しながら対策を怠った」と追及の構図を描くのに対し、弁護側は「事故は予見できなかった」と無罪を主張する方針。
 最大の争点は、山崎前社長が常務鉄道本部長時代に事故の恐れを予見できたかどうか。検察側は

  • @現場カーブの危険性の高さ
  • AJR東西線開通に伴う増便
  • BJR函館線脱線事故──

を根拠に予見できたと主張し、対策として自動列車停止装置(ATS)を設置しなかった不作為の過失責任を問う見通し。

 検察側によると、現場は1996年12月までに半径304bの急カーブに付け替えられ、事故の危険が高まっていた。現場とほぼ同じカープで起きた函館線事故について、山崎前社長も出席した社内会議で「ATSが整備されていれば防げた事例と紹介された」と指摘、脱線の恐れを予見できたと主張する。  一方の弁護側は、JR西管内に半径300b未満のカーブが2千カ所以上ある点を挙げ、「現場カーブが特に危険とは認識できない」と強調。函館線事故については「旅客電車より重心が高く脱線しやすい貨物列車だった」などとする。

   ATSへの双方の認識も異なる。検察側は「危険なカーブにはATSが必要との認識が鉄道業界に定着していた」とし、「急カ−ブにATSを付けるべきだとの認識は業界で一般的でない」との弁護側と対立する。  検察側、弁護側それぞれが申請し神戸地裁が採用した証拠は、負傷者の供述調書など計1522点、証人もJR各社の安全担当者ら計30人に上る。地裁は来年9月30日までの期日を指定し、早ければ来年中に判決が言い渡されるとみられる。

最多51人が被害者参加
  公判で質問や量刑意見

 山崎正夫前社長の公判で神戸地裁は遺族や負傷者計51人(17日時点)の被害者参加を認めた。最高裁によると、被害者参加制度が2008年12月に始まって以来最多となる。
 被害者参加制度は犯罪被害者らの思いを刑事裁判に反映するのが目的で、公判で被告や証人に質問したり、量刑について意見を言ったりできる。
 神戸地検によると、内訳は遺族44人と負傷者7人。
迅速審理との両立も課題となるため、事故遺族らでつくる「4・25ネットワーク」の支援弁護士は、遺族らに代表者が被告人質問などを行う方法も提案している。

 常磐大の諸訳英道教授(被害者学)は公判について「今後の大規模事故での被害者参加助あり方を考える試金石になる」と指摘。「多くの被害者が被告人質問や証人尋問を希望する可能性もあり、裁判所の訴訟指揮が注目される」とみる。

 事故で長女の中村道子さん(当時40)を失った大阪市城東区の藤崎光子さん(71)も被害者参加する一人。「裁判を前に少しでも多くの証拠を確認したい」と、週2、3回、神戸地検に通う。

 資料は持ち出しが認められず、コピーもできないため、庁舎が開いている午後5時まで書き写した後、パソコンで打ち直す作業を続ける。藤崎さんは「捜査機関の調べにJR西社内で口裏合わせを行っていたのではないか」と、法廷で山崎前社長や同社関係者らにただしたいと考えている。


 ▼JR福知山線脱線事故

 2005年4月25日午前9時18分ごろ、兵庫県尼崎市のJR福知山線のカーブで快速電車が脱線、乗客106人と運転士が死亡し562人が重軽傷を負った。
 国土交通省航空・鉄道事故調査委員会(事故調、現運輸安全委員会)は07年6月の最終戯告書で、運転士が制限速度を46`上回る116`でカーブに進入したと指摘。JR西日本の懲罰的な「日勤教育」が、事故直前に速度超過やオーバーランをした運転士を心理的に追い込んだ結果、車掌らの無線交信に気を取られブレーキ操作が遅れたのが原因と結論づけた。
 事故をめぐっては、山崎前社長のほか、神戸地検が不起蘇としたJR西の井手正敬元相談役(75)、南谷昌二郎元会長(69)、垣内剛元顧問(66)の歴代社長3人が検察審査会の議決により強制避訴されている。

 検察側が起訴の根拠のとしてあげている予見可能性は、
を挙げています。

 これに対し予見可能性無しの根拠としてJR西日本側が挙げているのが以下
ですが、それはおかしい素人騙しです。

 「他社が」とか「斯界の常識」を理由にできるのは、規定・規則通りの仕事をこなせばいい現場職員の言い分で、技術的解析・検討をして規則を制定する側が言ってはいけません。何のための知的エリートか、東大、東工大などの理工系卒のキャリア採用かという話でしょう。卒業証書を売るけれど中味の実力は保証できない学校とは違うということで特別の採用をしてそれなりの待遇も与えてきたハズなのに、現場叩き上げの慣行的基準に隠れないで戴きたい。しかも自社も含め本州3社とJR北海道が整備に着手していて、JR東海のように多くはない高リスク箇所に緊急対策するのは当然でした。

300R曲線標
300R曲線標総武線両国駅上り出発付近
 曲線過速度転覆事故の基本問題は何かを考えるとき、まず300R前後は報道された「急カーブ」ではなく、国鉄JRの標準的な曲線半径です。東海道・山陽線などの大幹線(=特甲線:鉄道省の分類で甲乙丙線あり)平野部を除けば、中央線東京−新宿間、総武線両国以西は300R前後が圧倒的で、函館線の3回の過速度転覆事故現場、鹿児島線の過速度脱線事故現場、西の箱根:山陽線瀬野−八本松間の九十九折り22.5/1000勾配急坂区間、旧東海道本線である御殿場線の急勾配つづら折りなどに普通にみられます。(See→実測値:)。国鉄時代の最高速度は、特別な列車として在来線特急こだま、富士などが最高速度110km/hだった他は、普通列車は90km/h程度でした。これをJR化後、順次高速化して最高速度120km/h〜130km/hに引き上げたことで転覆限界速度を超えたので、この時に過速度防止=速度照査ATSを設置する基準を制定すべきでした。それをJR西日本がしてなかったことが基本的なエラーです。300R曲線一般2000余箇所を言っているのではなく、転覆速度以上から突入する曲線への安全装置設置義務を指摘している訳で、JR東海では8箇所と僅かなものです。国交省の緊急対策指示での同省試算でもJR東海1箇所に対し、高速運転のJR西日本77箇所で、既に設置していた105箇所(=17+94−6)に対して充分実現可能な数でした。617箇所を指摘されたJR東日本とは桁が違います。なおJR北海道の設置数ゼロはJR貨物が設置した扱いになって報告から除外され、JR貨物としては過速度ATSを設置した函館線大沼駅前後の下り急勾配の300Rが自社の路線ではないことで報告から除外してているものと思われます。(参照→事故史Ctrl-F"1996/12/04"。 

 福知山線の事故現場手前直線部も最高速度を機関車列車時代の80km/h〜90km/hから順次引き上げて'91年3月に100km/h制限から転覆速度を超える120km/hに上げて、更に96年12月20日に尼崎駅への進入線路を600Rから304Rに付け替えたことで転覆懸念箇所になりました。事故調報告書では304Rの転覆限界速度が105km/h〜107km/hと試算されていますから、100km/hではギリギリ助かった可能性が強く、120km/hへの高速化(91年3月:事故調報告書p96§2.10.1.2最高速度L10)に際して安全装置である速度照査ATS設置を義務付ける一般規定を制定しなかった者と、その後の304R変更時に過速度ATSの設置をしなかった山崎鉄道本部長の刑事責任が浮かび、責任を問われる形なるでしょう。
 また前述した1974年4月の鹿児島線西鹿児島発電車寝台特急583系の出発直後の300Rでの過速度脱線人身事故を考えれば、96/12の函館線仁山付近300R脱線事故について貨物とは違うとかの主張の余地は有りません。更に高速貨物はブルートレイン並の高い走行性能で、脱線事故の多かった昔の貨車とは違います。

 また「居眠り運転」による転覆事故を、なぜか無関係の理由に挙げていますが、居眠りというのは意図して居眠りする訳ではないので、「何処にも起こりうる」もので却って対応を求めるものです。120km/hで走行中に何等かの原因で意識の中断が起こればそんまま70km/h制限に突入して転覆事故になると判断できるでしょう。ATS-Pに逆行防止機能が組み込まれているのはまさに度々繰り返された居眠り対策として運転関係の要求で付け加えられた機能ですから、JR西日本側の主張は全く弁明になっていません。。

 解析の水準としては高校物理が基本で、組み合わせただけですから、いわゆる上澄み校卒業で技術系に居て基準制定に係わっていたのなら注意義務を免れないと思うのですが。近年「分数計算ができない理工系大学新入生」の話が繰り返しマスコミを賑わしており、底辺と高峰がグラディエーションで繋がっていて、責任を問う境界の設定が難しいのですが、少なくとも採用コースが分かれてキャリア・エリートコース採用幹部には責任を問うべきだと思います。

 JR西日本で曲線速度照査ATSの設置基準を直接起案した方(元運輸部運転設備担当)は運転士出身で、JR東海のような理論解析で危険度を算出し物理条件により一律網羅的に設置基準を定めたのではなく、「運転士の心筋梗塞事故発生から念のためEB、TE整備と、130km/h以上の路線の650R未満箇所への速度照査ATS設置を決めた」という陳述をしており(事故調報告p131L−13§2.13.8.2)、理論解析抜きに感性で基準を決めてしまったことで最高速度120m/h→極性制限70km/hの現場が整備対象から外れるエラーとなりましたが、恐らく高卒入社で運転士になったであろう元運輸部運転設備担当氏に最適解析の義務を刑事罰を以て負わせることにはためらいがあり、そこは上級キャリアが検図・点検で指摘・修正すべきことではないかと思います。もちろん自分で深く学んでいる運転士も数多い反面、総武線船橋駅追突事故のように原理的な細かい構造は教育対象外で知らなくて普通という職場状況があるわけで、この層に刑事責任を問うのは無理でしょう。高校物理解析など一般には卒業・就職すれば忘れています。そこは技術系エリ−トとは違います。理工系学卒として1本化された採用形態で配属された場合には線引きが困難になり、まさか東京6大学相当校には責任を取って貰うという基準は採りにくいと思いますが、今回は採用昇進が決して交わらない別系統採用ですから適用可能でしょう。

 しかし、過失や解析不足の競合で事故になって、責任の個人特定が困難になったとしても、会社としての過失責任はあるわけで、JR西日本の場合、信楽高原鉄道事故では組織的な事実隠蔽を図った上でそれを否定し、全く責任は無いとして、3つの裁判に敗訴後も脱法的に4つ目の裁判を起こし、損害額をいじって、名目はJR西が10%の責任、実質は無負担で100%を滋賀県に負わせるトリッキーな主張をしていて、その誠意を疑われる事態になっています。あの事故はJR西日本の亀山CTCが領域外の信楽高原鉄道に対する方向優先梃子を無断設置・無断使用しなければ起こらなかった事故ですし、逆に国鉄信楽線として終点信楽駅までを亀山CTCの制御範囲にしていれば信号固着現象が操作者である亀山CTCで直ちに把握され、応急措置と改造が行われて事故にはなりませんでした。信楽高原鉄道事故は3つの裁判の結論よりJR西日本の責任がずっと大きい事故です。

 もう1点は、業務上過失を問われた技術系幹部:山崎前社長を業務に復帰させることができるかどうか。事故調を「ひよっこ」と言ってしまい大顰蹙を買ったり、事故調情報漏洩や様々な工作で重い負の実績はあるものの、技術系出身の社長として安全対策具体化に指導力を発揮して信頼を集めたことはあり、事故調報告案にも現場に遠いためと思われる勘違いや不正確な記述があって、それを指しての「ひよっこ」発言だとすると、立場をわきまえない大変不用意な発言ではあるものの、内容としては間違ってはいません。ATS-Pの冒進防止動作と定位置停車とを混同した報告書案を正式発表前の点検で削除させたことを不当介入と誤解した東京新聞「記者の目」記事(See→日記#233)や微妙に異なるATS動作解説の様な内容をみると、事故調委員の鉄道現場との若干の距離は感じられますから、金沢工大永瀬和彦氏の悪意さえ感じる事故調委員攻撃に乗ったのでないとすればギリギリ許容範囲にも思えますが、一旦失った信頼を取り戻すのは難しいのでしょうか?

2010/12/21 18:00

補足: <hosoku>

 「政令や行政指導による設置の義務付けがない」ことは、国の責任を指摘することにになはなりますが、国鉄JR系では運輸省の直接管理より国鉄独自施策に任されていましたから各鉄道事業者の責任を無くす無罪の理由にはできないでしょう。

 戦後「鉄道省」から実務部門が「国鉄公社:日本国有鉄道公社」として分離独立し、運輸省に残った指導監督部門は私鉄を主に対象にして、国鉄は実質自主統制に任せて鶴見や参宮線など事故調査すら当事者に任せていたのですから、ここでだけ都合良く運輸省・国交省を持ち出さないで戴きたい。

 1962年5月の三河島事故を承けて1966年4月に国鉄全線でATSが稼働を始めて、それでも事故が収まらずモグラ叩きのATS改良になりますが、私鉄に対しては翌1967年1月、私鉄ATS通達「昭和42年鉄運第11号」を発して最大冒進速度を最終段速度照査20km/hで抑えることで私鉄での大衝突事故を絶滅させた優れた指導がありましたが、国鉄民営化前夜1987/03/31付けで廃止してJR各社への適用を避けてその自主性に任せた経過があり、翌年88/12/05早速東中野駅追突事故となって輸送量の特に多い全ATS-B区間(関西を含む国電圏)のATS-P換装を運輸省が勧告、JR東日本としては主要区域全部のATS-P化を決めて20年余の今日、ほぼ実現させました。
 国鉄は66年のATS全国整備後も過速度脱線転覆事故を繰り返しましたが、その対策の通達は出されることなく当事者国鉄に任され、ATS-S警報地上子と列車検出コイルを使った地上タイマー式の速度照査「過速度警報装置」を開発し懸念箇所に設置、それが制限60km/h制限以上の箇所では動作できない仕様で、1984年10月に西明石駅ブルートレイン過速度大破事故(60km/h制限を100km/hで進入、ホームに当たる)に繋がり、抜本改良のH型ATS(現ATS-P)開発のきっかけとなりました。このように国鉄は自主管理で、運輸省の直接の指導は避けられていました。
 私鉄ATS通達の適用除外など様々要求してJRの自主判断範囲を確保としておきながら「義務付け規定がない」という抗弁は認められないでしょう。
 本来なら、総合的に全体像をみる処があって、個々の計画・指示を出し、地点毎の緊急対応を求めるのか、定期整備計画などに乗せて線区毎に実施すれば足りるのかを判断するわけで、合理的根拠なく「路線別対応」を決めていたことを含め、そういう部局が何処にもなかったというのは経営側の落ち度で、社長3役経営陣に加え技術系幹部が責任を問われて当然でしょう。予算執行権のほとんどなかった技術系幹部だけが責任を問われて、そうさせた「3悪人」側が無罪放免でいる検察の起訴がおかしいことは同感ですが、総合的な安全点検を何処もやってないことに気付かなかった総括責任者山崎鉄道本部長が全く無罪ということではありません。120km/h運転を無限定に認可したところも同じ責任を問われるハズですが。

P.S.
 東京新聞21日夕刊社会面が山崎前社長の実務経歴をかなり好意的に紹介しています。東京新聞も「言わずもがなのアホも言ったけど、安全問題で真面目に指導性と技量を発揮させたい」のかもしれません。世論や被害者の会の点検付きでやらせてみたい。個人を吊し上げたい訳ではなく量刑としては軽微な刑事罰は脇に置いて。

P.S.2
 報道される「弁護側主張」を読んでいて、それは山崎前社長直の言い分ではなく、法律の専門家ではあっても鉄道工学は造詣の深くないであろう弁護団の責任で書いているため鉄道の専門家なら言わないような主張が出ているのかも知れないと思いました。技術的専門分野にも自信の有りすぎがちの弁護人の主張を訂正しきれなかったのか?
 鑑定を含め事実関係は当事者の方が詳しいことが少なくないのに社主から全権を託された弁護士が「事実関係だなんて俺の方が知ってる!」と会社側証人を威圧しまくり、弁護士作の「ストーリー」を証言させようとして病人まで出してしまってあまりに酷いと、その公式記録テープのコピーをこっそり敵の組合側に渡して暴露させた事件も他業界ではありまして、その辺の齟齬も感じます。部下に対しては極端な傍若無人キャラで、海外工場出向を解かれたときには現地の工員達から棍棒を持って追い掛けられたというエピソードの持ち主で超高学歴と語学堪能自慢居士が、闘う日経連の弁護士からは「君たちは、組合側の奴等とは違って頭ないんだから、もっとしっかり勉強せにゃアカン!」とか罵倒され続けて3ヶ月ほどでダウン(w。弁護士が「事実」を作ってしまったことと、パワハラの典型ではありました。

2010/12/23 04:00

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