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東海道新幹線の急激な輸送量増加によるレールと道床の予想外に激しい破壊劣化で、補修が追いつかなくなり半日運休を50回近くも繰り返して先ずレールを、次いで道床砕石交換を行って繋いだことが先出日記#139の齋藤雅男氏の著作「新幹線安全神話はこうしてつくられた」に述べられていたが、その保線版の本「新幹線保線ものがたり」(深澤義朗編著、山海堂出版'06/02/20刊)にさらに詳しい経過が述べられていた。その記載事実を拾ってみると
さて、ここで触れたい主要問題は(3)項、軌道破壊量指数の定義についてである.(4).項はあくまで触りたくない悪書引用の毒消し項.
鉄道技研の提案した
軌道破壊量指数=Σ通過車輪トン×回数×速度 …… 同書P64L1〜L2
式からは、軌道破壊には撃力(=質量×衝突速度)が関係し、その回数が問題だと考え、衝突速度は列車速度に係数の掛かったものと考えていることは分かる.
その仮定式により設計積算を行い、それに拠り「最適軌道構造」を導入したことで権威付けされてしまい、最初の仮定式なのに新幹線の運営実績で修正されることがなくなり、未経験の高速領域での大きな誤差を当初計画の陣容で無理矢理埋めようとして更新遅れが累積してパンクして、半日運休保守となったのではないか.
「撃力で破損が進む」というのはその通りだが、全く比例計算かというと、打撃が小さい領域では影響がないはず.そうすると特性グラフでみると、鉄道技研の算式は原点Oを通る正比例特性(青線or黒線)のものだが、実際は不感域0のある折線(緑線)の特性に近いのではないか、という疑問を生ずる.具体的な定義元が在来線のs34.保守データだから、せいぜい100km/h〜110km/hのものを210km/h新幹線に適用したら、図のような大きな保守作業量不足を生じてしまう.これを早期に補正しなければ累積されて陣容不足でパンクする.この本にも「………理論に従って計算すると、通トン3400万トンで保守費は軌道kmあたり68万円、レール重量53kg/mとなりました。ちなみに昭和40年度の新幹線の軌道保守外注費はkmあたり400万円です。理論と現実のギャップは保守の悪戦苦闘で埋めてきました(P98L2)」「………実際との違いは、すべて保守労力の大小でつじつまがあわされていました(p61L8)」と繰り返し述べていて、保守量の理論式修正を先にすべきだったことが分かる。緊急動員の外注で、しかも深夜勤専門で国鉄基準の調達なら単価も上がり作業量増以上にかなり高価になるのは無理がない。
折れ線特性というのは数値的扱いが大変面倒なので、扱いやすい近似函数形を求めれば、一般的にn次近似であるが、最も単純な2次式である放物線は2倍程度の範囲で折れ線になかなか良く近似している.直線よりははるかにマシ.近似線というのは実現象に合わせてその周辺の様子を説明するもので「理論」ではないから、新幹線運行開始後、早い時期に実データで管理値特性曲線の修正を図るべきだったのが、工事積算のための仮数値がその実績からアンタッチャブルになってしまい、約50回連続の半日運休工事に繋がったと!
同書に拠ると、工事積算にあたり、最もシンプルな現象の近似をやって、実験値を当てはめたのだろう.'61年(s36)制定の「最適軌道構造」では在来線s34.年度での直轄線路保守日報から、速度別・通トン別・軌道構造別の保守定員を決定、さらに静力学的な「入線基準」と、動力学的な「速度制限別軌道構造基準」の並立状態をJR発足直前の'86年(s61)に設けられた「高速化のための軌道管理手法の研究委員会」で見直し統合を行いJR移行時('87/4)に「列車速度と軌道構造基準規定」として各JRの部内規定に取り入れたとあって、「新幹線若返り工事」の時代も基本算式はまだ変わっていない様だ.
以上の様な検討は、現場直結の研究機関なら絶対やっていると思い、Webを検索すると、案の定ではないか!論文そのものではないが、以下の最後の項に概要が記されている。工学屋の発想は結構同じなのだろう(w
参照→#246:軸重の4乗×速度の2乗
rtri研究:レール損傷の予測・評価モデル
特性直線の扱いで注意を要するのは、その特性はあくまで「見掛け」であり、本質的理論ではないので、未知の条件が変わると吹っ飛んでしまうことが多々あること.株や投機に回帰分析を適用してスッテンテンになるのはモロにそのためだ.単なる現状説明線を根拠ある理論と勘違いし、いつまでも対数直線で上り詰めると身ぐるみ投げ出して突然のブラック・マンデーで身を隠す仕儀となる.それなのにプログラム電卓の回帰直線ソフトが経済界向けに売れたの何のって、今はExcelの函数にまで組み込まれていて、本質に気付かずに使うと悲惨な事態に見舞われるかも知れない.
理論とは当初仮説として結果に後付されて、繰り返し予言が当たる様であれば理論に出世するわけで、当初の鉄道総研軌道破壊指標はそうしたシビヤな評価に晒され修正されずに「理論」化したことに不幸があるのではなかろうか.
Webに似たような図や記事があるのにupする理由は、本を読みながら図を作って確かめていたため、日記ページを良いことに、自分の作品を消費したいからだ(w.他ページはそんな露骨に書いてないし……….
(回帰分析解説) |
数学的に回帰直線の傾きと切片を求める方法は「最小2乗法」として各データとの偏差の2乗が最小になるように決定でき、統計学の本には必ず載っているが、実務的にはデータをソフトに入力するだけで、近似式(回帰式)の勾配、切片、相関係数が計算されてしまう.図の偏差正方形面積の総和が最小になる直線を求める訳である.図の下に参考URLを記す.
だがどの特性で直線を求めるかは、数学的に可能な函数を手当たり次第適用して相関の強いものを探すことも可能だが、物理的判断で函数形を適用することも有用である.
体感指標には対数変換値の回帰直線、2乗近似なら平方根、tanθであればATN(X)、など理論的に直線になる函数を適用してから回帰分析を行うことは、理工学上のデータに適用する際に大変重要である.指数特性は対数変換して初めて直線になるのだから、生のまま回帰分析しても誤差も増えるし理論的に意味がない.
この点は数学参考書の回帰分析章にはまず述べられていないが、どのドメインで直線になるかの判断は実務上重要だ.
対数スケールの典型は、音量・振動や、電界、光量(カメラの露出)、震度などであるが、新幹線の乗り心地の指標としてフィルター特性を付してデシベル[dB]で定義(基準値不明)して線路の保守に役立てている(と書いているP340L8).
基準0の絶対値が幾通りか決まっており、空気振動では音圧定義で1気圧下で0[dB]=2×10-5[Pa]=0.0002[μBar]、これにフレッチャー・マンソンの周波数聴感補正を行った値を[Phone]と定義しているが、単位面積当たり通過エネルギーでの定義もあり、解析時には計測器に頼るだけでなく、原義に遡る必要もある(が、電気関係と音・振動以外は定義がつまびらかでないまま計測器任せが実態 [JIS定義振動解説例]).
激減理由は「レール交換」ではなく 「レール疲労部研削」だ! 新幹線保線ものがたりP212 |
同書掲載のレール損傷発生件数推移(右表)をみると、一見、新幹線若返り作戦でレールを全部重軌条に交換した結果、激減したように見える.しかし真相は前ページのとおり、表面の疲労部を年1回0.1mm研削して破損が拡がらない様にしたことが決定的に効いている.大変な費用を掛けて実施した重軌条化はレール損傷の対策としてはそこそこ効いたが、報告で隠してしまった表面研削の卓効性との比較では空振りに近かったわけだ.安全対策の空振りというのは非難してはいけない.当たるも八卦で効果が薄くても若干でも効きさえすれば緊急に手を打たなければならない場面もあるから後日の優れた知見で非難することの意味がないのだ.だが後日の報告で姑息な数値トリックを仕掛けて別の結論を誘導してはいけない.嘘つきになってしまう.この本の仕掛けはごく単純で、レール交換とレール研削開始時代の年間トラブル数を除外したことで、記述しなかったレール研削の効果を見えなくし、レール交換の効果に見せたこと.昔のペーパーバック本で、「数値に嘘をつかせる法」だったか「統計で嘘をつく法」だかの解説本がでていたが、そこに記述の事実認識を誤らせる初歩的なテクニックだ.このレール研削が著効である事実を全く書かないというのはフェアーな報告ではない.国労の妨害云々などという馬鹿らしいデマ宣伝を繰り返す場合じゃないだろう.この本には他にも都合の悪いことが隠されているかもしれない、無警戒に「買ってはならない!本」だ.
上記項で、軌道破壊量が速度と通過重量に比例という鉄道技術研究所提示の仮定が実態に合わず2乗、3乗比例の可能性のあることを指摘したが、鉄道ジャーナル誌2010/06号JR西日本設計担当執筆の500系開発回顧記事(p88右)で、それは速度の2乗と軸重の4乗に比例すると記されていた。設計現場では案の定、原式を実態に合わせて修正していた。
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→日記#246:「速度の2乗、軸重の4乗に比例!軌道破壊量!」
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