鉄道省型自動列車停止装置に就いて

【 参考資料 】

   参照→鉄道省型ATSが源か?1号型ATS
資料名発行年月記事標題執筆者
信号」16巻4号p178〜185s.18.7 自動列車停止装置 鉄道省施設局通信課長 野 村 正 俊
鉄道省施設局通信課   戸 田 芳 郎
信号保安」1巻1号p18〜22s.21.11 自動列車制御装置に就て  鈴 木 嶺 夫
信号保安」2巻1号p60〜63s.22.1 自動列車制御装置に就て(続)  鈴 木 嶺 夫
共に国会図書館NDLデジタルコレクションで閲覧可能 (館内および送信サービス参加館内限定)
 国会図書館資料は「画像」扱いで荒い網掛けして保存しているため文字が非常に読み取りづらく、資料価値を大きく損ねている。網掛けは中間色の必要な図表や写真部分に留めて貰いたいものだ。

【 経過と仕様 】

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 一つ残る疑問が、鉄道省が比較検討の末に不採用にしたATS方式が、実は後日1960年に京成・都営地下鉄1号線・京浜急行に採用された「1号型ATS」ではなかったのか? s18.中間報告記事では点制御の単純機能にみえるが、それでは鉄道省の要求するATS仕様は満たさないから最初から検討対象外であり、s18=1943年に不採用にしたからこそ技術秘匿を図って不正確な記述に留めたものの、実際は両方式を共に支えた京三製作所がずっと技術を持っていて1960年に実現させたのではないのか?! そう思わせた記事が、京三製作所から鉄電協に派遣された記野紘吉氏が鉄道ピクトリアル誌2006/9#779号に「ATSの概歴と各システム」として執筆した内容(p101右L23)である。 「商用周波数による軌道回路電流を列車接近によりコード発信器で断続させて,3種類の情報を出して」となっているが、車上装置の復調回路は2Hz〜3Hzを検出していて別物の解説になっている。 採用した連続コード式の説明でも、不採用の方式説明でもなく、B型車警や1号型ATSの信号伝達手法を説明している。 公式発表とは違い、1号型ATSが不採用になった方の鉄道省型ATSだったとも読める。
 しかしながら、解釈次第であるが、地上装置側はチョッパーにより商用周波数電圧を2Hz〜3Hzで断続して送出しているという右図下側(=在来線アナログATC波形)の様な解釈も出来て、s18年資料の車上装置回路では2極管部でこれを整流検波して2Hz〜3Hzを得ているともみえるのだが、s22回路図では検波・整流部が無くなっていて遮断点付近の深いバイアスが掛かっているから、十分な入力振幅があれば検波されて信号波の2Hz〜3Hzを取り出せる、s.18のATS記事でも「普通使用してゐる交流の電流を或る時間流したら次に其れと同じ時間丈切り又一定時流すと云う所謂電流を断続したもの」と記しているから後者の方式と理解する。

【 検討 】

 鐵道省式ATSで採用したコード周波数が2Hz〜3Hzで、踏み込み起動方式というのは、機械接点によるチョッパー式に拠っているため特に地上装置側の動作時間を短縮したいためと思われるが、周波数としては低すぎで車上装置のコマンド弁別トランス類、コンデンサーの大型化を招き、安定した大容量コンデンサーの無い当時の状況で困難が大きかったはずである。 真空管1〜2本分の差だが、コード発生と復調にメカ接点式を採用したことで最初から大き目の困難を背負った。 もっとも当時の真空管も高信頼ではなく比較減殺されるし、速度計もチクタク音がして「時限爆弾型」と揶揄される機械式だった時代背景はあって、メカ式チョッパー容認の土壌はあるのだが、接点寿命が連続運転で1000時間を超えるオーダーというのは定期メンテで凌ぐにしてもかなり厳しいものがある。

 共振周波数2Hz〜(3Hz)を実現するLCは、仮にL=100 [H:ヘンリー]として、
 先ず2Hz
   2πf=1/sqrt(LC)
    LC=1/4(πf)2
    ∴C=1/{4(2π)2×100}×106 =63.3 [μF]
 3Hzでは×(2/3)2 だから、28.1 [μF]
となるが、安定した大容量コンデンサーが得難かった当時の調達には困難が有ったろう。大容量だがその経時変化が激しく誤差も大きい湿式電解コンデンサーなどは信号弁別のフィルターには使えず、金属箔を含油紙で挟んだペーパーコンデンサーが主流の時代だったからどれ程の外形寸法になったのだろうか?
 現用ATS-S地上子インダクタンス約310[μH]の共振周波数130kHz〜129kHzのコンデンサーは 4.8 [nF]=0.0048 [μF]程度、直に80kHz共振なら13nF程度となる。
   (試算:fr=1/2π√(LC)→1/C=(2πf)2・L =(2π×130×103)2×310×10−6
    ∴C=4.83×10−9=4.83[nF]。
    LC定数出所は鉄電協(日本鉄道電気協会)刊「信号概論7.ATS・ATC」p11下L4〜L3。
    僅かの差4.83-4.8=0.03[nF]は単なる誤差か?コイルの漂遊容量0.03[nF]=30[pF]か?
    小型空芯コイルなら妥当な値だが、地上子の超大型コイルではどうなるか?
    )
 現代では良質な絶縁物も増えて安定した製品が得やすいが、鐵道省型ATSの63μFは、その13,000倍〜4,900倍も大きい調達困難な値である。
 現用では商用周波数の分倍周を下限に在来線アナログATC:3750Hz程度である。

 当時の高精度高利得直流演算増幅器はドリフト補償のために機械接点を使ったチョッパーアンプで、高精度(=低速)アナログ計算機の演算増幅器に用いられていて、研究室ではアナログ計算機を用いた様々なシミュレーション研究を行う場合、不調の演算増幅器を避けてシステム構成すれば良く、スペアと差し替えながら使えば研究実験には支障ない。 だから開発設計者にはチョッパーの使用に抵抗感が無いのだろうが、しかし、現場の安全機器がその信頼度水準では乗務員が正常動作監視まで引き受ける事になり全幅の信頼は得られない。 ATSコマンド周波数増幅の様な直流分無用の用途に敢えて不安定なメカ式を採用する必然性がないのだ。

 ATSの仕様としては2段の速度照査など必要事項を抑えた大変シッカリしたもので後の国鉄型(Sx、A、B型)の現象面だけを追ったモグラ叩き型より格段に優れたものだったが、自動列車停止装置ATSシステムへのチョッパー式の採用は問題があったといって良いだろう。 全電子式にして利用周波数を上げればもっと楽だったはず。

第5圖 連続コード式の機構系統図

赤字:復刻者補足注記。(インピーダンス・ボンドを表記省略)

コード「検波」動作説明図(A&B)
商用周波数搬送波からコード波抽出  <Det>

 増幅器回路部は正常動作が疑わしい。技術秘匿目的か?
 ∵真空管動作電圧のいずれも疑問を生ずる値。

 バイアス−C電圧、動作+B電圧32V、共に疑問。ヒーター+A電圧も若干の疑問を生ずる??
 真空管の動作電圧は電池管でも数10V〜100V程度は必要で図の32Vはかなり低すぎで、この動作電圧を前提にV2のグリッドバイアス電圧−Cが2球のヒーターで分割された16V(=32V/2)では遮断領域付近で増幅動作できないのではないか?おそらくV2バイアス抵抗の接続点を前段V1カソード又は接地線にすべき処を(故意に?)書き違えてか正電位のヒーター配線にしている。グリッド抵抗の定数次第の面はあるが、検波動作として右図検波動作バイアス略図(B)と推定する。

 また傍熱型真空管で省型ATS開発当時16Vの製品は簡単に入手出来たのか?6.3Vや2.5V、稀に5V、フィラメント型で1.5Vが事実上の標準で、戦後の普及型5球スーパー式ラジオのトランスレス方式時代の直列5球分足して100Vとかの特殊品を第二次世界大戦中の「学徒動員」まで強行した絶望的に逼迫した生産力の中で特殊品を安定的に調達できたハズがないだろう。
 ヒーター直列は避けたいし、無調整化と実効動作電圧をなるべく下げたくないので、自身の動作電流でバイアスを得る「自己バイアス方式」かグリッド電流を使う「グリッドバイアス」を採るのではないか?

 チョッパー供給電源部の電流制限がないから、コード入力が無くなると信号トランスに過電流が流れてしまう。信号検出[80R]もあり、これが落ちることで自励発振させるなど、何等かの過電流抑制措置は取っているのだろうが、この回路図のままでは不都合だ。

 トランス結合式アンプなのは当時としては若干旧式としても普通のことで、その後初期s30年代のトランシスタ・アンプも一時はトランス結合式に戻っている。 しかしトランス式が採用できるのなら、2受電器のケーブルを平衡入力型にして入力トランスで受けて雑音混入抑制図ればいい。当時から録音スタジオなどオーディオ系では平衡入力が常識的構造だったはずで、鉄道車両の様な高雑音用途の微弱信号部には最適だ。

 下記s.21資料の回路では+B100V、+A12Vと自己バイアス方式が採用されている。

 まず、V2の動作バイアス電圧が−12Vでは過大ではないか?それとも「検波」のため遮断領域付近にしているのか?この電圧を凌駕する入力電圧が常に得られれば問題ないが、不感域が出来る恐れがあり、常時増幅するには青線の接続をやめて赤線に切換えて−6V程度にして更に遮断点に自己平衡させないと円滑に増幅出来ないと思うが、2〜3Hz復調のための「検波」動作なのだろうか?(検波動作バイアス図(A)参照↑)

 結局この車上装置は機能としては商用周波数を搬送波とする振幅変調連続コードを検波してコードを取り出しリレー接点レベルに転換させるものだが、「増幅器」部については内部詳細不明のブラックボックスとして見ることが適切なのだろう。


 復調器の回路はs.18年原回路再現に現物合わせ設計で複雑化させてしまった疑いがある!(s.22報告)。
周波数分離感度向上に、せいぜい負荷抵抗設置か、並列共振点からの(高耐圧)2極真空管検波方式程度の改良で済むものを、トランスも共振コイルもタップだらけにしてしまった!当時の整流ブリッジはセレン整流器ではなく、おそらく亜酸化銅整流器だから高電圧の整流が困難で共振コイルに分圧タップを出しているが、トランスで電圧そのものを耐圧以下に抑えれば済むこと。 第二次世界大戦の無条件降伏決定時に大量の資料廃棄が行われた様だが、戦後の再現設計担当者が動作の詳細を理解して設計していたら、こんな複雑怪奇にはなっていないし、国鉄A型、B型、京成・都営1号型のように信号波を扱いやすい商用周波数50Hz〜1000Hzに選んで、機械式チョッパー方式を回避して動作を安定化させていたであろう。 国鉄運営が鉄道省・運輸省から離れて国鉄公社に移管されたことで、必要条件を参照しながらシステム設計するという「志」の部分が捨てられてしまい、ATSが停止現示確認だけの車内信号現示に劣化してしまい、事故発生毎のモグラ叩き改良を繰り返す様になってしまった。 運輸省に残された指導監督業務が私鉄各社に対して必要条件を明示した私鉄ATS通達:「自動列車停止装置の設置について」昭和42年鉄運第11号通達を発して、以降、私鉄では故障時誤扱いを除いて大惨事を起こしていない。

2014/04/30 23:35

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 以下はs18公表の鐵鉄道省型ATS設置中の中間報告の一部である。

5.連続コード式の原理    <1.5>

 連続式の原理は列車に対し前方の地上信号機より成る特殊の電流を軌条に通して之を列車の前頭に取付けた受電器と称する恰もラヂオのアンテナに似た線輪により取入れ、之を増幅器に依って拡大したる上(夫れに応じて車上の総ての動作を司る継電器と称するものを選別動作せしめるのである。
此の方式の内最近最も発達してゐるものはコード式と称するものである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(略)→全文