[138]

BBS
BBS
mail to: adrs
旧
新
Diary INDEX
Geo日記
戻る
LIST
主目次

「検証信楽列車事故」を読んで
   鉄路安全への教訓:京都新聞刊

 衝突した車体が尺取り虫のように曲がって42名死亡の大惨事となった信楽高原鐵道正面衝突事故(しがらきじこ1991/05/14)は、原因不明の赤信号が出続けるトラブルが繰り返されたのに原因究明も出来ないまま代替措置も採らずに、先の無人信号所に駅員を派遣して列車不存在の確認を採るといった代用閉塞の措置をきちんと採らずに赤信号のまま出発してしまい、折から信号機器の点検中で誤出発検知装置が無効になっていて、当然に正面衝突事故となったわけだが、信号場新設に当たってのJR西日本、信楽鐵道間の打合せも不十分で、信楽独自の信号灯(駅への連絡要求の回転灯点灯)の周知徹底もなく列車無線すら通じない状態で臨時列車の直通乗り入れをするなど、鉄道の専門家たちが揃って安全の基本を守らなかった実に謎の多い事故だ。(京都新聞記事)

参照記事
日記 [187]. 領域境界無視が根本原因では?信楽事故
[170]. 方向優先梃子の影響に気付いたのは誰?
赤信号で走った列車 (京都新聞web)
[185]. ヒューマンエラーは結果であり原因ではない
 以前、事故の鉄道史を書いた網谷りょうぞう氏著の信楽事故本を図書館でみつけて読んだが疑問のまま残った事項も多かった。取材に当たった京都新聞記者鈴木哲法氏の著作として2004/03に「検証 信楽列車事故」が京都新聞出版センターから発行されているのを本屋店頭で見付け、裁判上の事実認定などについては網谷本より正確で詳しいことと、関係者への取材で「方向優先梃子無断設置」という重要事項を掘り起こしたルポライター佐野真一氏の噛んだオリジナル情報本ということで買ってきた。
 「方向優先梃子」と言われても一般人にはピンと来ないが「優先リモコン設定」と思えば何てことはない。線路脇のレバー(梃子)を力一杯にガチャンと倒してポイントを切り換える時代は終わり、スイッチと押しボタンによる有線リモコン操作と当然の順次操作については指示を自動化してモータなどの動力により切り換えているが、CTCセンターには駅(信号所を含む)のそうしたリモコン操作を無効にするリモコンがあり、その切り換えスイッチも従前通り「梃子」と呼んで「方向優先梃子」としている。
 亀山CTCセンターでの方向優先梃子の操作時刻と、信楽駅での出発信号操作不能時刻が一致することから異常現示の原因が優先梃子に拠るものではないかと佐野氏が気付いたことがJR西日本の事故責任を明確にする上で決定的だった。
 JR西日本の亀山CTCが優先リモコン:方向優先梃子を設定すると、信楽駅設置の貴生川(きぶかわ)駅の信楽線リモコンの当該箇所は殺されるが、その設置を信楽鐵道側が知らなかったことと、信楽駅側の無届け改造の結果、亀山CTCでの優先梃子の効果が新設小野谷(おのだに)信号所を超えて信楽駅にまで達するタイミングが出来て出発信号不転換「異常現示」になってしまったことが信楽駅での信号不転換ドタバタの原因だったのだ。
 この本では劇的スクープを放った当のルポライター(ノンフィクション作家)佐野真一氏が、著者後書き10ページの後に、その佐野氏による解説文をほぼ等量の9ページを充てている。

 先の駅に駅員を派遣して列車の確認をするという代用閉塞の基本的条件を守らず、停止信号を無視して発車させたことが正面衝突の根本的原因だが、原因不明の信号不転換に焦ったにせよ鉄道では絶対許されないそんな無茶をなぜ命じたのか、不当な命令に従って出発合図をしたのか、また、対向列車がいつもは信号所で待機しているはずの列車が居ないのに駅に確かめもせずそのまま進行したのか、予想外の出発をされた信号技術者が念のためでも誤出発検知装置に代わって誤出発信号を人為的に発生させて信号所の下り出発信号を停止にする機転は利かなかったのか、JR西日本&信楽高原鐵道両者がそれぞれなぜ無届けで信号を改造したのか、小野谷信号所新設時の運輸省の完工検査で設置点検、動作試験は具体的に全項目網羅では行われなかったのかと、数々の疑問が吹き出る訳である。

 このうち乗り入れ側のJR西日本の事故責任が裁判上での最大の争点となったが、ほぼ同時に争われた刑事、民事訴訟ともその責任が認められた。判決を読み込むと刑事判決、民事判決の責任認定が微妙に違う。刑事裁判では不起訴だった直通列車の運転士が信号所を停止せず通過したことについて、鉄道信号の絶対性を認め、「信号現示異常の出た時点での双方協議や、異常現示のある路線での確認規則制定」を指摘したものの、運転士の刑事責任はないと判じJR西日本の責任を認めたが、民事裁判では、直前の運行で異常現示を直接体験して、必ずしも安全側のみの現示にはならないことを知っていた運転士が、駅への確認を怠ったのは責任があるという形でJR西日本の責任を認めた。
 JR西日本の責任を認める最終結論は変わらないが、直前の異常現示体験を前提に、乗り入れ側のJR運転士に責任ありとするのが民事判決、原因追及協議や、異常現出地点での確認規則制定を求めて運転士無罪とするのが刑事判決と分かれた訳である。殉職した業務課長に言われるままに出発合図を出した駅員と、誤出発検出をリード線接続でキャンセルする結果になった信号技術職員は執行猶予付き有罪判決だった。(この部分は網谷本には記述が無かった)。
 列車が発車しない前提で異例の運行時間内「故障修理」に掛かったのに有罪はきついかなとは思うが、特殊自動信号の構造を熟知していれば対向のJRからの直通列車が小野谷信号場通過前:衝突までの7km余の約10分間に誤出発検知ステータスをリード線で構成出来て信号場下り出発信号を停止現示にできたのではないか?と思ってしまう。常磐線三河島事故(1962/05/03)でも第1次衝突から6分後の第2次衝突までの間に運転士でも機関士でも車掌でも誰かが対向上り線に軌道短絡器を仕掛けていたら、あるいは現場直近の三河島駅で停止手配を取っていたら埋め記事の小事故で済んでいたのと同様、事故で当事者が動転してしまうものなのか大変残念だ。三河島事故ではまだ防護用具として軌道短絡器が準備されて居らず事故を機に整備した様だが。誤出発検知センサーの構造は重力接触器など簡易なスイッチなのではないか(=短小軌道回路への進入を検出するリレーが誤出発検知)。仮に2要素あって踏み順が問題になるとしてもその程度の順次操作は可能だろう。それを考えると執行猶予なら妥当なのか。しかし経験不足の技術者に臨機応変にマニュアルには絶対記載がない特殊操作を期待できるだろうか?
 但し、従前は現場労働者を生け贄に事故の幕引きを手伝う警察・検察が極めて珍しくJR西日本の責任を明らかにしたことは指摘すべきだ。北陸トンネル火災惨事や参宮線惨事など乗務員の処罰で国鉄当局の重大な怠慢を免罪するだけだった。(see→69/12/06&72/11/06)

 一般人の感覚で一番受け入れがたいと思うのは、交通信号とは違う鉄道信号の性格で、裁判でもこれが争点になって、民事判決と刑事判決の判断の微妙な差となっている。交通信号の緑は通行可だが安全を確認して支障があれば発進しないのは勿論だ。ところが鉄道では、非常ブレーキを掛けても停止まで600m近くも走るのだから目視で走行地点の危険判断しては間に合わず、信号や証票とダイヤに従って全速力で疾走すべきものなのだ。だからダイヤでは先着しているはずの対向列車が小野谷信号場に到着して居なくても出発信号が進行ならそのまま進行しなければならないのが鉄道信号の原則だ。「いつもは(信号場に)到着している対向列車は何らかの理由で信楽駅に待機している」と考えるのは正しい。
 裁判では刑事法廷で運輸省技官が鑑定証人として立ち、鉄道信号のそうした性格を証言し運転士に責任がないことを明らかにしていた。日常的にはそれで終わりだが、停まらなかったことで現実に大惨事になっている。それを既に異常現示を経験して原因究明が出来ていない状態での運行だったことを捉え、刑事法廷は、運転中の一瞬にそうした判断を求めるのは過酷に過ぎるとして運転士の判断に可罰的違法性がないが、そうした異常な条件下では駅に未着理由の確認を求めるなど規則整備が必要だし、直ちに打合せ検討をすれば解明できていたのに必要な手だてを採らなかったとしてJR西日本の発生防止責任に繋げ、民事法廷は、運転士が事故前に直接異常現示事故を体験していることをもって、信号場に停車して対向列車の位置を確認すべき責任があった、すなわち過失責任があったと認定してJR西日本の補償責任に繋いだ。
 鉄道側:JR西日本としては「信号に従って出発した運転士に刑事責任あり」という民事法廷の判断は特に受け入れがたいのだろう。しかし、無断設置した方向優先梃子の存在を必死に隠したのは発生責任の一端を自認してのことだし、信号異常には当面の安全運行対策と、抜本的な原因究明・対策の両面から率先して指導すべき立場にいるJR西日本が事態を漫然と見過ごして事故に至らしめたとする刑事法廷の論理構成を受け入れて早期に解決をすべきだったろう。世論に押されて渋々訴訟を解決したが、それを今度は賠償金負担割合で信楽高原鐵道を訴えている間に尼崎大惨事に至った。考えてみれば事故に直結する誤判断をした人たちは旧国鉄が育てて分割民営リストラ策で第3セクター:実質地方自治体に押しつけたものたったから、無理矢理補償金分担増をもぎ取ったところで弱小第3セクターに支払い能力が生じるわけではなく、瑕疵担保責任を問われて補償義務がブーメランの様に我が身に戻って来るだけではないか。元々自治体には鉄道運営整備のノウハウなどなく、国鉄信楽線の赤字補填システムをJR化に際して押しつけられただけではないか。第1次北陸トンネル列車火災で機転のトンネル脱出消火で被害抑制に貢献した特急日本海乗務員に不当処分を加え、第2次北陸トンネル列車火災でトンネル内停車を強制し30名死亡714名負傷の大惨事にした国鉄関西支社をそのまま引き継いでいる様な木を見て森を見ない酷さだ。尼崎惨事後でも尼崎電車区運転士自殺事件への対応が全く変わらないことを見てもJR西日本の酷い体質は変わっていない。

 そしてどちらの本にも全く触れてないのが、特殊自動の原理的弱点として何らかの理由で列車の在線がクリアされると復旧されない、すなわち信号システム上は実在の列車が蒸発してしまうのである。普通の自動信号なら誤出発列車によって文句なく小野谷信号所下り出発信号は停止現示になっている。国鉄が特殊自動信号開発時に「在線がクリアされる条件のある信号システムは採用できない」と管内への設置を拒否した管理局長が居るほどハッキリしていた弱点だ。本書でも事故前年に定年退職し、制定されていれば事故を避けられた可能性のある幻の運転心得「対向列車の到着を確認してから出発する」を起草した信楽鉄道前業務課長の発言として「特殊自動閉塞方式採用が浮上したとき列車が走っている位置を把握しにくいから不安だった」としているが他社での実施例で納得し運心に確認条項を盛り込もうとした(P140下段)とあり、特殊自動固有の弱点として掘り下げて欲しかった。新幹線でも事故時のバックアップとしてこうした記憶式の信号システムを持ってはいるが、常用としては採用しない方が良い。信楽事故以降特殊自動の新規採用は無いそうだが、その基本的危険性が鉄道事業者に理解されたのだろうか?それとも特殊自動適用の新線開業自体が無くなったのだろうか?

 矛盾記述としては、信楽の無届け改造箇所として、京都新聞本では小野谷信号所上り進入点の移設、網谷本の記憶では確か信楽駅場内手前の列車検知点を改め、小野谷信号所のステータスを引いて来るようにしたとあり、方向優先梃子による信号不転換という現象から見ると網谷本の記述に理があるようだ。うつろな記憶に拠れば、信楽駅進入に際して最初場内信号は停止現示で、それに従って減速し列車検知素子を踏むと進行現示に変わり加速して駅に進入するのを、過度の減速操作を排しスムーズに駅にしたいとの要求から、信号所からステータスを得る改造をしたと書いていたはず。それなら列車検知地上子を少し遠くに移設する改造方式なら方向優先梃子の影響が信楽まで来ることは無かったろう。小野谷信号所上り場内関連のセンサー位置を変えたところで信楽駅出発に影響は出にくい。信楽駅が信号所の直接ステータスを拾ったからこそ優先梃子の影響を受け転換不能になったのではないだろうか。この点は網谷本を探して改めて調べてみよう。

 最近の各種事故に関する報道のいい加減さ・デタラメさが強く非難され続けているが、信楽事故京都新聞や、宿毛事故高知新聞、尼崎事故神戸新聞、羽越線事故山形新聞、日比谷線中目黒事故赤旗新聞などの詳しい報道を見る限り、正確さと深さは文系・理系問題ではなく、各紙の熱意・やる気、そして情報収集体制の問題なのだろう。陣容の豊富な中央各紙が軒並み事故ネタで現地地方紙や政党機関紙にまで抜かれっぱなしだなんて、面白いと言うか、ブッ弛んでると言うべきか、政治分野での権力迎合提灯記事の氾濫に同期した報道機関としての全般的な質の低下は否めない。
2006/10/14 22:00
旧
新