速度制限ATS設置基準考

 JR西日本福知山線尼崎事故での曲線過速度転覆の予見可能性についての論議で、JR東海が尼崎事故発生'05/04/25時点で「40km/h以上の減速個所8箇所全部に過速度ATSを設置していた」ことが「過速度転覆防止策」だったのか、それともJR西日本弁護側主張のように「乗り心地保障策」だったのかは、数値的解析を行えば、言いっぱなしの御託宣化は避けられるのではないだろうか。
 そこで、国鉄JR各社で採用されている各種速度制限法を元に、特定着目点半径(=300R)での+40km/hの均衡カント→不足カントを算出して、その均衡カントでの速度=限界速度を逆算、それが各種制限速度法に照らして余裕速度がいくらあるかを一覧表にすれば、40km/h以上減速という設置基準がどういう性格のものかは見えてくるかも知れない。
 JR各社で採用されている算出基準式は2通り6種(〜7種)あるので、それぞれ算出して、どれが基準になっているのかを判断すればよい。JR西日本の口先論争に数値的決着を付けるには、当「解析ごっこ」のページで試算を示すのが流れだろう。

本則制限での転覆防止限界が
+40km/hか、JR東海設置基準  <0>

 下記試算結果に拠れば、JR東海の曲線制限は「本則」が標準で、これに対して+40km/hが転覆限界なので過速度ATSを設置していると読み取れる。弁護側証人であるJR東海社員がその証言で「乗り心地保障で設置」というのは算出数値からは全く見えないのだ。同業者訴追を庇うリップサービスが大いに疑われる証言だ。詳細は以下、試算経過を追って頂きたい。
限界速度差

JR東海の過速度速照設置基準推定
   試算手順

+40km/h均衡カントは    <1>

 曲線制限の計算式は、以下資料を参照して採用→「曲線での速度制限」
曲線速度制限解析
変数一覧表
曲線制限速度rmax[km/h]
曲線半径[m]
軌間[mm]
カント[mm]
許容不足カントd[mm]
スラック[mm]
傾斜角sinθ=C/W
超過横Ge[G]
遠心加速α[G]
重力加速1[G]
転覆安全比率
(最大値)m 

 制限速度+40km/h以上に過速度ATS設置という基準は、そこが最悪転覆限界速度ということだから、半径300Rでの均衡カントを求めて、他のRについての均衡カント速度を逆算する。
 (11)式より 平衡速度 Vb ≒sqrt(127*R*C/W) ・・・・・・・・ (横G=0の速度、省令式)
転倒限界カントC=Vb2×W/(127R)
      =(70+40)2×1,067/127/300=339 [mm]  (先の資料の試算では323mm)
在来線の最大カントは105mm以下なので、これを引いた234mm(218mm)が転倒限界不足カントになる。
 110km/h(=70km/h+40km/h)では207系の転覆速度107km/hを上回っているが、速照を設置する条件だから、その下の105km/hでの進入を考えればよい。

曲線半径毎の転倒限界速度    <2>

 上記転倒限界不足カントを元に、曲線半径毎の転倒限界速度を算出すると、 転倒限界速度 Vb(R)≒sqrt(127*R*339/1,067)
           =6.35√R

本則制限計算    <3>

 本則制限は、先ずはカントゼロでの安全比率で規定されて、普通車安全比率a=3.5、高速車安全比率a=3.0とされ、在来線:軌間1,67mmでの本則制限Vを、
   V=3.5√R ・・・・・(一般車)
   V=3.7√R ・・・・・(高性能車)として2通り定めている
(鉄道工学ハンドブックp251等)が、一般車の算出値は微妙に異なり、3.43となるが、算出結果である制限速度表の300Rをみるかぎり、現実には3.5√Rが採用されている様である。理由は不明。鉄道では安全余裕を大変大きく採っており、誤差の範囲として直接影響する場面は無いが、安全規定の考え方としては、一義的規定に整理する必要がある。
 さらに実際の制限数値は5km/h単位で切り捨て、すなわち
   Vmax=INT(V(R,W,C)/5)×5 で制定されている。(表参照)

+α許容不足カント方式    <4>

 本則ではカントによる遠心力の打ち消しを全く考慮しなかったが、国鉄時代に都市間の速達化の検討で、カント面に対する安全比率aを4.0として、優等列車の速度制限向上を測った。それは車種別の許容不足カントとして4種類制定され、高速指向の線区では、カントを上限一杯の105mmに嵩上げして、その状態での許容不足カントを、振り子車110mm、高性能車70mm、一般車60mm、機関車列車50mmとしている。
 しかしながら地形などの影響でカント逓増のための緩和曲線を充分取れず、105mm以下となる箇所も生ずる。尼崎事故現場がカント97mmなのは、手前の名神高速道路との立体交差で十分な長さの緩和曲線を設置できなかったため、制限速度も105mmカントの75km/hではなく、一般車70km/h、高性能車75km/hになるのだが、現場は70km/hに統一されている。
  制限速度 V≒sqrt{127*R*(C+Cd)/W} ・・・・・・・・ (11’)式
    カントC=105mmとして、許容不足カントCd=60、70、110mmについて曲線半径Rごとに算出する。(表参照。実際の制限数値は本則同様5km/h単位で切り捨てで制定される。)

脱線転覆防止のが設置基準
  安全限界と制限速度の差    <5>

 前記6種類の曲線制限速度と、転覆限界と思われる不足カントでの制限速度の差を計算してみると、基準が本則で、それより+40km/h以上高速度の直線から進入する場合に過速度ATSを設置していたであろうことが分かる。本則+αでは、もっと厳しい基準で設置する必要がある。
 JR東海社員証言では、過速度ATSを設置した8箇所中5箇所が40km/h以上の減速箇所で、3箇所は危険性の指摘で追加したと述べているが、計算表の数値に見るかぎりその追加箇所は本則+α規定で転覆懸念速度との差が40km/h未満の箇所であることが予想される。JR東海も一部には高速型の「本則+α」規定を採用しているからそこに該当箇所があるのは当然だ。

《JRの設置義務箇所内訳》

ピーク1時間あたり
運転本数

10本
以上
10本
未満
北海道旅客鉄道11 174 185
東日本旅客鉄道617 642 1,259 (109)
東海旅客鉄道1 69 70 (8)
西日本旅客鉄道77 157 234 (17)
四国旅客鉄道0 139 139
九州旅客鉄道34 178 212
日本貨物鉄道0 0 0
合 計740 1,359 2,099 (134)
 計欄の( )内は、速度制限用ATS既設置箇所数を外数で示す。 通達付表より転載

 設置理由は、乗り心地向上ではなく、過速度転覆防止であり、その設定値としては乗り心地基準で制定している曲線速度制限に準じて+10km/hで設定したということである。それを敢えて混同させて「乗り心地が設置基準」と強弁していることになる。
 なお、尼崎事故を承けての
過速度ATS設置基準行政指導通達に対するJR各社の対応は、通達内容の「転覆安全限界速度」より厳しい「乗り心地限界速度」で設置を決めたため、設置義務箇所の数倍に設置している。

 さらに、国交省'05/05/27発表の「試算された条件を当てはめた場合の曲線の箇所数」に拠ると、転覆速度×0.9を基に設置基準を定めて各鉄道事業者の該当箇所数を示しているが、JR東海の場合は義務付け箇所70箇所の外8箇所が既設となっている。すなわち、既設8箇所は国交省が転覆防止に過速度ATS設置を義務付けている箇所で、主たる設置理由としては乗り心地基準云々を言う余地のない地点である。
 また、JR西日本は事故当時、ATS-Pの曲線速照を94箇所、ATS-Swの曲線速照を17箇所設置し、そのうちP/Sw重複設置箇所が6箇所で、合計105箇所設置していたが、国交省設置義務付け基準の転覆懸念箇所には17箇所しか設置されていないことになる。事故当時のJR西日本の担当者がATS-P曲線速照94箇所の存在を報告し忘れたのだろうか?それとも転覆防止の実効性に乏しい大きく外れた基準で設置していたのだろうか?

 JR東海が過速度ATS設置基準を単純に「40km/h以上減速箇所」とだけせず、それとは別に3箇所加えたというのは、本則+規定の方が安全余裕が少ないことをよく知っている解析・設計者が枢要部に居たと考えざるを得ず、その詳細を知らない社員をJR西日本裁判の証人に立てて「偽証」評価を避けたのかも知れない。元々真相を知らなければ偽証は成立しないのだから。


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Last update: 2011/06/20   
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