新幹線車両の粘着力問題

空転特性とその対策

斎藤 雅男 著RJ'04/10抜粋
国際連合・開発計画(UNDP)鉄道工学専門家
  700Tのくわしい諸元についてはいずれふれることにして,初期の新幹線車両から大きく変わった点は,系や100系で困難をきわめた粘着カの問題があげられる.わたくしが運転車両部長だった時代,これを原因とした空転・滑走がじつに多く,タイヤフラットやスキッドによる傷が毎日のように発生していた.滑走のため絶対停止区間を行き過ぎるとか,空転によってディスクを破損するなど,大事故の一歩手前のトラブルまで引き起こしたこともあった.

 当時,「μ=13.6/(85+V), μ;粘着係数,V;列車速度」を基本として用いていたが,雨の降り始め,および雪やほこりの付着などでこの値はかなり変わる.連日,各列車のデータをとって,これらの気象条件をもとにATC信号のブレーキ開始点とその位置の線形(直線・曲線・カントの値)を参考にし,データをプロットしていったものである.すると本当のことがわかってきた.系や100系では先頭軸の空転・滑走が意外に多い.しかも,この先頭軸からATCの列車速度をとっている.これではあぶない.そこで,先頭軸(ATC検知軸)のブレーキカを50%に減らした.#注#

 しかし調査を漸次進めると,下り列車を例にとれば1号車・2号事は3号革以降に比べて,3倍から5倍の空転滑走を引き起こす(すなわち粘着カが低下する)ことが判明した.こうなるとATCも役に立たない.対策として空転滑走検知装置(微分検知による)を開発するとともに,速度検知を先頭軸からとることをやめ,後部車両の軸からとる.そして最大値を基準にする,という方向で研究開発を始めた.

 700系はこの方式を採用した.前頭の8軸が通り過ぎると雨滴・雪魂・ゴミやほこりは除去されて,車輪とレールが密着する.結果としてブレーキカを各車均一にするのではなく,1・8・9・16号事は40%,2・15号車は95%,3〜7号車および10〜14号車は125%としている.高速運転ではこのような研究が重要で,700Tも同様の考え方で製造中である.
P145〜146
鉄道ジャーナル2004/10号
麗しき島−台湾 高速鉄路建設のあゆみ(42)P145〜146 より誤植訂正抜粋

なぜ8〜9号車まで40%ブレーキ?

  という疑問の説明は記事になかった。16両編成中の滑走の多い先頭側2両の制動力を抑制するのは分かるが、中間車8〜9号車の抑制は何故だろうか?15〜16は逆行時の切換制御の省略で。「非常制動」の場面では他と同じ125%に制御すれば良いと思うが、滑走がなければ充分余裕の制動粘着力なのだろう?(平均100%=(40×4+95×2+125×5×2)/16) 有り得る可能性としては速度計軸4本を8・9号車に選んで誤作動を防いでいる.それなら残り4軸は125%で良いはず.

#注# 過走事故と対応して採られた速度計軸のブレーキ対策
1965/05/04 名古屋駅ひかり17号380m過走事故.下り.
  対策は滑走検知後停止まで速度計軸の制動空気圧を50%にする.
1967/07/23〜/11/ 岐阜羽島オーバーラン事故。1300〜1000m過走.
  対策は滑走検知後停止まで速度計軸の制動油圧を速やかにゼロにする.
  (この対策は上記記事には触れてない)
1998/08/05pm 新幹線名古屋駅でオーバーラン!こだま414号約80m&418号約50m
  対策不詳?滑走時低速側台車のみ緩解に改造出来なければ廃車?

早期に認識されていた? フラット防止優先装置問題!

 上記記事では開業直後のかなり早くから「困難をきわめた粘着力の問題」が挙がっていたことがうかがわれる.また「新幹線事故」('77/03柳田邦男著中公新書461中央公論社刊)の当該記載では「固着滑走(スリップ)による車輪の摩耗を防ぐための滑走検知装置は、……。(中略)…その滑走検知装置が、オーバーランを助長する役割を演じたということも、また事実である」と述べていて(同書p103,&p60(4))、著者柳田氏はその詳細には気づいてない様だが、この時情報提供の国鉄側は「国鉄型滑走検知装置の欠陥」を認識していたことをうかがわせている。取材にここまで答えながら装置「欠陥」の中味が、ブレーキの全緩解=未滑走の軸まで緩解してしまう=フラット防止優先装置であることに思い至らないとは考えがたいからだ。それではなぜ100系ブレーキ系の欠陥が放置されて'98/08/05名古屋駅過走事故に至るもまだ放置なのだろう?

意外だった盲点 

「新幹線事故」 

P59〜60
'77/03柳田邦男著中公新書461
中央公論社刊
(4) 新幹線の車輪はブレーキによって固着した状態でスリップすると、非常に敏感な「滑走検知機構」という装置がはたらいて、ブレーキを一時的に緩める。………
「滑走検知機構」がはたらく結果、「固着滑走→ブレーキ緩み車輪回転→再度ブレーキかかり、またまた固着滑走→再度ブレーキ緩み車輪回転」という繰り返しが起こり、停止距離をスリップだけの場合よりいっそう延ばすことになることが明らかになった。
(5) ……スリップは、各車輪ごとにばらばらに起こるため、各車両の走行のバラソスがくずれて、車両同士がぶつかり合い、ガクンガクンという前後衝動を生じながら、列車が前へ進むもので…… この前後衝動が車輪の正常な停止を妨げる作用をすることもわかった。

秒刻みの安全性

絶対信仰と落とし穴

同書   P103
固着滑走(スリップ)による車輪の摩耗を防ぐための滑走検知装置は、……。(中略)…その滑走検知装置が、オーバーランを助長する役割を演じたということも、また事実である
   (注:アンチスキッド装置の説明と、国鉄型滑走防止装置の評価が的はずれでその部分を削除)

秒刻みの安全性

生かされなかった前例

同書   P107〜109
  第3に指摘しなければならないのは、スリップによるオーバーランは、もっと早くから予想できなかったかということだ。………
 否、スリップの前例ほあるのだ。主なものを2つ記してみよう。
 その最初のものは、開業後1年も経たない昭和40年5月4日、名古屋駅に到着した<ひかり17>で起こったものである。名古屋駅に到着する列車の信号現示は、通常1区間ずつ「210」から「160」「70」へと減速し、ホーム先端から約500メートル手前のB点と呼ばれる地点を過ぎると「30信号」になる。いずれもATC常用ブレーキで自動的に減速の措置がとられるのだが、時速30キロ以下になった後は、運転士が確認ボタンを押してブレーキを緩め、列車をさらに進ませて最後は手動でブレーキをかけて、所定の位置に停車させる。ところが、<ひかり17>の場合、信号現示が「160」(実際の走行速度155キロ)から「70」に変って、ATC常用ブレーキがかかった段階で、雨上がりのため固着滑走が起こった。このためB点に達するまでに速度が70キロに落ちず、B点で「30信号」を受けたときに、まだ100キロも出ていた。運転士は手動で非常ブレーキをかけたが、固着滑走はなおも続き、停止限界標識とその先の「03信号区間」を突破して、結局所定位置より380メートルもオーバーランしてしまった。ほとんど一列車分、ホームより先に出てしまったのである。

  このオーバーランにおける固着滑走の経過はすこし複雑だった。車輪(車軸)の固着滑走というものは、全車両いっせいに起こるのではなく、1軸ずつばらばらに起こるものであることは、既述のとおりだが、<ひかり17>の場合は、最前部の先頭軸で固着滑走が起こった。先頭軸は、速度照査部と呼ばれる装置がついているところで、先頭軸の回転数からその列車の速度を測定し、ATCブレーキ機構に連動するようになっている。従って、先頭軸が固着する(=回転数がゼロになる)と、車上ATC装置は列車の速度がゼロになったと判断して、ブレーキを緩めることになる。こうして固着滑走とブレーキ緩めとが悪循環を繰り返して、大幅なオーバーランに至ったのである。国鉄では、この後ブレーキ機構を改良し、先頭軸が固着滑走を起こした場合には、先頭軸だけは再度ブレーキがかからないようなシステムにした。

  第2のオーバーランの事例は、昭和42年7月23日に岐阜羽島駅で起こったものである。
第1原因は、雨によるスリップだったが、そこにもう一つ悪条件が重なった。先頭軸が固着滑走を起こした後、ブレーキの緩みが不十分だったために、名古屋駅の場合と同じような状態が起こったのだ。このため国鉄では、先頭軸のブレーキの油圧機構を改良し、ブレーキ緩めの操作が行なわれたときには、直ちに油圧がゼロになって、ブレーキが確実に緩むようにした。      P107−109

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Last update: 2004/09/12 (/08/29)