◆H14.12.26 大阪高等裁判所(判決抄)
   平成11年(ネ)第1954号,同年(ネ)第1955号,
   平成13年(ネ)第449号 損害賠償請求控訴事件

原審:大阪地方裁判所 平成5年(ワ)第9781号
(信楽高原鐵道正面衝突事故民事訴訟高裁判決)

     主     文    <shubun>

1 1審被告の本件控訴を棄却する。
2 1審原告A1及び1審原告A2の附帯控訴に基づき,原判決中同1審原告らに関する部分を,次のとおり変更する。
  (1) 1審被告は,1審原告A1及び1審原告A2に対し,それぞれ3491万7993円及びこれに対する平成3年5月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  (2) 1審原告A1及び1審原告A2のその余の請求をいずれも棄却する。
3 その余の1審原告らの附帯控訴をいずれも棄却する。
4 1審原告A1及び1審原告A2と1審被告との間に生じた訴訟費用は,1,2審を通じて,これを2分し,その1を同1審原告らの負担とし,その余を1審被告の負担とし,控訴費用(1審原告A1及び1審原告A2に関する部分を除く。)は1審被告の負担とし,その余の1審原告らの附帯控訴費用は同1審原告らの負担とする。
5 この判決は,2項の(1)に限り,仮に執行することができる。

[{(記述階層凡例)}]
1審原告:事故被災者遺族
1審被告:JR西日本
主文
事実
理由
判決文基本構造
漢数字(1審使用)
(2審高裁判決未使用)
(一)
第1 数字
(1)
ア  片仮名
(ア)
a 小文字アルファベット
(a)
@ ○数字
未使用分類= [ ]&()有無、
ローマ数字の大文字・小文字、[ ]&()有無
大文字アルファベット、[ ]&()有無
漢数字、[ ]&()有無
JR西日本事件関係者
D1 運転士
D2 運転士
D3 指導員
D4 助役
D5 助役
D6 助役
D17 草津通信信号区助役
D18 証人
D19 京都車掌区主任車掌
D21 車掌
D22 証人
有責認定
の職制
電気部長
電気部信号通信課長
運輸部管理課長
運輸部運用課長
安全対策室長
信楽高原鐵道関係者
D7 業務課長
D8 運転主任
D9 運転士
D10 助役
D11 運転士
D12 施設整備主任
D13 運転主任
D14 運転士
D15 信号技士
D16 施設課長
D20 運転士

事実及び理由   <jijitsu>(事実摘示)

第1 申立て

1 平成11年(ネ)第1954号事件
  (1) 原判決中,1審被告敗訴部分を取り消す。
  (2) 前項の取消部分にかかる1審原告らの請求をいずれも棄却する。
2 平成11年(ネ)第1955号事件
  (1) 1審原告らは,1審被告に対し,それぞれ別表1「支払金額一覧表」の「支払金額」欄記載の各金員及びこれに対する平成11年3月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(仮執行の原状回復の申立て)。
  (2) 仮執行宣言

3 平成13年(ネ)第449号事件
  (1) 原判決主文二項のうち,1審原告らが1審被告に対しそれぞれ別表2「附帯控訴に基づく請求一覧表」の「請求金額」欄記載の各金員及びこれに対する平成3年5月14日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払いを求める請求を棄却した部分を取り消す。
  (2) 1審被告は,1審原告らに対し,それぞれ別表2「附帯控訴に基づく請求一覧表」の「請求金額」欄記載の金員及びこれに対する平成3年5月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  (3) (2)につき仮執行宣言

第2 事案の概要等

1 事案の概要

 本件は,1審被告が自己の所有する列車を信楽高原鐵道線に直通乗入運転をしていた際に,同線路上で信楽高原鐵道株式会社(以下,「SKR」という。)が所有及び運転する列車と正面衝突する事故(いわゆる「信楽高原鐵道列車事故」)が発生し,同事故によって両列車に乗車していた乗客が死亡したことから,その相続人である1審原告らが,1審被告に対し,民法709条(予備的に商法261条3項,同法78条2項,民法44条1項),民法715条,旅客運送契約の債務不履行又は安全配慮義務違反に基づき,上記事故によって被った損害の賠償を求めた事案である。
 原審は,1審原告らの民法715条に基づく請求を認め,その請求を一部認容する判決を言い渡した。
 1審被告は,原審の判断を不服として,原判決のうち1審原告の請求を認容した部分を取り消し,同請求を棄却するよう求めて,本件控訴を提起するとともに,1審原告らに対し,原判決の仮執行宣言に基づき支払った金員の返還を求めている。
 他方,1審原告らは,1審原告らの損害を認めなかった原審の判断のうち一部を不服として,原判決の1審原告らの請求を棄却した部分のうち一部を取り消し,同部分の請求を認容するよう求めて,附帯控訴を提起した。
 なお,1審原告らは,本訴において,1審被告とともに,SKRに対しても,民法709条(予備的に商法261条3項,同法78条2項,民法44条1項),民法715条又は旅客運送契約の債務不履行に基づき,損害の賠償を求めたが,原審はその請求を一部認容する判決を言い渡し,同判決は確定している。

2 争いのない事実及び争点

 以下のとおり付加,訂正,削除するほか,原判決の「事実及び理由」中「第二 事案の概要」のうち「一 争いのない事実」及び「二 争点」に各記載の1審被告に関する部分のとおりであるから,これらを引用する。
(1) 原判決14頁7行目から9行目までの「昭和62年7月13日に旧日本国有鉄道(以下「旧国鉄」という。)の移管を受けて発足した第3セクターの株式会社であり、」を「旧日本国有鉄道(以下,「旧国鉄」という。)の民営化に伴いその営業線であった信楽線が特定地方交通線として廃線されることが決定したため,同線の確保・存続を図るため,滋賀県及び信楽町が中心となって,昭和62年2月10日に設立された鉄道事業法による運送業等を目的とする第3セクターの株式会社であり,同年5月8日,旧国鉄から民営化された1審被告から,特定地方交通線信楽線に係る鉄道施設の無償譲渡を受け,同月9日,運輸大臣から,第1種鉄道事業の免許を受け,同年7月13日SKR線を開業した。その」に改める。
(2) 原判決16頁6行目の「法人自体の過失責任」の次に「(予備的に商法261条3項,同法78条2項,民法44条1項に基づく不法行為責任)」を加える。
(3) 原判決17頁2行目から3行目にかけて及び同頁7行目の各「法人過失」の次にいずれも「(予備的に1審被告代表取締役の過失)」を加える。
(4) 原判決90頁8行目及び末行の各「上り五四六D列車」をいずれも「上り516D列車」に改める。
(5) 原判決116頁3行目の「(2)」を「(3)」に,118頁10行目の「(3)」を「(4)」にそれぞれ改める。
(6) 原判決175頁6行目の「五〇一」の次,同頁7行目及び178頁2行目の各「五三四」の次にいずれも「D」を加える。
(7) 原判決192頁4行目から5行目にかけての「させれば」の次の「ば」を削る。
(8) 原判決202頁3行目の「法人過失責任」の次に「(予備的に商法261条3項,同法78条2項,民法44条1項に基づく不法行為責任)」を加える。
(9) 原判決228頁8行目の「刑事事件の被告」を「刑事事件の被告人」に改める。
(10) 原判決228頁10行目の「JRの労働組合」を「1審被告の労働組合」に改める。
(11) 原判決234頁9行目から235頁3行目までを「後記3(5)アのとおり」に,及び235頁5行目から236頁末行までを「後記3(5)イのとおり」にいずれも改める。
(12) 原判決248頁1行目の「無断施行」を「無断施工」に改める。
(13) 原判決269頁9行目の「原告」の次に「ら」を加える。
(14) 原判決325頁8行目の「運転取扱心得」の次の「運転」を削る。
(15) 原判決366頁9行目の「されなればなならない」を「されなければならない」に改める。
(16) 原判決368頁4行目の「形て」を「形で」に改める。
(17) 原判決398頁2行目の「A3'」の次に「子」を加える。
(18) 原判決407頁4行目の「355万3550円」を「355万3500円」に改める。
(19) 原判決409頁2行目の「有限会社B」の次に「商店」を加える。
(20) 原判決418頁4行目の「欲しいもの」を「欲しいまま」に改める。
(21) 原判決421頁1行目の「断ち切った」の次の「る」を削る。
(22) 原判決424頁10行目の「四七五五万七八五一円」を「4755万8331円」に改める。
(23) 原判決440頁9行目の「二〇三〇万〇三二九円」を「2030万0229円」に改める。
(24) 原判決445頁7行目の「一二四一万七三九八円」を「1380万7754円」に改める。
(25) 原判決445頁9行目から10行目にかけての「一九五万七〇〇〇円」を「193万円」に改める。
(26) 原判決448頁4行目の「七六万四〇〇〇円」を「76万4800円」に改める。
(27) 原判決495頁3行目の「C'」を「C」に改める。

3 当審における当事者の主張

(1) 原審の訴訟手続違反について

ア 1審被告
 原審の訴訟手続には,以下のとおり処分権主義違反,弁論主義違反,釈明義務違反又は不当な予断に基づく判断の各違法があるから,原判決を取り消すべきである。

(ア) 処分権主義違反について
 原判決は,1審原告らが請求していない訴訟物について判決したものであるから,民事訴訟法246条に違反した違法がある。
 1審原告らが本訴において過失として主張している,方向優先てこの設置及び操作に関する注意義務違反,乗務員の教育及び訓練に関する注意義務違反並びに事前トラブルを通じての注意義務違反は,1審被告の法人としての不法行為(民法709条)における過失としてであり,1審被告の使用者責任における被用者の過失としては主張していない。
 ところで,原判決は,1審被告の法人としての不法行為責任を否定したが,上記各注意義務違反を1審被告の被用者個人の過失と認定して,1審被告に対する使用者責任に基づく損害賠償請求を認容した。そして,1審被告の法人としての不法行為に基づく損害賠償請求と使用者責任に基づく損害賠償請求は,適用法条を異にし,訴訟物を異にする。
 民法715条の使用者責任が成立するためには,先ず被用者について不法行為(民法709条)責任が成立する必要がある。原判決は,D1運転士の他に,1審被告の電気部長,電気部信号通信課長,運輸部管理課長,運輸部運用課長及び安全対策室長の5名について,信号システムに関する過失,教育及び訓練に関する過失並びに報告体制確立に関する過失に基づく不法行為責任を認定し,1審被告について民法715条の使用者責任を認定した。しかし,1審原告らは,上記5名についての不法行為責任を主張しておらず,D1運転士,D2運転士,D3指導員,D4助役,D5助役及びD6助役の6名の報告義務違反行為及びD1運転士の事故当日の過失行為に基づく不法行為責任について主張したに止まる。
 原判決が認定した1審被告の電気部長,電気部信号通信課長,運輸部管理課長,運輸部運用課長及び安全対策室長の信号システムに関する過失,教育及び訓練に関する過失並びに報告体制確立に関する過失は,1審原告らが主張した上記6名(D1運転士,D2運転士,D3指導員,D4助役,D5助役及びD6助役)の報告義務違反とは,主体はもとより,義務違反の内容も全く異にし,法的には異質のものである。同じく民法715条の前提である709条の不法行為であるといっても,両者は,主体,時期,場所及び行為の性質(義務違反の内容)等を異にし,訴訟物としては全く別異のものである。つまり,原判決は,1審被告の電気部長,電気部信号通信課長,運輸部管理課長,運輸部運用課長及び安全対策室長の不法行為責任について,1審原告らの請求がないにもかかわらず,これを認容したものである。
 なお,1審原告らが法人たる1審被告自体の過失を基礎づける事実として主張している事実中には,原判決が認定した1審被告の電気部長,電気部信号通信課長,運輸部管理課長,運輸部運用課長及び安全対策室長の各個人の注意義務である各結果回避義務の内容及び予見可能性は全く含まれていないのであるから,1審原告らの民法709条に関する主張をもって,電気部長,電気部信号通信課長,運輸部管理課長,運輸部運用課長及び安全対策室長を直接の行為者とする民法715条の不法行為責任の損害賠償請求の申立てがあったと解することもできない。

(イ) 弁論主義違反について
 仮に原判決が民事訴訟法246条に違反していないとしても,前記(ア)のとおり,原判決は,当事者の主張がないにもかかわらず,電気部長,電気部信号通信課長,運輸部管理課長,運輸部運用課長及び安全対策室長の各結果回避義務違反の内容及び予見可能性に関する事実を認定しているから,弁論主義に違反した違法がある。

(ウ) 釈明義務違反について
 原審における訴訟手続には,釈明義務に違反した違法がある。
 原判決は,1審原告らが主張していない事実を認定する場合には,釈明権(民訴法149条)を行使し,その点について1審原告らの主張につき釈明を求め,1審被告にも反論及び反証の機会を与え,争点につき両当事者の主張を尽くさせるべきであった。ところが,原判決は,争点になっていない事実及び法的構成について,1審被告に十分な反論及び反証の機会を与えることなく,いわゆる不意打ちを与えた。
 また,原審における準備手続(平成8年9月20日午後4時)において,立証準備及び和解勧告の要否のための裁判所の見解が示された。その際,当時の裁判長から,「少なくとも方向優先てこの設置及び操作と本件事故との因果関係は認められない。1審被告がSKRの赤信号冒進を予見し得たか否かにかかる。」「JRの過失を前提とした和解の勧告はできない。」との見解が述べられ,同時に,今後の立証計画の中心をそれに沿って絞るよう指導(訴訟指揮)された。さらに,同裁判長は,この指導(訴訟指揮)についての1審原告らの抗議に対し,「和解を進めるには心証を開示するのは当然である。また,立証については不意打ちすべきではないと考えており,争点を明確にして争うべきであると考えている。」とまで述べられた。それゆえ,原審の上記見解及び訴訟指揮に従い,1審被告としては,その後少なくとも方向優先てこの設置及び操作の問題については,十分な主張,立証を行わず,原審においてこの問題について十分な議論や立証が尽されなかった。ところが,原判決は,上記訴訟指揮と異なり,方向優先てこの設置及び操作と本件事故との因果関係を認め,具体的には,これを1審被告の電気部長,電気部信号通信課長及び運輸部管理課長の過失の根拠とした。原審判決時において,裁判所の構成に変更があったとはいえ,あくまでも裁判所としては同一のものである。1審被告としては原審裁判所により不意打ちを受けたものであり,原審の釈明義務違反は明らかである。

(エ) 不当な予断に基づく違法判決について
 原判決は,不当な予断に基づき1審被告に無過失責任を負わせようとしてものであると考えざるを得ない。

イ 1審原告ら
 原審の訴訟手続には,以下のとおり処分権主義違反,弁論主義違反及び釈明義務違反の各違法はいずれもなく,原判決を取り消すべきではない。
(ア) 処分権主義違反について
 原判決は,以下のとおり民事訴訟法246条に違反していない。
a 訴訟物の同一性について
 1審原告らが本訴において1審被告に対し請求していた不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求権と,原判決が認容した使用者責任(民法715条)に基づく損害賠償請求権の訴訟物は同一である。
 不法行為における訴訟物の同一性の識別は,違法行為の同一性から判断されるべきであり,同一の生活事象による損害賠償請求が複数の実体法規によって根拠付けられる場合であっても,訴訟物を一個と評価すべきである。  また,1審原告らが本訴において1審被告に対し請求していた使用者責任に基づく損害賠償請求権と,原判決が認容した使用者責任に基づく損害賠償請求権の訴訟物は同一である。なぜなら,使用者責任に基づく損害賠償請求権は,従業員及び過失の内容が異なっても,訴訟物が同一であると解さなければ,従業員ないし過失の内容が異なるごとに訴訟を提起することが許され,また,消滅時効が進行するなどの不都合が生じるからである。使用者責任の被用者の特定については,その職責が重要なのであって,従業員個人が重要なのではない。
b 申立ての善解について
 裁判所が認定した訴訟物と当事者が請求した訴訟物とが異なる場合であっても,民事訴訟法246条に違反するか否かを判断するに当たっては,裁判所は申立ての趣旨を善解することができる。
 原判決は,1審原告らが1審被告自身又はその代表取締役の不法行為に基づく損害賠償請求において過失として主張した信号システムに関する過失,教育及び訓練に関する過失並びに報告体制確立に関する過失を1審被告の被用者である電気部長,電気部信号通信課長,運輸部管理課長,同部運用課長及び安全対策室長の過失として認定し,同人らの不法行為を理由に1審被告に対する使用者責任に基づく損害賠償を認めた。これは,原判決が,1審原告らの主張する法人の不法行為責任を否定したことから,1審原告らが法人の不法行為責任を前提に主張した1審被告の過失を,1審被告の被用者の過失として善解したものであるので,民事訴訟法246条に違反しない。

(イ) 弁論主義違反について
 原判決は,弁論主義に違反していない。
 弁論主義は,不意打ちの防止及び公平な裁判への信頼確保の要請などの多元的な根拠に基づく歴史的所産であるが,善解ないし判決釈明が許されないわけではなく,その場合に弁論主義に違反しないとして許容される範囲は,裁判所の事実認定によって不利益を受ける当事者がその事実について現実に防御活動をしたか,又は防御活動をすることができたとみても無理とはいえない場合に限られる。
 1審原告らは,1審被告が弁論主義違反の認定であると主張する信号システムに関する過失,教育及び訓練に関する過失並びに報告体制確立に関する過失について実質的には主張していたのであり,1審被告自身又はその代表取締役の不法行為責任を理由とする損害賠償請求が認められるべきであると考え,使用者責任に基づく損害賠償請求の構成をとらなかったため,その過失の主体について1審被告の被用者の職制上の地位を明示的に主張していなかったにすぎない。他方,1審被告は,前記各過失について,十分な主張及び立証を機会を与えられており,不意打ちにはなっていない。
 したがって,原判決が1審被告の被用者について前記各過失を認定したことが弁論主義違反となるものではない。

(ウ) 釈明主義違反について
 原審における訴訟手続に,釈明義務違反はない。
 原審の裁判長が,平成8年9月20日の進行の打合せにおいて,方向優先てこ65Rの設置及び操作と本件事故との因果関係等について見解を述べたことはなく,また,立証計画についての訴訟指揮もなかった。また,前記期日は,準備手続ではなく,非公式の打合せにすぎないから,その際の裁判長の発言をもって訴訟指揮として,釈明義務違反であるとすることはできない。
 なお,1審原告は,前記期日後に,本件の重要な争点にかかる事実関係を全面的に主張及び立証し,1審被告もこれに対する反論及び反証をしているところ,裁判所の心証は当事者の主張及び立証によって変化する流動的なものであるから,前記期日時点における裁判所の心証ないし訴訟指揮等をもって釈明義務違反であるとすることはできない。

(2) 1審被告又はその代表取締役若しくは被用者の過失行為について

ア 1審被告
 1審被告又はその代表取締役若しくは被用者の過失行為を認めることはできないにもかかわらず,1審被告の被用者の過失行為を認定した原判決は誤っているから,原判決を取り消すべきである。
(ア) 本件直通乗入れに際しての1審被告の立場について
 原判決は,1審被告には,本件直通乗入れに際し,SKR線の利用者に対して,同線上において自社所属の施設,車両又は従業員が関係した事故が発生しないように独自に安全対策を講ずべき立場にあったとして,SKR線上における事故発生防止のための行為義務(作為義務)を負うべき立場にあったことを認めているが,以下のとおり,1審被告はSKR線においてそのような行為義務を負わない。
(以下省略)

(イ) 1審被告又はその代表取締役若しくは被用者の注意義務について
 原判決は,1審被告に前記行為義務があったことを前提に,1審被告の代表取締役に安全体制確立義務があり,1審被告の被用者にその職分に応じた形で同様の義務があるとするが,この見解は誤っている。
a 注意義務の程度について
(省略)
b 予見可能性について
(省略)
c 回避可能性について
(省略)
d 信頼の原則について
(a) 信頼の原則の意義について
 信頼の原則とは「行為者がある行為をなすにあたって,被害者又は第三者が適切な行動をすることを信頼するのが相当な場合には,たとえその被害者又は第三者の不適切な行動によって結果が発生したとしても,それに対して責任を負わない。」とする原則であり,結果回避義務,予見可能性の存否及び内容を軽減するものである。
(b) 信頼の原則の適用範囲について
 「信頼の原則」は刑事法分野で形成された法理であるが,現在において民事法の分野でもこれが適用されるべきことは,確立した判例法理となっている。
 また,道路交通の分野のみならず,海上及び航空交通の分野においても適用される。
 さらに,被害者と加害者の間という対立関係ばかりではなく,同じ方向に向けられた企業活動やチーム医療等において,危険な作業を遂行するにあたり,その業務関与者が作業を分担し,相互に各人の適正な結果防止措置を信頼することが相当である場合にも適用されるのである。
 したがって,信頼の原則の法理は,多数の従業員の業務を高度に分化及び組織化して初めてその運営が可能となる高速度鉄道輸送事業においても適用され,その各人の過失責任を検討する際には,当該業務に従事する者相互の間で,他人が適正に行動することを期待してよく,他の従事員が違法な行為に出ることまでを予見して行動することを求めるのは誤りである。また,本件直通乗入れにおける1審被告とSKRとの間にも適用される。鉄道事業者は,前記のとおり運輸大臣の免許を受けたうえで,厳格な運輸大臣の監督統制下に鉄道事業を継続しているのであるから,SKR線に直通乗入れ等をする1審被告は,SKRの事業活動たる鉄道輸送の安全性についてはこれが確保されているとの信頼を有することがむしろ当然である。
(c) 閉そくの不確保と信頼の原則について
 信頼の原則からすれば,1審被告の被用者に対して,SKRが鉄道輸送の安全の根幹をなす閉そくを遵守せずして,列車を発車させることについてまで予見義務を課すことはできないというべきである。
 特許企業は,その事業活動について行政庁の種々の厳格な監督統制を受けており,鉄道事業においては鉄道事業法及び運輸省令である鉄道運転規則等に基づく運輸大臣の監督を受けるのである。特に鉄道事業の安全の確保は,各鉄道事業者が鉄道運転規則等の法令を遵守することによって初めて可能になるところ,鉄道運転規則が定める鉄道輸送の安全確保の基本は「閉そく」という仕組みであり,鉄道事業者はこの「閉そく」を厳守することが何よりも強く要請されるのである。特許企業者であり,運輸大臣の監督を受けるSKRが,この「閉そく」を確保しないで列車を運行することなど,1審被告の関係者において予見の埒外の事柄である。
 ここで簡単に「閉そく」を説明すれば,線路を一定の区間に区切り,同一区間には複数の列車の進入を禁止することにより,正面衝突及び追突等の列車衝突事故の発生を防止する仕組みのことである。鉄道における運転の安全を図ること等を目的として制定された鉄道運転規則は,特に「閉そく」の定義規定をおき,閉そくとは「一定の区間に同時に二以上の列車を運転させないために,その区間を一列車の運転に占用させることをいう。」と定めたうえ(同規則2条1項3号),第五章「閉そく等」で94条から163条の2までを費やして「閉そく」に関する詳細な規定をおいている。このように,鉄道事業者にとって「閉そく」は重要な意味を持つものであるが,「閉そく」の確保は現在ではほとんど信号によって行われている。その信号の進行現示は,進路の開通を示すとともに,当該信号によって保障された前方(内方)の閉そく区間において,「閉そく」が確保されており,当該列車しか閉そく区間に進入できないことを示すものである。このように鉄道運転規則において,「閉そく」は,次章の「鉄道信号」とともに,鉄道輸送の安全確保の基本的仕組みとして位置付けられているのである。  なお,SKRは規則に定められた数々の代用閉そく方式に違反して列車を運行していたが,これは形式的な手続の不履行にすぎず,実質的な安全は確保されていたから,代用閉そく方式の一部不履行と閉そくを確保しない運転の間に深い断絶がある。具体的に本件に即して観察すれば,貴生川駅と小野谷信号場との間又は小野谷信号場と信楽駅との間において代用閉そく方式を施行するにつき,閉そくを確保するために絶対に必要なことは,小野谷信号場を通過する列車に対し,停車すべきか発車すべきかの指示を与えるために,無人の同信号場に人を派遣して,信楽駅長と連絡打合せをさせることである。それがなされている限り閉そくは確保される。運転通告券の不交付や,指示者が駅長ではない者であることなど形式的な違反行為が行われた平成3年4月8日及び同月12日においても,小野谷信号場にD7業務課長以下のSKR社員が派遣されており,閉そくが確保された運転がなされていたのであるから,形式的手続違反と閉そくの不確保との間では,質的に相違が存することは明らかである。それ故,前記信頼の原則の法理に基づけば,かかる形式的手続違反を見聞した1審被告の被用者に対し,SKRが閉そくを確保しない運転をする会社であるとの予見義務を課すことは不可能である。

(ウ) 信号システムに関する注意義務違反について
 1審被告らには信号システムに関する注意義務違反はなく,仮にこれがあったとしてもその注意義務違反と本件事故との因果関係がないから,原判決が,1審被告の電気部長,電気部信号通信課長及び運輸部管理課長に信号システムに関する注意義務違反の過失があり,これによって本件事故が惹き起こされたとするのは,誤っている。
a 過失について
(省略)
b 因果関係について
(省略)
c SKRの方向優先てこに対する認識について
(省略)

(エ) 教育・訓練に関する注意義務違反について
 1審被告の被用者は,本件直通列車の乗務員等に対する教育及び訓練を適法に行っていたから,原判決が,1審被告の被用者において本件直通列車の乗務員に対する教育及び訓練義務違反があるとしたことは,誤っている。
a 1審被告のSKRとの協議義務違反について
(省略)
b 予見可能性について
(省略)
c 教育及び訓練義務違反について
(省略)

(オ) 報告及び報告体制確立に関する注意義務について
 1審被告は,報告体制を確立しているから,報告体制確立に関する注意義務に違反した過失はなく,また,SKRに対する申入れによって本件事故の発生を防止することができたことの立証はないから,1審被告に安全体制確立に関する注意義務に違反した過失を認めた原判決は,誤っている。
a 報告体制確立義務の意義について
 1審被告は,組織内の情報伝達体制を確立しており,新たに報告体制を確立すべき注意義務はない。
 なお,1審被告には,情報の伝達不全によって,SKR線上における事故発生が予見できないというような事態が生じないように組織内の情報伝達体制を確立すべき注意義務があったとはいえず,1審被告がこれを怠った注意義務違反があったとはいえない。前記情報伝達体制確立義務は,その具体的内容が不明確で,その程度・範囲が無限定であり,そのため,結果回避義務なしに,1審被告に過失を認めることになり,不当である。
 また,1審被告がSKRに対し代用閉そく方式の適正な実施等につき善処方を申し入れるべきであったとするのは,1審被告らに要求される具体的注意義務の内容が不明である。
b 予見可能性について
 1審被告の被用者には,指揮命令系統の混乱や区間開通確認の懈怠の認識は全くない。加えて,前記各トラブル時にSKRの形式的代用閉そく違反は経験したものの,いずれも前途区間の閉そくは確保されており,1審被告の被用者が実質的危険を体験することもなかったのである。それゆえ,1審被告の被用者は,本件事故結果の発生または結果発生に至る因果経過の重要部分(@SKRが本件534D列車を閉そくを確保せずに信楽駅を出発させたこと,ASKRが小野谷信号場下り出発信号機13Rに進行信号を誤表示させたこと)を現実に予見しなかったし,予見可能性すらなかった。そこに報告体制の不備や報告についての具体的注意義務違反は見出せず,過失責任は存在しないものである。
c 回避可能性について
 1審被告が,SKRに対し,代用閉そく方式の適正な実施等につき善処方を申し入れたとしても,これによって本件事故の発生を防止し得たことは立証されていない。
d 信頼の原則との関係について
 前記情報伝達体制確立義務違反は,その程度・範囲が無限定であり,信頼の原則に対する配慮がなされていない。
 SKRがSKR線の運行管理権を有していたこと,1審被告とSKRとの間で締結された車両直通運転契約書9条によれば,SKR線内で発生した直通運転列車の鉄道運転事故及び運転阻害の報告は,1審被告が定める運転事故報告手続に準じて,SKRが対処する旨の取決めがなされており,上記運転事故報告手続15条には,他会社に関係がある鉄道運転事故及び運転阻害事故の概要を他会社の指令員に通報することが,同9条には,鉄道運転事故及び運転阻害事故の報告の基準がそれぞれ定められているところ,その報告は事故の発生地の線区を管理する輸送指令員にするものとされており,まさにSKRで発生したものについては,SKR線内で処理すべきものとなっていたことから,情報を収集し,報告体制を含めた安全対策を積極的に講ずる義務は一次的にはSKRにあり,1審被告はこれを信頼することが許されている。
e 報告体制確立義務違反の前提となる事実について
(a) 4月8日の信号トラブル@(指揮命令系統の混乱)について
 1審被告の貴生川駅のD6助役が,平成3年4月8日の信号トラブルの際,信楽駅に電話をして,信楽駅の当務駅長を確かめることなく,SKRのD7業務課長を呼び出したことには何ら問題がなく,SKRの指揮命令系統の混乱も知り得なかったものである。
 SKRは,平成3年4月8日の信号トラブルの際,D7業務課長を中心として統一された業務体制の下に,代用閉そく方式を施行していたのであり,指揮命令系統の混乱は存在しなかった。
 平成3年4月8日の信号トラブルの際,D7業務課長が貴生川駅長との打合せを行ったり,要員派遣を指示したりしたことをもって,SKRの指揮系統の混乱であるということはできない。なぜならば,D7業務課長は,1審被告との本件直通乗入れに関する折衝の実質的な責任者であり,運転関係の法規・車両及び列車乗務員の運用についてはSKRの第一人者であり,経歴,実力から見ても,SKRの鉄道輸送業務において包括的かつ全般的な指揮監督権を有していたというべきであるし,現にSKR内での認識も同様であった。また,信楽駅は運転主任が1名であり,同人が当務駅長を務める停車場であるので,経験豊富な上位職のD7業務課長が実質的な指揮命令をしたとしても,運転主任(当務駅長)がその権限をD7業務課長に授与していることが明らかであるから,それをもって指揮命令系統の混乱があることにはならない。
(b) 4月8日の信号トラブルA(区間開通の確認の懈怠)について
 1審被告の貴生川駅のD6助役は,平成3年4月8日の信号トラブルの際,SKRが実質的に区間開通の確認を行わなかったことを認識し得なかった。なぜならば,同助役は,徒歩以外でも区間開通確認は可能と考えているから,区間開通確認が短時間に実施された場合でも特に疑問に思わなかったからである(常用閉そく方式で小野谷信号場と貴生川駅との間を最終的に運転された上り546D列車が貴生川駅に到着したことで確認できる。)。
 なお,区間開通の確認は,それまでの列車の運行状況,当時運行されていた各列車の所在位置,SKR保有の車両数及び代用閉そく開始までの時間などによって貴生川駅と小野谷信号場との間に列車がいないことが何らかの方法で確認されれば足りる。要は実質的に「一閉そく区間一列車」の原則が守られていることの確認がなされればよいのである。必ずしも,区間の全路線上に列車ないし車両がないことを人の目によって確認しなければならないものではない。1審被告の運転作業要領には,常用閉そく方式で最後に運転した列車の運転士に連絡して位置を確かめれば足りるという規定になっているところ,この作業要領は運輸省令である鉄道運転規則に基づいて作成されたものであり,その考え方は,各鉄道会社に普遍的なものであって,SKR線においても当然適用され得る。少なくとも,SKRにおいてこれと異なる特別規定がない限り,適用して差し支えないというべきである。
(c) 4月12日の信号トラブル@(指揮命令系統の混乱)について
 1審被告の被用者は,平成3年4月12日の信号トラブルの際,代用閉そく方式の施行についてSKRの指揮命令系統が混乱しているとの認識はなかった。
 SKRは,平成3年4月12日の信号トラブルの際,D7業務課長の下に統一されていた実質的な指揮命令系統によって代用閉そく方式を施行していた。仮に,法規上は同課長にその権限がなかったとしても,信楽駅の当務駅長であったD8運転主任が同課長に判断を委ねるなど,同課長に権限を授与していたことは明らかである。したがって,実質的には指揮命令系統の混乱はない。
 1審被告の運転士は,代用閉そく方式を施行する旨の指示を受けた際,その指示者に対していかなる権限で指示を出しているかを詮索することなどしないし,またその必要はない。5508D列車の小野谷信号場出発に際して,D1運転士がD9運転士の指示を受けたのは,当時小野谷信号場の当務駅長の任務を遂行していたD7業務課長の指示をD9運転士が伝達したものと理解したからである。乗務員にとって,駅の係員が駅長か否か確認することはない。ただ,当該駅の社員であること(本件ではSKRの社員であること)を確認できれば,その指示に従うのは当然である。
 D7業務課長は,小野谷信号場の運転係としての職務を行う際,信楽駅当務駅長の指示を受ける必要はない。SKRの運心の第4編第3章の代用閉そく方式(116条以下)にいう「駅長」とは「信楽駅の運転主任」を指すものではなく,貴生川駅,小野谷信号場又は信楽駅の3駅の「駅長」を指すことは明らかである。したがって,上記各駅長がそれぞれ独自の権限と責任において代用閉そく方式を施行するのであって,その際,小野谷信号場の駅長が信楽駅の駅長の指示を受けるとは到底解釈しえない。
(d) 4月12日の信号トラブルA(区間開通の確認の懈怠)について
 1審被告の貴生川駅のD10助役は,平成3年4月12日の信号トラブルの際,SKRのD11運転士の指示で再度SKRのD12施設整備主任が区間開通の確認を実施したことから,SKRが区間開通の確認の手続を遵守することの認識を新たにしたものであって,SKRが区間開通の確認を疎かにしていることを容易に知り得なかった。
 SKR線の安全確保義務は,一次的にはSKRにあり,会議でも代用閉そく方式施行時の区間開通の確認をSKRが実施するとの合意もあり,1審被告がSKRの措置を信頼することは許される。そして,平成3年4月12日の信号トラブルの際,D12施設整備主任が区間開通を再確認をしたのであるから,SKRに区間開通の確認に懈怠はないとの1審被告の信頼は保護されるべきである。
(e) 4月12日の信号トラブルB(運転通告券の不交付等)について
 1審被告は,SKRが平成3年4月12日の信号トラブルの際に施行した代用閉そく方式において行った運転通告券の不交付等の手続違反から,SKRが閉そくを無視して列車を運行することを予見することはできなかった。
 前記の手続違反は,形式上の違反ではあるものの,実質的違反ではなく,ましてや「赤信号無視の冒進」に対しての予見に結びつかせるような可能性は一切ない。運転通告券交付などの各手続は他の方法により代用可能な手続であったし,実質的な閉そくの確保は行われていたところであって,列車の安全運転には何ら支障はなかったのである。そして,本件事故発生の原因は,SKRにおいて閉そくを確保せずに列車を発車させたことであって,運転通告券などの代用閉そく方式所定の手続を遵守しなかったことではなく,手続の不遵守の経験が直ちに閉そくを無視した列車運転の予見を可能にするものではない。 (f) 4月12日の信号トラブルC(進路の開通の確認)について  1審被告のD1運転士は,平成3年4月12日の信号トラブルの際,5504D列車を小野谷信号場から出発させるときに,同信号場上り出発信号機12Lが進行信号を現示していたのを現認したので,上り方向の進路を構成しているポイントが開通していると確認できたことになる。なぜならば,代用閉そくを実施する区間は,信号システムの一部分(本件の場合は貴生川駅方)が使用できないため,全体の信号システムを使用しないことにしているのであり,故障していない信号機に進行信号が現示されているときには,それなりの条件(ポイント開通,信号内方の列車の不存在など)が整っていることに変わりはないからである。
(g) 4月12日の信号トラブルD(進行信号の異常現示)について
 1審被告のD1運転士は,平成3年4月12日の信号トラブルの際,5504D列車を小野谷信号場に停車させていたときに,同信号場上り出発信号機12Lに進行信号が一瞬現示され,同列車の発車時にも前記12Lに進行信号が現示されたことを目撃したが,これをもってSKRの信号機が異常な進行信号を現示するおそれがあると認識することはできない。
 当時,SKRによる信号システムの修理が行われており,SKRのD13運転主任が信号てこを操作したために,上記12Lに進行信号が現示されたものであるから,上記進行信号の現示は異常現示ではない。故障していた貴生川駅の信号機と異なり,小野谷信号場の信号機が手動操作で進行信号を現示しても何ら異とするに足らない。
 また,D1運転士は,前記12Lの進行信号の現示を一瞬目撃したにすぎず,そのときは信号機が直ったと思っただけであり,信号機が異常な進行信号を現示するおそれがあるという認識をしていない。
 なお,5504D列車に指導添乗していた1審被告のD3指導員及びD4指導助役は,前記12Lの進行信号の現示を目撃していない。
(h) 5月3日の信号トラブル@(D14運転士の同乗)について
 SKRのD14運転士は,平成3年5月3日の信号トラブルの際,501D列車に指導者として乗車していなかった。その旨を供述する原の証言及び検面調書(甲A五五号証)は信用できるのに対し,これに反するD14の証言は虚偽である。
(i) 5月3日の信号トラブルA(D2運転士の信楽駅出発信号機の赤固定に対する認識)について
 1審被告のD2運転士は,平成3年5月3日の信号トラブルの際,信楽駅出発信号機22Lが赤固定していたとの事実を認識していない。
 運転士は,列車を操縦することを職責としているので,信号故障の原因及び場所などの詳細を確認する必要はなく,駅係員から信号故障を告げられた場合であっても,当該駅係員がその信号故障を認識した時期及び方法について,運転士が知ることは困難であるし,関心も抱かないのが普通である。信号係員でさえも故障原因を特定することは難しいので,通常,故障状況が乗務員に告げられることはない。
 なお,SKRのD14運転士は501D列車に同乗していないので,D2運転士がD14運転士から前記22Lの赤固定の告知を受けたことはない。SKRのD7業務課長の平成3年5月3日の信号トラブルの際の小野谷信号場での一連の行動状況から,D2運転士が前記22Lの赤固定を認識することはできない。D2運転士は,信楽駅においても,前記22Lの赤固定を認識することはできなかった。
(j) 5月3日の信号トラブルB(D2運転士のSKRの代用閉そく方式の施行方法に対する感想)について  1審被告のD2運転士は,SKRの代用閉そく方式の施行が杜撰であるとの感想を抱いていない。D2運転士が平成3年5月3日の信号トラブルの際に501D列車を小野谷信号場から出発させたのは,同信号場と信楽駅との間の安全の確保がなされていたからである。その意味で,SKRの指示に基づく代用閉そく方式に従ったものである。
(k) 5月3日の信号トラブルC(閉そくの不確保)について
 D2運転士が,平成3年5月3日の信号トラブルの際,小野谷信号場と信楽駅との間を運転したときに,運転通告券の交付を受けておらず,また,指導者の同乗はなかったが,同区間の閉そくは確保されていた。D2運転士が,501D列車を小野谷信号場から発車させる際,SKRの運転関係業務の責任者であるD7業務課長が同運転士に対し閉そくの確保について責任をもって保証を与えたのであり,また,D2運転士が小野谷信号場で行き違った534D列車はSKRの手持ち車両のすべてである4両で編成されており,終着駅である信楽駅と小野谷信号場との間には他の列車が存在しなかったからである。したがって,D2運転士としては,閉そくが確保され,前途の区間の安全は確保されていると認識していた。
 D2運転士は,事前教育において「異常時の対応はすべてSKRとする」との指導を受けていたから,閉そくが確保されていた場合に,SKRの責任者で小野谷信号場の駅長役であったD7業務課長の指示に従うことは,やむを得なかった。
(l) 5月3日の信号トラブルD(D1運転士の運転通告券の不受領)について
 D1運転士は,平成3年5月3日の信号トラブルの際,D7業務課長に対し,運転通告券の交付を要求した。 (カ) D1運転士の本件事故当日における過失について
 1審被告のD1運転士には,本件事故当日,小野谷信号場において本件501D列車を停車させる義務及び携帯電話で信楽駅に連絡をとって同駅の指示を仰ぐべき義務のいずれも認められないので,これらの義務があるとして,これらの義務を怠ったD1運転士に過失があり,これによって本件事故が惹き起こされたとする原判決は,誤っている。
 D1運転士が小野谷信号場の信号機の青現示にかかわらず,本件534D列車が代用閉そく方式の手続を踏まないで信楽駅を出発し,これが対向していることを予見して停車すべきであったとするのは,信号機が青信号を現示している場合にも,運転士について常に停止するか否かの判断をすべきことを要求するものであって,鉄道事業者としては到底受け入れられないものである。
a 運転士の一般的注意義務について
(省略)
b D1運転士の具体的な過失の不存在について
(省略)

イ 1審原告ら  1審被告又はその代表取締役若しくは被用者には本件事故について過失行為が認められるから,1審被告の被用者に本件事故について過失行為を認めた原判決は正当である。
(ア) 本件直通乗入れに際しての1審被告の立場について
 1審被告が本件直通乗入れにおいてSKR線上においても行為義務があることを認めた原判決は正当である。
(以下省略)
(イ) 1審被告又はその代表取締役若しくは被用者の注意義務について
 原判決が,1審被告に前記行為義務があったことを前提に,1審被告の代表取締役に安全体制確立義務があり,1審被告の被用者にその職分に応じた形で同義務があるとしたことは,正当である。
a 注意義務の内容及び程度について
(省略)
b 予見可能性について
(省略)
c 回避可能性について
(省略)
d 信頼の原則について  本件事故前には,信号故障が頻発し,その際に施行された代用閉そく方式において手続に違反する行為が繰り返されていたのであるから,信頼の原則の前提が崩れていた。
(a) 信頼の原則の根拠について
 信頼の原則の根拠を,現代の極度に高度化した技術経済社会において,各社会構成員は,他人の法益を侵害しないようにしようとすれば,ほとんど行為をすることができなくなるので,各社会構成員に行動を可能にするための免責の制度であるとすることは,誤っている。なぜなら,過失の帰責根拠は,加害者の側から見るのではなく,被害者ないし社会の側から見た信頼保護としてとらえるべきであるにもかかわらず,前記見解は,信頼保護を事故が発生した場合の免責の根拠としてのみ捉えるものであって,その視点が逆である。
(b) 信頼の原則の民事事件への適用について
 信頼の原則を民事事件に適用する際には慎重にしなければならない。これまで民事事件に信頼の原則が適用された事例は,ほとんど自動車事故に関するものである。
(c) 信頼の原則の要件について
 信頼の原則が適用されるためには,@交通関与者の相手方の行動に対する信頼が存すること(信頼の存在),A交通関与者が相手方の行動を信頼することが相当であること(信頼の相当性),B交通関与者に事故の原因となった交通法規違反が存在しないことが必要である。
(d) 信頼の原則の要件の該当性について
 前記@の要件については,本件事故において,1審被告のSKRの行動に対する信頼が存すると認めることはできない。なぜなら,1審被告は,SKRが代用閉そく方式を適法に実施するに足るだけの人的体制及び能力がなく,その実施の経験はなく,訓練もしていないこと,信号システムに対する知識が不十分であることを認識していたからである。また,1審被告は,本件事故前の信号トラブルの際にSKRが代用閉そく方式を施行する際に違反を繰り返していたことも認識していた。
 前記Aの要件については,本件事故において,1審被告がSKRの行動を信頼することが相当であると認めることはできない。なぜならば,1審被告はSKRの前記事情及び行動を認識していたからである。なお,SKRが第1種鉄道事業者であるということは信頼の相当性の根拠になるものではない。
 前記Bの要件については,本件事故において,1審被告に本件事故の原因となった交通法規違反が存在しないとはいえない。なぜならば,1審被告は,本件直通乗入れに当たりSKRとの連絡の不徹底により方向優先てこ65Rの設置及び操作によって信楽駅出発信号機22Lに赤固定を生じさせ,SKRとの協議及び自社の教育及び訓練の不備により小野谷信号場において上り列車未到着の場合に下り列車の運転士が信楽駅と連絡をとることを徹底せず,本件事故前の信号トラブルの際にはSKRが行った代用閉そく方式の施行の際の違反行為を容認及び関与し,これを適切に報告するよう徹底しなかったものであり,これらの行為が本件事故の原因となっているからである。
(e) 組織における情報管理と信頼の原則について
 1審被告の組織が高度に分化及び専門化されていることから,1審被告の各分掌責任者が,他の部署においては適正に業務が遂行されていることを信頼してよいとはいえない。なぜならば,そのような場合にも信頼の原則が適用されるとすれば,高度に分業化及び専門化した大規模で複雑な組織を擁する業者,情報と責任を分散させた組織は,過失責任を負うことはほとんどなく,分業に名を借りたいわば無責任体制となる。
e 公害裁判との対比について
(省略)

(ウ) 信号システムに関する注意義務違反について (注:原告2審主張)
 1審被告は,方向優先てこ65Rを設置するに当たって,SKRと連動会議及び結線会議を開催するなどして,信号システムに設計上の欠陥が生じないようにすべき注意義務を負っていたにもかかわらず,これを怠り,また,前記65Rを操作するに当たって,SKRに対し,これを連絡すべき義務を負っていたにもかかわらず,これを怠った過失により,信楽駅出発信号機22Lに赤固定を生じさせ,これによりパニックに陥ったSKRに代用閉そく方式に違反した列車の運行及びD15信号技士に誤出発検知機能を無効化する回路の短絡を行わせ,本件事故を発生させたのであるから,1審被告の被用者の信号システム違反に関する過失を認め,これによって本件事故が惹き起こされたと認定した原判決は,正当である。
a 過失について
(省略)
b 因果関係について
(省略) c SKRの方向優先てこの設置及び操作に対する認識について
(省略)

(エ) 教育及び訓練における注意義務違反について
 1審被告は,SKRと本件直通乗入れについて十分な協議をせず,この不十分な協議に基づいて行われた本件直通列車の乗務員等に対する教育及び訓練も不十分なものであったから,1審被告には本件直通列車の乗務員等に対する教育及び訓練義務違反の過失があり,これを認めた原判決は,正当である。
a 1審被告のSKRとの協議義務違反について
(省略)
b 予見可能性について
(省略)
c 回避可能性について
(省略)
d 教育及び訓練義務違反について
(省略)

(オ) 報告及び報告体制確立に関する注意義務違反について
 1審被告らには報告体制確立に関する注意義務に違反した過失があるから,1審被告の安全対策室長及び運輸部運用課長に同過失を認定し,これによって本件事故が惹き起こされたとした原判決は,正当である。
a 報告体制確立義務について
(a) 報告体制確立義務の意義について
 1審被告には,情報の伝達不全によってSKR線上における事故発生が予見できないような事態を生じないようにするため,本件直通列車の乗務員及びSKRと接触している駅員に対し,SKR線の情報を的確に報告させ,これを集約し,組織内において情報を共有化する組織内の情報伝達体制を確立するべき注意義務があった。
 なお,1審被告に対する報告体制確立義務は,前記のとおり限定されたものであって,無内容なものでも,広汎なものでもない。
(b) 報告体制確立義務の根拠について
 1審被告のような巨大かつ複雑な人的組織において,従業員1人が知り得た事故発生に結びつく情報を組織全体に伝達する体制がなければ,その情報は生かされず,様々な事故の発生に繋がるおそれがある。しかも,これらのいくつかの情報が総合的に分析されて初めて事故発生が予見できるような場合には,情報伝達体制がなければ,個々の従業員が知り得た事実だけでは,いずれの過失も認められないことになり,不合理な結論になる。
b 予見可能性について
 1審被告の被用者は,SKRが信号トラブルの際に施行した代用閉そく方式には違反行為があったから,本件事故を予見することは可能であった。また,1審被告の被用者は,上記事実から,SKRが1閉そく区間に1列車の原則を遵守していないことを認識することができた。
 なお,SKRが信号トラブルの際に施行した代用閉そく方式の違反行為と本件事故の原因となった赤信号冒進との間には質的相違は存しない。なぜなら,代用閉そく方式による運行は,形式的な手続の積み重ねによって実質的な安全を確保しているからである。
c 回避可能性について
 1審被告は,本件直通列車の乗務員等から,平成3年4月8日,同月12日及び同年5月3日の信号トラブル並びにその際にSKRが施行した代用閉そく方式に違反があることの連絡を受けていれば,SKRに対し代用閉そく方式を規則に従って正しく行うように要求することができ,本件事故を防止することができた。
d 信頼の原則との関係について
(a) 信頼の前提の欠如について
 1審被告は,SKRの代用閉そく方式の手続違反を繰り返し現認し,これに加担していたことから,信頼の原則を適用すべきではない。
(b) 組織内部及び共同作業における信頼の原則の適用について
 1審被告の組織内部及びSKRとの共同作業などに対して信頼の原則を適用することについては,未だ確定した判例及び学説があるわけではないから,本件においても安易な適用は慎むべきである。
(c) 運行管理権を根拠とする信頼の原則の適用について
 1審被告が主張する運行管理権の内容は漠然かつ不明確なものであって,そのような運行管理権を根拠に報告体制確立義務について信頼の原則を適用することには疑問がある。
 また,1審被告が,SKR線の運行管理権を有しないことをもって,SKR線における安全確保のための方策に困難があるわけではないから,SKRが提供した情報を信用すれば足りるというものではない。
(d) 直通運転契約書9条を根拠とする信頼の原則の適用について
 1審被告は,直通運転契約書9条を根拠に,SKRから提供される情報を信用すれば足りると考えることはできない。なぜならば,1審被告の義務はSKR線の利用者との関係で積極的に運行の安全にかかわる情報を集めるべきことが求められているのであるから,1審被告とSKRとの関係を規定している直通運転契約書9条が1審被告の前記義務に影響するものではなく,1審被告は,SKRから報告を受けることとは別に,乗客に対する関係で自社の車両の乗客の安全を確保するために独自に情報を収集する義務がある。
e 報告体制確立義務違反の前提となる事実について
(a) 4月8日の信号トラブル@(指揮命令系統の混乱)について
 SKRの運心には,代用閉そく方式の施行についての指揮及び命令は,信楽駅の当務駅長が行うこととされており,それ以外の者が行うことは許されない。ところが,平成3年4月8日の信号トラブルの際,SKRの信楽駅の当務駅長ではないD7業務課長が代用閉そく方式の施行について指揮及び命令を行っていた。したがって,平成3年4月8日の信号トラブルの際の代用閉そく方式の施行において,SKRの指揮及び命令系統には混乱があったといわざるを得ない。
 そして,1審被告のD6助役は,平成3年4月8日の信号トラブルの際,信楽駅の当務駅長ではないD7業務課長が代用閉そく方式の施行についての指揮及び命令を行っていたことを知っていたから,SKRの指揮及び命令系統の混乱を認識していたことになる。
 なお,D7業務課長が,SKRの鉄道輸送業務において包括的及び全般的な指揮及び監督権を有しており,信楽駅の当務駅長である運転主任の上位職であって,運転主任を指揮及び命令並びに指導する関係にあったとしても,代用閉そく方式の施行について指揮及び命令を行うことは許されない。なぜならば,異常時における運転取扱いの場合にこそ,指揮及び命令系統の確立が重要であり,運心は,安全の確保を図るため,異常時に施行される代用閉そく方式の手続を詳細かつ厳格に定めており,SKRの社内の実態といった個別事情が実質的に考慮されることはないからである。
 また,信楽駅の当務駅長が,D7業務課長に対し,権限を委譲したことを示す証拠はない。
(b) 4月8日の信号トラブルA(区間開通の確認の懈怠)について
 SKRのD16施設課長は,平成3年4月8日の信号トラブルの際,実質的な区間開通の確認を行わなかった。ところが,D16施設課長は,1審被告のD6助役に対し,徒歩で区間開通の確認をしたとの虚偽の報告をした。D6助役は,前後の状況から,D16施設課長の報告が虚偽であることを知り得たにもかかわらず,区間開通の確認が正しく行われているか否かを確認しなかった。
 1審被告の運転作業要領において,区間開通の確認が常用閉そく方式で最後に運転した列車の運転士に連絡して位置を確かめれば足りるものとされていたとしても,これがSKR線に適用されるものではない。なぜならば,前記運転作業要領は1審被告の運心の細則であり,これをSKR線に適用するとの取決めもなされていないからである。
 また,実質的な閉そくの確保も,鉄道運転規則に定められた代用閉そく方式の手続によって行われるべきものである。
(c) 4月12日の信号トラブル@(指揮命令系統の混乱)について
 SKRの運心には,代用閉そく方式の施行についての指揮及び命令は,信楽駅の当務駅長が行うこととされており,それ以外の者が行うことは許されない。ところが,平成3年4月12日の信号トラブルの際,SKRの信楽駅の当務駅長ではないD7業務課長が代用閉そく方式の施行について指揮及び命令を行っていた。したがって,平成3年4月12日の信号トラブルの際の代用閉そく方式の施行において,SKRの指揮及び命令系統には混乱があったといわざるを得ない。
 そして,1審被告のD1運転士,D3指導員,D4指導助役及びD10助役は,平成3年4月12日の信号トラブルの際,信楽駅の当務駅長ではないD7業務課長が代用閉そく方式の施行についての指揮及び命令を行っていたことを知っていたから,SKRの指揮及び命令系統の混乱を認識していたことになる。
 なお,D7業務課長のSKRにおける立場を考慮しても,代用閉そく方式の施行の際に指揮及び命令を行うことができないことは,前記(a)のとおりである。
 D1運転士は,誰が小野谷信号場の駅長役を務めているかを確認するべきであり,当該駅の社員であることが確認できれば,その指示に従うことが当然であるとはいえない。なぜならば,異常時の運転取扱いにおいては指揮及び命令系統の確立が重要だからである。また,小野谷信号場にはSKRの従業員がいなかったのであるから,誰がどのような指示を与えていたかをD1運転士が理解していたとは考えられない。
 SKRの運心によれば,代用閉そくを施行した際の小野谷信号場の運転係は,信楽駅の当務駅長の指示を受けることになっている。したがって,平成3年4月12日の信号トラブルの際の代用閉そくを施行したときに,D7業務課長が小野谷信号場の運転係であったとすれば,信楽駅の駅長の指示を受ける必要があり,独自の権限と責任において代用閉そく方式を施行してはならない。
(d) 4月12日の信号トラブルA(区間開通の確認の懈怠)について
 1審被告のD10助役は,平成3年4月12日の信号トラブルの際のSKRのD12施設整備主任が行った区間開通の確認が杜撰であることを認識していた。なぜならば,D12施設整備主任は,指示する立場にないSKRのD11運転士から区間開通の確認のやり直しを指示され,これをやり直しているからである。
 なお,D12施設整備主任が区間開通の確認をやり直したことは,SKRの区間開通の確認が杜撰であることを示すのであって,これを現認したD10助役が,SKRが区間開通の確認を守ることの認識を新たにしたものとすることはできない。
 また,SKRの被用者が代用閉そく方式の手続に違反する行為を行っているのであるから,信頼の原則を適用することはできず,SKRの被用者が行うことを信頼するだけでは足りない。
(e) 4月12日の信号トラブルB(運転通告券の不交付等)について
 1審被告の本件直通列車の乗務員は,平成3年4月12日の信号トラブルの際に施行された代用閉そく方式において,SKRから交付を受けるべき運転通告券の交付を受けずに運転を行うなどの代用閉そく方式の手続に違反する行為をしていた。
 なお,代用閉そく方式を施行した際には,その手続を遵守することが列車の安全な運行にとって重要な意味を有するのであるから,前記手続の違反によって列車の安全な運行に支障がなかったとはいえない。
(f) 4月12日の信号トラブルC(進路の開通の確認)について
 1審被告の本件直通列車の乗務員は,平成3年4月12日の信号トラブルの際,代用閉そく方式が施行されているのであるから,信号機の現示に従って運転してはならないにもかかわらず,信号機の進行信号に従って列車を出発させた。
(g) 4月12日の信号トラブルD(進行信号の異常現示)について
 平成12年4月12日の信号トラブルの際,小野谷信号場上り出発信号機12Lが一時的に進行信号を現示しているところ,1審被告のD1運転士は,上記異常現示を現認している。
 なお,上記異常現示が信号てこを操作したことによるものであり,D1運転士は信号トラブルが直ったと思ったことを裏付ける証拠はない。
(h) 5月3日の信号トラブル@(D14運転士の同乗)について
 SKRのD14運転士は,平成3年5月3日の信号トラブルの際,501D列車に指導者として乗車していた。  なお,D14運転士が前記501D列車に指導者として乗車していたとのD14運転士の供述調書の記載及び原審における証言は信用できるものであり,1審被告が指摘するD14運転士の前記供述調書の記載及び原審における証言に対する信用性を弾劾する事情を考慮するまでもない。
 D14運転士が前記501D列車に乗車していないとのD2運転士の供述調書の記載は,あいまいなものであって,信用できない。また,D2運転士の原審における証言も,その内容が変遷しており,信用できない。
 D14運転士が乗客の案内ないし整理のためなどの理由により信楽駅に残っていたことを裏付ける証拠はない。
(i) 5月3日の信号トラブルA(D2運転士の信楽駅出発信号機の赤固定に対する認識)について
 1審被告のD2運転士は,平成3年5月3日の信号トラブルの際,501D列車に指導者として乗車したSKRのD14運転士からの告知,小野谷信号場でのSKRのD7業務課長の一連の言動及び信楽駅での体験から,信楽駅出発信号機22Lが赤固定していたことを認識し,又は認識することができた。
 D14運転士が前記501D列車に乗車した際にD2運転士に対し前記22Lが赤固定していたことを告知したとの原審における証言は信用することができる。
 D2運転士は,小野谷信号場において,手回しハンドルでポイントを切り替えるD7業務課長を現認した後,同業務課長と会話をしていること及び小野谷信号場を出発する直前にも同業務課長と会話をしていることから,D7業務課長から前記22Lが赤固定していたことを告知された可能性がある。
 D2運転士は,前記501D列車の信楽駅からの折り返し列車である504D列車を運転するために信楽駅で約40分間待機しており,その間に,小野谷信号場の転てつ器及び信号機が正常に作動していなかった原因について関心を抱いたはずであり,また,前記22Lが赤固定のまま信楽駅から列車が出発するのを現認していた。
(j) 5月3日の信号トラブルB(D2運転士のSKRの代用閉そく方式の施行方法に対する感想)について
 1審被告のD2運転士は,SKRのD7業務課長が小野谷信号場と信楽駅間に列車が存在しないことを確認せずに列車を出発させたことをもって,SKRの代用閉そく方式の施行が杜撰であると感じたものである。
 したがって,SKRの代用閉そく方式には実質的具体的危険があり,D2運転士はこれを認識していた。
(k) 5月3日の信号トラブルC(閉そくの不確保)について
 SKRのD7業務課長は,小野谷信号場と信楽駅との間の閉そく区間に列車が存在しないことを確認せずに列車を運行(無閉そく運転)を行ったものである。なぜならば,D7業務課長は,信楽駅に対する連絡を一切せずに,列車を運行させているので,小野谷信号場と信楽駅との間に他の列車の存在しないことの確認もなされずに,列車を出発させたことになるからである。
(l) 5月3日の信号トラブルD(D1運転士の運転通告券の不受領)について
 1審被告のD1運転士は,平成3年5月3日の信号トラブルの際,運転通告券を要求しなかった。

(カ) D1運転士の本件事故当日における過失について
 1審被告のD1運転士には,本件事故当日,小野谷信号場において本件501D列車を停車させた上,携帯電話で信楽駅に連絡をとって同駅の指示を仰ぐべきであったにもかかわらず,これらを怠った過失があり,これによって本件事故を惹き起こしたのであるから,原判決は正当である。
a 運転士の一般的な注意義務について
(省略)
b D1運転士の過失を認定した具体的事情について
(省略)

(3) 1審被告の法人の不法行為責任について

(省略)

(4) 使用者責任について

ア 1審原告ら
(ア) 被用者の不法行為について  原判決は,1審被告の被用者の過失を認定し,不法行為の成立を認めたが,1審被告の主張に鑑み,改めて被用者の過失について主張する。
a 信号システムに関する注意義務違反について
(省略)
b 教育及び訓練における注意義務違反について
(省略)
c 報告義務違反について
(a) 報告義務の根拠について
 報告義務は事故を防止するために重要なものであり,1審被告の社内においても動力車乗務員作業標準及び運転事故報告手続などの規定が1審被告の被用者に対し報告義務を課している。
(b) D6助役の4月8日の信号トラブルに関する報告義務違反について
 1審被告のD6助役は,平成3年4月8日の信号トラブルの際に施行された代用閉そく方式において,SKRの指揮命令系統が混乱しており,また,区間開通の確認が厳格に実施されていないことを知ったのであるから,これらを運転事故報告手続等に基づいて報告すべき義務があったにもかかわらず,これらの報告を怠った。
 D6助役は,SKRが区間開通の確認を厳格に実施せずに代用閉そく方式による列車の運行をしていることを知ったのであるから,SKRが代用閉そく方式に違反して列車を運行させたことによる本件事故の発生を予見することができたのである。
 D6助役が前記報告義務を尽くしていれば,1審被告がSKRに対し代用閉そく方式の違反について是正を申し入れ,本件事故を防ぐことができた。しかるに,D6助役が前記報告義務に違反し,前記違反を報告しなかったため,本件事故を防止することができなかった。
 したがって,D6助役には,前記報告義務に違反した過失がある。
(c) D10助役の4月12日の信号トラブルに関する報告義務違反について
 1審被告のD10助役は,平成3年4月12日の信号トラブルの際に施行された代用閉そく方式において,SKRの指揮命令系統が混乱しており,また,区間開通の確認が厳格に実施されていないことを知ったのであるから,これらを運転事故報告手続等に基づいて報告すべき義務があったにもかかわらず,これらの報告を怠った。  D10助役は,SKRが区間開通の確認を厳格に実施せずに代用閉そく方式による列車の運行をしていることを知ったのであるから,SKRが代用閉そく方式に違反して列車を運行させたことによる本件事故の発生を予見することができたのである。
 D10助役が前記報告義務を尽くしていれば,1審被告がSKRに対し代用閉そく方式の違反について是正を申し入れ,本件事故を防ぐことができた。しかるに,D10助役が前記報告義務に違反し,前記違反を報告しなかったため,本件事故を防止することができなかった。
 したがって,D10助役には,前記報告義務に違反した過失がある。
(d) D1運転士の4月12日の信号トラブルに関する報告義務違反について
 1審被告のD1運転士は,平成3年4月12日の信号トラブルの際に施行された代用閉そく方式において,小野谷信号場上り出発信号機12Lの異常現示及び信号停止措置のとられていない信号機への進行信号の現示といった信号異常の発生並びに運転通告券の不交付及び代用手信号の不実施などの手続違反があったことを知ったのであるから,これらを運転事故報告手続ないし点呼等によって報告すべき義務があったにもかかわらず,これらの報告を怠った。
 D1運転士は,SKRが代用閉そく方式の手続を履践せずに列車の運行をしていることを知ったのであるから,SKRが代用閉そく方式に違反して列車を運行させたことによる本件事故の発生を予見することができたのである。
 D1運転士が前記報告義務を尽くしていれば,1審被告がSKRに対し代用閉そく方式の違反について是正を申し入れ,本件事故を防ぐことができた。しかるに,D1運転士が前記報告義務に違反し,前記違反を報告しなかったため,本件事故を防止することができなかった。
 したがって,D1運転士には,前記報告義務に違反した過失がある。
(e) D3指導員及びD4指導助役の4月12日の信号トラブルに関する報告義務違反について
 1審被告のD3指導員及びD4指導助役は,平成3年4月12日の信号トラブルの際に施行された代用閉そく方式において,小野谷信号場上り出発信号機12Lの異常現示及び信号停止措置のとられていない信号機への進行信号の現示といった信号異常の発生並びに運転通告券の不交付及び代用手信号の不実施などの手続違反があったことを知ったのであるから,これらを運転事故報告手続等に基づいて報告すべき義務があったにもかかわらず,これらの報告を怠った。
 D3指導員及びD4指導助役は,SKRが代用閉そく方式の手続を履践せずに列車の運行をしていることを知ったのであるから,SKRが代用閉そく方式に違反して列車を運行させたことによる本件事故の発生を予見することができたのである。
 D3指導員及びD4指導助役が前記報告義務を尽くしていれば,1審被告がSKRに対し代用閉そく方式の違反について是正を申し入れ,本件事故を防ぐことができた。しかるに,D3指導員及びD4指導助役が前記報告義務に違反し,前記違反を報告しなかったため,本件事故を防止することができなかった。
 したがって,D3指導員及びD4指導助役には,前記報告義務に違反した過失がある。
(f) D2運転士の5月3日の信号トラブルに関する報告義務違反について
 1審被告のD2運転士は,平成3年5月3日の信号トラブルの際に施行された代用閉そく方式において,区間開通の確認がなされていないこと及び運転通告券が交付されなかったことを知ったのであるから,これらを運転事故報告手続ないし点呼等によって報告すべき義務があったにもかかわらず,これらの報告を怠った。
 D2運転士は,SKRが代用閉そく方式の手続を履践せずに列車の運行をしていることを知ったのであるから,SKRが代用閉そく方式に違反して列車を運行させたことによる本件事故の発生を予見することができたのである。
 D2運転士が前記報告義務を尽くしていれば,1審被告がSKRに対し代用閉そく方式の違反について是正を申し入れ,本件事故を防ぐことができた。しかるに,D2運転士が前記報告義務に違反し,前記違反を報告しなかったため,本件事故を防止することができなかった。
 したがって,D2運転士には,前記報告義務に違反した過失がある。
(g) D1運転士及びD5助役の5月3日の信号トラブルに関する報告義務違反について
 1審被告のD1運転士及びD5助役は,平成3年5月3日の信号トラブルの際に施行された代用閉そく方式において,運転通告券が交付されなかったことを知ったのであるから,これらを運転事故報告手続ないし点呼等によって報告すべき義務があったにもかかわらず,これらの報告を怠った。
 D1運転士及びD5助役は,SKRが代用閉そく方式の手続を履践せずに列車の運行をしていることを知ったのであるから,SKRが代用閉そく方式に違反して列車を運行させたことによる本件事故の発生を予見することができたのである。
 D1運転士及びD5助役が前記報告義務を尽くしていれば,1審被告がSKRに対し代用閉そく方式の違反について是正を申し入れ,本件事故を防ぐことができた。しかるに,D1運転士及びD5助役が前記報告義務に違反し,前記違反を報告しなかったため,本件事故を防止することができなかった。
 したがって,D1運転士及びD5助役には,前記報告義務に違反した過失がある。
d 報告体制確立義務違反について
(a) 安全対策室長ないし運輸部運用課長について
 1審被告の安全対策室長ないし運輸部運用課長は,本件直通列車の乗務員及び駅員が運行の安全にかかわる情報を確実に認識できるように,本件直通乗入れに当たって必要な知識を教育し,同人らが認識し得た情報を運転事故報告手続ないし点呼によって確実に報告させ,部課内においてその情報を集約し,関係部課と相互に連絡協議をして,情報を共有化できる体制を構築すべき義務があったにもかかわらず,これを怠った。
 安全対策室長ないし運輸部運用課長は,遅くとも平成3年5月3日の信号トラブルの後には,SKRが区間開通の確認を厳格に実施せずに代用閉そく方式による列車の運行をしていることを知ることができたのであるから,SKRが代用閉そく方式に違反して列車を運行させたことによる本件事故の発生を予見することができたのである。
 安全対策室長ないし運輸部運用課長が前記注意義務を尽くしていれば,同人らがSKRの代用閉そく方式の違反についての報告を受けることができ,1審被告がSKRに対し代用閉そく方式の違反について是正を申し入れ,本件事故を防ぐことができた。しかるに,安全対策室長ないし運輸部運用課長が前記情報収集及び報告体制を確立するという義務に違反したため,本件直通列車の乗務員及び駅員等が認識した運行の安全性にかかわる情報が運転事故報告手続ないし点呼により報告されず,1審被告が本件事故の発生を回避する措置をとることができず,本件事故を防止することができなかった。
 したがって,安全対策室長ないし運輸部運用課長には,前記注意義務に違反した過失がある。
(b) 鉄道本部長について
 1審被告の鉄道本部長は,前記a(b)と同じ理由により,安全対策室長及び運輸部運用課長と同じく前記報告体制確立義務を負う。
 そして,鉄道本部長は前記注意義務を怠り,これによって本件事故が発生したから,鉄道本部長には前記注意義務に違反した過失がある。
e D1運転士の本件事故当日の注意義務違反について
(省略)

(イ) 業務執行について
 1審被告の被用者らの前記(ア)の不法行為は,1審被告がSKRから本件直通乗入れの要請を受け,本件直通乗入れ業務に携わった際に行われたものであるから,1審被告の業務の執行について行われたものである。
 なお,1審被告がSKR線内において鉄道事業免許を有しないことは,1審被告がSKR線内において鉄道事業を行うことができないことを意味するにすぎず,本件直通乗入れが1審被告の業務の執行として行われたことを否定するものではない。

イ 1審被告
(ア) 被用者の不法行為について
 1審被告の被用者には本件事故についての過失はなく,被用者について民法709条の不法行為は成立しないから,1審被告が民法715条1項に基づいて損害賠償責任を負うことはない。
a 信号システムに関する注意義務違反について
(省略)
b 教育及び訓練における注意義務違反について
(省略)
c 報告義務違反について
 1審被告のD6助役,D10助役,D1運転士,D3指導員,D4指導助役,D2運転士ないしD5助役には本件事故前の信号トラブル等についての報告義務違反はなく,前記被用者らに過失がないから,前記被用者について民法709条の不法行為は成立しない。
d 報告体制確立義務違反について
 1審被告の鉄道本部長,安全対策室長ないし運輸部運用課長には本件事故前の信号トラブル等について情報収集及び報告体制を確立することについての義務違反はなく,前記被用者らに過失がないから,前記被用者について民法709条の不法行為は成立しない。
 前記被用者が,前記義務を尽くして得た情報に基づいてSKRに対し代用閉そく方式の施行方法について善処方を申し入れたとしても,SKRがこれに従った保証はない。
 前記被用者について報告体制確立義務違反の過失があったとすることは,実質的には,特定個人の過失ではなく,法人ないしその一部の組織として観察した場合の過失であり,法人である1審被告に過失があったとすることと同じである。
e D1運転士の本件事故当日の注意義務違反について
(省略)

(イ) 業務執行について
 本件直通乗入れは1審被告の業務として行われたものではなく,本件事故において1審被告の被用者は,1審被告の業務に従事していたのではないから,1審被告は民法715条の責任を負う余地はない。
 民法715条による使用者責任は,被用者の行為が使用者の「事業」の執行についてなされたことを要する。しかし,1審被告は,SKR線内について事業免許を有していないのであるから,法律上SKR線内において鉄道運送事業を営むことができない。1審被告は,本件直通乗入れによりSKRに対し車両と乗務員を提供したに過ぎず,これら車両及び乗務員はSKRの運送事業の用に供され,乗務員はSKRの指揮監督に服し,1審被告の指揮監督から離れるのであるから,SKR線内における運送事業中,1審被告所有車両及び乗務員が関与した運行があったとしても,それは1審被告の事業たりえない。
 また,SKR線の鉄道事業免許を持たない1審被告の従業員は,SKR線で列車の操縦行為をしたとしても,それは,1審被告の業務執行でない。1審被告の従業員の結果予見可能性及び結果回避義務の存否を判断するについても,事業免許を持たず,SKRの運行管理下におかれた1審被告の従業員としては,極めて限定されたものである。

(ウ) 時機に遅れた攻撃防御方法(民事訴訟法157条1項)について
 1審原告らが主張する,1審被告の鉄道本部長,電気部長,電気部信号通信課長,運輸部管理課長,同部運用課長ないし安全対策室長の信号システムに関する注意義務違反,教育及び訓練における注意義務違反ないし報告体制確立義務違反については,本件事故後9年半近く経過した段階において新たに提出された攻撃の方法であるから,時機に遅れたものとして却下すべきである。

(エ) 消滅時効について
a 時効期間の経過について
(a) 鉄道本部長,電気部長,電気部信号通信課長ないし安全対策室長の不法行為に基づく損害賠償請求権について
 1審原告らは,1審被告の被用者である鉄道本部長,電気部長,電気部信号通信課長ないし安全対策室長の信号システムに関する注意義務違反,教育及び訓練における注意義務違反ないし報告体制確立義務違反の各過失による不法行為を理由とする使用者責任に基づく損害賠償請求権についての損害及び加害者を,1審原告らが前記被用者らを告訴ないし告発した平成4年12月7日までには知った。
(b) 運輸部管理課長ないし同部運用課長の不法行為に基づく損害賠償請求権について
 1審原告らは,1審被告の被用者である運輸部管理課長ないし同部運用課長の信号システムに関する注意義務違反,教育及び訓練における注意義務違反ないし報告体制確立義務違反の各過失による不法行為を理由とする使用者責任に基づく損害賠償請求権についての損害及び加害者を,1審原告らが信号システムに関する注意義務違反ないし教育及び訓練における注意義務違反の過失を主張した準備書面を提出した平成8年12月27日までには知った。
b 時効の援用について
 1審被告は,平成13年2月28日の当審における口頭弁論期日において,1審原告らに対し,1審被告の被用者である鉄道本部長,電気部長,電気部信号通信課長,運輸部管理課長,同部運用課長ないし安全対策室長の信号システムに関する注意義務違反,教育及び訓練における注意義務違反ないし報告体制確立義務違反の各過失による不法行為を理由とする使用者責任に基づく損害賠償請求権について,消滅時効を援用するとの意思表示をした。

ウ 1審原告ら
(ア) 時機に遅れた攻撃防御方法(民事訴訟法157条1項)について
 1審原告らの主張は,これによって,新たな争点が生じることはなく,また,その審理のために訴訟の完結が遅延するものではないから,時機に遅れた攻撃防御方法ではない。

(イ) 消滅時効について
 1審原告らは,原審において,民法715条に基づく請求を行っていたから,消滅時効にかからない。  なお,訴えの変更がなされた場合に,変更された請求が変更前の請求と基本的な請求原因事実を同じくし,経済的に同一の給付を目的とする関係にあるときは,変更前の請求の訴え提起により変更後の請求の権利行使の意思が継続的に表示されているということができ,変更後の請求について催告が継続していたことになるところ,本件においても同一の事故から生じる請求であるから,従前の請求により催告が継続していたということができる。

(5) 契約責任について

(省略)

(6) 安全配慮義務違反について

(省略)

(7) 損害について

ア 1審原告ら
(ア) 慰謝料について  慰謝料の金額は,裁判所がそれぞれの場合における事情を斟酌し,自由な心証をもって量定すべきものとされているところ,本件事故における諸事情を考慮すれば,各犠牲者について少なくもと3000万円を下らない。
 なお,原判決が認定した慰謝料の金額は低きに失するので,当審においても改めて主張するものである。
a 本件事故において考慮すべき諸事情について
 以下の諸事情は,いずれも通常の交通事故と異なる本件事故における特別な事情であり,本件事故の慰謝料の算定に当たって,これらの事情が加味されれば,本件事故の慰謝料は,通常の交通事故における慰謝料より増額されなければならない。
(a) 本件事故が鉄道事故であることなどについて
 本件事故は,絶対的な安全が要求される公共交通機関である鉄道上で発生したものである上,単線上の正面衝突事故という一般には信じられない態様であって,犠牲者だけでなく,国民一般の鉄道に対する信頼を大きく裏切ったものであることが重視されなければならない。このため,本件事故は世間の耳目を集めることとなり,1審原告らは,衆人環視の下におかれて,精神的に一層苦しむ状況にならざるを得なかった。
(b) 犠牲者らの苦痛及び無念の思い等について
 犠牲者らは,長時間にわたって列車に閉じこめられ,その間圧迫及び恐怖等の著しい苦痛を味わった。本件事故が,本来,最も安全な交通機関であるべき鉄道の軌道上で列車同士が正面衝突するという,あり得べからざる事故であり,事故に遭遇することを予想できなかったことから,最後の別れの言葉も交わさずに最愛の者たちと別れることを余儀なくされたのである。苦しみを家族に訴えることもできず,突然に命を奪われた犠牲者らの無念は察するにあまりある。
(c) 1審被告の重大な過失について
 大惨事である本件事故を招いた1審被告らの鉄道事業者の過失は,重大なものである。1審被告とSKRの本件事故前の運行体制は杜撰であり,安全対策を根本的に怠っていたものである。1審被告は,容易に本件事故を防ぐことができたのである。これに対し,犠牲者らには,本件事故を防ぐことはできず,何らの落ち度もない。
(d) 1審被告の不誠実な態度について
 1審被告は,重大な過失で大惨事を引き起こしておきながら,本件事故に極めて不誠実な態度をとっており,これによって相続人である1審原告らの心情は逆撫でされ,その悲しみが倍加した。
 1審被告は,本件事故直後から,本件事故の加害者であり,かつ本件事故について重要な責任があることを知りながら,これを一切否定し,犠牲者の相続人である1審原告らに謝罪すらしようとしなかった。特に,1審被告の代表取締役社長は,平成3年6月16日に開催された合同慰霊祭後の遺族説明会を「所用」を理由に欠席した上,テレビのインタビューに答えて,「お詫びというのはこっちが悪いことをしたときの表現。悪いことをしたのかどうかまだ分からない段階で,お詫びというのはいかがなものか。」などと発言して,1審原告らを激怒させた。
 1審被告は,運輸省に対し,運輸省の事故調査報告書が本件事故における1審被告の問題点を指摘したことについて抗議している。
 1審被告は,本件事故原因の解明に必要な重要な証拠を企業ぐるみで隠蔽していた。最愛の家族を奪われた1審原告らにとって,本件事故の原因を知りたいとの思いは切なるものであって,責任逃れのために重要な証拠を隠蔽し,本件事故の原因を隠そうとする1審被告の姿勢は,1審原告らに二重の苦痛を与えたのである。
 1審被告は,本件事故の刑事捜査においても,組織防衛に専念し,虚偽の文書の作成,事実及び証拠の隠蔽工作をして捜査を混乱させ,企業中枢への捜査を拒み,また幹部への参考人取調べにおいて弁護士を同席させるなど企業防衛を図っていた。
 1審被告は,示談交渉において,金銭的解決の交渉には応じるものの,本件事故原因の開示及び謝罪をせず,いわば金により解決を図るといった姿勢であり,1審原告らの心情を全く理解しない極めて不誠実なものであった。
 1審被告は,その杜撰な安全管理の実態及び隠蔽工作が明らかになった後の当審に至っても,鉄道業務が分業化されていることを口実に,分業に名を借りた無責任体制を認めよと言わんばかりの主張を繰り返している。そこには,1審原告らに対する慰謝の姿勢を垣間見ることは全くできない。
b 交通事故の賠償基準によることの不当性について
 原判決は,ほぼ交通事故訴訟において一般的に用いられている算定基準を基に金額を算定しているにすぎず,一切の事情を考慮して慰謝料を算定しているとは考えられない。
 交通事故訴訟において一般に用いられている算定基準は,定額化の傾向にあり,しかも,自動車損害賠償責任保険の保険金額の影響を受けて抑制されているのが実情である。これは,自動車による交通事故においては,保険制度を前提として危険を分散させることとし,加害者と被害者の互換性があることを考慮して,一定の政策的配慮から,損害額の定額化と慰謝料額の抑制が図られているのである。
 しかし,このような慰謝料額は,端的に人間の命の評価として考えたとき,余りにも低額にすぎると考えられる。
 確かに,自動車の交通事故訴訟においては,加害者が一般市民であり,自己の資力で損害賠償することが不可能な場合が多いことからすれば,慰謝料の額についても保険金額に事実上制約されることもあながち不当ともいえない面がある。しかし,旅客の輸送によって収益を上げている鉄道事業者が加害者である鉄道事故について,保険金額を前提に慰謝料額を判断することは本末転倒である。また,鉄道事故においては被害者と加害者との互換性は認められないことから,損害額の定額化と慰謝料額の抑制といった政策的配慮はとられるべきではない。

(イ) 亡Eの損害について
 亡Eが本件事故によって被った損害額は,原判決が認定した葬祭関係費130万円に,後記aの逸失利益2478万3398円,後記bの慰謝料3000万円及び後記cの弁護士費用490万円を加えた上,原判決が認定した損害のてん補685万9692円を控除した5412万3706円となる。
 したがって,1審原告A4は,前記損害額の2分の1を相続したので,2706万1853円に,1審原告A5及び1審原告A3は,それぞれ前記損害額の4分の1を相続したので,1353万0926円(1円未満切捨)に,それぞれ遅延損害金を付加して1審被告に対して請求する。
a 逸失利益(2478万3398円)
 逸失利益は,原判決が認定した家事労働所得喪失による逸失利益1974万1084円に,後記の国民年金受給資格喪失による逸失利益504万2314円を加えた2478万3398円である。
(a) 国民年金受給資格喪失による逸失利益を認めるべき理由について
 国民年金は,亡Eが65歳になったときに,同女に支給されるであろうことは疑いのない事実であり,亡Eが本件事故により死亡していなければ,国民年金の給付を受けることは確実であるということができる。亡Eは,本件事故により死亡していなければ,平成13年2月5日の時点において63歳であるが,すでに国民年金の繰り上げ支給も認められる年齢であり,国民年金は現実に支給されている。確かに亡Eが支給を受けることができる国民年金の支給額は明確ではないが,国民年金の支給を受けることは確実であるにもかかわらず,その支給額が明確ではないという一事をもって,国民年金受給資格喪失による逸失利益を否定することは妥当ではない。少なくとも現時点において予想される国民年金の支給額の最下限としても,逸失利益性を認めるべきである。
 また,国民年金受給資格喪失による逸失利益を認めない場合には,本件事故当時53歳で健康な主婦であった亡Eの逸失利益が,現に年金を受給していた60歳以上の主婦よりも逸失利益が大幅に下回ることになり,不均衡である。かかる不均衡を是正する観点からも,国民年金受給資格喪失による逸失利益を認めるべきである。
(b) 国民年金受給資格喪失による逸失利益の額(504万2314円)
 平成12年度の国民年金の支給額は,年額80万4200円であり,その金額は本件事故時である平成3年度の年額及び最近10年間の年額に比較しても上昇している。そして,現在の経済情勢からして,亡Eが生きていたならば,65歳に達していた平成14年10月7日時点における国民年金の支給額が現在の支給額を大幅に下回ることは考えられない。したがって,亡Eに支給される国民年金の支給額が,1審原告A4らが原審において主張していた年額53万4200円を下回ることはない。
 亡Eが本件事故に遭遇しなければ,65歳から平均余命までの約19年間少なくとも年額53万4200円の国民年金を得ることができたから,これからホフマン方式による年5分の割合による中間利息を控除すると,その現価は以下のとおり504万2314円(1円未満四捨五入。以下,特に断らない限り,同様である。)になる。
534,200×(18.029ー8.590)=5,042,314
b 慰謝料(3000万円)
 慰謝料は,前記(ア)のとおり少なくとも3000万円を下らない。
c 弁護士費用(490万円)
 前記aの逸失利益及び前記bの慰謝料が増額する結果,弁護士費用も原判決の認定額から増額し,490万円を下らない。
(ウ) 亡Fの損害について
 亡Fが本件事故によって被った損害額は,原判決が認定した葬祭関係費130万円,逸失利益2388万8800円に,後記aの慰謝料3000万円及び後記bの弁護士費用540万円を加えた上,原判決が認定した損害のてん補130万円を控除した5928万8800円となる。
 したがって,1審原告A6は,前記損害額の2分の1を相続したので,2964万4400円に,1審原告A7,1審原告A8及び1審原告A9は,それぞれ前記損害額の6分の1を相続したので,988万1466円(1円未満切捨)に,それぞれ遅延損害金を付加して1審被告に対して請求する。
a 慰謝料(3000万円)
 慰謝料は,前記(ア)のとおり少なくとも3000万円を下らない。
b 弁護士費用(540万円)
 前記aの慰謝料が増額する結果,弁護士費用も原判決の認定額から増額し,540万円を下らない。
(エ) 亡Gの損害について
 亡Gが本件事故によって被った損害額は,原判決が認定した葬祭関係費120万円に,後記aの逸失利益5353万6056円,後記bの慰謝料3000万円及び後記cの弁護士費用750万円を加えた上,原判決が認定した損害のてん補953万1520円を控除した8270万4536円となる。
 したがって,1審原告A1及び1審原告A2は,それぞれ前記損害額の2分の1を相続したので,それぞれ4135万2268円に遅延損害金を付加して1審被告に対して請求する。
a 逸失利益(5353万6056円)
 亡Gの死亡による逸失利益は,亡Gの死亡当時の勤務状態が通常と異なり,かつ将来陶芸家としての道を歩もうとする不確定事情があった以上,少なくとも賃金センサスによる平均給与の収入は将来もあったとして算定するのが最も蓋然がある。したがって,亡Gは,少なくとも大卒女子26歳の平均給年406万1300円(平成9年賃金センサス)にホフマン係数を乗じることとすべきであり,これを前提に就労可能年数を67歳まで,生活費控除を40パーセントとして算定すると,逸失利益は以下のとおり5353万6056円(1円未満切捨)になる。
4,061,300×(1ー0.4)×21.970=53,536,056
 なお,亡Gの将来の収入に不明確な面があるとしても,亡Gが本件事故後41年間にわたり本件事故当時と同じ年間300万円の収入しか上げられないということは到底あり得ない。特に亡Gは,本件事故当時研究員というポストにあり,しかも亡Gの年俸300万円は,週休2日制度に加えて週1日の在宅研修日のある勤務体制を前提とした報酬であり,通常勤務に移っただけでも年収が増加したことは容易に推測できる。したがって,年収300万円の収入を将来の逸失利益の算定の基礎とするのであれば,少なくとも通常の勤務に従って修正がなされなければ,正確な収入になっていない。
b 慰謝料(3000万円)
 慰謝料は,前記(ア)のとおり少なくとも3000万円を下らない。
c 弁護士費用(750万円)
 前記aの逸失利益及び前記bの慰謝料が増額する結果,弁護士費用も原判決の認定額から増額し,750万円を下らない。
(オ) 亡Hの損害について
 亡Hが本件事故によって被った損害額は,原判決が認定した葬祭関係費130万円,逸失利益2640万9315円に,後記aの慰謝料3000万円及び後記bの弁護士費用580万円を加えた6350万9315円となる。
 したがって,1審原告A10は,前記損害額の2分の1を相続したので,3175万4657円(1円未満切捨)に,1審原告A11及び1審原告A12は,それぞれ前記損害額の4分の1を相続したので,1587万7329円に,それぞれ遅延損害金を付加して1審被告に対して請求する。
a 慰謝料(3000万円)
 慰謝料は,前記(ア)のとおり少なくとも3000万円を下らない。
b 弁護士費用(580万円)
 前記aの慰謝料が増額する結果,弁護士費用も原判決の認定額から増額し,580万円を下らない。
(カ) 亡Iの損害について
 亡Iが本件事故によって被った損害額は,原判決が認定した葬祭関係費130万円,逸失利益3763万0432円に,後記aの慰謝料3000万円及び後記bの弁護士費用650万円を加えた上,原判決が認定した損害のてん補438万3966円を控除した7104万6466円となる。
 したがって,1審原告A13は,前記損害額の2分の1を相続したので,3552万3233円に,1審原告A14及び1審原告A15は,それぞれ前記損害額の4分の1を相続したので,1776万1616円(1円未満切捨)に,それぞれ遅延損害金を付加して1審被告に対して請求する。
a 慰謝料(3000万円)
 慰謝料は,前記(ア)のとおり少なくとも3000万円を下らない。
b 弁護士費用(650万円)
 前記aの慰謝料が増額する結果,弁護士費用も原判決の認定額から増額し,650万円を下らない。
(キ) 亡Cの損害について
 亡Cが本件事故によって被った損害額は,原判決が認定した葬祭関係費130万円,逸失利益2030万8668円に,後記aの慰謝料3000万円及び後記bの弁護士費用520万円を加えた5680万8668円となる。
 したがって,1審原告A16及び1審原告A17は,それぞれ前記損害額の2分の1を相続したので,それぞれ2840万4334円に遅延損害金を付加して1審被告に対して請求する。
a 慰謝料(3000万円)
 慰謝料は,前記(ア)のとおり少なくとも3000万円を下らない。
b 弁護士費用(520万円)
 前記aの慰謝料が増額する結果,弁護士費用も原判決の認定額から増額し,520万円を下らない。
(ク) 亡Jの損害について
 亡Jが本件事故によって被った損害額は,原判決が認定した葬祭関係費130万円,逸失利益5260万1807円に,後記aの慰謝料3000万円及び後記bの弁護士費用840万円を加えた9230万1807円となる。
 したがって,1審原告A18及び1審原告A19は,それぞれ前記損害額の2分の1を相続したので,それぞれ4615万0903円(1円未満切捨)に遅延損害金を付加して1審被告に対して請求する。
a 慰謝料(3000万円)
 慰謝料は,前記(ア)のとおり少なくとも3000万円を下らない。
b 弁護士費用(840万円)
 前記aの慰謝料が増額する結果,弁護士費用も原判決の認定額から増額し,840万円を下らない。
(ケ) 亡Kの損害について
 亡Kが本件事故によって被った損害額は,原判決が認定した葬祭関係費130万円に,後記aの逸失利益2934万9063円,後記bの慰謝料3000万円及び後記cの弁護士費用610万円を加えた6674万9063円となる。
 したがって,1審原告A20及び1審原告A21は,それぞれ前記損害額の2分の1を相続したので,それぞれ3337万4531円(1円未満切捨)に遅延損害金を付加して1審被告に対して請求する。
a 逸失利益(2934万9063円)
 逸失利益は,原判決が認定した家事労働所得喪失による逸失利益2563万5583円に,後記の国民年金受給資格喪失による逸失利益371万3480円を加えた2934万9063円である。
(a) 国民年金受給資格喪失による逸失利益を認めるべき理由について
 国民年金は,亡Kが65歳になったときに,同女に支給されるであろうことは疑いのない事実であり,亡Kが本件事故により死亡していなければ,国民年金の給付を受けることは確実であるということができる。亡Kは,本件事故により死亡していなければ,平成13年2月5日の時点において62歳であるが,前記(イ)a(a)と同様の理由で,少なくとも現時点において予想される国民年金の支給額の最下限としても,逸失利益性を認めるべきである。
(b) 国民年金受給資格喪失による逸失利益の額(504万2314円)
 前記(イ)a(b)と同様の理由で,亡Kが生きていたならば,65歳に達していた平成15年5月27日時点における国民年金の支給額が現在の支給額を大幅に下回ることは考えられない。したがって,亡Kに支給される国民年金の支給額が,1審原告A20らが原審において主張していた年額43万1800円を下回ることはない。  亡Kが本件事故に遭遇しなければ,65歳から平均余命までの約18年間少なくとも年額43万1800円の国民年金を得ることができたから,これからホフマン方式による年5分の割合による中間利息を控除すると,その現価は以下のとおり371万3480円になる。
43,1800×(18.421ー9.821)=3,713,480
b 慰謝料(3000万円)
 慰謝料は,前記(ア)のとおり少なくとも3000万円を下らない。
c 弁護士費用(610万円)
 前記aの逸失利益及び前記bの慰謝料が増額する結果,弁護士費用も原判決の認定額から増額し,610万円を下らない。
(コ) 亡Lの損害について
 亡Lが本件事故によって被った損害額は,原判決が認定した葬祭関係費120万円に,後記aの逸失利益3120万8393円,後記bの慰謝料3000万円及び後記cの弁護士費用610万円を加えた上,原判決が認定した損害のてん補150万円を控除した6700万8393円となる。
 したがって,1審原告A22及び1審原告A23は,それぞれ前記損害額の2分の1を相続したので,それぞれ3350万4196円(1円未満切捨)に遅延損害金を付加して1審被告に対して請求する。
a 逸失利益(3120万8393円)
(a) 逸失利益の算定方法について
 亡Lの逸失利益を算定するに当たっては,少なくとも全学歴男子労働者全年齢平均にライプニッツ係数を乗じる方法を採用すべきである。
 幼児の逸失利益の算定方法として,初任給にホフマン係数を乗じる方式も不合理ではないとされている。しかし,この方式では就職してから67歳で退職するまで初任給と同額の金額を受け取り続けるということを前提とすることになるが,このような労働者は現実には存在しないから,基礎となる収入を初任給の金額に抑える点で被害者を不当に扱うものである。被害者が生きているとしてその収入から生活費を控除しながら,被害者の成長を認めないのは矛盾している。また,一方では将来の所得を5パーセントの利子率で差し引きながら,他方で所得を就業時の初任給に固定しておくというのも論理的ではない。5パーセントの利子率による控除が認められるのは,ある程度の経済成長が予定されているからであり,経済成長により賃金の上昇もまた当然予定されるべきものだからである。このような算定方法は,幼児のような未就労者の逸失利益の額をあまりにも低額に算定するものであり,極めて不合理である。
 それにもかかわらず,上記のような方式が長年にわたって維持されてきたのは,自動車事故の場合には,多発する交通事故について保険料の高額化を避けるという政策的判断から,賠償額を低額にするためである。しかし,本件事故のような絶対的な安全性を要求される鉄道事故においては,このような合理性を欠く方式を採用すべきではなく,より合理性及び蓋然性の高い方式で逸失利益を算定すべきである。
(b) 生活費控除の割合について
 未成年者の場合には,生活費控除の割合を50パーセントとされることが多いが,亡Lの場合には,将来結婚して家庭をもち,一家の大黒柱として家族及び1審原告A22らの生計を支える蓋然性が高いから,18歳から67歳までの全期間にわたって生活費控除の割合を50パーセントで固定するのは蓋然性を欠いている。そこで,婚姻が予想される年齢30歳以前(18歳から29歳まで)の生活費控除の割合を50パーセントとし,30歳以降(30歳から67歳まで)の生活費控除の割合を,一家の大黒柱として生活費控除の割合である30パーセントが適用される可能性が高いものとして,生活費控除の割合を試算すれば,以下のとおり34.8パーセントになる。
0.5×12/50+0.3×38/50=0.348
(c) 逸失利益の額について
 亡Lの逸失利益は,平成9年度の賃金センサスの企業規模計,産業計,全学歴男子労働者の全年齢平均年収575万0800円から生活費控除の割合として前記(b)の34.8パーセントを控除した上,18歳から就労可能年数である67歳までのライプニッツ係数を乗じれば,以下のとおり3120万8393円になる。
5,750,800×(1ー0.348)×8.3233=31,208,393
b 慰謝料(3000万円)
 慰謝料は,前記(ア)のとおり少なくとも3000万円を下らない。
c 弁護士費用(610万円)
 前記aの逸失利益及び前記bの慰謝料が増額する結果,弁護士費用も増額し,610万円を下らない。

イ 1審被告
(ア) 慰謝料について
 不法行為に基づく損害賠償は,不法行為によって被害者が被った損害を加害者に賠償させることのみを目的としている。そして,そのためには,加害行為の態様をその範囲内で斟酌することで必要かつ十分であり,これを超えて,加害者に懲罰ないし制裁を課するため又は不法行為の再発の防止を図るために,慰謝料額を高額なものとすることは許されない。
 1審被告は,本件事故後,多数の従業員を現地に派遣して,本件事故の被害者及びその遺族の対応に当たらせた。また,1審被告は,SKR及び滋賀県などとともに「ご被災者相談室」を設置して,本件事故の被害者及びその遺族との補償交渉に当たらせ,誠意をもって交渉を重ねて,1審原告らを除く遺族及び負傷者全員と示談を成立させている。
 1審被告の代表取締役社長は,本件事故後,遺体安置所への弔問及び負傷者へのお見舞いをし,合同慰霊祭においてお悔やみを申し上げている。なお,1審被告の代表取締役社長は,本件事故の原因が不明であることから,法律上の責任を認めることは適切でないとの考えを示したにすぎない。
 1審被告は,滋賀県警察の本件事件の捜査に協力している。但し,滋賀県警察が1審被告の従業員の責任を追及しようとしたが,1審被告の従業員がこれに同調しなかったため,滋賀県警察が1審被告を非難しているにすぎない。
 1審被告の応訴活動は,正当なものであり,これを非難することは法治国家制度を否定するものである。
(イ) 逸失利益について
 同一事件において,逸失利益の中間利息の控除方式を新ホフマン係数とライプニッツ係数を使い分けるなど1審原告らの主張は一貫していない。

(8) 仮執行の原状回復の申立てについて

ア 1審被告
 1審被告は,平成11年3月31日,1審原告らに対し,原判決の仮執行宣言に基づき,それぞれ別表1「支払金額一覧表」の「支払金額」欄記載の各金員を支払った。
 しかし,原判決中,1審原告らの請求を認容した部分は,取り消されるべきである。
 よって,1審被告は,1審原告らに対し,民事訴訟法260条2項に基づき,それぞれ別表1「支払金額一覧表」の「支払金額」欄記載の各金員及びこれに対する平成11年3月31日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員の支払いを求める。

イ 1審原告ら  1審被告が,平成11年3月31日,1審原告らに対し,原判決の仮執行宣言に基づき,それぞれ別表1「支払金額一覧表」の「支払金額」欄記載の各金員を支払ったことは認めるが,その余は争う。

第3 当裁判所の判断  <handan>

1 原審の訴訟手続違反について

 原審の訴訟手続に,処分権主義違反,釈明義務違反又は不当な予断に基づく判断はいずれも認められず,また,弁論主義違反を論じる余地がないではないが,弁論主義違反と断じることはできず,少なくともこれを理由に原判決を取り消すべきであるとまで解することはできない。

(1) 処分権主義違反について
 原審が,1審原告らが申し立てていない事項について判決をしたと認めることはできないから,民事訴訟法246条に違反しているとはいえない。
 原審は1審原告らの1審被告に対する,民法715条に基づく,本件事故による損害賠償請求を認容した。ところで,原審が認定した1審被告の被用者の過失は,1審被告鉄道本部電気部長,電気部信号通信課長及び運輸部管理課長にいずれも信号システムに関する注意義務に違反した過失があり,1審被告鉄道本部運輸部運用課長に教育及び訓練に関する注意義務に違反した過失があり,1審被告鉄道本部安全対策室長及び運輸部運用課長にいずれも報告体制確立に関する注意義務に違反した過失があり,1審被告のD1運転士に本件事故当日小野谷信号場で本件501D列車を停車させた上,信楽駅に携帯電話で連絡をとり,その指示を仰ぐべき義務に違反した過失があるというものであった。
 1審原告らは,原審において,1審被告に対し不法行為による損害賠償請求を求める根拠として,民法709条に基づく1審被告自身の法人としての不法行為責任,商法261条3項,78条2項,民法44条1項に基づく1審被告の代表取締役の不法行為による責任及び民法715条に基づく1審被告の被用者の不法行為による使用者責任を主張していた。そして,1審原告らは,原審において,民法709条に基づく1審被告自身の法人としての不法行為責任における過失としては,方向優先てこの設置及び操作に関する注意義務違反,乗務員の教育及び訓練に関する注意義務違反,是正勧告等義務違反などの事前トラブルを通じての注意義務違反並びに1審被告D1運転士の本件事故当日の前記義務違反を主張していた。ところが,1審原告らは,原審において,民法715条に基づく1審被告の被用者の不法行為による使用者責任における過失としては,1審被告のD1運転士,D2運転士,D3指導員,D4助役,D5助役及びD6助役らの報告義務違反並びにD1運転士の本件事故当日の前記注意義務違反を主張するにすぎなかった。
 前記事実を勘案すれば,原審は,1審被告鉄道本部電気部長,電気部信号通信課長及び運輸部管理課長の信号システムに関する注意義務違反,1審被告鉄道本部運輸部運用課長の教育及び訓練に関する注意義務,1審被告鉄道本部安全対策室長及び運輸部運用課長の報告体制確立に関する注意義務の各過失については,1審原告らが民法715条に基づく1審被告の被用者の不法行為による使用者責任における過失として明示的に主張していなかったにもかかわらず,上記各過失を認定して,1審原告らの請求を認容したことになる。
 しかし,原審が,1審原告らが民法715条に基づく請求において明示的に主張していなかった前記各過失を認定して1審原告らの請求を認容したことをもって,1審原告らが申し立てていない事項について判決したということはできない。なぜならば,前記のとおり,1審原告らは,民法715条に基づく1審被告の被用者の不法行為による使用者責任を理由に,本件事故によって被った損害賠償請求を求めているところ,原審は,同条に基づき本件事故によって被った損害賠償請求を認容したものであるので,1審原告らが申し立てた請求の基礎となる実体法上の権利関係は同一であると認められるから,その被用者及び過失の内容が1審原告らが明示的に主張していたものと原審が認定したものと異なっていたとしても,原審は,1審原告らが申し立てている事項について判決をしたといって差し支えないからである。

(2) 弁論主義違反について
 原審の訴訟手続には,弁論主義違反を論ずる余地がないではないが,弁論主義違反と断じることはできず,少なくともこれを理由に原判決を取り消すべきであるということはできない。
 前記で認定したとおり,原審は,1審原告らが民法715条に基づく1審被告の被用者の不法行為による使用者責任を理由とする請求においては明示的に主張していない1審被告鉄道本部電気部長,電気部信号通信課長及び運輸部管理課長の信号システムに関する注意義務違反,1審被告鉄道本部運輸部運用課長の教育及び訓練に関する注意義務,1審被告鉄道本部安全対策室長及び運輸部運用課長の報告体制確立に関する注意義務の各過失を,民法715条に基づく1審被告の被用者の不法行為による使用者責任を理由とする請求に対する判断を行うに当たり認定した。
 しかし,1審原告らは,原審において,前記各過失を,民法715条に基づく1審被告の被用者の不法行為による使用者責任を理由とする請求の原因として明示的には主張していなかったものの,民法709条に基づく1審被告自身の法人としての不法行為責任及び商法261条3項,78条2項,民法44条1項に基づく1審被告の代表取締役の不法行為による責任を理由とする請求においては主張しており,1審被告はこれに対して事実上及び法律上の認否・反論をした。
 また,1審原告らは,当審において,民法715条に基づく1審被告の被用者の不法行為による使用者責任における過失として,1審被告鉄道本部電気部長,電気部信号通信課長及び運輸部管理課長の信号システムに関する注意義務違反,1審被告鉄道本部運輸部運用課長の教育及び訓練に関する注意義務,1審被告鉄道本部安全対策室長及び運輸部運用課長の報告体制確立に関する注意義務をいずれも主張している。
 主張・立証された事実について法規を適用するのは裁判所の専権に属する事項であることを考えると,原審に弁論主義違反があったと断じることはできず,少なくともこれを理由に原判決を取り消すまでのものであるということはできない。

(3) 釈明義務違反について  原審の訴訟手続に,釈明義務違反は認められない。
ア 事実認定との関係
 1審被告の釈明義務違反の主張のうち,1審原告らが主張していない事実を原審が認定する場合には,原審は釈明権を行使すべきであったにもかかわらず,これを行わなかったとの部分は,実質的には前記(2)の弁論主義違反の主張であって,これについての当裁判所の判断は,前記(2)で判示したとおりである。
イ 訴訟指揮について
 原審が,方向優先てこの問題に関して,1審被告が主張するような訴訟指揮を行ったことを認めるに足りる証拠はない。また,1審被告は,原審において,方向優先てこに関する主張及び立証を行っていた。したがって,いずれにしても,原審が,1審被告に対し,方向優先てこに関する主張及び立証を促すように釈明すべき義務があったと解することはできない。
(4) 不当な予断に基づく違法判決について
 原審が,不当な予断に基づき1審被告に無過失責任を負わせようとしたことを窺わせる証拠はない。

2 判断の前提となる事実等

(1) 判断の前提となる事実
 以下のとおり付加,訂正,削除するほか,原判決の「事実及び理由」中「第三 当裁判所の判断」のうち「一 判断の前提となる事実」に記載のとおりであるから,これを引用する。
ア 原判決503頁3行目の「二〇の3」の次に「,5」を,同行の「6」の次に「,8」を,同行の「二七」の次に「,三二の9,12,14,15,18」を,同頁4行目の「五四」の次に「,九八の3ないし7,九九の4ないし7」を,同頁5行目の「乙A」の次に「四,五,」を,同行の「一八」の次に「,一九」をそれぞれ加える。
イ 原判決506頁9行目の「玉桂寺」の次に「前」を加える。
ウ 原判決507頁1行目の「当時」を「小野谷信号場が新設される以前の」に改める。
エ 原判決511頁3行目の末尾を改行した上,以下のとおり加える。
「3 SKR線の列車の行き違い設備の新設工事について」
オ 原判決511頁5行目の「信楽町」から同頁7行目の「決定し」までを「信楽町に対し,信楽高原鐵道列車対向施設整備に関する資料を提出し,同月11日,SKRの取締役会において,列車行き違い設備の新設を決定し,平成2年3月13日,その設備として単線特殊自動閉そく方式(第1種継電連動装置)の導入を採用し,」に改める。
カ 原判決512頁1行目の「送付」を「提出」に改める。
キ 原判決531頁6行目から7行目にかけての「連絡旅客運賃料金清算事務基準規程(昭和六二年」を「連絡旅客運賃料金精算事務基準規程(昭和62年4月1日」に改める。
ク 原判決531頁9行目の「延滞料金」を「延滞償金」に改める。
ケ 原判決540頁2行目の「強調」を「協調」に改める。
コ 原判決543頁3行目の「規定」を「規程」に改める。
サ 原判決553頁8行目の「敷設」を「附設」に改める。
シ 原判決553頁8行目の「特殊自動」の次に「閉そく」を加える。
ス 原判決557頁2行目の「D3」を「D2」に改める。
セ 原判決564頁3行目の「制御盤」から同頁6行目の「そこでさらに」までを削る。
ソ 原判決567頁9行目の「後記」を「前記」に改める。

(2) 信楽駅出発信号機22Lの赤固定の原因等について
 本件事故の発生原因の一つとされる信楽駅出発信号機22Lの赤固定の原因,信号システムについての協議及び施工経過は,以下のとおり付加,訂正,削除するほか,原判決の「事実及び理由」中「第三 当裁判所の判断」のうち「四1(一) 信楽駅出発信号機22Lの赤固定の原因について」及び「四1(二) 信号システムについての協議及び施工経過」に各記載のとおりであるから,これらを引用する。
ア 原判決620頁4行目の「ことが不可欠になる」から8行目の「得ないからである」までを削る。
イ 原判決649頁9行目の「草津通信信号区のD17助役、」を削る。
ウ 原判決664頁8行目の次に改行し,「上記認定に反する当審における証人D18の証言及び丙A第47号証(同人の陳述書)の記載は,にわかに信用することができない。」を加える。
エ 原判決666頁4行目の「張本人」を「当の本人」に改める。
オ 原判決675頁3行目の次に改行し,「当審で提出された丙A第46号証(D17の陳述書)は,上記認定を左右しない。」を加える。
カ 原判決675頁6行目の次に改行し,「1審被告の上記主張に沿う当審における証人D18の証言及び丙A第47号証(同人の陳述書)の記載は,にわかに信用することができない。」を加える。

3 1審被告の被用者の過失等について

 1審被告の被用者には,以下のとおり報告義務違反及び報告体制確立義務違反の各過失があり,これによって本件事故が発生したと認めることができる。
(1) D6助役らの報告義務違反の過失等について
 1審被告のD6助役,D10助役,D3指導員,D4指導助役,D5助役,D1運転士及びD2運転士(以下,「D6助役ら」という。)には,以下のとおり報告義務違反の過失が認められ,これによって本件事故が発生したと認めることができる。

ア SKRによる代用閉そく方式の違反行為及びこれに対するD6助役らの認識について
 SKRは事前トラブルの際に施行した代用閉そく方式において違反行為を行い,1審被告のD6助役らはこれを認識していた。
(ア) 代用閉そく方式の違反行為等
 以下のとおり付加,訂正,削除するほか,原判決738頁8行目から822頁1行目までの記載を引用し(但し,741頁末行から746頁8行目までを除く。),738頁8行目の「(二)」,746頁9行目の「(四)」,763頁1行目の「(五)」,789頁末行の「(六)」を,順次,「(一)」,「(二)」,「(三)」,「(四)」に改める。
a 原判決738頁9行目の「丙A五、六」の次に「,四九」を加える。
b 原判決738頁10行目の「弁論の全趣旨によれば、」の次に「SKR線において施行されることになっていた」を加える。
c 原判決741頁3行目の末尾に「両端の駅は,関係転てつ機の鎖錠を行う。」を加える。
d 原判決741頁5行目の「現示する」を「現示し,出発合図を行う」に改める。
e 原判決747頁1行目の「五一の1ないし3」の次に「,九九の3」を加える。
f 原判決751頁1行目の「区間が開通」を「区間の開通を確認」に改める。
g 原判決753頁10行目の「本件の全証拠を検討しても右事実を認めることはできないから」を「甲A第99号証の3(D16施設課長の被告人質問調書)には,その旨の記載があるが,これと異なる甲A第32号証の15(D6助役の供述調書)の記載及びこれに添付の閉そく方式変更記録簿の記載等に照らして,甲A第99号証の3の前記記載を採用することはできず,他に1審原告らの主張を認めるに足りる証拠はなく」に改める。
h 原判決760頁4行目の「見落とすこともあり」から761頁8行目の「そうすると」までを「見落とすこともあるから(原審における証人D13の証言),車を利用して閉そくの開通を確認する場合には,見通しの利く場所ごとに停車して,線路上の列車の有無を確認する必要がある。また,列車の運転状況を表示する装置によりその状況を確かめた上で,常用閉そく方式を施行してその区間を最後に運転した列車の運転士に連絡して,その列車の位置を確かめる方法(甲A第38号証)など,それまでの列車の運行状況,当時運行されていた各列車の所在位置,SKR保有の車両数及び代用閉そく開始までの時間等によって,閉そく区間に列車が存在しないことが確実に確認できるのであれば,このような方法により閉そくの開通を確認することも許されないわけではない。しかしながら,前記(1)で認定したとおり,D16施設課長は,車を利用して閉そくの開通を確認しており,しかも,小野谷信号場から約10分で貴生川駅に到着していることから,その確認方法は不十分であったといわざるを得ない。そして,D16施設課長は,D6助役に対し,車を利用して閉そくの開通を確認していたにもかかわらず,徒歩でこれを行ったとして,虚偽の事実を述べている。他方」に改める。
i 原判決763頁3行目の「甲A三二の」の次に「3,」を加える。
j 原判決777頁7行目の「その後」から781頁5行目の「さらに、」までを「自らを小野谷信号場の運転係に決定した。」に改める。
k 原判決783頁4行目の「容易に知り得」を「知っ」に改める。
l 原判決783頁末行の「ることは前述したとおりであ」を削る。
m 原判決785頁5行目の「及び信号の異常現示」を削る。
n 原判決787頁1行目から789頁10行目までを削る。
o 原判決791頁1行目の「D13運転主任は」から同頁4行目の「そこでさらに」までを削る。
p 原判決806頁1行目の「こらら」を「これら」に改める。
q 原判決806頁6行目,813頁7行目の各「任意性」をいずれも「D2運転士の供述の信用性」に改める。
r 原判決818頁5行目の「(二)」を「(一)」に改める。

(イ) 1審被告の当審における主張に対する判断(補充)
 1審被告の当審における主張に鑑み,これに対する判断を以下のとおり示す。
a 4月8日の信号トラブル@(指揮命令系統の混乱)について
 1審被告は,平成3年4月8日の信号トラブルの際に,1審被告の貴生川駅のD6助役が,信楽駅に電話をして,信楽駅の当務駅長を確かめることなく,SKRのD7業務課長を呼び出したことには何ら問題はないのであって,SKRの指揮命令系統に混乱はないし,仮にこれがあったとしても,D6助役はこれを知り得なかったものであると主張する。
 しかし,前記認定のとおり,D6助役が代用閉そく方式の施行等について打合せをすべき相手は,信楽駅の当務駅長であるD8運転主任であり,小野谷信号場への運転係の派遣を指示するのもD8運転主任であったにもかかわらず,D6助役はD7業務課長と代用閉そく方式の施行の指令及び常用閉そく方式の施行等について打合せを行い,また,D7業務課長が小野谷信号場の運転係の派遣を指示していたのであるから,SKRの指揮命令系統に混乱があり,D6助役はこれを知っていたと認めることができる。
 D7業務課長が1審被告との本件直通乗入れに関する折衝の実質的な責任者であり,運転関係の法規並びに車両及び列車乗務員の運用についてはSKRの第一人者であり,経歴及び実力からみても,SKRの鉄道輸送業務において包括的かつ全般的な指揮監督権を有していたとしても,SKRの運心において,代用閉そく方式の施行の指令,小野谷信号場への運転係の派遣及び常用閉そく方式の施行の指令を信楽駅の当務駅長が行うものと規定されているのであるから,これらを信楽駅の当務駅長ではないD7業務課長が行うことは,代用閉そく方式の施行における指揮命令系統に混乱を生じさせることになり,許されない。また,D8運転主任が,D7業務課長に対し,代用閉そく方式に関する権限を授与したことを窺わせる証拠はない。
 代用閉そく方式の施行の指令,小野谷信号場への運転係の派遣及び常用閉そく方式の施行の指令などの権限を有しないD7業務課長が,これらの行為を行ったこと自体が既に指揮命令系統の混乱であるから,SKRの指揮命令系統に混乱は存在しなかったとはいえない。
b 4月8日の信号トラブルA(区間開通の確認の懈怠)について
 1審被告は,1審被告の貴生川駅のD6助役が,平成3年4月8日の信号トラブルの際,SKRが実質的に区間開通の確認を行わなかったことを認識し得なかったと主張する。
 しかし,前記認定のとおり,D6助役は,SKRのD16施設課長から,徒歩で小野谷信号場と貴生川駅の閉そく区間の開通を確認したと報告を受けているが,上記報告を受けた時刻までに徒歩によって上記区間の開通を確認することは不可能であった。したがって,D6助役は,D16施設課長の上記報告が虚偽であることを容易に知ることができたのであり,D16施設課長に対し,上記矛盾を問い質すことにより,D16施設課長の行った上記区間の開通の確認が不十分なものであることが判明したのであるから,D16施設課長の行った上記区間の開通の確認が不十分なものであることを容易に知ることができたというべきである。
 徒歩以外の方法によっても,閉そく区間の開通を確認することが許されるとしても,D6助役は,D16施設課長から,徒歩によって前記区間の開通を確認したとの報告を受けている以上,D16施設課長にその方法を再度確認することなく,D16施設課長が他の方法により上記確認をした可能性を考慮することは許されない。
c 4月12日の信号トラブル@(指揮命令系統の混乱)について
 1審被告は,平成3年4月12日の信号トラブルの際に施行されたSKRの代用閉そく方式において,指揮命令系統の混乱はなく,また,1審被告の被用者に,SKRの指揮命令系統が混乱しているとの認識はなかったと主張する。
 しかし,前記認定のとおり,D10助役が代用閉そく方式の施行について打合せをすべき相手は,信楽駅の当務駅長であるD8運転主任であり,小野谷信号場の駅係員等の派遣を指示するのもD8運転主任であったにもかかわらず,D10助役はD7業務課長と代用閉そく方式の施行について打合せを行い,また,D7業務課長が自らを小野谷信号場の運転係に決定していたのであるから,SKRの指揮命令系統に混乱があり,D10助役はこれを知っていたと認めることができる。
 D8運転主任が,D7業務課長に対し,代用閉そく方式に関する権限を授与したことを窺わせる証拠はない。  代用閉そく方式の施行の指令及び小野谷信号場への運転係の派遣などの権限を有しないD7業務課長が,これらの行為を行ったこと自体が既に指揮命令系統の混乱であるから,SKRの指揮命令系統に混乱は存在しなかったとはいえない。
 D7業務課長が小野谷信号場の運転係であり,小野谷信号場における駅長の権限を行使することができるとしても,信楽駅長の指示を受けずに,運転通告券の交付場所を変更することや代用手信号を現示せずに出発合図をすることまで,その権限に含まれていると解することはできない。
 列車の運行に関与する者は,権限を有する者が発する指揮命令にのみ従うべきであって,権限を有しない者が発する指揮命令に従うことは許されないから,指揮命令を受けるに当たっては,その指揮命令を発した者がその権限を有するか否かを常の念頭に置いておくべきであって,これに疑問があれば,確認をすべきである。
d 4月12日の信号トラブルA(区間開通の確認の懈怠)について
 1審被告は,1審被告の貴生川駅のD10助役が,平成3年4月12日の信号トラブルの際,SKRのD11運転士の指示で再度SKRのD12施設整備主任が区間開通の確認を実施したことから,SKRが区間開通の確認の手続を遵守することの認識を新たにしたものであって,SKRが区間開通の確認を疎かにしていることを容易に知り得なかったと主張する。
 しかし,前記認定のとおり,D10助役は,D12施設整備主任が小野谷信号場と貴生川駅の閉そく区間の開通を十分に確認していなかったにもかかわらず,これを確認したと虚偽の報告を受けて,これを現認したのであり,D11運転士の指示によりD12施設整備主任が上記区間の開通の確認を再度行ったとしても,D12施設整備主任が閉そく区間の開通を十分に確認しなかったにもかかわらず,これを確認したとの虚偽の報告をした事実自体が消滅するものではない。したがって,D10助役は,SKRが閉そく区間の開通の確認を疎かにしていることを知っていたのであり,これを知ることができなかったとはいえない。
 D10助役は,D12施設整備主任が閉そく区間の開通の確認を疎かにしたことを知った以上,D12施設整備主任が閉そく区間の開通を再度確認したとしても,SKRによる閉そく区間の開通の確認に懈怠はないと信頼することが相当であるとはいえない。
e 4月12日の信号トラブルB(運転通告券の不交付等)について
 1審被告は,SKRが平成3年4月12日の信号トラブルの際に施行した代用閉そく方式において行った運転通告券の不交付等の手続違反から,SKRが閉そくを無視して列車を運行することを予見することはできなかったと主張する。
 しかし,代用閉そく方式の手続は,信号機による列車の運行に代えて,人による閉そくの確認及びその情報の伝達によって列車の運行を行うものであって,その個々の手続は,その重要性の程度に差異があるとしても,いずれも閉そくを確認及び確保して列車を運行するために不可欠なものであると考えられる。したがって,運転通告券の不交付等の手続違反であっても,列車を運行するために必要とされる閉そくの確認及び確保のために必要な手続であるから,これらを懈怠するSKRの態度から,SKRが閉そくを確保せずに列車を運行することも予見することができる。
f 5月3日の信号トラブル@(D14運転士の同乗)について
 1審被告は,SKRのD14運転士が,平成3年5月3日の信号トラブルの際,501D列車に指導者として乗車していなかったと主張する。
 しかし,前記認定のとおり,D14運転士が前記501D列車に指導者として乗車していたとのD14運転士の検察官に対する供述調書(甲A第32号証の5,6)及び陳述書(乙A第6号証)の各記載並びに原審における証人尋問中の供述は,その主要部分において一貫しており,また,その内容も他の証拠により認めることができるD14運転士のその前後の行動と矛盾なく,合理的に説明することができるから,いずれも信用できる。また,SKRのD13運転主任の陳述書(乙A第5号証)にも同旨の記載がある。
 他方,前記501D列車を運転していた1審被告のD2運転士の検察官に対する供述調書(甲A第55号証)及び原審における証人尋問中並びに前記501D列車に指導添乗していた1審被告京都車掌区主任車掌であったD19の陳述書(丙A第44号証)には,D14運転士が前記501D列車に乗車していなかったとの記載及び供述がある。しかし,D2運転士は,前記供述調書において,自らその記憶があいまいであることを自認しており,また,前記証人尋問においては,明確な証言をしているものの,前記供述調書のあいまいな記憶から明確な証言になった理由が合理的なものであるとは言い難く,D2運転士の前記供述調書の記載及び証人尋問中の供述はいずれも信用できない。また,D19の前記陳述書の記載内容が,D14運転士の前記供述調書及び前記陳述書の各記載及び前記証人尋問中の供述並びにD13運転主任の前記陳述書の記載よりも信用できるものであるとも認め難い。
 したがって,甲A第32号証の5,6,乙A第5,第6号証,原審における証人D14の証言によれば,D14運転士が前記501D列車に指導者として乗車していたと認めることができる。
 なお,1審被告は,D14運転士の前記供述調書及び前記陳述書の各記載及び前記証人尋問中の供述を信用できないと主張する。しかし,1審被告が信用できない理由として指摘する事項は,誤解に基づくもの又は瑣末な齟齬などであって,D14運転士の前記供述調書及び前記陳述書の各記載及び前記証人尋問中の供述の信用性を失わせるものではない。
g 5月3日の信号トラブルB(D2運転士のSKRの代用閉そく方式の施行方法に対する感想)について  1審被告は,1審被告のD2運転士は,SKRの代用閉そく方式の施行が杜撰であるとの感想を抱いていないと主張する。
 しかし,前記認定のとおり,SKRの代用閉そく方式の施行が杜撰であるとの感想を抱いたとのD2運転士の検察官に対する供述調書(甲A第55,第56号証)の記載は,その供述調書の記載方法及びSKRの代用閉そく方式の違反行為の内容に照らして十分に信用することができる。
 他方,D2運転士の原審における証人尋問中には,前記供述調書の内容を否定する供述部分がある。しかし,その供述は,D2運転士の前記供述調書の記載に対する弁解の内容が合理的ではなく,信用できない。
 D2運転士が,平成3年5月3日の信号トラブルの際に501D列車を小野谷信号場から出発させたときに,同信号場と信楽駅との間の安全の確保がなされていたと考えており,SKRの指示に従ったものであったとしても,SKRの代用閉そく方式が違反行為を含んだものである以上,D2運転士がこれに対し杜撰であるとの感想を抱いたとの認定を妨げるものではない。
h 5月3日の信号トラブルC(閉そくの不確保)について
 1審被告は,1審被告のD2運転士が,平成3年5月3日の信号トラブルの際,小野谷信号場と信楽駅との間を運転したときに,同区間の閉そくは確保されていたと主張する。
 確かに,前記認定事実によれば,D2運転士が,平成3年5月3日の信号トラブルの際に501D列車を小野谷信号場から発車させるときには,D20運転士が534D列車を信楽駅から小野谷信号場まで運転してきており,また,信楽駅では信楽駅出発信号機22Lが進行信号を現示しないという故障が生じており,前記501D列車が信楽駅に到着するまで他の列車を出発させていないから,信楽駅と小野谷信号場との間の閉そく区間の開通がなされていたということができる。
 しかし,前記認定のとおり,前記534D列車が信楽駅を出発するに当たっては,信楽駅と小野谷信号場との間の閉そく区間の開通の確認及び確保が行われていなかった。そして,D2運転士は,前記534D列車が小野谷信号場に到着するまでは,小野谷信号場にSKRの職員がいたことを現認しておらず,また,D14運転士から前記22Lが進行信号を現示しなかったことを聞いたのであるから,これらの事実を考え併せれば,SKRが前記閉そく区間の開通の確認及び確保をせずに前記534D列車を運行したことは容易に知ることができたものである。また,D2運転士は,前記501D列車を小野谷信号場から発車させる際,D7業務課長らSKRの職員が信楽駅と連絡をとっている状況を現認していないから,小野谷信号場と信楽駅との間の閉そく区間の開通を確認及び確保する手続が行われていることを認識できなかったというべきである。
 D2運転士が,D7業務課長から閉そくの確保の保証を得たとしても,これによって閉そく区間の開通及び確保が行われるものではない。
 当時,信楽駅に列車が存在しなかったとしても,これを信楽駅に確認していない以上,閉そく区間の開通及び確保が行われているということはできない。
i 5月3日の信号トラブルD(D1運転士の運転通告券の不受領)について
 1審被告は,1審被告のD1運転士は,平成3年5月3日の信号トラブルの際,D7業務課長に対し,運転通告券の交付を要求したと主張する。
 しかし,前記認定のとおり,D1運転士がSKRのD7業務課長に対し運転通告券の交付を要求しなかったとのD1運転士の検察官に対する供述調書(甲A第53号証)記載は,D1運転士のそれ以前の経験に照らして自然なものであって,信用することができる。
 他方,D1運転士の原審における証人尋問中には,前記供述調書の内容を否定する供述部分がある。しかし,その供述は,D1運転士の前記供述調書の記載に対する合理的な弁解がなされておらず,また,関連する供述内容が変遷しているなど,信用できない。

イ D6助役らの報告義務違反の過失について
 D6助役らには,以下のとおり報告義務を怠った過失があると認めることができる。
(ア) 報告義務の内容について
 1審被告のD6助役らには,前記アのSKRによる代用閉そく方式の違反行為について,自己が所属する1審被告の部ないし課の上司に報告すべき義務があった。
a D6助役の4月8日の信号トラブルの際の代用閉そく方式の違反行為についての報告義務の内容について  前記2(1)及び3(1)アの事実を総合すれば,1審被告の貴生川駅のD6助役は,自己が所属する部ないし課の上司に対し,平成3年4月8日の信号トラブルの際にSKRが施行した代用閉そく方式において,信楽駅の当務駅長であるD8運転主任とではなく,SKRのD7業務課長との間で,代用閉そく方式の施行の指令,小野谷信号場への運転係の派遣及び常用閉そく方式の施行の指令についての打合せを行ったこと,並びにSKRのD16施設課長が上記区間の開通について車による不十分な確認しかしていなかったにもかかわらず,これを徒歩で確認したとの虚偽の報告をしたことを報告すべき義務があったと認めるのが相当である。
b D10助役の4月12日の信号トラブルの際の代用閉そく方式の違反行為についての報告義務の内容について
 前記2(1)及び3(1)アの事実を総合すれば,1審被告の貴生川駅のD10助役は,自己が所属する部ないし課の上司に対し,平成3年4月12日の信号トラブルの際にSKRが施行した代用閉そく方式において,信楽駅の当務駅長であるD8運転主任とではなく,SKRのD7業務課長との間で,代用閉そく方式の施行の指令及び小野谷信号場への運転係の派遣についての打合せを行ったこと,並びにSKRのD12施設整備主任が上記区間の開通を確認していなかったにもかかわらず,これを確認したとの虚偽の報告をしたことを報告すべき義務があったと認めるのが相当である。
c D1運転士,D3指導員及びD4指導助役の4月12日の信号トラブルの際の代用閉そく方式の違反行為に関する報告義務の内容について
 前記2(1)及び3(1)アの事実を総合すれば,1審被告の上りJR5504D試運転列車を運転していたD1運転士並びにこれに添乗していたD3指導員及びD4指導助役は,自己が所属する部ないし課の上司に対し,平成3年4月12日の信号トラブルの際にSKRが施行した代用閉そく方式において,小野谷信号場において前記JR5504D試運転列車の運転について運転通告券が交付されなかったことを報告すべき義務があったと認めるのが相当である。
 また,上りJR5508D試運転列車を運転していたD1運転士は,自己が所属する部ないし課の上司に対し,平成3年4月12日の信号トラブルの際にSKRが施行した代用閉そく方式において,信楽駅において運転通告券が交付されたこと,同列車が小野谷信号場に到着した際,小野谷信号場の運転係がいなかったことを報告すべき義務があったと認めるのが相当である。
d D2運転士の5月3日の信号トラブルの際の代用閉そく方式の違反行為についての報告義務の内容について  前記2(1)及び3(1)アの事実を総合すれば,1審被告の下りJR501D列車を運転していたD2運転士並びにこれに添乗していたD21車掌及びD19車掌は,自己が所属する部ないし課の上司に対し,平成3年5月3日の信号トラブルの際にSKRが施行した代用閉そく方式において,代用閉そく方式による運転前に小野谷信号場に運転係が派遣されていなかったこと,同運転係と信楽駅長とが連絡を取り合っていないこと,小野谷信号場において運転通告券が交付されなかったこと及び信楽駅と小野谷信号場間の閉そくの確認がなされていなかった可能性があることを報告すべき義務があったと認めるのが相当である。
e D1運転士及びD5助役の5月3日の信号トラブルの際の代用閉そく方式の違反行為についての報告義務の内容について
 前記2(1)及び3(1)アの事実を総合すれば,1審被告の下りJR503D列車を運転していたD1運転士及びこれに添乗していたD5助役は,自己が所属する部ないし課の上司に対し,平成3年5月3日の信号トラブルの際にSKRが施行した代用閉そく方式において,小野谷信号場において運転通告券が交付されなかったことを報告すべき義務があったと認めるのが相当である。

(イ) 報告義務の根拠について
a 列車の運行関係者の事故防止措置義務について
 列車は大量の人を高速で運送するものであるから,列車の運行は事故を発生する危険性が高い上,事故が発生した場合には多数の人の生命及び身体を侵害するものである。そこで,列車の運行に当たっては安全が重視されるべきであり,列車の運行に関係する者は事故が発生しないように適切かつ必要な措置をとるべき義務があるというべきである。
b 列車の運行関係者の報告義務について
 列車の運行に関係する者は,前記aの事故防止措置義務を尽くすため,事故の発生の原因となりうる事実を発見したときには,これを自己が所属する部ないし課の上司に報告すべき義務があるというべきである。なぜならば,前記aの事故防止措置義務の趣旨から,列車の運行に関係する者は,自己の担当する職務を遂行する際に,事故を発生させないようにすることは当然であるが,前記のとおり多数の人の生命及び身体を侵害するおそれのある職務に関係しているので,運行に関係する他の者の違法な行為,第三者の行為又は偶然の事情などによって生じる事故の発生を防止するため,そのような事故の発生の原因となりうる事実を,その職務の遂行過程において発見したときには,その事実を上司に報告することによって事故の発生を防止させることが相当だからである。鉄道事業法(昭和61年12月4日号外法律第92号)及びこれに基づいて定められた鉄道事故等報告規則(昭和62年2月20日号外運輸省令第8号)並びにこれら基づいて1審被告が定めている運転事故報告手続(甲A第42号証)も,このような趣旨を含めて規定されているものと解される。
 また,列車の運行に関係する者は,事故の発生の原因となりうる事実を発見したときに限らず,これを容易に発見することができたときにも,これを発見した上で,自己が所属する部ないし課の上司に報告すべき義務があるというべきである。なぜならば,そのように解すれば,列車の運行に関係する者は,事故の発生の原因となりうる事実の発見に努めることになるので,事故の発生の防止につながることになるからである。そして,列車の運行に関係する者の職務が多数の人の生命及び身体を害するおそれがあるものであることを考慮すれば,そのような場合にも報告義務を負わせても不当とはいえない。他方,そのように解しなければ,事故の発生を防止することに真摯に職務を遂行しているとはいえない者が,その努力を怠ったことにより,事故の発生の原因となりうる事実を見過ごした場合には,前記事実について報告義務を負わないことになるのに対し,事故の発生を防止することに真摯に職務を遂行する者は,真摯に職務を遂行したことによって,事故の発生の原因となりうる事実を発見したため,前記事実について報告義務を負うことになり,不合理な結果を生じることになる。
c 列車の直通乗入れにおける報告義務について
 他社線に乗り入れた列車の運行に関与する者は,前記aの趣旨から,当該列車の運行に関し事故が発生しないように適切かつ必要な措置をとるべき義務があるというべきである。そして,他社線に乗り入れた列車の運行に関与する者は,前記事故防止措置義務を尽くすため,他社線において事故の発生の原因となりうる事実を発見したときには,それが他社線におけるものであることから,まず前記事実を当該他社の関係部署に報告すべき義務があると解すべきであるが,前記事実が他社の違反行為である場合には,自己が所属する自社の部ないし課の上司に報告すべき義務があるというべきである。なぜならば,このような事実について他社に報告したとしても,他社は,自ら違反行為をしていることから,上記報告に基づいて事故防止のための措置をとることを必ずしも期待し得ないこともあるので,他社が事故防止のための措置をとらない場合には,自社から他社に対し事故防止のための措置をとるように働きかけるために,自社にも報告させるのが相当だからである。そして,自社は,自己所有の列車を他社線に直通乗入れしているのであるから,自社所有の列車が関係する事故を防止するために他社に事故防止のための措置をとるよう働きかける義務があると認めても不当とはいえない。
 なお,1審被告は,自社が他社に対し是正勧告義務を有するとして事故について責任を負うことはあり得ないと主張する。しかし,列車の運行に関与する者は,前記aのとおり事故防止措置義務があると解されるところ,他社線であっても,自社所有の車両又は乗務員を乗り入れさせているときには,その限りで他社線での運行に関与しているのであるから,その運行に関与している限度で事故防止措置義務があり,その一内容として,他社線において事故の発生の原因となる事実を発見したときは,他社に対しその事故の発生原因となる事実を是正するように申し入れるべき義務があると解するのが相当である。
d 本件における違反行為の報告義務について
 前記(ア)のとおり,1審被告のD6助役らは,1審被告所有の列車のSKR線への直通乗入れにおいて,SKRによる代用閉そく方式の違反行為を現認し,又は容易に知ることができたのであるから,自己が所属する部ないし課の上司に報告すべき義務があるというべきである。なぜならば,代用閉そく方式は,列車の衝突又は追突を防止するためのシステムである閉そくの確保を図るための常用の設備である信号機の故障等により,信号機の代わりに人による閉そくの確認及び確保並びに情報及び指示の伝達を行うものであるから,これらが遺漏なく行われるように厳格な手続が定められており,これに違反することは閉そくのシステムを危うくし,列車の衝突又は追突の危険を発生させるものだからである。
e 1審被告の運転事故報告手続及び1審被告とSKRが締結した車両直通運転契約書等との関係について  1審被告は,SKRとの間で締結した車両直通運転契約書9条で,SKR線内で発生した直通列車の鉄道運転事故及び運転阻害事故の報告については,1審被告が定めている運転事故報告手続に準じて,速やかにSKRが1審被告に対し報告すると規定しており,1審被告が定めている運転事故報告手続及びSKRが定めている運転事故・運転阻害報告規定では,停車場外で発生した事故に限り,信楽駅に報告することが義務づけられているにすぎないところ,SKRによる代用閉そく方式の違反行為は小野谷信号場で発生している上,SKRのD7業務課長が知っているものであるから,1審被告のD6助役らに前記違反行為の報告義務はないなどと主張する。
 しかし,前記cのとおり,他社線に乗り入れた列車の運行に関与する者が,他社線において事故の発生の原因となりうる事実を発見したときには,まず前記事実を当該他社の関係部署に報告すべき義務があると解すべきであるが,前記事実が他社の違反行為である場合には,自己が所属する自社の部ないし課の上司に報告すべき義務があるというべきである。1審被告とSKRとの間で締結した車両直通運転契約書及び1審被告の運転事故報告手続等にこれと異なる定めをしており,1審被告のD6助役らの行為がその定めに違反していないとしても,これらの規定は1審被告とSKRとの関係及び1審被告内部の関係を規定しているものにすぎないから,これらの規定に違反していないことをもって被害者に対する関係で認められる前記報告義務違反の責任を免れるものではない。
f 1審被告の運行権ないし運行管理権の不存在との関係について
 1審被告は,SKR線内の報告手続は,運行権及び運行管理権を有するSKRが対処することであるから,1審被告にそのような義務はなく,本件直通列車の乗務員は,異常時の対応は信楽駅に連絡するものと教育を受けていたので,SKRの代用閉そく方式の違反行為を1審被告に報告する必要はなかったと主張する。
 しかし,前記cのとおり,1審被告の被用者に前記(ア)の報告義務が認められる理由は,1審被告の本件直通乗入れによって,1審被告の被用者が本件直通乗入れの運行に関与することになったことから,その運行によって事故が発生しないようにすべき義務を負うことにある。したがって,1審被告がSKR線において運行権又は運行管理権を有しないとしても,これが1審被告の被用者に前記(ア)の報告義務を認めることの妨げとなるものではない。また,本件直通列車の乗務員が異常時の対応は信楽駅に連絡するものと教育を受けていたとしても,これは1審被告内部ないしSKRとの合意に基づく指示にすぎないから,これによって被害者に対する関係で認められる前記報告義務違反の過失による責任を免れるものではない。

(ウ) 本件事故についての予見可能性について
a 予見可能性の存在
 前記(ア)のとおり,1審被告のD6助役らは,1審被告所有の列車のSKR線への直通乗入れにおいて,SKRによる代用閉そく方式の違反行為を現認し,又は容易に知ることができたのであるから,SKRの閉そくの確保を違反した行為によって発生した本件事故を予見することは可能であったと認めるのが相当である。
 なぜならば,前記(イ)dのとおり,代用閉そく方式の手続に違反する行為は,閉そくのシステムを危うくし,列車の衝突の危険を発生させるものであるから,代用閉そく方式の手続に違反する行為を現認し,又は容易に知ることができたときには,列車の衝突による事故の発生を予見することが可能であると認めることができるというべきである。特に,D6助役,D10助役,D1運転士及びD2運転士は,SKRの閉そくの確認又は確保が十分でないことを現認し,又は容易に認識することができたのであり,D3指導員,D4指導助役及びD5助役も,SKRの閉そくの確認又は確保が十分でない事態に直面したわけではないものの,代用閉そく方式の手続に違反する行為を現認し,又は容易に知ることができ,そのような行為が閉そくの確認又は確保を危うくするものであることを知ることができたというべきである。
b 予見可能性の対象について
 前記2のとおり,本件事故は,信楽駅出発信号機22Lの赤固定に端を発し,SKRによる閉そくの確認及び確保をしないままの本件534D列車の信楽駅の出発,D15信号技師による誤出発検知機能を無効化する回路の短絡及びD1運転士による本件501D列車の小野谷信号場の通過が重なって発生したものであるが,閉そくの確認又は確保を怠る行為は,それ自体が列車の衝突又は追突の危険を発生させるものであるから,1審被告の被用者がSKRによる代用閉そく方式に違反する行為を現認し,又は容易に知ることができたことをもって,SKRによる閉そくの確認及び確保をしないままの本件534D列車の信楽駅の出発,ひいては本件事故の発生を予見することが可能であったというべきである。
 なお,1審被告は,本件事故発生の予見可能性の予見の対象は,@SKR関係者が閉そくを確保せずに本件534D列車を信楽駅から出発させたこと及びAD15信号技士が誤出発検知機能を無効化する回路の短絡を行ったことというべきであり,その場合に,1審被告の被用者に本件事故についての予見可能性を認め得ないと主張する。
 しかし,前記(イ)dのとおり,閉そくを確保せずに列車を運行させることは,列車の衝突又は追突の危険を生じさせるものであり,D6助役らが,1審被告所有の列車のSKR線への直通乗入れにおいて,SKRによる代用閉そく方式の違反行為を現認し,又は容易に知ることができたのであるから,SKRによる閉そくの確保に違反した行為によって発生した本件事故を予見することは可能であったといってよく,D15信号技士による誤出発検知機能を無効化する回路の短絡行為を予見することができたか否かを問題とする必要はない。
 また,1審被告は,前記Aの行為は本件事故の必要条件であり,過失判断の前提たる因果関係の存否ないしその重要性は,現実に生起した因果の流れに沿って判断すべきであるから,前記Aが予見可能性の対象となる事実であるなどと主張する。しかし,予見可能性の対象となる事実は,過失の内容である注意義務違反の内容に基づいて定まると解されるところ,D6助役らの注意義務違反はSKRの代用閉そく方式の違反行為の報告義務違反であるところ,代用閉そく方式の違反行為は閉そくの確認及び確保を危うくするものであり,閉そくの確認及び確保が行われずに列車が運行されれば,それだけで列車の衝突又は追突の危険が生じるのであるから,D6助役らの前記報告義務違反の過失の予見可能性の対象としては,SKRが閉そくを確保せずに列車を運行させて本件事故を発生させたことで足り,D15信号技士による誤出発検知機能を無効化する回路の短絡行為まで予見する必要はないと解するのが相当である。
c 他の鉄道事業者の行為と予見可能性の関係について
 1審被告は,鉄道事業者は,鉄道運転規則に規定されている閉そくを厳守することが要求されているから,鉄道事業に従事する者が敢えて閉そくを遵守しないで列車を運転することがあることを,他の鉄道事業者の従事員が予測することは不可能であると主張する。
 しかし,法令によって鉄道事業者に対し閉そくの遵守が厳しく要求されていることから,直ちに他の鉄道事業者が閉そくを遵守しない列車の運転をすることがあることを予測することができないということはできない。甲A第77,第78号証によれば,旧国鉄においては,昭和38年から昭和55年までの間に,33件の列車衝突事故が発生しているところ,そのうち1件は閉そくの取扱い不良であり,4件は閉そく方式変更の取扱い不良であることが認められ,本件事故当時までにこのような列車事故の状況が大きく改善したことを窺わせる証拠はない。したがって,列車衝突事故の1割以上が閉そくを遵守しない列車の運行によるものであるから,列車の運行に関与する者が,鉄道事業者が閉そくを遵守しない列車の運行を行うことを予測することができないとはいえない。
d 4月12日の信号トラブルの際の違反行為の内容と予見可能性の関係について
 1審被告は,平成3年4月12日の信号トラブルの際には,運転通告券の交付及び代用手信号の現示を除けば,区間開通の確認及び指導者の同乗等の代用閉そく方式の手続はほぼ完全に履行されており,閉そくを確保した上で列車の運行が行われていたから,SKRの閉そくを確保しない列車の運行を予見することができなかったと主張する。
 しかし,前記認定のとおり,平成3年4月12日の信号トラブルの際にSKRが施行した代用閉そく方式において,1審被告のD10助役が,信楽駅の当務駅長であるD8運転主任とではなく,SKRのD7業務課長との間で,代用閉そく方式の施行の指令及び小野谷信号場への運転係の派遣等についての打合せを行ったこと,並びにSKRのD12施設整備主任が上記区間の開通を確認していなかったにもかかわらず,これを確認したとの虚偽の報告をしたことなど指揮命令系統の混乱及び閉そく区間開通の確認の懈怠が認められ,D10助役,D1運転士,D3指導員及びD4指導助役はこれらの事実を現認し,又は容易に知ることができたのであるから,SKRの閉そくを確保しない列車の運行による本件事故の発生を予見することは可能であったということができる。 e 5月3日の信号トラブルの際の違反行為の内容と予見可能性の関係について  1審被告は,平成3年5月3日の信号トラブルの際には,指導者の同乗及び運転通告券の交付はなかったものの,閉そくは厳として確保されていたから,SKRの閉そくを確保しない列車の運行を予見することができなかったと主張する。
 しかし,前記認定のとおり,平成3年5月3日の信号トラブルの際にSKRが施行した代用閉そく方式において,代用閉そく方式による運転前に小野谷信号場に運転係が派遣されていなかったこと,同運転係と信楽駅長とが連絡を取り合っていないこと,小野谷信号場において運転通告券が交付されなかったこと及び信楽駅と小野谷信号場間の閉そくの確認がなされていなかった可能性があることなど指揮命令系統の混乱及び閉そく区間開通の確認の懈怠等が認められ,D2運転士,D1運転士及びD5助役はこれらの事実を現認し,又は容易に知ることができたのであるから,SKRの閉そくを確保しない列車の運行による本件事故の発生を予見することは可能であったということができる。
f 本件事故当日の1審被告の被用者の認識と予見可能性の関係について
 1審被告は,1審被告の被用者が,本件事故当日,信楽駅出発信号機22Lが赤固定したため,SKRが代用閉そく方式により列車を運行しようとしたことを知らなかったから,SKRが本件534D列車を閉そくを確保せずに信楽駅から出発させたとの事実を予見することは不可能であったと主張する。
 しかし,前記bで判示したとおり,D6助役らの前記報告義務違反の過失の予見可能性の対象としては,SKRが閉そくを確保せずに列車を運行させて本件事故を発生させたことで足りるから,SKRが本件事故当日,信楽駅出発信号機22Lが赤固定したため,本件534D列車を閉そくを確保せずに信楽駅から出発させたとの具体的な事実まで予見する必要はないと解するのが相当である。

(エ) 本件事故についての回避可能性について
a 回避可能性の存在
 1審被告のD6助役らが自己が所属する部ないし課の上司に対しSKRによる代用閉そく方式の違反行為を報告していれば,安全に関する事項を統括する1審被告鉄道本部安全対策室を通じるなどしてSKRに対しその違反行為の是正を申し入れ,SKRもその申入れを受けて代用閉そく方式の違反行為を是正し,本件事故の発生を防ぐことができたと認めるのが相当である。
 甲A第33号証の6,8によれば,1審被告鉄道本部安全対策室は,安全に関する事項を総括する部署であり,運転事故の防止及び処理に関すること,運転取扱いに係わる事項の会社間調整に関すること,安全にかかわる部外との調整に関すること並びにその他安全に係わる事項を分掌している。したがって,事故の発生原因となりうる事実であるSKRによる代用閉そく方式の違反行為についての報告は,安全対策室に集められ,同室などを通じて,SKRに対しその是正の申入れが行われることになる。
 他方,SKRは,前記2(1)のとおり,本件直通乗入れがSKRからの要請に基づいて行われたものであること,1審被告が本件直通乗入れを拒絶すれば,SKRは世界陶芸祭期間中の乗客の輸送に支障を来すことなどから,1審被告から代用閉そく方式の違反行為の是正を求められれば,これに応じざるを得ない状況にあったということができる。
b 1審被告の権限と回避可能性の関係について
 1審被告は,1審被告がSKRに対し代用閉そく方式の違反行為の是正を勧告したとしても,権限に裏打ちされたものではないから,SKRがこれに従ったかどうか疑問があり,本件事故の発生の回避を保証できないので,1審被告の結果回避義務として定立することができないと主張する。
 しかし,1審被告のSKRに対する代用閉そく方式の違反行為の是正の申入れに権限の裏打ちがないとしても,前記aで判示したとおりの本件直通乗入れに関する1審被告とSKRとの立場を考慮すれば,SKRは前記是正の申入れに従わざるを得ないと認められるから,1審被告の前記是正の申入れによって本件事故の発生を回避することができたと認めるのが相当である。
c 是正申入れの内容と回避可能性の関係について
 1審被告は,本件事故がSKRによる単なる代用閉そく方式の手続違反ではなく,閉そくの遵守を怠ったために発生したものであるから,1審被告がSKRに対し代用閉そく方式の違反行為の是正を申し入れたとしても,これによって本件事故の発生を回避できたと推定することはできないと主張する。
 しかし,前記アで認定したとおり,SKRによる代用閉そく方式の違反行為には閉そくの確認及び確保を怠ったものがあり,1審被告がSKRに対しこの是正を申し入れることによって,SKRによる閉そくを確保しない列車の運行によって発生した本件事故を防ぐことができたものである。また,代用閉そく方式の手続は,信号機による列車の運行に代えて,人による閉そくの確認及びその情報の伝達によって列車の運行を行うものであって,その個々の手続は,その重要性の程度に差異があるとしても,いずれも閉そくを確認及び確保して列車を運行するために不可欠なものであると考えられるから,1審被告がSKRに対し代用閉そく方式の手続の違反行為の是正を申し入れることによって,本件事故の発生を防ぐことができたということができる。

(オ) 1審被告の被用者の雇用関係について
 1審被告は,1審被告の乗務員は,本件直通列車に乗務してSKR線を運行する際には,1審被告の従業員の身分のまま,SKRに出向していたものであるなどと主張する。
 しかし,1審被告の乗務員が本件直通列車に乗務してSKR線を運行する際の雇用関係を,1審被告からSKRへの出向であると解し難い。
 また,前記(イ)のとおり,1審被告の被用者に前記(ア)の報告義務が認められる理由は,1審被告の本件直通乗入れによって,1審被告の被用者がその運行に関与することになったことから,その運行によって事故が発生しないようにすべき義務を負うことにある。したがって,前記雇用関係が出向であるとしても,1審被告の乗務員に前記(ア)の報告義務を認めることの妨げとなるものではない。

(カ) 信頼の原則との関係について
a 他の鉄道事業者に対する信頼の原則の適用について
 1審被告は,本件直通乗入れにおける1審被告とSKRとの間にも信頼の原則が適用されるところ,鉄道事業者が運輸大臣の免許を受けたうえで,厳格な運輸大臣の監督統制下に鉄道事業を継続しているのであるから,SKR線に直通乗入れ等をする1審被告は,SKRの事業活動たる鉄道輸送の安全性についてはこれが確保されているとの信頼を有することが当然であると主張する。
 しかし,本件直通乗入れにおける1審被告とSKRとの間にも信頼の原則が適用される余地があるとしても,前記アで認定した事実によれば,D6助役らは,SKRの代用閉そく方式の違反行為を現認し,また,その違反行為が疑われる状況にあったから,SKRの鉄道輸送の安全性が確保されていると信頼することが相当であったとは認め難い。
b 閉そくに対する信頼の原則の適用について
 1審被告は,信頼の原則からすれば,1審被告の被用者に対して,SKRが鉄道輸送の安全の根幹をなす閉そくを遵守せずして,列車を発車させることについてまで予見義務を課すことはできないと主張する。
 しかし,前記アで認定した事実によれば,1審被告のD6助役らは,SKRの代用閉そく方式の違反行為を現認し,また,その違反行為が疑われる状況にあったから,信頼の原則を適用して,D6助役らがSKRが閉そくを確保せずに列車を運行させることまで予見することができなかったということはできない。
 なお,1審被告は,SKRの代用閉そく方式の違反行為が形式的な手続の不履行にすぎず,実質的な安全は確保されていたから,前記違反行為と閉そくを確保せずに列車を運行することとの間に深い断絶があると主張する。しかし,前記アで認定した事実によれば,SKRの代用閉そく違反行為には,閉そくの確認及び確保が十分でなかったものが含まれている。また,代用閉そく方式の手続がいずれも閉そくを確認及び確保して列車を運行するために不可欠なものであると考えられるから,代用閉そく方式の違反行為は閉そくの確認及び確保を危うくするものである。したがって,SKRの代用閉そく方式の違反行為からSKRが閉そくを確保せずに列車を運行するのを予見することができるのであり,そのような列車の運行が行われないと信頼することが相当であるとはいえない。
c SKRの一次的報告責任と信頼の原則の適用について
 1審被告は,SKRがSKR線の運行管理権を有していたこと並びに1審被告とSKRとの間で締結された車両直通運転契約書及び1審被告の運転事故報告手続の各規定によれば,SKR線内で発生した事項について情報を収集し,報告体制を含めた安全対策を積極的に講ずる義務は一次的にはSKRにあるから,1審被告はこれを信頼することが許されていると主張する。
 しかし,1審被告とSKRとの間において,SKR線内で発生した事故の発生の原因となりうる事実についての情報の収集及び報告体制を含めた安全対策を講ずる義務が一次的にはSKRにあるとしても,これは1審被告とSKRとの関係において主張することができるものにすぎず,第三者である犠牲者との関係において主張することができるものではない。そして,前記(イ)のとおり,SKR線において発生した事故の発生の原因となりうるSKRの違反行為については,SKRが自らこれを是正し,また,1審被告に対し報告することは必ずしも期待することができないから,前記違反行為についても,SKRに情報収集及び安全対策の一次的義務があり,1審被告はこれを信頼することが許されていると解することはできない。

(キ) 報告義務違反について
 前記アの事実によれば,1審被告のD6助役らは,前記アのSKRによる代用閉そく方式の違反行為について,自己が所属する1審被告の部ないし課の長に報告していないから,前記(ア)の報告義務を怠った過失があるといわざるを得ない。

ウ 報告義務違反の過失と本件事故との因果関係について
 1審被告のD6助役らが自己が所属する部ないし課の上司に対しSKRによる代用閉そく方式の違反行為を報告することを怠った過失と本件事故の発生との間に因果関係を認めることができる。
(ア) 事実的因果関係の存在について
 前記イ(エ)のとおり,D6助役らが自己が所属する部ないし課の上司に対しSKRによる代用閉そく方式の違反行為を報告していれば,すなわち報告義務違反の過失がなければ,本件事故の発生を防ぐことができたと認めることができるから,D6助役らの報告義務違反の過失と本件事故の発生との間に,事実的因果関係を認めるのが相当である。

(イ) 相当因果関係の存在について
 前記イ(ウ)のとおり,SKRによる代用閉そく方式の違反行為は,閉そくのシステムを危うくするものであり,これを放置すれば,SKRの閉そくを確認又は確保しない列車の運行による列車の衝突又は追突事故に繋がるおそれがあるものであるから,D6助役らが自己が所属する部ないし課の上司に対しSKRによる代用閉そく方式の違反行為を報告することを怠った過失とSKRによる閉そくの確認及び確保をしないままの本件534D列車の信楽駅の出発によって発生した本件事故との間には,相当因果関係を認めることができる。

(2) 1審被告鉄道本部運輸部運用課長の報告体制確立義務違反の過失等について
 1審被告鉄道本部運輸部運用課長には,以下のとおり報告体制確立義務違反の過失があり,これによって本件事故が発生したと認めることができる。

ア 報告体制確立義務違反の過失について
 1審被告鉄道本部運輸部運用課長には,以下のとおり報告体制確立義務を怠った過失があると認めることができる。
(ア) 報告体制確立義務の内容について
 前記2(1)及び3(1)アの事実を総合すれば,1審被告鉄道本部運輸部運用課長には,本件直通列車の1審被告の乗務員に対し,上記乗務員がSKRの代用閉そく方式の違反行為を現認したとき,又は,上記違反行為が疑われる場合に,これを調査した上,違反行為が行われたと知ったときには,自己が所属する1審被告の部ないし課の長に上記違反行為を報告するように教育及び訓練が行われるような体制を確立すべき義務があったと認めるのが相当である。

(イ) 報告体制確立義務の根拠について
a 運用課長の権限とその義務
 前記(1)イ(イ)cのとおり,他社線に乗り入れた列車の運行に関与する者は,事故防止措置義務を尽くすため,他社線において事故の発生の原因となりうる他社の違反行為を発見したとき,又はこれを容易に知ることができたときには,これを発見した上で,自己が所属する自社の部ないし課の上司に報告すべき義務がある。ところで,甲A第33号証の12によれば,1審被告鉄道本部運輸部運用課は,本件直通列車の乗務員に対し,教育及び訓練の立案を分掌していたことが認められる。したがって,運用課が本件直通列車の乗務員に対し本件直通乗入れについての教育及び訓練をする際には,上記報告義務についても教育すべきであり,その教育及び訓練の立案を分掌する前記運用課を統括する運用課長には,上記報告義務の教育及び訓練が行われるような体制を確立すべき義務があったというべきである。
b 運行管理権等と報告体制確立義務違反について
 1審被告は,SKR線内の報告手続は,運行権及び運行管理権を有するSKRが対処することであるから,1審被告にそのような義務はないと主張する。
 しかし,前記(1)イ(イ)cのとおり,1審被告の被用者に前記(1)イ(ア)の報告義務が認められる理由は,1審被告の本件直通乗入れによって,1審被告の被用者がその運行に関与することになったことから,その運行によって事故が発生しないようにすべき義務を負うことにある。したがって,1審被告がSKR線において運行権又は運行管理権を有しないとしても,これが1審被告の被用者に前記(1)イ(ア)の報告義務,ひいては運用課長の前記報告体制確立義務を認めることの妨げとなるものではない。
c 教育及び訓練の責任者について
 1審被告は,乗務員に対する教育及び訓練は,SKRが行うべきものであるが,その内部事情からやむを得ず,SKRが1審被告に委託して行ったものであると主張する。
 しかし,前記(1)イ(イ)cのとおり,他社線に乗り入れた列車の運行に関与する者には前記報告義務が認められるべきであるから,他社線に乗り入れる際にはその運行に関与する者に対する前記報告義務の教育及び訓練をすべき必要があり,また,1審被告鉄道本部運輸部運用課の分掌事務には,本件直通列車の乗務員に対する教育及び訓練の立案が含まれていたのである。したがって,仮にSKRが本件直通乗入れのための1審被告の乗務員に対する教育及び訓練をすべきであり,これを1審被告に対し委託したとしても,SKRの教育及び訓練とは別に,1審被告自身も乗務員に対する教育及び訓練をすべき必要があるから,1審被告が主張する事情は,前記報告体制確立義務を認めることの妨げとなるものではない。

(ウ) 本件事故についての予見可能性について
a 予見可能性の存在
 1審被告鉄道本部運輸部運用課長は,SKRが閉そくを確保せずに列車を運行するという違反行為によって発生した本件事故を予見することは可能であったと認めるのが相当である。すなわち,前記(1)イ(イ)cで判示したとおり,本件直通列車の乗務員には,SKR線において事故の発生の原因となりうるSKRの違反行為を発見したときには,自己が所属する自社の部ないし課の上司に報告すべき義務があるので,本件直通乗入れのために上記乗務員に対する教育及び訓練を行う運用課は,上記乗務員が上記報告義務を尽くすことができるようにするため,本件直通乗入れにおいてSKRが行うおそれのある事故の発生原因となりうる違反行為を予測した上,これについて上記報告義務があることを教育及び訓練すべきことになる。そして,本件事故の発生原因となったSKRによる閉そくを確認及び確保せずに列車を運行させる行為は,列車の衝突又は追突事故を発生させる危険性の高い行為であるから,運用課が予測すべき違反行為に含まれるというべきである。したがって,運用課を統括する運用課長は,前記教育及び訓練の際には,SKRによる閉そくを確保せずに列車を運行させる違反行為を予測すべきであり,閉そくを確保しないで列車を運行したことによって発生した本件事故は,当然,その予測の範囲内にあったというべきである。
 なお,運用課長が,SKRが事前トラブルにおける代用閉そく方式において違反行為をしたことを知っていたとまで認めるに足りる証拠はない。しかし,前記のとおり,運用課長は,本件直通乗入れによる事故の発生を防止するために,SKRが閉そくの確認及び確保をせずに列車を運行させる行為をも予測して,本件直通列車の乗務員に対する教育及び訓練を行う必要があったのであるから,SKRによる上記違反行為を知らなかったとしても,SKRが閉そくを確保せずに列車を運行したことによって発生した本件事故を予見することは可能であったというべきである。
b 予見可能性の対象について
 1審被告は,本件事故発生の予見可能性の予見の対象は,@SKR関係者が閉そくを確保せずに本件534D列車を信楽駅から出発させたこと及びAD15信号技士が誤出発検知機能を無効化する回路の短絡を行ったことというべきであり,その場合に,1審被告の被用者に本件事故についての予見可能性を認め得ないと主張する。  しかし,前記(1)イ(ウ)bで判示したとおり,閉そくを確保せずに列車を運行させることは,列車の衝突又は追突の危険を生じさせるものであるから,運用課長が,SKRによる閉そくの確保に違反した行為によって発生した本件事故を予見することは可能であったといってよく,D15信号技士による誤出発検知機能を無効化する回路の短絡行為を予見することができたか否かを問題とする必要はない。
 なお,1審被告は,前記Aの行為は本件事故の必要条件であり,過失判断の前提たる因果関係の存否ないしその重要性は,現実に生起した因果の流れに沿って判断すべきであるから,前記Aが予見可能性の対象となる事実であるなどと主張する。しかし,前記(1)イ(ウ)bで判示したのと同様の理由により,運用課長の前記報告体制確立義務違反の過失の予見可能性の対象としては,SKRが閉そくを確保せずに列車を運行させて本件事故を発生させることで足り,D15信号技士による誤出発検知機能を無効化する回路の短絡行為まで予見する必要はないと解するのが相当である。
c 本件事故当日の運用課長の認識と予見可能性について
 1審被告は,1審被告の被用者が,本件事故当日,信楽駅出発信号機22Lが赤固定したため,SKRが代用閉そく方式により列車を運行しようとしたことを知らなかったから,SKRが本件534D列車を閉そくを確保せずに信楽駅から出発させたとの事実を予見することは不可能であったと主張する。
 しかし,前記bで判示したとおり,運用課長の前記報告体制確立義務違反の過失の予見可能性の対象としては,SKRが閉そくを確保せずに列車を運行させて本件事故を発生させたことで足りるから,SKRが本件事故当日,信楽駅出発信号機22Lが赤固定したため,本件534D列車を閉そくを確保せずに信楽駅から出発させたとの具体的な事実まで予見する必要はないと解するのが相当である。

(エ) 本件事故についての回避可能性について
 1審被告鉄道本部運輸部運用課長が前記報告体制を確立し,本件直通列車の乗務員に対する上記報告義務について教育及び訓練が行われていれば,上記乗務員が自己が所属する部ないし課の上司に対しSKRによる代用閉そく方式の違反行為を報告し,安全に関する事項を統括する1審被告の安全対策室を通じるなどしてSKRに対しその違反行為の是正を申し入れ,SKRもその申入れを受けて代用閉そく方式の違反行為を是正し,本件事故の発生を防ぐことができたと認めるのが相当である。

(オ) 信頼の原則との関係について
a 他の鉄道事業者に対する信頼の原則の適用について
 1審被告は,本件直通乗入れにおける1審被告とSKRとの間にも信頼の原則が適用されるところ,鉄道事業者が運輸大臣の免許を受けたうえで,厳格な運輸大臣の監督統制下に鉄道事業を継続しているのであるから,SKR線に直通乗入れ等をする1審被告は,SKRの事業活動たる鉄道輸送の安全性についてはこれが確保されているとの信頼を有することが当然であると主張する。
 しかし,甲第77,第78号証によれば,旧国鉄においては,昭和38年から昭和55年までの間に,33件の列車衝突事故及び91件の列車脱線事故などの多数の重大事故が発生しているところ,前記列車衝突事故及び列車脱線事故の多くは列車の運行に従事する者に原因があるものと認められる。そして,本件事故当時までにこのような事故の状況が大きく改善したことを窺わせる証拠はなく,また,SKRの列車の運行に関する事故の状況が旧国鉄のそれと大きく異なるものであることを窺わせる証拠もない。したがって,このような事故の状況を前提とすれば,1審被告鉄道本部運輸部運用課長が,SKRの鉄道輸送の安全性が確保されていると信頼することが相当であったとは認め難い。
b 閉そくに対する信頼の原則の適用について
 1審被告は,信頼の原則からすれば,1審被告の被用者に対して,SKRが鉄道輸送の安全の根幹をなす閉そくを遵守せずして,列車を発車させることについてまで予見義務を課すことはできないと主張する。
 しかし,前記(1)イ(ウ)cで認定したとおり,旧国鉄において昭和38年から昭和55年までの間に発生した列車衝突事故33件の1割以上に当たる5件が閉そくを遵守しない列車の運行によるものであるから,1審被告鉄道本部運輸部運用課長は,鉄道事業者が閉そくを遵守しない列車の運行を行うことを予見することは可能であって,これを予測することはできないとはいえない。
c SKRの一次的報告責任と信頼の原則の適用について
 1審被告は,SKR線内で発生した事項について情報を収集し,報告体制を含めた安全対策を積極的に講ずる義務は一次的にはSKRにあるから,1審被告はこれを信頼することが許されていると主張する。
 しかし,前記(1)イ(カ)cのとおり,SKR線内で発生した事故の発生の原因となりうる事実についての情報の収集及び報告体制を含めた安全対策を講ずる義務が一次的にはSKRにあるとの事情を,被害者との関係において主張することができるものではなく,SKR線において発生した事故の発生の原因となりうるSKRの違反行為についても,SKRに情報収集及び安全対策の一次的義務があり,1審被告はこれを信頼することが許されていると解することができない。

(カ) 報告体制確立義務違反の内容について
 甲A第33号証の10ないし13,丙A第48号証,原審における証人D22の証言によっても,本件直通列車の乗務員に対する本件直通乗入れのための教育及び訓練の際に,前記報告義務について教育及び訓練を行ったことを認めることはできず,1審被告鉄道本部運輸部運用課長が上記報告義務の教育及び訓練が行われるような体制を確立すべき義務を尽くしたことを認めることもできない。したがって,運用課長は,前記(ア)の報告体制確立義務を怠った過失があるといわざるを得ない。

イ 報告体制確立義務違反の過失と本件事故との因果関係について
 1審被告鉄道本部運輸部運用課長が前記ア(ア)の報告体制確立義務を怠った過失と本件事故の発生との間に因果関係を認めることができる。
(ア) 事実的因果関係の存在について
 前記ア(エ)のとおり,運用課長が前記報告体制を確立し,本件直通列車の乗務員に対する上記報告義務について教育及び訓練が行われていれば,すなわち前記報告体制確立義務違反の過失がなければ,本件事故の発生を防ぐことができたと認めることができるから,運用課長の報告体制確立義務違反の過失と本件事故の発生との間に,事実的因果関係を認めるのが相当である。
(イ) 相当因果関係の存在について
 前記ア(ウ)のとおり,本件直通列車の乗務員が自己が所属する部ないし課の上司に対しSKRの閉そくを確保しない列車の運行を含む事故の発生の原因となりうるSKRの違反行為の報告義務について教育及び訓練を受けないことによって,本件直通列車の乗務員がSKRの閉そくを確認又は確保しない列車の運行を発見したにもかかわらず,これを自己が所属する部ないし課の上司に報告しないため,1審被告鉄道本部安全対策室等を通じての是正の申入れがなされず,SKRの閉そくを確認又は確保しない列車の運行が放置され,SKRの閉そくを確認又は確保しない列車の運行による列車の衝突又は追突事故に繋がるおそれがあるものであるから,運用課長の前記報告体制確立義務を怠った過失とSKRによる閉そくの確認及び確保をしないままの本件534D列車の信楽駅の出発によって発生した本件事故との間には,相当因果関係を認めることができる。

(3) 1審被告鉄道本部安全対策室長の報告体制確立義務違反の過失等について
 1審被告鉄道本部安全対策室長には,以下のとおり報告体制確立義務違反の過失があり,これによって本件事故が発生したと認めることができる。
ア 報告体制確立義務違反の過失について
 1審被告鉄道本部安全対策室長には,以下のとおり報告体制確立義務を怠った過失があると認めることができる。
(ア) 報告体制確立義務の内容について
 前記2(1)及び3(1)アの事実を総合すれば,1審被告鉄道本部安全対策室長には,本件直通列車の運行に関与する者に対し,これらの者がSKRの代用閉そく方式の違反行為を現認したとき,又は,上記違反行為が疑われる場合に,これを調査した上,違反行為が行われたと知ったときには,自己が所属する1審被告の部ないし課の長に上記違反行為を報告し,さらに上記長から安全対策室に上記違反行為を報告する体制を確立すべき義務があったと認めるのが相当である。
(イ) 報告体制確立義務の根拠について
 前記(1)イ(イ)cのとおり,他社線に乗り入れた列車の運行に関与する者は,事故防止措置義務を尽くすため,他社線において事故の発生の原因となりうる他社の違反行為を発見したとき,又はこれを容易に知ることができたときには,自己が所属する自社の部ないし課の上司に報告すべき義務がある。ところで,前記(1)イ(エ)aのとおり,1審被告鉄道本部安全対策室は,安全に関する事項を総括する部署であり,運転事故の防止及び処理に関すること,安全にかかわる部外との調整に関すること並びにその他安全に係わる事項を分掌している。したがって,安全対策室は,本件直通列車の運行に関与する者が上記報告義務を尽くすことができる体制を確立すべきであり,安全対策室を統括する安全対策室長には,上記報告義務が尽くされるように体制を確立すべき義務があったというべきである。
(ウ) 本件事故についての予見可能性について
a 予見可能性の存在
 1審被告鉄道本部安全対策室長は,SKRが閉そくを確保せずに列車を運行するという違反行為によって発生した本件事故を予見することは可能であったと認めるのが相当である。すなわち,前記(1)イ(イ)cのとおり,本件直通乗入れの運行に関与する者は,SKR線において事故の発生の原因となりうるSKRの違反行為を発見したときには,自己が所属する自社の部ないし課の上司に報告すべき義務があるので,安全に関する事項を総括する部署である安全対策室は,本件直通乗入れの運行に関与する1審被告の被用者が上記報告義務を尽くすことができるようにするため,本件直通乗入れにおいてSKRが行うおそれのある事故の発生の原因となりうる違反行為を予測した上,これについて上記報告義務を尽くすことができるような体制を確立すべきことになる。そして,本件事故の発生原因となったSKRによる閉そくを確認及び確保せずに列車を運行させる行為は,列車の衝突又は追突事故を発生させる危険性の高い行為であるから,安全対策室が予測すべき違反行為に含まれるというべきである。したがって,安全対策室を統括する安全対策室長は,本件直通乗入れの際に,SKRによる閉そくを確保せずに列車を運行させる違反行為を予測すべきであり,閉そくを確保しないで列車を運行したことによって発生した本件事故は,当然,その予測の範囲内にあったというべきである。
 なお,安全対策室長が,SKRが事前トラブルにおける代用閉そく方式において違反行為をしたことを知っていたとまで認めるに足りる証拠はない。しかし,前記のとおり,安全対策室長は,本件直通乗入れによる事故の発生を防止するために,SKRが閉そくの確認及び確保をせずに列車を運行させる行為をも予測して,本件直通乗入れの運行に関与する1審被告の被用者が前記報告義務を尽くすことができるような体制を確立する必要があったのであるから,SKRによる上記違反行為を知らなかったとしても,SKRが閉そくを確保せずに列車を運行したことによって発生した本件事故を予見することは可能であったというべきである。
b 予見可能性の対象について
 1審被告は,本件事故発生の予見可能性の予見の対象は,@SKR関係者が閉そくを確保せずに本件534D列車を信楽駅から出発させたこと及びAD15信号技士が誤出発検知機能を無効化する回路の短絡を行ったことというべきであり,その場合に,1審被告の被用者に本件事故についての予見可能性を認め得ないと主張する。  しかし,前記(1)イ(ウ)bで判示したとおり,閉そくを確保せずに列車を運行させることは,列車の衝突又は追突の危険を生じさせるものであるから,安全対策室長が,SKRによる閉そくの確保に違反した行為によって発生する本件事故を予見することは可能であったといってよく,D15信号技士による誤出発検知機能を無効化する回路の短絡行為を予見することができたか否かを問題とする必要はない。
 なお,1審被告は,前記Aの行為は本件事故の必要条件であり,過失判断の前提たる因果関係の存否ないしその重要性は,現実に生起した因果の流れに沿って判断すべきであるから,前記Aが予見可能性の対象となる事実であるなどと主張する。しかし,前記(1)イ(ウ)bで判示したのと同様の理由により,安全対策室長の前記報告体制確立義務違反の過失の予見可能性の対象としては,SKRが閉そくを確保せずに列車を運行させて本件事故を発生させたことで足り,D15信号技士による誤出発検知機能を無効化する回路の短絡行為まで予見する必要はないと解するのが相当である。
c 本件事故当日の安全対策室長の認識と予見可能性について
 1審被告は,1審被告の被用者が,本件事故当日,信楽駅出発信号機22Lが赤固定したため,SKRが代用閉そく方式により列車を運行しようとしたことを知らなかったから,SKRが本件534D列車を閉そくを確保せずに信楽駅から出発させたとの事実を予見することは不可能であったと主張する。
 しかし,前記bで判示したとおり,安全対策室長の前記報告体制確立義務違反の過失の予見可能性の対象としては,SKRが閉そくを確保せずに列車を運行させて本件事故を発生させたことで足りるから,SKRが本件事故当日本件534D列車を閉そくを確保せずに信楽駅から出発させたとの具体的な事実まで予見する必要はないと解するのが相当である。
(エ) 本件事故についての回避可能性について
 1審被告鉄道本部安全対策室長が,本件直通乗入れの運行に関与する1審被告の被用者が前記報告義務を尽くすことができる体制を確立していれば,1審被告の被用者が自己が所属する部ないし課の上司に対しSKRによる代用閉そく方式の違反行為を報告し,安全対策室を通じるなどしてSKRに対しその違反行為の是正を申し入れ,SKRもその申入れを受けて代用閉そく方式の違反行為を是正し,本件事故の発生を防ぐことができたと認めるのが相当である。
(オ) 信頼の原則との関係について
a 他の鉄道事業者に対する信頼の原則の適用について
 1審被告は,本件直通乗入れにおける1審被告とSKRとの間にも信頼の原則が適用されるところ,鉄道事業者が運輸大臣の免許を受けたうえで,厳格な運輸大臣の監督統制下に鉄道事業を継続しているのであるから,SKR線に直通乗入れ等をする1審被告は,SKRの事業活動たる鉄道輸送の安全性についてはこれが確保されているとの信頼を有することが当然であると主張する。
 しかし,前記(2)ア(オ)aで認定したとおり,旧国鉄において昭和38年から昭和55年までの間に発生した多数の重大事故の多くは列車の運行に従事する者に原因があるところ,本件事故当時までにこのような事故の状況が大きく改善したこと,また,SKRの列車の運行に関する事故の状況が旧国鉄のそれと大きく異なるものであることを窺わせる証拠もない。したがって,このような事故の状況を前提とすれば,1審被告鉄道本部安全対策室長が,SKRの鉄道輸送の安全性が確保されていると信頼することが相当であったとは認め難い。
b 閉そくに対する信頼の原則の適用について
 1審被告は,信頼の原則からすれば,1審被告の被用者に対して,SKRが鉄道輸送の安全の根幹をなす閉そくを遵守せずして,列車を発車させることについてまで予見義務を課すことはできないと主張する。
 しかし,前記(1)イ(ウ)cで認定したとおり,旧国鉄において昭和38年から昭和55年までの間に発生した列車衝突事故33件の1割以上に当たる5件が閉そくを遵守しない列車の運行によるものであるから,1審被告鉄道本部安全対策室長は,鉄道事業者が閉そくを遵守しない列車の運行を行うことを予見することは可能であって,これを予測することができないとはいえない。
c SKRの一次的報告責任と信頼の原則の適用について
 1審被告は,SKR線内で発生した事項について情報を収集し,報告体制を含めた安全対策を積極的に講ずる義務は一次的にはSKRにあるから,1審被告はこれを信頼することが許されていると主張する。
 しかし,前記(1)イ(カ)cのとおり,SKR線内で発生した事故の発生の原因となりうる事実についての情報の収集及び報告体制を含めた安全対策を講ずる義務が一次的にはSKRにあるとの事情を,被害者との関係において主張することができるものではなく,SKR線において発生した事故の発生の原因となりうるSKRの違反行為についても,SKRに情報収集及び安全対策の一次的義務があり,1審被告はこれを信頼することが許されていると解することはできない。
(カ) 報告体制確立義務違反の内容について
 甲A第33号証の6ないし8,第71ないし74号証によっても,本件直通乗入れの運行に関与する1審被告の被用者が前記報告義務を尽くすことができる体制が確立されたと認めることはできない。したがって,1審被告鉄道本部安全対策室長は,前記(ア)の報告体制確立義務に違反した過失があるといわざるを得ない。
 なお,1審被告は,SKRとの間で締結した車両直通運転契約書9条で,SKR線内で発生した直通列車の鉄道運転事故及び運転阻害事故の報告については,1審被告が定めている運転事故報告手続に準じて,速やかにSKRが1審被告に対し報告すると規定しており,1審被告が定めている運転事故報告手続及びSKRが定めている運転事故・運転阻害報告規定では,停車場外で発生した事故に限り,信楽駅に報告することが義務づけられているから,安全対策室長は,前記報告体制確立義務を尽くしており,その義務違反の過失はないなどと主張する。しかし,前記(1)イ(イ)cのとおり,他社線に乗り入れた列車の運行に関与する者が,他社線において事故の発生の原因となりうる他社の違反行為を発見したときには,自己が所属する自社の部ないし課の上司に報告すべき義務があるというべきであるから,これと異なる定めをしている1審被告とSKRとの間で締結した車両直通運転契約書及び1審被告の運転事故報告手続等の存在をもって,安全対策室長が前記報告体制確立義務を尽くしたとはいえず,その義務違反の過失がないとはいえない。

イ 報告体制確立義務違反の過失と本件事故との因果関係について
 1審被告鉄道本部安全対策室長が前記ア(ア)の報告体制確立義務を怠った過失と本件事故の発生との間に因果関係を認めることができる。
(ア) 事実的因果関係の存在について
 前記ア(エ)のとおり,安全対策室長が前記報告体制を確立し,本件直通乗入れの運行に関与する1審被告の被用者が前記報告義務を尽くすことができる体制が確立されていれば,すなわち前記報告体制確立義務違反の過失がなければ,本件事故の発生を防ぐことができたと認めることができるから,安全対策室長の報告体制確立義務違反の過失と本件事故の発生との間に,事実的因果関係を認めるのが相当である。
(イ) 相当因果関係の存在について
 前記ア(ウ)のとおり,本件直通乗入れの運行に関与する1審被告の被用者が自己の所属する部ないし課の上司に対しSKRの閉そくを確保しない列車の運行を含む事故の発生の原因となりうるSKRの違反行為について報告義務を尽くすことができる体制が確立されていないことによって,前記1審被告の被用者がSKRの閉そくを確認又は確保しない列車の運行を発見したにもかかわらず,これを自己が所属する部ないし課の上司に報告しないため,安全対策室を通じての是正の申入れがなされず,SKRの閉そくを確認又は確保しない列車の運行が放置され,SKRの閉そくを確認又は確保しない列車の運行による列車の衝突又は追突事故に繋がるおそれがあるものであるから,安全対策室長の前記報告体制確立義務を怠った過失とSKRによる閉そくの確認及び確保をしないままの本件534D列車の信楽駅の出発によって発生した本件事故との間には,相当因果関係を認めることができる。

(4) 1審被告鉄道本部長の報告体制確立義務違反の過失等について
 1審被告鉄道本部長には,以下のとおり報告体制確立義務違反の過失があり,これによって本件事故が発生したと認めることができる。
ア 報告体制確立義務違反の過失について
 1審被告鉄道本部長には,以下のとおり報告体制確立義務を怠った過失があると認めることができる。
(ア) 報告体制確立義務の内容について
 前記2(1)及び3(1)アの事実を総合すれば,1審被告鉄道本部長には,1審被告鉄道本部運輸部運用課長及び安全対策室長がそれぞれ前記(2)及び(3)の各ア(ア)の各報告体制確立義務を尽くすように指導及び監督すべき義務があったと認めるのが相当である。
(イ) 報告体制確立義務の根拠について
 前記(2)及び(3)の各ア(ア)のとおり,1審被告鉄道本部運用課長及び安全対策室長にはそれぞれ前記(2)及び(3)の各ア(ア)の報告体制確立義務がある。ところで,甲A20号証12によれば,1審被告鉄道本部長は,運用課の所属する運輸部及び安全対策室をいずれも統括する立場にある上,安全問題に関する事項を分担している。したがって,鉄道本部長には,上記の各報告体制確立義務が尽くされるように指導及び監督すべき義務があったというべきである。
(ウ) 本件事故についての予見可能性について
a 予見可能性の存在
 1審被告鉄道本部長は,SKRが閉そくを確保せずに列車を運行するという違反行為によって発生した本件事故を予見することは可能であったと認めるのが相当である。すなわち,前記(1)イ(イ)cのとおり,本件直通乗入れの運行に関与する者は,SKR線において事故の発生の原因となりうるSKRの違反行為を発見したときには,自己が所属する自社の部ないし課の上司に報告すべき義務があり,前記(2)ア(イ)のとおり,運用課長は,本件直通乗入れについての教育及び訓練をする際に,本件直通列車の乗務員に対し,上記報告義務を尽くさせるために,これについての教育及び訓練が行われるような体制を確立すべき義務があり,前記(3)ア(イ)のとおり,安全対策室長は,本件直通乗入れの際に,1審被告の被用者に対し,上記報告義務を尽くすことができるような体制を確立すべき義務があるので,運用課の所属する運輸部及び安全対策室をいずれも統括する立場にある上,安全問題に関する事項を分担している鉄道本部長は,運用課長及び安全対策室長が上記報告体制確立義務を尽くすことができるようにするため,本件直通乗入れにおいてSKRが行うおそれのある事故の発生の原因となりうる違反行為を予測した上,これについて上記報告体制確立義務を尽くすことができるよう指導及び監督すべきことになる。そして,本件事故の発生原因となったSKRによる閉そくを確認及び確保せずに列車を運行させる行為は,列車の衝突又は追突事故を発生させる危険性の高い行為であるから,鉄道本部長が予測すべき違反行為に含まれるというべきである。したがって,鉄道本部長は,本件直通乗入れの際に,SKRによる閉そくを確保せずに列車を運行させる違反行為を予測すべきであり,閉そくを確保しないで列車を運行したことによって発生した本件事故は,当然,その予測の範囲内にあったというべきである。
 なお,鉄道本部長が,SKRが事前トラブルにおける代用閉そく方式において違反行為をしたことを知っていたとまで認めるに足りる証拠はない。しかし,前記のとおり,鉄道本部長は,本件直通乗入れによる事故の発生を防止するために,SKRが閉そくの確認及び確保をせずに列車を運行させる行為をも予測して,運用課長及び安全対策室長が前記報告体制確立義務を尽くすことができるよう指導及び監督する必要があったのであるから,SKRによる上記違反行為を知らなかったとしても,SKRが閉そくを確保せずに列車を運行したことによって発生した本件事故を予見することは可能であったというべきである。
b 予見可能性の対象について
 1審被告は,本件事故発生の予見可能性の予見の対象は,@SKR関係者が閉そくを確保せずに本件534D列車を信楽駅から出発させたこと及びAD15信号技士が誤出発検知機能を無効化する回路の短絡を行ったことというべきであり,その場合に,1審被告の被用者に本件事故についての予見可能性を認め得ないと主張する。  しかし,前記(1)イ(ウ)bで判示したとおり,閉そくを確保せずに列車を運行させることは,列車の衝突又は追突の危険を生じさせるものであるから,鉄道本部長が,SKRによる閉そくの確保に違反した行為によって発生する本件事故を予見することは可能であったといってよく,D15信号技士による誤出発検知機能を無効化する回路の短絡行為を予見することができたか否かを問題とする必要はない。
 なお,1審被告は,前記Aの行為は本件事故の必要条件であり,過失判断の前提たる因果関係の存否ないしその重要性は,現実に生起した因果の流れに沿って判断すべきであるから,前記Aが予見可能性の対象となる事実であるなどと主張する。しかし,前記(1)イ(ウ)bで判示したのと同様の理由により,鉄道本部長の前記報告体制確立義務違反の過失の予見可能性の対象としては,SKRが閉そくを確保せずに列車を運行させて本件事故を発生させたことで足り,D15信号技士による誤出発検知機能を無効化する回路の短絡行為まで予見する必要はないと解するのが相当である。
c 本件事故当日の鉄道本部長の認識と予見可能性について
 1審被告は,1審被告の被用者が,本件事故当日,信楽駅出発信号機22Lが赤固定したため,SKRが代用閉そく方式により列車を運行しようとしたことを知らなかったから,SKRが本件534D列車を閉そくを確保せずに信楽駅から出発させたとの事実を予見することは不可能であったと主張する。
 しかし,前記bで判示したとおり,鉄道本部長の前記報告体制確立義務違反の過失の予見可能性の対象としては,SKRが閉そくを確保せずに列車を運行させて本件事故を発生させることで足りるから,SKRが本件事故当日,信楽駅出発信号機22Lが赤固定したため,本件534D列車を閉そくを確保せずに信楽駅から出発させたとの具体的な事実まで予見する必要はないと解するのが相当である。
(エ) 本件事故についての回避可能性について
 1審被告鉄道本部長が,1審被告鉄道本部運輸部運用課長が前記報告体制を確立するように指導及び監督し,また,1審被告鉄道本部安全対策室長が前記報告体制を確立するように指導及び監督していれば,本件直通列車の乗務員に対する上記報告義務について教育及び訓練が行われ,また,本件直通乗入れの運行に関与する1審被告の被用者が上記報告義務を尽くすことができる体制が確立され,1審被告の被用者が自己が所属する部ないし課の上司に対しSKRによる代用閉そく方式の違反行為を報告し,安全対策室を通じるなどしてSKRに対しその違反行為の是正を申し入れ,SKRもその申入れを受けて代用閉そく方式の違反行為を是正し,本件事故の発生を防ぐことができたと認めるのが相当である。
(オ) 信頼の原則との関係について
a 他の鉄道事業者に対する信頼の原則の適用について
 1審被告は,本件直通乗入れにおける1審被告とSKRとの間にも信頼の原則が適用されるところ,鉄道事業者が運輸大臣の免許を受けたうえで,厳格な運輸大臣の監督統制下に鉄道事業を継続しているのであるから,SKR線に直通乗入れ等をする1審被告は,SKRの事業活動たる鉄道輸送の安全性についてはこれが確保されているとの信頼を有することが当然であると主張する。
 しかし,前記(2)ア(オ)aで認定したとおり,旧国鉄において昭和38年から昭和55年までの間に発生した多数の重大事故の多くは列車の運行に従事する者に原因があるところ,本件事故当時までにこのような事故の状況が大きく改善したこと,また,SKRの列車の運行に関する事故の状況が旧国鉄のそれと大きく異なるものであることを窺わせる証拠もない。したがって,このような事故の状況を前提とすれば,1審被告鉄道本部長が,SKRの鉄道輸送の安全性が確保されていると信頼することが相当であったとは認め難い。
b 閉そくに対する信頼の原則の適用について
 1審被告は,信頼の原則からすれば,1審被告の被用者に対して,SKRが鉄道輸送の安全の根幹をなす閉そくを遵守せずして,列車を発車させることについてまで予見義務を課すことはできないと主張する。
 しかし,前記(1)イ(ウ)cで認定したとおり,旧国鉄において昭和38年から昭和55年までの間に発生した列車衝突事故33件の1割以上に当たる5件が閉そくを遵守しない列車の運行によるものであるから,1審被告鉄道本部長は,鉄道事業者が閉そくを遵守しない列車の運行を行うことを予見することは可能であって,これを予測することはできないとはいえない。
c SKRの一次的報告責任と信頼の原則の適用について
 1審被告は,SKR線内で発生した事項について情報を収集し,報告体制を含めた安全対策を積極的に講ずる義務は一次的にはSKRにあるから,1審被告はこれを信頼することが許されていると主張する。
 しかし,前記(1)イ(カ)cのとおり,SKR線内で発生した事故の発生の原因となりうる事実についての情報の収集及び報告体制を含めた安全対策を講ずる義務が一次的にはSKRにあるとの事情を,被害者との関係において主張することができるものではなく,SKR線において発生した事故の発生の原因となりうるSKRの違反行為についても,SKRに情報収集及び安全対策の一次的義務があり,1審被告はこれを信頼することが許されていると解することはできない。
(カ) 報告体制確立義務違反の内容について
 1審被告鉄道本部長が,1審被告鉄道本部運輸部運用課長が前記報告体制を確立するように指導及び監督したことを窺わせる証拠はなく,また,1審被告鉄道本部安全対策室長が前記報告体制を確立するように指導及び監督したことを窺わせる証拠もない。したがって,鉄道本部長は,前記(ア)の報告体制確立義務に違反した過失があるといわざるを得ない。

イ 報告体制確立義務違反の過失と本件事故との因果関係について
 1審被告鉄道本部長が前記ア(ア)の報告体制確立義務を怠った過失と本件事故の発生との間に因果関係を認めることができる。
(ア) 事実的因果関係の存在について
 前記ア(エ)のとおり,鉄道本部長が,1審被告鉄道本部運輸部運用課長及び安全対策室長の前記各報告体制確立義務について指導及び監督をし,前記各報告体制が確立され,本件直通列車の乗務員に対する上記報告義務について教育及び訓練が行われ,また,本件直通乗入れの運行に関与する1審被告の被用者が前記報告義務を尽くすことができる体制が確立されていれば,すなわち鉄道本部長の前記報告体制確立義務違反の過失がなければ,本件事故の発生を防ぐことができたと認めることができるから,鉄道本部長の報告体制確立義務違反の過失と本件事故の発生との間に,事実的因果関係を認めるのが相当である。
(イ) 相当因果関係の存在について
 前記ア(ウ)のとおり,運用課長及び安全対策室長の前記各報告体制が確立されず,本件直通列車の乗務員が自己が所属する部ないし課の上司に対しSKRの閉そくを確保しない列車の運行を含む事故の発生の原因となりうるSKRの違反行為の報告義務について教育及び訓練を受けないことによって,また,本件直通乗入れの運行に関与する1審被告の被用者が自己の所属する部ないし課の上司に対しSKRの閉そくを確保しない列車の運行を含む事故の発生の原因となりうるSKRの違反行為について報告義務を尽くすことができる体制が確立されていないことによって,1審被告の被用者がSKRの閉そくを確認又は確保しない列車の運行を発見したにもかかわらず,これを自己が所属する部ないし課の上司に報告しないため,安全対策室等を通じての是正の申入れがなされず,SKRの閉そくを確認又は確保しない列車の運行が放置され,SKRの閉そくを確認又は確保しない列車の運行による列車の衝突又は追突事故に繋がるおそれがあるものであるから,鉄道本部長の前記報告体制確立義務を怠った過失とSKRによる閉そくの確認及び確保をしないままの本件534D列車の信楽駅の出発によって発生した本件事故との間には,相当因果関係を認めることができる。

(5) 本件直通乗入れに際しての1審被告の立場について
(本件直通乗入れの性格について)
 1審被告は,本件直通乗入れにおいては,SKR線内において営業免許を有しておらず,車両運行権及び運行管理権を有さず,運行管理の実体もなく,SKRに対し車両及び乗務員を対価を得て貸していたにすぎず,SKR線内における運行はSKRが行っていたことなどから,SKR線における乗客に対する安全確保義務を負うのは,SKRだけであって,1審被告はこれを負わないと主張する。
 しかし,前記(1)イ(イ)及び前記(2)ないし(4)の各ア(イ)のとおり,1審被告の被用者に前記(1)イ(ア)の報告義務及び前記(2)ないし(4)の各ア(ア)の報告体制確立義務が認められる理由は,1審被告の本件直通乗入れによって,1審被告の被用者がその運行に関与することになったことから,その運行によって事故が発生しないようにすべき義務を負うことにある。したがって,1審被告がSKR線において営業免許を有しておらず,車両運行権又は運行管理権を有さず,運行管理の実体もないとしても,これが1審被告の被用者に前記(1)イ(ア)の報告義務及び前記(2)ないし(4)の各ア(ア)の報告体制確立義務を認めることの妨げとなるものではない。

4 1審被告の使用者責任について

 1審被告は,以下のとおり1審被告の被用者の不法行為によって被害者らが被った損害について,民法715条に基づいて賠償責任を負うものである。

(1) 1審被告の被用者の不法行為について
 1審被告のD6助役らの前記3(1)の報告義務違反並びに1審被告鉄道本部運輸部運用課長,安全対策室長及び鉄道本部長の前記3(2)ないし(4)の報告体制確立義務違反の各過失により本件事故を発生させて被害者らを死亡させ,被害者らに後記5の損害を被らせたのであるから,1審被告の前記被用者の被害者らに対する不法行為を認めることができる。

(2) 使用関係について
 1審被告のD6助役ら並びに1審被告鉄道本部運輸部運用課長及び安全対策室長が1審被告の従業員であることは,当事者間に争いがないから,1審被告の被用者であると認めるのが相当である。また,1審被告鉄道本部長が取締役であることは,当事者間に争いがないところ,弁論の全趣旨によれば,1審被告鉄道本部長は,1審被告と使用関係があるから,1審被告の被用者であると認めるのが相当である。
 なお,1審被告は,1審被告の乗務員は,本件直通列車に乗務してSKR線を運行する際には,1審被告の従業員の身分のまま,SKRに出向していたものであるなどと主張する。しかし,1審被告の乗務員が本件直通列車に乗務してSKR線を運行する際の雇用関係を,1審被告からSKRへの出向であると解し難い。また,前記の1審被告の被用者に前記3(1)イ(イ)の報告義務が認められる理由に鑑みれば,前記雇用関係が出向であるとしても,1審被告の乗務員に前記3(1)イ(ア)の報告義務を認めることの妨げとなるものではない。

(3) 事業の執行行為性について
 前記3(1)アで認定したとおり,1審被告のD6助役及びD10助役は,JR貴生川駅の業務について報告義務違反があったから,D6助役及びD10助役の前記報告義務違反の過失は,1審被告の業務の執行について行われたものであると認めることができる。また,前記3(1)アで認定したとおり,1審被告のD3指導員,D4指導助役,D5助役,D1運転士及びD2運転士は,本件直通乗入れ列車に乗車していたが,前記2(1)で認定したとおり,本件直通乗入れは,1審被告がSKRと本件直通乗入れに関する契約を締結し,これに基づいて行われたものであるから,1審被告の業務として行われたものと認められ,D3指導員,D4指導助役,D5助役,D1運転士及びD2運転士の前記報告義務違反の過失は,1審被告の業務の執行について行われたものであると認めることができる。さらに,前記3(2)ないし(4)で認定したとおり,1審被告鉄道本部運輸部運用課長,安全対策室長及び鉄道本部長の前記報告体制確立義務は,1審被告における運用課長,安全対策室長及び鉄道本部長の本来の業務であるから,運用課長,安全対策室長及び鉄道本部長の前記報告体制確立義務違反の過失は,1審被告の業務の執行について行われたものと認めることができる。
 なお,1審被告は,本件直通乗入れにおいては,SKR線内において鉄道事業の免許を有しておらず,車両運行権及び運行管理権を有さず,運行管理の実体もなく,SKRに対し車両及び乗務員を対価を得て貸していたにすぎず,SKR線内における運行はSKRが行っていたことなどから,1審被告の被用者は,SKR線において,1審被告の業務として職務を行っているものではなく,SKRの業務として職務を行っているものであるなどと主張する。しかし,前記のとおり,1審被告鉄道本部運輸部運用課長,安全対策室長及び鉄道本部長の前記報告体制確立義務は,1審被告における本来の業務である。また,本件直通乗入れは,1審被告の業務として行われたものであるから,1審被告のD6助役,D10助役,D3指導員,D4指導助役,D5助役,D1運転士及びD2運転士の前記報告義務違反の過失が本件直通乗入れに関するものであるとしても,1審被告の業務の執行について行われたものと認めることができるというべきである。

(4) 時機に遅れた攻撃防御方法(民事訴訟法157条1項)との主張について
 1審被告は,1審被告の鉄道本部長,電気部長,電気部信号通信課長,運輸部管理課長,同部運用課長ないし安全対策室長の信号システムに関する注意義務違反,教育及び訓練における注意義務違反ないし報告体制確立義務違反の各過失についての1審原告の主張は,時機に遅れたものとして却下すべきであると主張する。
 しかし,1審原告の前記各過失の主張は,これによって本件訴訟の完結を遅延させることになると認めることはできないから,これを却下することはできない。

(5) 消滅時効について
 1審被告は,1審被告の被用者である鉄道本部長,電気部長,電気部信号通信課長,運輸部管理課長,同部運用課長ないし安全対策室長の信号システムに関する注意義務違反,教育及び訓練における注意義務違反ないし報告体制確立義務違反の各過失による不法行為を理由とする1審原告らの使用者責任に基づく損害賠償請求権について時効により消滅していると主張する。
 ところで,前記1(1)で判示したとおり,1審原告らは,原審において,1審被告に対し,1審被告のD1運転士,D2運転士,D3指導員,D4助役,D5助役及びD6助役らの報告義務違反の各過失並びにD1運転士の本件事故当日小野谷信号場で本件501D列車を停車させた上,信楽駅に携帯電話で連絡をとり,その指示を仰ぐべき義務に違反した過失による不法行為を理由とする民法715条に基づく1審被告の使用者責任を主張していた。そして,1審被告が時効により消滅したと主張している1審被告の被用者の各過失による不法行為を理由とする1審原告らの使用者責任に基づく損害賠償請求権と1審原告らが原審において主張していた1審被告の被用者の各過失による不法行為を理由とする1審原告らの使用者責任に基づく損害賠償請求権とは,前記1(1)で判示したとおり実体法上の権利関係は同一であると認めるのが相当である。
 したがって,1審被告が時効により消滅したと主張している前記損害賠償請求権は,1審原告らの本訴の提起により時効が中断していることになるから,1審被告の消滅時効の主張は理由がない。

5 損害について

(なお,以下の計算では,特に断らない限り,1円未満は切り捨てる。)
(1) 総論
ア 基本的見解
 以下のとおり付加,訂正,削除するほか,原判決の「事実及び理由」中「第三 当裁判所の判断」のうち「七 争点9(原告らの損害(総論))について」の記載を引用する。
(ア) 原判決892頁9行目の「昭和五三年一〇月二〇日判決・民集三二巻七号一五〇〇頁」を「昭和37年12月14日判決・民集16巻12号2368頁,同裁判所第3小法廷昭和54年6月26日判決・判例時報933号59頁」に改める。
(イ) 原判決893頁2行目の「被害者側」を「当事者」に改める。
(ウ) 原判決893頁5行目の「疑」の次に「い」を加える。
(エ) 原判決893頁9行目の「ならないのである」の次の「が」,同頁10行目の「、現に生きて」から894頁6行目の「解される」までをいずれも削る。
(オ) 原判決897頁末行の「将来における」から898頁3行目の「前提にして、」までを削る。
(カ) 原判決902頁3行目の「平成五年三月二四日」の次に「判決」を加える。
(キ) 原判決907頁7行目の「主催」を「主宰」に改める。

イ 慰謝料について
 1審原告らは,本件事故における諸事情を考慮すれば,各犠牲者の慰謝料の金額は少なくとも3000万円を下らないと主張する。
 慰謝料額を算定するに当たっては,弁論に現れた一切の事情を斟酌して,各犠牲者ごとに判断すべきであるところ,原判決が認定した事情とともに,1審原告らが主張する本件事故の態様,性質,各犠牲者及び1審原告らの心情,1審被告の責任の程度,1審被告の本件事故後の対応等の諸事情を考慮しても,原判決が各犠牲者ごとに認定した慰謝料額は相当であって,これを上回る金額を認めるに足りる証拠はない。
(2) 亡Eの損害について
ア 損害額
 当裁判所も,亡Eが本件事故によって被った損害額は,原判決が認定した3618万1392円(但し,弁済額を控除し,弁護士費用を除く。)が相当であり,亡Eの1審被告に対する同額の損害賠償債権について,1審原告A4がその2分の1に弁護士費用180万円を加えた1989万0696円を,1審原告A5及び1審原告A3がそれぞれその4分の1に弁護士費用各90万円を加えた994万5348円をそれぞれ相続したものと判断する。
 その理由は,原判決の「事実及び理由」中「第三 当裁判所の判断」のうち「七 争点10(原告らの個別損害)について」(但し,「七」は「八」の誤記と認める。以下,同様。)の「1 訴外亡E関係」の記載を引用する。
 但し,原判決915頁4行目及び同頁8行目の各「損益相殺」をいずれも「弁済」に改める。
イ 1審原告A4らの当審における主張に対する判断について
(ア) 国民年金受給資格喪失による逸失利益について
 1審原告A4らは,当審においても,亡Eについて国民年金受給資格喪失による逸失利益を認めるべきであると主張する。
 しかし,前記アで認定した理由に加え,亡Eは,死亡した当時,老齢基礎年金の支給を受けていなかったのであるから,国民年金受給資格喪失による逸失利益を認めるためには,老齢基礎年金が現実に支給されていた場合と同視し得る程度にその支給が確実であったと認められる場合でなければならない。しかし,亡Eが,本件事故によって死亡しなかった場合に,老齢年金の支給要件を確実に具備していたなど,老齢基礎年金が現実に支給されていた場合と同視し得る程度にその支給が確実であったと認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。
 したがって,亡Eについて国民年金受給資格喪失による逸失利益を認めることはできない。
(イ) 慰謝料について
 1審原告A4らは,当審においても,亡Eが本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は少なくとも3000万円を下らないと主張する。
 しかし,前記(1)イで判示したとおり,1審原告A4らが主張する事情を考慮しても,亡Eが本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は2200万円が相当である。
(3) 亡Fの損害について
ア 損害額
 当裁判所も,亡Fが本件事故によって被った損害額は,原判決が認定した4688万8800円(但し,弁済額を控除し,弁護士費用を除く。)が相当であり,亡Fの1審被告に対する同額の損害賠償債権について,1審原告A6がその2分の1に弁護士費用236万円を加えた2580万4400円を,1審原告A7,1審原告A8及び1審原告A9がそれぞれその6分の1に弁護士費用各78万円を加えた859万4800円をそれぞれ相続したものと判断する。
 その理由は,原判決の「事実及び理由」中「第三 当裁判所の判断」のうち「七 争点10(原告らの個別損害)について」の「2 訴外亡F関係」の記載を引用する。
 但し,原判決924頁9行目及び925頁10行目の各「損益相殺」をいずれも「弁済」に改める。
イ 1審原告A6らの当審における慰謝料の主張に対する判断について
 1審原告A6らは,当審においても,亡Fが本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は少なくとも3000万円を下らないと主張する。
 しかし,前記(1)イで判示したとおり,1審原告A6らが主張する事情を考慮しても,亡Fが本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は2300万円が相当である。
(4) 亡Gの損害について
ア 損害額
 当裁判所は,亡Gが本件事故によって被った損害額は,原判決が認定した葬祭関係費120万円及び慰謝料2200万円に,後記イの逸失利益4986万7506円を加えた7306万7506円から,原判決が認定した損害のてん補953万1520円を控除した6353万5986円が相当であり,1審原告A1及び1審原告A2が亡Gの1審被告に対する同額の損害賠償債権の2分の1に弁護士費用各315万円を加えた3491万7993円を相続したものと判断する。
 その理由は,以下のとおり訂正するほか,原判決の「事実及び理由」中「第三 当裁判所の判断」のうち「七 争点10(原告らの個別損害)について」の「3 訴外亡G関係」の記載を引用する。
(ア) 原判決928頁3行目から930頁5行目までを後記イのとおりに改める。
(イ) 原判決935頁2行目の「六二七四万六〇〇〇円」を「7306万7506円」に改める。
(ウ) 原判決935頁3行目,同頁8行目及び936頁6行目から7行目にかけての各「五三二一万四四八〇円」をいずれも「6353万5986円」に改める。
(エ) 原判決935頁9行目から936頁4行目までを「後記エのとおり」に改める。
(オ) 原判決936頁9行目の「亡G’」(2ヶ所)を「亡G」にいずれも改める。
(カ) 原判決937頁2行目の「二九二五万七二四〇円」を「3491万7993円」にいずれも改める。
イ 逸失利益(4986万7506円)について
 甲B3第1,第2,第5,第6号証,第8ないし11号証,第18ないし20号証,第25号証の1ないし10,原審における1審原告A1本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば,亡Gは,本件事故当時26歳の女性であったこと,亡Gは,M美術短期大学に入学し,2年間陶芸科に在籍した後,専攻科に2年間在籍して,陶芸の研究をしたこと,亡Gは,大学卒業後,インテリアコーディネーターのアルバイトを経て,平成元年10月2日株式会社Nに入社し,「O研究センター」に工芸科研究員として配属されたこと,亡Gの勤務条件は,正社員ではあるものの,年俸300万円で,2年1回昇給がある年俸制であり,週4日出社して,週1日自宅において在宅研究することとなっていたこと,亡Gの業務は,「CHA研究センター」の工芸科における作陶及び陶芸体験室での作陶の指導等であったこと,亡Gは,両親らと同居していたことなどの事実が認められる。
 前記認定の事実によれば,亡Gは,本件事故当時,年収300万円ではあったが,4年制大学を卒業した26歳の女子と同じ収入を得ることができたと認めるのが相当であるから,本件事故により,少なくとも,就労可能な67歳までの41年間にわたり,平成3年の賃金センサスの産業計・企業規模計・女子労働者・新大卒・25から29歳の平均年収378万3000円を得ることができなくなったというべきである。そして,前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば,亡Gの生活費は前記収入の4割であると認めるのが相当である。
 したがって,亡Gの本件事故による逸失利益は,前記基礎収入378万3000円から生活費4割を控除し,これに41年間の年5分の割合による中間利息を新ホフマン方式によって控除して,現価を算定すれば,以下の計算式のとおり,4986万7506円となる。
3,783,000円×(1−0.4)×21.970=49,867,506円
ウ 1審原告A1らの当審における慰謝料の主張に対する判断について
 1審原告A1らは,当審においても,亡Gが本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は少なくとも3000万円を下らないと主張する。
 しかし,前記(1)イで判示したとおり,1審原告A1らが主張する事情を考慮しても,亡Gが本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は2200万円が相当である。
エ 弁護士費用(630万円)について
 1審原告A1らが,本件訴訟の提起及び遂行を1審原告ら代理人に委任したことは当裁判所に顕著である。そして,本件訴訟の内容及び認容された金額等を勘案すれば,1審原告A1らが1審原告ら代理人に支払う弁護士費用のうち630万円については,1審被告の被用者の不法行為と相当因果関係のある損害であると認めるのが相当である。
(5) 亡Hの損害について
ア 損害額
 当裁判所も,亡Hが本件事故によって被った損害額は,原判決が認定した4970万9315円(但し,弁護士費用を除く。)が相当であり,亡Hの1審被告に対する同額の損害賠償債権について,1審原告A10がその2分の1に弁護士費用250万円を加えた2735万4657円を,1審原告A11及び1審原告A12がそれぞれその4分の1に弁護士費用各125万円を加えた1367万7329円(1円未満四捨五入)をそれぞれ相続したものと判断する。
 その理由は,以下のとおり付加,訂正するほか,原判決の「事実及び理由」中「第三 当裁判所の判断」のうち「七 争点10(原告らの個別損害)について」の「4 訴外亡H関係」の記載を引用する。
(ア) 原判決937頁末行の「検甲」の次に「B」を加える。
(イ) 原判決940頁1行目の「一八六六万四二四五円」を「2336万8236円」に改める。
イ 1審原告A10らの当審における慰謝料の主張に対する判断について
 1審原告A10らは,当審においても,亡Hが本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は少なくとも3000万円を下らないと主張する。
 しかし,前記(1)イで判示したとおり,1審原告A10らが主張する事情を考慮しても,亡Hが本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は2200万円が相当である。
(6) 亡Iの損害について
ア 損害額
 当裁判所も,亡Iが本件事故によって被った損害額は,原判決が認定した5854万6466円(但し,弁済額を控除し,弁護士費用を除く。)が相当であり,亡Iの1審被告に対する同額の損害賠償債権について,1審原告A13がその2分の1に弁護士費用294万円を加えた3221万3233円を,1審原告A14及び1審原告A15がそれぞれその4分の1に弁護士費用各148万円を加えた1611万6616円をそれぞれ相続したものと判断する。
 その理由は,以下のとおり訂正,削除するほか,原判決の「事実及び理由」中「第三 当裁判所の判断」のうち「七 争点10(原告らの個別損害)について」の「5 訴外亡I関係」の記載を引用する。
(ア) 原判決946頁8行目の「39年」を「36年」に改める。
(イ) 原判決947頁1行目の「茨城駅前店」を「茨木駅前店」に改める。
(ウ) 原判決947頁7行目の「及び国民年金」を削る。
(エ) 原判決947頁9行目から10行目にかけての「厚生年金の保険金を昭和四一年から」を「昭和41年4月から昭和44年8月まで国民年金の保険料を,また,昭和44年9月から厚生年金の保険料を」に改める。
(オ) 原判決948頁10行目の「国民年金分」を「厚生年金受給資格喪失によるもの」に改める。
(カ) 原判決951頁7行目の「認めることができない」を「請求なし」に改め,同頁8行目及び9行目を削る。
(キ) 原判決952頁2行目及び7行目の各「損益相殺」をいずれも「弁済」に改める。
イ 1審原告A13らの当審における慰謝料の主張に対する判断について
 1審原告A13らは,当審においても,亡Iが本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は少なくとも3000万円を下らないと主張する。
 しかし,前記(1)イで判示したとおり,1審原告A13らが主張する事情を考慮しても,亡Iが本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は2400万円が相当である。
(7) 亡Cの損害について
ア 損害額
 当裁判所も,亡Cが本件事故によって被った損害額は,原判決が認定した4360万8668円(但し,弁護士費用を除く。)が相当であり,1審原告A16及び1審原告A17は,それぞれ亡Cの1審被告に対する同額の損害賠償債権の2分の1に弁護士費用各220万円を加えた2400万4334円を相続したものと判断する。  その理由は,原判決の「事実及び理由」中「第三 当裁判所の判断」のうち「七 争点10(原告らの個別損害)について」の「6 訴外亡C関係」の記載を引用する。
イ 1審原告A16らの当審における慰謝料の主張に対する判断について
 1審原告A16らは,当審においても,亡Cが本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は少なくとも3000万円を下らないと主張する。
 しかし,前記(1)イで判示したとおり,1審原告A16らが主張する事情を考慮しても,亡Cが本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は2200万円が相当である。
(8) 亡Jの損害について
ア 損害額
 当裁判所も,亡Jが本件事故によって被った損害額は,原判決が認定した7590万1807円(但し,弁護士費用を除く。)が相当であり,1審原告A18及び1審原告A19は,それぞれ亡Jの1審被告に対する同額の損害賠償債権の2分の1に弁護士費用各380万円を加えた4175万0903円を相続したものと判断する。
 その理由は,以下のとおり訂正,削除するほか,原判決の「事実及び理由」中「第三 当裁判所の判断」のうち「七 争点10(原告らの個別損害)について」の「7 訴外亡J関係」の記載を引用する。
(ア) 原判決965頁7行目から8行目にかけての「保険金」を「保険料」に改める。
(イ) 原判決968頁8行目の「、カメラ」を削る。
(ウ) 原判決969頁2行目の「認めることができない」を「請求なし」に改め,同頁3行目及び4行目を削る。
イ 1審原告A18らの当審における慰謝料の主張に対する判断について
 1審原告A18らは,当審においても,亡Jが本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は少なくとも3000万円を下らないと主張する。
 しかし,前記(1)イで判示したとおり,1審原告A18らが主張する事情を考慮しても,亡Jが本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は2200万円が相当である。
(9) 亡Kの損害について
ア 損害額
 当裁判所も,亡Kが本件事故によって被った損害額は,原判決が認定した4893万5583円(但し,弁護士費用を除く。)が相当であり,1審原告A20及び1審原告A21は,それぞれ亡Kの1審被告に対する同額の損害賠償債権の2分の1に弁護士費用各245万円を加えた2691万7791円を相続したものと判断する。  その理由は,原判決の「事実及び理由」中「第三 当裁判所の判断」のうち「七 争点10(原告らの個別損害)について」の「8 訴外亡K関係」の記載を引用する。
イ 1審原告A20らの当審における主張に対する判断について
(ア) 国民年金受給資格喪失による逸失利益について
 1審原告A20らは,当審においても,亡Kについて国民年金受給資格喪失による逸失利益を認めるべきであると主張する。
 しかし,前記アで認定した理由に加え,前記(2)イ(ア)で判示したのと同様に,亡Kは,死亡した当時,老齢基礎年金の支給を受けていなかったのであるから,国民年金受給資格喪失による逸失利益を認めるためには,老齢基礎年金が現実に支給されていた場合と同視し得る程度にその支給が確実であったと認められる場合でなければならない。しかし,亡Kが,本件事故によって死亡しなかった場合に,老齢年金の支給要件を確実に具備していたなど,老齢基礎年金が現実に支給されていた場合と同視し得る程度にその支給が確実であったと認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。
 したがって,亡Kについて国民年金受給資格喪失による逸失利益を認めることはできない。
(イ) 慰謝料について
 1審原告A20らは,当審においても,亡Kが本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は少なくとも3000万円を下らないと主張する。
 しかし,前記(1)イで判示したとおり,1審原告A20らが主張する事情を考慮しても,亡Kが本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は2200万円が相当である。
(10) 亡Lの損害について
ア 損害額
 当裁判所も,亡Lが本件事故によって被った損害額は,原判決が認定した4283万1891円(但し,弁済額を控除し,弁護士費用を除く。)が相当であり,1審原告A22及び1審原告A23は,それぞれ亡Lの1審被告に対する同額の損害賠償債権の2分の1に弁護士費用各215万円を加えた2356万5945円を相続したものと判断する。
 その理由は,原判決の「事実及び理由」中「第三 当裁判所の判断」のうち「七 争点10(原告らの個別損害)について」の「9 訴外亡L関係」の記載を引用する。
 但し,原判決983頁3行目及び7行目の各「損益相殺」を「弁済」に,同頁9行目及び985頁1行目の各「(七)」を「(六)」に,984頁5行目の「(八)」を「(七)」にいずれも改める。
イ 1審原告A22らの当審における主張に対する判断について
(ア) 逸失利益の基礎収入と中間利息の控除の方式について
 1審原告A22らは,当審において,亡Lの逸失利益を算定するに当たっては少なくとも全学歴男子労働者全年齢平均にライプニッツ係数を乗じる方法を採用すべきであると主張する。
 しかし,亡Lの逸失利益を算定するに当たって,前記アで認定したとおり18歳から19歳の男子労働者の年間の平均給与に新ホフマン方式による中間利息を控除する方法を採用することは,相当な算定方法として許されるものであって,1審原告A22らが主張する前記の方法を採用しなければならない理由はない。
(イ) 生活費の控除の割合について
 1審原告A22らは,当審において,亡Lが30歳ころに婚姻して一家の大黒柱となる可能性が高いから,それ以前の生活費の控除の割合が50パーセントであるとしても,その後の生活費の割合は30パーセントとすべきであり,これを合わせれば34.8パーセントになると主張する。
 しかし,亡Lが30歳ころに婚姻し,その後の生活費の控除の割合が30パーセントになることを認めるに足りる証拠はないから,1審原告A22らの前記主張を採用することはできない。
(ウ) 慰謝料について
 1審原告A22らは,当審においても,亡Lが本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は少なくとも3000万円を下らないと主張する。
 しかし,前記(1)イで判示したとおり,1審原告A22らが主張する事情を考慮しても,亡Lが本件事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は2200万円が相当である。

第4 結論

 以上によれば,原判決中,1審原告A1及び1審原告A2に関する判断は,当裁判所と結論が異なるので,不当であるが,その余の請求に関する部分は,当裁判所と結論が同旨であるので,相当である。
 よって,原判決中,1審原告A1及び1審原告A2に関する部分を,同1審原告らの附帯控訴に基づいて,同原告らが1審被告に対しそれぞれ3491万7993円及びこれに対する平成3年5月14日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で認容し,その余の請求をいずれも棄却する旨に変更するが,1審被告の本件控訴及びその余の1審原告らの附帯控訴をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する(1審被告の当審における仮執行の原状回復の申立てについては,本案判決が1審被告に有利に変更されないことを解除条件とするものであるから(最高裁判所第一小法廷昭和51年11月25日判決・民集30巻10号999頁参照),判断する必要がない。)。

大阪高等裁判所第5民事部

      裁判長裁判官 太   田   幸   夫

         裁判官  川   谷   道   郎

         裁判官  牧        賢   二



(別表は省略)


[原ページ]:Task Safety
信楽事故高裁判決(抄)(本ページ)
信楽控訴審判決(要旨)
信楽事故関係目次
TASK・鉄道安全推進会議
[参考資料]
信楽事故補償分担判決2011/04/27

[サイト]
信楽衝突事故関係記事サイト目次
JR西日本裁判関係記事