イナーシャ(慣性能率)とは

  「慣性能率」とは力学で回転運動を表す場合の角加速度と加速トルクの比例定数である。これは直線の運動方程式の加速度と加速力の比例定数である「質量」=「慣性力」に対応する※注。回転体の質点毎の加速力をトルクに換算して積算すると角加速度との比例定数として求められる。

 直線運動系と回転運動系の基本式を対比して記述すると
直線運動系回転運動系
に対し、 トルク(偶力)
位置に対し、角度θ
速度v=d/dtに対し、 角速度ω=d/dtθ
  加速度α=d/dtv =d2/dt2 角加速度d/dtω =d2/dt2θ
  質量に対して慣性能率が対応、
  抵抗分とバネ定数はそれぞれ単位が違うがが対応して、
  運動方程式としては、
  直線運動系が
  d2/dt2x+ Rd/dtx+ Kx=F
  回転運動系は
  d2/dt2θ+ Rd/dtθ+ Kθ=T
と表せる2階微分項の比例定数が質量と慣性能率である。
 
  速度のエネルギーEvは、定義が Σ(力×加速距離)だから、
  直線運動系が
  Ev= m・v2
     回転運動系が
  Ev= I・ω2 となる。

  各質点のもつ運動エネルギー Σ(i・vi2) を角速度ω表記に書き換えるとイナーシャの定義式が算出される.即ち、i=ri・ωだから、
回転運動エネルギー I ω2Σ(i (ri・ω)2)=ω2Σ(mi・ri2)
となって、I=Σ(mi・ri2) として定義式が導入される。
  一方、慣性能率はその形状で決まるので質量M=Σiで正規化して
  I=Σ(mi・ri2)/Σi・M=KI・M という形で表示することが普通である。


慣性能率算出図 I(ρ,a,b)

[ 慣性能率算出例 ]

(1).中心が回転軸の円盤
密度ρ、半径r、円板半径、全質量とするとき、
ΔM=2πrρΔr だから
M=dM=(2πrρ) dr=ρπ[r2]0a=ρπa2  …… (=ρS
ΔI=ρ・2πr・r2Δr だから
I=ρ・2π(r3) dr=ρ・2π[4]0aρπa42

(2).中心が回転軸の中抜き円盤
密度ρ、半径r、円板外半径、円板内半径、全質量とするとき、(1).の結果より
M=ρπa2−ρπb2=ρπ(a2−b2)
I=ρπa4ρπb4ρπ(a4−b4)=(a2+b2)M


  即ち、同一質量・同一外形なら外周に質量を集中すれば(lim b→aで)一様円盤の場合の最大2倍の慣性能率になることが判る。


※[ 慣性能率の学習 ]             <note>

  慣性能率については工高応用数学で定積分の演習問題として3年次に採り上げられていたが、その物理的意味については全く言及がなく、純粋に数学的な定義として扱って円盤やリングの「慣性能率」を求めていた。授業中の質問には「何か物理上の定数らしいよ」でおしまい。純数学的にはそれで良いのだが、教わる方は割り切れないだろう。

  この慣性能率を用いるはずの力学(高校物理学)は、工高電気科・電子科・機械科・建築科等では1年次、化学科では2年次、普通科では3年次に学んでいたが、回転体の運動方程式については物理AB両教科書には記述がなく、発展問題として「物理学難問奇問集」に採り上げられていた程度である。定積分での慣性能率と運動方程式の進度の兼ね合いからして高校物理で慣性能率を学んだ生徒はほとんどいないが、直線上の運動の簡単な拡張で理解できるはずのものだ。本ページ冒頭の式の様にMKSA有理単位系(国際単位SI)なら特別の換算係数は無いのだから。

  鉄道でこの慣性能率が問題になる場面は、回生電力を蓄積できる装置として超大型弾み車が検討されているのと、加速特性に絡んで電動機の回転子と車輪がどの程度影響するかの試算である。減速時は滑走寸前の粘着力までしかブレーキを掛けられず、この限界は変わらないので慣性能率は最大制動力には影響しない(=同じ制動力で滑走限界内であれば影響する)。
  1958年頃からの「新性能国電」の特徴は高耐熱絶縁材を使った高速回転小型軽量モータの使用だったが、子細にみると山手線用に開発さた通勤型103系が唯一高トルク低速回転モータMT55(出力110kW)を選んで、車輪直径910φという大きめのものにしている。(他の新性能国電は高速回転軽量指向のMT46:100kW、MT54:120kWを使用)。 同一出力でイナーシャに蓄積されるエネルギーを小さくするには回転数を下げてトルクを増やし、回転子径を小さく、軸方向に伸ばすことが有効だから、加減速の多い山手線車両として最適値を採ったものと今にして思う。 その最も究極がカルダン軸をモーター軸内に設ける「中空軸平行カルダン」方式だし、車軸直結モータだ。製造コスト次第だが、VVVF用の交流モータにも中空軸平行カルダン方式を採用した方がイナーシャによる加速損失は少なくて済むということだ。 ただ、交流モータは回転速度を落とすと、スベリ速度の割合が大きくなり、すなわち損失の割合が増えるので、直結用にはスベリ損失のない同期電動機が求められるのだろう。06/05/31追記
     ◎ See→[2軸車両の接地点から見た等価質量:慣性能率試算]

  大型回転機の慣性能率の実測法例は以下の通り
慣性能率実測例
02/01/18記
2006/01/16 23:30

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