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東京スポーツ(東スポ)
7月18日A版(水曜日:17日発行)1面トップ


【中野富士見中事件:葬式ごっこ自殺事件】

 1986年2月1日深夜、東京都中野区立中野富士見中学校(2009年3月閉校、2009年4月より第一中学校と共に南中野中学校へ統合・再編)2年の男子生徒が、父の故郷である岩手県の盛岡駅ビルのショッピングセンターフェザン地下のトイレで首を吊って死んでいるのを見回りの警備員に発見された。床には「このままじゃ生き地獄になっちゃうよ」と記された遺書が残されていた。(Wikipedia)
 遊びを装った「葬式ごっこ」集団いじめに教師たちまでが記帳して被害者を絶望させ自殺に追い込んだ。犯罪集団「関東連合」の強い影響下の学校での事件。


【関東連合】

 東京杉並区世田谷区中野区などを縄張りとする凶悪な非行集団・暴走族で、無差別襲撃殺人事件など愚行を繰り返し、中学校、高校の非行グループに強い影響を与えている。海老蔵事件関係者や、朝青龍を引退に追い込んだ事件の「被害者」はOB、太田ボーリング場人違い殺人事件(=無差別襲撃殺人事件)など多数の殺人事件に関与、一人で2度の殺人事件を起こした者も居り、調布狛江府中など周辺に抗争を仕掛けて被害者多数、前出、中野富士見中葬式ごっこ自殺事件もこの影響下のワル等が引き起こしている。
    See→関東連合


【フライデー襲撃事件】

 フライデー襲撃事件とは、記事内容への不満から1986年(昭和61年)12月9日未明、テレビタレントのビートたけしが、仲間らとともに、写真週刊誌 『フライデー』(講談社刊)の編集部を襲撃した事件である。
 刑事事件としての立件はされなかった。ギリギリ「不当報道」への抗議行動が主で、違法性は低いと判断されたものか?


【バイク事故】

 ビートたけしは1994年(平成6年)8月2日午前1時40分、原付バイクで東京都新宿区の安鎮坂付近を走行中に交通標識に激突する自損事故を起こして瀕死の重傷を負った。身近の芸能人達から「ザマミロ」の声が沸き上がったとされる。
 長期の療養を経て、この事故から快復・復帰以降は路線転換して「教養番組」司会や、「世界の北野監督」として活動しているが、旧悪の総括が無いままである。


【たけしのコマネチ大学数学科】
月曜日 25:10 - 25:40(30分)放映、以前は木曜深夜枠放送

 丑三つ時近くに数学のなかなか面白い高レベルの問題を30分間で解いて、種明かし解説を行っているバラエティー番組。
 問題レベルの表現法は難しいが、高校〜教養学部の隙間分野問題、高度問題といったところで、自分を尺度に表現すれば、数学に苦手意識はあっても成績はかなり良かった私に、番組の20分ほどでは正解に達しない問題が結構出題されてくるが、北野たけしは正解に到達することが多い。たけし軍団からの出演コメディアンは「アホ集団」的な位置付けでの登場だが、実は見掛けに拠らず、かなり優秀。お前が酔っぱらいで見てるからとか、丑三つ時近くの朦朧の時間帯だからとか、集中して取り組んでないとか、能力発揮困難の条件を並べたところで、当サイトの様々な事故解析計算なども同じ条件で繰り返し行っており、コマネチ大学数学科出演者達の数学的優秀性を否定する材料にはならないのだ。売れっ子漫画家が超優秀な人達だったのと大変よく似ている。

 故はらたいら、すがやみつる、手塚治虫、現役いしいひさいち、やくみつる氏などいずれも博識で回転も速い優秀人士である。PTAからの激しい俗悪非難をモノともせず絶大な人気を博した絶頂期に、算数の乗除優先則を失念して電卓計算で記述通り順次演算する誤答をして全国の小学生達から訂正・糾弾を浴びて王座から失脚してしまった下ネタマンガの鳥居一義氏が別枠かも知れない(w、が実はご当人は大学教授(文系:愛知淑徳大学文化創造学部)でもあり痛恨のポカではあった。

 Deepなメカマニア松本零士氏やギネスブック登録の多作者故石ノ森章太郎氏も優秀組だと思うのだが、クイズ番組に出演してブッちぎりの博識振りを発揮していないのでアンチマンガ派からは異論が湧くかも知れない。
 多くの少年事件関係施設に全巻が備えられたという「家栽の人」の毛利甚八はどうか?少年施設の多くが「明日のジョー」で描かれた強制・強要・処罰施設だったのを本来の少年法の精神に立ち返らせた画期的漫画で、一部の少年院も収容者に対する具体的な教育・訓練を始めて自発的立ち直りを促進し、再犯率を大幅に低下させているとか。明日のジョー型のワル再生産、犯罪組織スカウト場型少年院がまだまだ主流の様だが、本稿では特に触れるべきだろう。「ギャラリーフェイク」の細野不二彦や如何?「電波の城」がえげつないから暫し保留か(w

 あんたが言うか!
  集団いじめ教唆番組主犯殿!
   新ギャグ翌日には各校に欠席生徒

 駅の売店で
たけし 怒りの糾弾 /大津 いじめは傷害罪
(左掲)という新聞を発見!「集団いじめ指南番組首魁のあんたが言うな!どれだけの被害生徒が番組翌日に学校を欠席していたか判ってないのか!ビートたけしは、その反省なしに発言できる立場にない」と思い、「東京スポーツ」なんてこれまで一度も買ったことがない新聞を思わず買ってしまいました。

 当時大人気だった番組で「罰ゲーム」と称して一人のターゲットを多数で攻撃するスタイルは、集団いじめそのもので、いつもやられる方にとっては堪ったものではありません。ところがテレビが「ゲーム」と称してその悪質さを隠蔽、合理化しているので、想像力の弱い者ほど目眩ましされて酷さに気付かない深刻な事態になりました。

 中野富士見中自殺事件'86/02/01の「葬式ごっこ」というのはまさに当時最盛期だったビートたけし集団いじめ番組をほとんどそのままなぞり、リーダーの指揮下に集団で一人の標的を襲うものでした。教師4人が記帳していたというのも、物事を検証的に本質をつかむタイプでないと番組に流されて遊びと誤解してしまったのは想像が付きます。その集団いじめ教唆番組は同年末'86/12/09のフライデー襲撃事件の責任を問われて打ち切られるまで続きました。北野たけし氏は、いじめ方のサンプルを毎週提供して被害者の苦難を拡げた自らの責任についての言及なしに、この問題を評論できる立場にはないと思うのですが、マスコミはそんな基本的なことにも全く触れていません。人権侵害煽り番組を無批判に流し続けたTV局も無論共犯ではあります。

 感情的・感覚的な「俗悪番組批判」ではなく、人権侵害の集団いじめ手解きけしかけ番組として具体的内容で糾弾していたら、世論に非難が拡がりブレーキが掛かったかも知れません。ビートルズ公演の中高生を非行として入口で補導(=実質逮捕)収容してしまった人権無視の狂った感覚では、同じく人権無視のたけし集団いじめ番組に対しての適切な方針は出て来なかったのでしょう。

集団で一人を標的が深刻な特徴    <2>

 「いじめ」は何処にでもある非行で、激しさでは旧大日本帝国軍での理不尽な下級兵いじめが有名ですが、このときは「上官」数名で恣意的な私的制裁に及ぶことが多い、少数者が多数者を攻撃するパターンで、せいぜいお互いを向き合わせて相互にビンタを張らせる「対向ビンタ」だったのですが、それでも攻撃が集中した一部被害者の自殺事件は多数発生していました。
 (五味川順平氏の小説には後半1/4ぐらいの分量で、そうした事件の新聞記事・出典が書かれていました。「人間の条件」と「戦争と人間」あたりがその典型です。猛暑の週末になると新宿などで「人間の条件」全6部がオールナイト上映されてpm10〜am8:15の10時間もの長丁場を見続けたものです。
 が、日本政府が米占領軍総督府化して再び戦争への道を押し進めているいま再び山本薩夫監督の「戦争と人間」3部作と併せて交番オールナイト上映でもして欲しい世情になりました。
 最近亡くなった(2012年6月29日)俳優地井武男氏のメジャーデビュー作「映画沖縄」(第2部)も再上映の機会ではないでしょうか。米軍占領下の沖縄全軍労で沖縄返還の流れを作った行動の一つ、基地では絶対禁止のストライキを断固決行する若いリーダ役で出演し、激しくギラついた目が強く印象に残り、「地井散歩」の好々爺イメージとはまるで違う面を見せています。この映画は沖縄出身者も数10名働いていた従業員2,500人ほどの工場の社員団体(組合結成妨害の御用団体)が鑑賞券を450枚も売ったというほどの大ヒットをしました。「奴隷工場」続編たる「どぶ川学級」にも出演されており、この作品も一種教育論として面白いと思います。)


 近年のいじめの特徴は、少数の標的被害者を定めて集団で追い詰めるパターンです。もし首謀者に逆らうと、こんどはそのまともな子が見せしめ的に集団いじめの対象にされてしまうので、それを怖れていじめに随行・加担してしまう。お互いの屈服をみてますます怯んで言いなりになって非行集団は支配を強めていきます。

一人では居られない層が被害者
  一人で居るのが平気な層には理解がごく困難の構造    <2>

 集団いじめ事件では、非行集団の支配力が強烈な場合にはクラス全員が屈服参加することもありますが、「我関せず」で全く独立の存在もかなりいることに注意が必要です。学業だ、塾だ、対外部活だ、に打ち込んで、クラスの他との関係を全く気にしないタイプは、こまごまと空気を読んでそれに合わせるようなまねはしませんので、集団いじめには巻き込まれず、集団によるハブリも全く効かないで過ぎてしまう。優秀どころの多くはそうして学校生活を過ごしてきて、村八分のつらさを理解できなくていじめを見過ごしてしまう。

 先生とか官僚とかは「無視したい奴は無視すればいい。関係ない」とスルーできたり、勉強で困っている生徒を助けて「ハブリ」の効果が失われてしまったり、有無を言わせぬ好成績で攻撃側を委縮させてしまったり、受験で他に接する時間がほとんどなく、ハブリ攻撃を感じる間もなく、孤独は成り行きであり全く平気というタイプだと被害にはなりません。
 その人たちが特別の教育訓練なしに教職に就いて、集団志向の生徒のなかのいじめを発見するのはかなり困難で、対応法がわからないまま、現実の方がぶつかってきて逃げ回る、というのが事件化したところの先生方や教育委員会の対応なのでは?集団いじめに弱い層:付和雷同しがちな層についての特別の対応を注入する必要があるのでしょう。

背後に組織的な犯罪的支配技術の伝承    <3>

 しかも厄介なのは、これらが非行・犯罪集団の伝承テクニックとして地域非行・犯罪組織に、全国に拡がって、鑑別所や少年院収容を通じても伝播していることで、これにさらに加害側個々の悪知恵が加わって巧妙化して被害を拡げているのに対して、被害防止側がその場限りのおざなりな対応に留まり、いじめを喧嘩に懸想したり遊びにしているのを無視してそれが「いじめではない」という不当な結論を導き、放置して、事件後も実態を敢えて無視した隠蔽工作で、今回の滋賀県での事件になっていることです。

[非行・犯罪集団の組織的行動の実態]

 いじめかどうかの判断は、被害者を基準に行われるべきものであり、加害者がそれを遊びだと思っているかどうかは関係有りません。蛙やトンボの手足や羽根をもいで殺しても、その子にとっては遊びですが、やられる側は命を奪われているのです。滋賀の事件を扱うワイドショーや当該学校などで「遊びか、いじめか、喧嘩か」などとしているのは不見識も甚だしいと言うほかありません。喧嘩の経緯を詳しく聞かなければ両成敗で放置でよいかどうか、自分の存在と安全を守る精一杯の反撃だったのかを判断できないでしょうが!

 また、マスコミなどは「大人に相談させろ!」と気軽に言いますが、非行・犯罪集団側は「チクるのは卑劣だ!」と強烈なキャンペーンで煙幕を張って、一般社会と遮断した上で集団いじめや、それを見せしめにした恐喝を繰り広げているわけですから、まずは「不当な犯罪・集団いじめをお互い協力してやめさせよう」という集団合意を形成させないと、チクリ非難=犯罪の煙幕に負けてしまい、大人には全く情報が得られないのです。そのために大人たちは信頼される行動が必要なのですが、報道による通りなら先生方も警察も加害者両親たちも隠ぺい工作でますます不信を深めて、いじめフリー状態を深刻化させています。

 様々な地域には暴走族名を名乗る恐喝組織があって、警察や学校は集団暴走行為がなくなることだけで「暴走族は壊滅した」としていますが、現実には底辺高校や中学校レベルでの恐喝集金組織としてずっと残って非行支配のノーハウを伝承してきました。「先輩」と称する、暴力団の恐喝金吸い上げ組織こそが犯罪型暴走族の実体で、「面倒見」と称するのが暴力団との接点で、東京近郊では組員ではない「先輩」を充てて、暴対法の規制逃れを図っていました。
 暴走族には「走り屋」と呼ばれる走行を楽しんで時折交通違反を繰り返す犯罪性は薄いタイプと、暴力団に繋がる恐喝金集金組織が実態で取締の間隙を突いて道一杯に蛇行運転するなど示威的な「集団危険走行」を繰り返す触法指向タイプと有って、後者には実名での少年院収容体験記を売りにした雑誌「チャンプロード」などが発行されコンビニや書店に置かれていて、ちょっと見だけでも異様な指向が見て取れます。

 被害対象者を集団で取り囲んで、嫌がることを強要して実行させ、そのことを吹聴してますます追い込むというのは滋賀の事件でもその通り行われた非行集団組込・序列形成の常套的な手段で、たとえば集団の威圧で「野グソをさせる」とか、「万引きをさせる」という屈辱的行為を強いて、さらに嫌々実行後は、そのことを他に吹聴してますます追い込むという、そのパターンは日本全国何処でも実行されて、都下・関東近郊も近畿圏も広島圏も何処にも見られる支配拡大手段になっています。
 窃盗放置バイクや自転車に乗らせて、一方で交番に通報して使用窃盗で補導させ、補導歴を付けさせて警察の監視対象者に加え、非行集団に引きずり込むようなことも日常的にやられましたが、総て個人犯罪扱いで処理され、犯罪を強要して非行集団の拡大を図った首謀者が追及された話はまず聞いたことがありません。
 この罠を仕掛ける取締は、警察官の成績評価とも結びついて「手を染めたモノが悪い」と表面的処罰で処理され、公園などに放置された盗難バイクをパトロールで発見してもそのまま何日も放置して、手を触れた少年達を窃盗で検挙してポイントを稼いでいましたので、地域の大人達が電源直結など明かな盗難バイクを直接交番まで持ち込んで警察による少年達の被害を防いでいました。警察の陰湿な罠による取締は交通違反だけではないのです。盗み出すこと自体が遊びである犯人が放置したバイクに再び乗ることはまずありませんから、捕まるのは興味本位で乗った普通の少年達ばかりで、使用窃盗の犯罪非行歴として以降一生登録管理され、犯罪被害認定・救済の阻却要因にされたりします。

防御側も、手口を知っての集団作戦が必要    <4>

 各学校・地域の恐喝組織がなかなか無くならない理由は、校内の元締めに恐喝総額の半分前後が残って、恐喝が露見しても学校はよく調べずに被害者扱いしてお咎めなしになるので実に美味しい作業だからです。
 恐喝集金集団は、正月明けや盆明け、新学期など、生徒に小遣いが入る時期に手分けして、雑談・世間話として貰った小遣いの額や貯金額を聞き出してカツ上げの元締めに集約しておき、暴走族から集金指令が来ると対象者毎の集金額リストと集金ルートを作って恐喝集金に掛かり、その見せしめとして集団いじめをやって威圧し、支払い拒否できなくしていました。極めつけは卒業生の暴走族先輩たちが授業中の校庭を爆音高らかに改造族バイクで駆け抜けて示威行動を行い、学校側は暴走族校庭侵入の真の狙いを見抜けないで防止対策でアタフタしている間に、集団いじめの威圧下で「先輩に言われてる。○○円は助けて!」と米つきバッタのように「カンパ」を頼み込んで、集金したり、「運動部の付き合い」と称して先ずは全員から\200円を集めたりして、総割当集金額29万円、暴走族(≒暴力団)への上納額18万円という多額の恐喝が中学校1校で行われたことがありますが、学校が恐喝金額と認定したのは暴走族上納額の18万円だけでしたし、恐喝額の返納も求めませんでした。

 割当額が確実に集まるのは、小遣いなど基礎データを調べ上げて、無理すれば支払えそうな額の恐喝で、目の前で集団いじめがやられて見せしめになっていることと、被害者が「金がない。払えない」と断ると、別働隊が「貸してやるから払え」と現れて、支払い義務のない不法な恐喝金を、民法上の借金に転換させて全額を支払わせるテクニックを使っていました。
 さらに酷く組み込まれると、その「返済金」が横領されて「貸し主」に返らず恐喝金に加わりました。そして一度200円でも払うと次々ノルマが拡大され、家から持ち出したり犯罪に手を染めたりと追い込まれていきます(これは全国的に拡がっていた恐喝集金テクニックです)。

 その詳細犯罪構造を具体的に調べて学校に提示し対策を求めたこともありますが、対抗的に出されるのが、「加害者の人権」「仲間同士で遊んでいるだけ」「TV番組だって"罰ゲーム"にあるじゃないか」「物的証拠を示せ!」という犯罪集団とその親からの強烈な申し入れで、死にたいほど追い込まれて逃げ場のない「いじめ対象者の人権」を吹き飛ばしてしまうのです。先ずは緊急性のある被害者の人権を守った上で、自業自得の加害者の人権に配慮するというのが筋で、本末転倒はいけません。
 この悪童グル−プの集団いじめ威圧支配で、登校しても授業に参加しない(できない)で職員室直下の昇降口にたむろする30人〜40人の怠学グループが発生していましたし、3年分ものお年玉・小遣い20数万円を全部脅し取られたりして長期の不登校になり、卒業まで登校しなかった被害者も数名居ました。

 「あそび仲間」「思い込みでない、証拠を示せ」と学校に迫って犯人無条件擁護、被害者救済を妨害した親はTV業界関係者で、そういう自己中な主張をする前に、何度もの恐喝金を被害者に返済するのが先だろう!と思いました。
 結局、その直後に、集団暴行いじめと恐喝構造の全貌を暴き告発した被害者宅を20人近くもの集団で襲撃して、室内に入り込み「チクったのは許せない。特に『先輩(=暴走族:暴力団関係)』関係を喋ったのは絶対に許せない。捕まっても喋ってはいけないことだ」として殴る蹴るの暴行を加えて顔面や体中を負傷させる事件を起こして学校としても長期に続く悪行を伏せ切れなくなり、被害者の命懸けの告発をもとに集団暴行・組織的恐喝事件として校内を処理。首謀者を指導の教師を回し蹴りによる「首狩り」で転倒負傷させた事件で少年審判に送り、少年院入院中の4ヶ月で集団いじめ・恐喝組織を解体することができました。中心的な加害者の母親は「集団暴行の謝罪」と称して被害者宅に押し掛けて「襲撃者正当論」「非行加害内容の指摘厳禁」を滔々とぶって追い出されるほど酷いものでした。この辺は滋賀のいじめ自殺事件と共通でした。

 しかし、集団による劇場型恐喝はネタバレされてしまってはもう成り立たないのです。その後、暴行被害と犯罪構造を告発した被害者に対して暴走族側から1年有余に渉り「ぶっ殺す!」という脅迫電話が掛かり続け、深夜、被害者宅団地の階段室にスプレーで大きく「殺す!」「死ね!」などと脅迫文が書き込まれましたが、被害相談を受けた警察は「やられたら捕まえてやるから安心しろ!」と、暴走族側のやりたい放題に放置しました。警察に保護を求めて殺された事件が相次ぎますが、これとまったく同じパターンで「殺されたら捕まえてやるから安心しろ」というのが警察組織の標準的な欠陥発想になっていて、たまたまの警察官個人の欠陥ではないのです。

 居宅襲撃集団暴行事件の解決に際し学校は加害側親子と被害者を呼び集めた「会」を開いて「今後は仲良く」と幕引きを図りましたが、加害側の犯罪組織決別の決意なしで「被害者側にも落ち度があった」という手打ちにすると、それを足場に100%被害者が悪いとされて加害側のやりたい放題をさらに深刻化させかねません。一方的な集団暴行に対してこの方向は絶対まずい!
 これで加害側の(主犯Aの両親を除く)親たちも事態の深刻さと犯人兼被害者に組み込まれて相互いじめ支配を抜けられない状況を具体的に理解したようで、恐喝集金・集団いじめグループの崩壊に繋がり、教師への暴行傷害を問われた首謀者Aが4ヶ月後に少年院を退院してきたときには非行指令が通らなくなっていました。少年院退院後すぐに行われた再度の襲撃には先の「会」参加者は一人も参加せず皆「犯罪集団の支配から切れる」選択をしましたが、先の襲撃にはたまたま加わらず「会」には参加しなかった数人が脇で囃すだけで、A一人で殴る・蹴るの暴行をふるって大出血の鼻血を出させて補導され少年審判に送られました。皆が見ているクラスでの襲撃に子分が誰一人参加しなかったことで、子分同士相互監視の恐怖の縛りが無くなり、それまで築き上げられた大きな影響力をようやく喪いました。話を聞いて「恐喝集団にようやく勝てた」と思いましたp3。20人もの子分の誰もAの襲撃命令に従わないのに全く制裁できないのを目の当たりにしたのですから、相互監視・集団いじめの呪縛が解けたのです。もし学校がお膳立てした、無条件に「仲良く」で集団暴行に参加した各人の加害責任を曖昧にしていたら、再び命令一下の集団暴行になっていたでしょう。
 被害者君は「連中にシマウマとライオンの話をしたって通らない。損害賠償を子分からでも全額取れる話の方が効いた」というのですが、損得よりも、人の生き方、人の道の指摘で縛りが掛かったと信じたい。実務的には両方の指摘で抑えられたと。担任の先生は後で「やっぱり犯罪性の指摘は必要だったんですねぇ」って、そりゃ保育園の喧嘩じゃあるまいし地場の犯罪組織がらみじゃ必須でしょう。たまたま非行実態の調査・告発者として「会」に同席していましたが、普通の被害生徒親では、幕引き儀式の基本的欠陥なんかその場で見破れったってまず無理です。軍団の集団暴力支配が崩壊した後も不登校のまま卒業した被害者が残ったくらい長期に集団いじめ体制は続いてきました。
 しかしながら、暴行の場のカーテンを引いて視界を遮って攻撃を手助けしたのは、常に集団いじめの対象にされて小遣い20数万円を巻き上げられ暫く不登校になっていて、「そんな酷いことをされたらチクれよ」と励まされて再び登校するようになった生徒で、それが「学校復帰の恩人」に対するリンチに加担してしまう、実に情けない行動をとりました。その辺は、一種根性足らずたちが相互監視支配のいじめ集団に巻き込まれ易いので徹底指導が必要なことと、非行の首謀者が一種「マインドコントロール」としか言いようのない能力を持っていて集団を支配している様です。

 極めつけが先出の誣告起訴事件。校内の恐喝集金首謀者Aが中学校卒業後、3年以上経って自宅前で何者かに襲撃されて、ナイフで足を刺される事件が発生。経過からすると、どうも暴走族配下の恐喝集金人から抜け出そうと試みて「警告」として暴走族組織から襲撃された可能性があるのですが、刺傷被害直後の事情聴取では犯人は判らないと言いながら、その後あちこち相談したうえ事件3日後になってから「犯人は」と、元同じ学校の同学年生で恐喝集金ルートを壊滅さるきっかけを作った集団暴行被害者を名指しして逮捕・送検させ、報復を果たしましたが、名指しされた当人は卒業後恐喝首謀者Aとは全く交流はなく一貫して無実を主張。
 送致書(起訴状)にある時刻には、全く重なって隣県友人への携帯電話通話記録があり、目撃証言では「犯人は電話していなかった」とされ、119番が事件を受け付けた時刻と併せ、当人が襲撃したとするには無理があって、起訴内容では「通話しながら刺す」ことになり、事件発生の瞬間にどの携帯電話中継局から通話していたかを調べれば現場以外の数km間隔で設置されている無線中継局に繋がっていて完璧なアリバイ成立の可能性があって、裁判所でも弁護士が電話会社に中継局を調べてくれるよう依頼、ところが警察はその中継局調査を断固拒否して「他人が電話を使っていたかも知れない」と強弁。物証ゼロの全面否認事件を、暴走族配下集金人の主張だけで送検・起訴した無茶苦茶な事件で、無罪決着の調布駅南口事件同様のデタラメな扱いでした。無線中継局調査を請けてくれた電話会社から翌日調査拒否の電話が掛かるといった不思議な現象が3度も続いて、裁判所(東京家裁本庁)の心証頼りになったのですが、「同級生だった犯人の特定・申告が3日後になった理由が再捜査しても不自然」として不処分(無罪)決定が出されました。

恣意的捜査も問題     <5>

 この刺傷事件の無罪放免直後、団地の自販機広場に自転車で買い物に出たところ、以前、殴る蹴るで1万円を要求されたことのある街のダニ先輩に出会ってしまい、無視して挨拶しないとまた因縁を付けられその配下からリンチを受けかねないので挨拶すると、自転車のハンドルを掴んで止められ「拉致る!」といって胸倉を掴んで締めあげられ、「またも恐喝だ!」と思って連れて行かれないよう必死に抵抗したのですが、アルバイトして買って気に入って大事に着ていたシャツを破かれてしまい、思わず怒りの声を上げて、反撃のパンチ一発が街のダニ氏に命中して唇を切りました。(ダニたちとは断固絶縁すればよいのですが、「ハブリ」と呼ぶ集団村八分の制裁が待っていて付き合いのあった廻り中全部が攻撃を怖れて「敵」になりかねないので絶縁を決断できず、巻き込まれていくのです)
 街のダニ氏はこれを口実に救急車を呼んで病院に行き「診断書」を取って暴行で告訴。それにより恐喝被害者が加害者からあべこべに訴えられる形になったのですが、警察は、鑑識係が街のダニ氏に破られたシャツの写真は撮ったものの、恐喝犯の暴行を無視して、「目撃者」を仕立てて、街のダニ氏による恐喝・暴行被害は敢えて捨て置き、暴行に対する反撃部分だけを調書に取って4か月後に恐喝被害者側の「一方的暴行」に歪曲して起訴。「4ヶ月後」というのは前回起訴時に決定的アリバイ立証のもとになった通話記録が得られなくなる期間3か月をおいて逮捕したもので、さらに居留守を重ねて面会を妨害、その間に接見禁止を付けて防御を邪魔したものです。
 しかし裁判で目撃証人として法廷に出てくれば、目撃しなかった前半の街のダニの暴行場面があって、その声で部屋の外を見たという証言が得られたはずですが、検察はその証人尋問直前に「証人の心臓病が心配」と称して、ここでも「診断書」を付して出廷させず、法廷証言なしの一方的な警察調書のみを証拠採用させて、恐喝被害者を恐喝犯に対する暴行傷害犯人として断罪しました。

 裁判所は証人尋問を省略して調書を採用し、判決では警察・検察の言いなりに「暴行」を認定しましたが、同時に「先にシャツを破かれた事件は、この裁判とは別々の事件だ」と説示して再び家庭裁判所送りにする判決を出しました。すなわち被害者側が先に暴行事件を起こしたが、その後で別件の反撃事件が起こり別件後半だけを処罰したと裁判官自身が判決の場で表明・説示したことになり、警察・検察が公平な扱いをしなかった具体的事実を、法廷調書・判決文に付記される「説示」で指摘したのです。

 明らかに先の無罪判決に対する同一捜査官による報復立件p4で、どう厳しく処理しても「喧嘩両成敗」以上の処罰はできない内容を、職権をかさに着て事件化し恐喝被害者側を逮捕・長期拘留処罰に持ち込んで先の無罪判決に報復したものでした。事件の詳しい経過を聞いた家庭裁判所の決定自体は比較的短期の在宅措置で、喧嘩両成敗でもありうる処遇でしたが、最初に拉致暴行した側を敢えて切り離して放置した上で、反撃のみを立件して、決着まで7カ月余もの留置・強制収容は人質司法を最大限悪用した無罪判決報復措置になりました。

 かって「調布駅南口襲撃事件」というのがあって、八王子家裁と東京高裁の間を有罪・無罪で何度か往復し、最終的に全員無罪で決着しましたが、当該警察はそれを非常に悔しがり、警察所長など幹部が地域の学校長など教育関係者たちの集まりや、企業関係者たちの集まりなどで「あの事件は有罪。立証の仕方を間違えて無罪にされてしまった。」、「今後、警察学校の立証法の教材として使っていくことになっている」などと言いたい放題の強弁。自分たちの根拠のない出鱈目な「立証」を反省することなく、無罪が確定した元被告たちを非難し続けました。絶大な権力を持つ捜査機関が、裁判決着後にそんな宣伝をして良いはずがありません。

 ついでに申し上げれば、少年・少女たちが集まっている公園を、かなり人相の悪い人物がうかがっているのに気付き、「あの叔父さん、誰だか知ってる?」と顔見知りの子供たちに尋ねると、時々回ってくる少年係の刑事だというのです。住宅街の通路になっている人通りの多い公園で、密売など、警察にマークされるような行動の痕跡はまったくありません。せいぜい高校生のタバコ程度で、これは上澄みの進学校でもかなりの人数が喫煙していることは昔から公然の秘密で、「部室で吸うのは勘弁して。活動停止にされると困るから」と喫煙同級生を部室から追い出したら土手で吸っていたという経験がある程度で、絶対的な重非行とは思ってなかったのですが、その少年係の刑事は、共産党議員の子息に目を付けて一緒にいた子供たちからずっと情報収集していることが分かりました。その広場にはおおっぴらに喫煙する子も多数いましたから、個々の「喫煙非行」対応ではなく、ターゲットを絞った子供の線からの政治弾圧からみ!と気付き、親には知らせず、子息をすぐに家に呼んで状況説明。警察から弾圧を目論んでマークされているが、実質はお父さんの党議員に打撃を与えるためにあなたが狙われているという状況を話して自重を求め「自分でよく考えて、少なくとも連中の管内では絶対に手を出すな」との話がすぐに理解されました。陰では喫煙するのか?と思っていたら完全禁煙しました。子供を政治弾圧の具に設定するとは!非行防止を任せられる組織とは絶対に違います。
 これでは一般市民にとって警察も大変やっかいで迷惑な犯罪的存在でしかありません。

圧倒的世論形成で非行集団を制圧すべき
警察を中心に置くような人任せ対応では学内犯罪集団は強化される    <6>

 こういう御都合主義で処罰優先の、恣意的で出鱈目な警察を学校の場に引っ張り出したところで、被害情報が潜ってしまうだけで、問題が解決することはほとんどありません。教職員、父母保護者、生徒たちが意思統一して非行支配を厳しく非難し抑え込む世論を確立させ、犯罪集団側の「チクリは卑怯、クズ」という犯罪隠ぺいキャンペーンを粉砕していじめ支配策動の余地を無くすることが当面の中心的課題でしょう。
 非行側は一種の陣取りゲームとして倦まず弛まず世論支配強化を企んで隙をついて際限なく攻め込んできます。それに対抗して皆を守るべき側が、エピソードをワンポイントに分解したその場限りの対応や、見て見ぬ振りをしては重大な被害が発生して武闘型教師や警察でしか対応できない状況に深刻化する一方になるわけで、普通の人たちがモノを言える状況をつくる積み重ねを始める必要があります。それを通すうえで、重大な被害者が出て放置できない違法・犯罪について例外的に警察も活用すべきものです。その点でも北野たけし提案「学校に警官常駐させなきゃダメだ」には断固反対。処罰優先では学校をますます酷く陰湿にするだけです。

意思疎通訓練は有効 &生徒名簿は解決に必要    <7>

 全体の合意を得るうえで、指導側の意思疎通訓練は極めて有効で、重要です。それまで命令主義的であった指導が、学校に「スクール・カウンセラー」が配置されて、生徒とも話し、先生方には意思疎通を図る話し方の講義と実習が行われると、目立って抗争・非行が減って落ち着いてきました。
 理解と納得の教育という当たり前の原則が、カウンセラーの配置で実行できるようになって「アカのプロパガンダ!」などとしてまともな教育実践から逃げ出す必要を無くしてゆきました。その様子を見ると、各教員の個人任せにして、具体的な対応を集団の知恵で行わなかったため、非行側の系統的な場の支配戦術に負けてしまって、ただただ力づくで抑え込もうとして悪化させるなど、あちこちに惨状が起こっていると思いました。

 また滋賀大津の事件に限らずどこも学校側の隠蔽の動きがみられますが、個人情報保護に名を借りて生徒名簿を作らないことで父母間の情報遮断を図り、学校の作った一方的なシナリオを飲ませて決着させる様になっています。JR西日本が個人情報保護を口実に尼崎事故被害者名簿を一切発表せず、被害者の連携を妨害しているのと同じ構図です。
 問題解決には父母保護者を含めた情報共有が必要で、ともすれば隠蔽に走りがちな学校を隠蔽できなくするには全体的な連絡網を構築して情報遮断を無意味にする必要があります。都会地ですと対象生徒保護者全員に手紙を届けたところで延べ1〜3時間もあれば配れますので、情報提供・提供要請を兼ねてバリヤー破りが可能です。必要な情報が流れるようになるまでのわずかな期間です。その点で、個人情報保護法の制約を遙かに超えての名簿非公開・不作成は行政側が情報遮断を狙っての措置と考えられます。信楽高原鉄道惨事では被害者団体が作られましたが、名簿公開拒否の尼崎事故では「連絡会」を掲げて連絡を待つしかなくなり、執拗なアカ攻撃もあって事故から7年を経て被害者・遺族としてまとまれないでいます。
 事件当時、私の仕事は請け負ったソフト開発で徹夜作業も多かったのですが、処理アルゴリズムは開発済みで、ドカチン作業的なコード作成作業だったので深夜作業に廻して他の人達が起きている夕刻〜日中を関係者向けの文書配布や調査活動に充てました。
 発行文書内容の正確性と、ニュアンスには十分注意を払いませんと、別の大きなトラブルになって潰されます。厳しく自己責任の世界でくれぐれも慎重かつ行動は大胆に。当初はかなり疎まれましたが、加害側のモンスター両親に悩まされていた上、学校ではできなかった恐喝集金組織と人物名関係図を特定しその手口を解明した情報で非行の動きを縛ると表立っては何も言わなくなりました。その調査を学校がきちんと果たしてくれると問題解決はぐっと早まるのですが、いじめに感じられなかった人達に、ポイントを理解させて効果を出すには、今後、全体に開かれた継続した論議と実地訓練が必要でしょう。密閉・隠蔽はいじめ増殖の巣です。

2012/07/25 23:55

[補足:P.S.]

<p1>
 いじめの発生する構造を、相互の個人レベルで解明されていて、納得できる点が多々あったのが明治大学文学部準教授内藤朝雄氏(社会学)のプライムニュース(BS181チャンネル平日20時〜)での話。学校の「みんな友達」方針による指導が被害者の有効な抵抗を妨げ被害を深刻化させていることには同感。加害者が反省してイジメをやめることを誓わない限り絶対に「友達」ではありません。しかし解決のための運動論にはならない学術的分析、あるいは実施がなかなか困難な案や安易な警察導入に走りかねない無限定な案に留まっていて、非行集団の支配系統をどう弱体化させ解体していくかの戦略戦術レベルにまでまとめて欲しいと思いました。クラスを解体し大学のように授業コマを勝手に選んで受講する方式もなかなか面白い案です。たまたまの視聴で、あいにくHDRに撮り忘れて内容反芻ができないため、記憶できたお名前の紹介に留めます。本稿は個人個人の心の構造は問わず、不当な支配でいじめ犯罪集団を形成しようとあの手この手で画策するのを阻止・崩壊させる着目点とノーハウの提案。
  ※:ないとう・あさお★いじめなどで「人が怪物になる」メカニズムの研究で知られる。著書に「いじめの構造」(講談社現代新書)ほか多数。1962年生まれ。by月刊「宝島」2012/10号p044-p045に同主旨記事。

 加害者の登校停止措置を発表した教育委員会もありますが、ダメージの大きい集団イジメの場合には、まずは「チクリ非難」の生徒内世論を粉砕、「イジメを許さない。大人と協力して断固やめさせよう」と転換させて被害者を護る必要があり、その上で首謀者と、その命令を受けて直接手を下す者の間にヒビ割れを作って、以後首謀者の指示が伝わらない状況を作らないと、犯人グループとして結束して却って被害を深刻にする危険があります。支配構造をよく調べて裏番・司令部のあぶり出しもして、支配体制の弱体化をきたす処分を工夫する必要がありますが、表面的な「連帯責任」を言って末端ばかり厳しく処罰する傾向の学校に、適切な対応が取れますかどうか、・・・・・・。

<p2>
 いじめ恐喝集団首謀者の両親の主張は「当人は遊びのつもりで、いじめじゃない」「テレビでもやってるゲーム」「恐喝に捕らわれては、友達関係を壊してしまう。小学時代からの友達関係を尊重する解決にせよ」「グループに指示を出しているという証拠をしめせ!」などと、学校に対し繰り返し強硬に申し入れて辟易させていました。注意する先生を首狩り回し蹴りにより転倒負傷させたことまで「はなから犯人扱いで、言い方が悪いから事件になった」などと強弁。「ふざけるな!恐喝支配関係の保存なんか、あんたのドラ息子以外誰も望んじゃ居ない!他人をオモチャにして虐める権利だなんて有り得ないんだよ!」とあまりの身勝手に腹を立てたものでした。
 可愛いバカ息子が、手下をフルに使って生徒達の「小遣い、貯金額リスト」を作り、それを基に「暴走族○○へのカンパ依頼リスト」とグループ毎に話を付ける取りまとめ役の選択、威圧と見せしめのための、TV番組を真似た遊びに見せかけた集団いじめの繰り返し、居室にまで集団で押し掛けての暴行、そしてカンパ要求元の先輩暴走族○○たちによる校庭内爆走で威圧し、恐喝金支払いを促進。正月後のお年玉狙いだけでなく、学用品の要る新学期、夏休み後などに一斉集金が行われて、その都度数十万円を集めて半分余を上納、残りを遊興費にしていたことを全面否定。貯めていた3年分の小遣い丸ごとをバカ息子軍団に支払わされて集団いじめの対象にされ続けて不登校になっていた生徒さえ居るというのに!

 最初は「友達」として見ていて、繰り返されるあまりの酷さ、あくどさに、さらに恐喝と集団暴行が自分に対しても行われるようになって、怒って劇場型恐喝の詳細を暴露した信憑性の高い情報を全く受け入れようとはしませんでした。実は、当初信じなかったのは学校も同じで、執拗な恐喝の様子を被害者がテープデッキに収めてダビングして学校と何人かの親たちに示したことで揉み消せなくしてからようやく取り上げましたが、総額29万円を割り振って金を集めた情報があるのに、学校の恐喝認定額は暴走族○○に上納された18万円でしたから、差額は丸々学内の元締めに残り、遊興費となりました。集めた全額の賠償責任を追及すべきだったのではと思います。資金力は十分あり、非行助勢の主張をごり押しするモンスター両親だったので、親が被害者たちに謝罪する姿を見せて非行にブレーキを掛けた方が適切でした。資金力のない両親では賠償は無理ですが、せめて謝罪の姿を見せたら効果があるでしょうに、親に拠る犯罪擁護は絶対にいけません。

<p3>
 集団リンチ被害者にとっては繰り返しの不当な「集団リンチ」による負傷で、子分が全く動かなくなったからと言って「勝利」どころではなく、気持ちが収まらないのは当然なのですが、犯人の両親が血を流させたこと以外に非を認めずに実質犯罪を擁護し、「今後も幼時からの人間関係を維持すべき」として恐喝強要支配関係を美化擁護している状況で、その子分たちをも刑事制裁に巻き込むと、集団心理の逆恨みからもっと酷い状態が生まれかねず、地域で暮らしていく上で大きな障害になりかねませんので、先生が首謀少年を暴行傷害で告訴して少年院送りとして背負ってくれたリスクに頼り、首謀者強制収容隔離中に子分達に非行集団離脱の決断を迫って刑事告発を留保した結果の軍団崩壊、さらに再襲撃の処罰については「犯人が高校入試に間に合うギリギリまでの拘束措置」要求に留めるよう助言。結果、主犯君はかっての超有名校に入学を果たしたものの1年未満で退学となり、「級友」からの逆恨みの直接の標的は回避できたと思ったのですが、卒業で絶縁してから3年後の卑劣な「報復」が傷害の誣告逮捕拘留でした。

 その超有名高校は、かって私が教育実習をした学校で、その生徒たちの実力の高さに「大学並みではないか!」と驚いた第一級の名門校でして、担当させてもらった授業駒の一つが電子通信科の分布定数回路・無限長線路の伝播インピーダンスの算出。方程式表現だけにしてしまうと2元連立積分方程式を解くだけになって、高3ではチンプンカンプンになりかねないので、生徒が自分自身で連立方程式を立ててそれを解けるように授業準備をして、方程式立式のもととなる個々の動作の物理的意味と、算出結果の説明に力を注いだところ、下校時に校門を出たところを生徒2名が追ってきて、「あの教科(通信)の授業で、今日、初めて何をやってるか判りました〜っ!」って、「新学年で2ヶ月以上も全く判らない授業を黙って受けてたの?判りませんと言わなくちゃ〜、判らないのを教えるのが先生商売なのにそれはないよ〜(w。」式を板書するだけで、黄色く変色したノートで板書するだけの社会科型授業を工業専門教科でやられては堪りませんねぇ。当方は電気工学科なもので通信系は傍流で半年前の講義で聞いたばかりの中味でしたから、授業相手の高校生の理解力の高さは特に驚きでした。
 それが「暴走族の巣」と化して、まともに勉強しないで専門教科に全く興味がなくても成績の輪切りで送り込まれる底辺校化してしまったのは大きな驚きです。工業科教員にならなくてよかった〜。頑張っても理解できないのをあれこれ工夫して面倒見るのは小学時代からずっとやってきたことで全く平気ですが、単なるエスケープを超えて悪意による集団での執拗な授業妨害に遭ったらブチ切れて収拾が付かなくなっていたかもしれません。授業中時折騒ぐ生徒に「お前!寝てても良いから邪魔するな〜っ!」と喧嘩していた高校時代の物理の先生を思い出します(w。

<p4>
 2度目の事件は「(先の無罪事件とは)別の捜査官Sが立件を担当する」という触れ込みで、実質は前回の無罪事件担当の捜査官が「事件」を仕切りましたが、捜査官Sは「体調不良」を理由に頑として2度目の事件の担当に就かず、とうとう同一捜査官が立件して、先の無罪判決報復立件の構図を際だたせました。
 恐喝被害者なのに逆に逮捕立件されたことに怒り狂っている当人を、居留守接見妨害・接見禁止にして冷静化の機会を封じ、さらに挑発して怒りの暴言を吐かせて「近来稀に見る悪質な犯人」(地検担当検事K談)として、夜中に突然「拉致る」と襲ってきてシャツを破いた暴行への思わずの反撃を切り離して「大罪」に仕立て上げました。

 今後も南口暴行冤罪事件の不良捜査官から悪意で挑発されたら、怒りに任せて爆発してしまう危険を感じて、他県・他署管内への転出を強く強く勧告。何をやっても先ず処罰されない官営ヤクザと真っ向から対決しても、個人では対応能力が足りず、あれこれ口実を付けられ罪に落とされて点数稼ぎされてしまうのが落ちですから。

<p5>
 警察官の中にも少年たちに親身な人も居て、全部が全部クズ警官ではありませんで、500km以上も離れたところからの広域手配の家出少女の立ち寄り先を独自の感で絞り込んでしらみつぶしに調査して発見・接触して親元・当人双方が妥協しあえる落ち着き先へ送り届けて軟着陸を図るウルトラC発揮のベテラン警部とか、各警察署の道場を開放して青少年指導育成に当たっているところも少なくなく、私も少年時代に5年前後某警察署の剣道場に稽古に通いましたが、そういうところでは子供達を熱心に指導する真面目な警察官たちがいます(自分の虫の居所の悪いのを指導の少年たちにぶつけて晴らすかの底意地の悪い警官も居ましたけど、他は概ね基本的に善意でした)。
 それが警察組織・集団になると、暴走族グループの報復手段に使われたり、街のダニ恐喝を擁護してその被害者側を立件したり、調布南口事件決着後の対応や、親への政治弾圧を狙った子弟摘発内偵捜査を含めてどうしてこんなにも劣化してしまうのでしょうか?

  <p6>

 「学校内で40人近くが授業に参加しない集団怠学は、息子のセイじゃない。皆、サボりたくてサボっている」という両親の主張は、制裁に怯えてお互いに監視して授業に出られない関係を作った点では非常に無反省・無責任なものですが、良く判らない授業には出ているのが辛いという各人の気持ちを煽って次第に制裁付きの掟にしてきた経過から一部は正しい面があります。けれど、集団監視で一人では授業出席に引き返せなくしたことには重大な責任があります。
 また暴走族の集団暴走の情報は、子供たち自身にもあこがれがあって、暴走族配下の恐喝集団からの暴走情報と動員で夜中に横断歩道などに身を潜めて集団暴走見物に行っているうちにカンパ200円要求などささいな入口から次第に配下に組み込まれていきます。被支配集団をつくることが目的なので何か一つ譲歩するとますます従属行動の要求は強まって酷くなってゆきます。
 同様の例では、国旗国歌法制定時には「制定だけで強制はない」としていながら、あの手この手でジワジワと縛りを強め、再採用拒否から分限免職までエスカレートさせて、教師自身は手も足も出ないという大規模な支配強化が在るわけで、石原知事・橋下知事らのやり口は暴走族支配強化と全く共通するヤクザ屋の常套的手法です。この一連の流れを個々のエピソードに分解して関連性を断ってしまうから支配強化策の流れが見えなくなって、不幸な大事件になって、深刻な事態が潜行して進んだ経過が理解できず慌てることになります。

 卒業式開式を保護者席で待っていると、突然「起立っ!」の大号令が掛かり、訳も判らず起立すると君が代の伴奏が始まって「国歌斉唱!」と喚くので、慌てて着席。先に起立の号令を掛けたのは、何が何でも立たせて国歌斉唱に参加させる策略!私の育ちは保守県で日教組が真っ先に御用化・裏出世街道化した土地柄で、形式的な式典歌として「おすもうの歌」扱いで何の感慨も疑問もなくずっと歌ってきたのですが、国民・他国民を耐え難い戦禍の犠牲に引きずり込んで生命財産を奪った象徴の歌は歌えない、国家併合、植民地支配で移住した多数の在日特別永住権者が拒否するのは無理からぬことで、帝国主義政策と自国民強権支配の象徴的存在であることに気付き、婆さんの兄弟2人を死なせ一人を長期抑留にさせた血塗られた「君が代」を強制される場で斉唱するのを止めにしていました。
 私が最後列で一人着席するとすぐ後に2名ほど教師が寄ってきて、ことさら大声で君が代を斉唱。授業時間中の職員室下の昇降口に30人余がたむろして集団怠学状態だったのは見て見ぬ振りで長期にスルーして、暴走族傘下集団の学校支配を放置してきた「根性無し教師」なのに、上に尾を振る場面になるとそうしてシャシャリ出る体制は、いじめ支配構造をそのままなぞる構造で、教師自身の意思で上の支配に従っている限り、いじめ構造は見抜けませんし、生徒達への説得力、先生への信頼感はほとんど生じないでしょう。

 校長の命で首謀生徒を暴行傷害で告訴した先生は、学校、生徒、保護者、地域の校内世論で非行集団を抑え解体すべきと考えてワル軍団を指導していた方なのですが、その場限りで効果のない強圧策推進派に勝てず、最悪の事態が発生して意に染まぬ警察力導入の当事者に立たされました。屈強な武闘派教師だけしか生徒指導できない体制では事態は深刻化するだけで問題解決できず、非力な女性教師でも見て見ぬ振りではなく言うべきことは言える状況、生徒同士も批判できる状況をお互い協力してどう作るのかが課題なのに、校長ら上部は上意下達の体制作りばかりを図っていました。君が代斉唱を着席して拒否する保護者の威圧を試みる前に、目の前の集団怠学を生活指導部に任せて長期に見過ごした己の「教育実践」を深く反省すべきですし、大津のいじめ自殺事件に涙を見せるパフォーマンスの橋下大阪市長などは学校の状況を悪化させる強圧政策ばかりなのに実に厚かましいものです。

 ネットウヨたちの煽り「日教組主犯」説は根本から誤りで、「教委、右派教育支配体制」のほうが問題発見・解決を妨げる主要因でしょう。これに裏出世コース化した各地の御用日教組が率先助勢していると捉えるべきです。(注:教職員組合は一定の地域毎の支部が単位で、それを糾合して都道府県単位の教員組合が独立に存在して、これらそれぞれが日教組や全教など全国組織に加盟しています。また、都道府県教組と地域支部の関係も同様で、例えば都教組は全教加盟ですが、その地域支部の中には日教組系の第2組合:東京教組を作り加盟するとか、地域支部を脱退して日教組系の地域支部を作るとかで混乱状態が続いています。東京三多摩には都教組の6支部があり、各支部は概ね市単位の「地区協議会:地区協」に分かれて単位となって、学校単位の「分会」は規模が小さく独立ではない様です。これに対抗して日教組系の第2組合東京教組三多摩ブロック1支部事務所が立川にあるはず。一種、連邦制みたいなもので、呼び掛けに都道府県教組それぞれが呼応はしても、強制力在る統一指令体制というのはありません)。

被害者は深刻ないじめを認めたがらない
それを見てさらに深刻な攻撃が <p7>

 徐々にオモチャにされていく過程で、大人達は継続的ないじめに気付いてくれず、どんどん追い込まれて居ながら、いじめ被害を否定することが多いのは、訴えることでいじめがもっと激化するのに、加害側の「遊びだ」などの弁明が簡単に通ってしまい、被害者側が捨てられる「大人側の常識」に問題があります。被害者が「いじめ」を感じた事実から問題解決を図るスタンスでないと「いじめか、喧嘩か、遊びか?」などという馬鹿な整理をして加害集団を助けます。
 被害者当人に「遊びだ」と言わせて、ますます苛めをエスカレートさせるのは中野富士見中いじめ自殺事件で露見してから全く変わらない苛め戦術なのに、なぜ気付いてあげられないのでしょうか?

<p8>
 街のダニ恐喝氏が集金のための「暴力装置」として使っていたのが、暴力兄弟。弱そうな子を捕まえては金をよこせと脅し、殴る蹴るの暴力を振るっている場に割って入り「仲裁裁定」を出して、当初の要求額を半減させて支払いを求め、それを支払わないと、「折角間に入って話をまとめたのに!」と殴る蹴るの暴行を働く恐喝犯というよりむしろ一段階置いた劇場型の強盗傷害常習犯。
 この町のダニ氏に仲裁裁定1万円を払えと殴る蹴るの暴行を受けた経験から、夜中に「拉致る」と捕まえられて、必死に逃げて、シャツを破かれ思わず反撃した経過から、「自分は被害者」と強く認識していて、恐喝被害者だけの処罰はあまりに一方的で到底受け入れられなかったものです。

 街のダニ氏の「暴力装置」に使われている少年は、町の広場にたむろして、お菓子やジュースなどで鍵っ子に近付き、留守宅に上がり込んで豹変、貴金属などを盗み出して入質換金を繰り返していましたが、幼い鍵っ子に1000円〜2000円ほどを渡すことで「共犯」に仕立て上げて刑事処罰を逃れていました。(これは警察の方も酷い!常習窃盗幇助、質屋の故買幇助みたいなものです)
 さらに被害者が故買の質店から買い戻すと、どうも盗られた宝飾品の半分近くが行方不明で、犯人自宅へ行き、「残りを出しなさい!」というと、「あれ、返しな」という親の指示があって戻ってきて、そういう事件が何度も重なって、地域では「親が子供に泥棒をやらせている」と非難されていました。ほとぼりが冷めてから残りを売るのが常習化していたのでしょう。

 「暴力装置」君は暫く働いた仕事を首になり、失業保険の申請に行って手続きが良く判らず、職安職員から冷たくあしらわれて申請手続きできないままに、失業保険受給権がほとんど失効となり、非常に苛立って悪事を重ねていました。仕事で何度か行きましたが、確かに職安の職員の失業者への応対は実に居丈高で横柄でした。(首切り仮処分裁判に勝って、失業手当仮払い分の精算をするに際して、裁判では給料の60%しか認められず、弁護士費用を払うと手許に全く残らず、支援組合として免除、あるいは分割払いを交渉したところ所長等は「毎月現金書留での支給全額返済。手数料の安い銀行振込は認めない」と、最大限の嫌がらせを主張し譲りませんでした。本来失業保険は職のない無収入に対して支払われるべきもので、不当解雇先に復職要求をしたら「求職活動」として当然失業手当支給要件とすべきものですが、ここでも労働省は会社側の手先でした。リストラと呼ぶ不当な首切り合理化が盛んになると、法改悪を試み、それまでは6ヶ月以上あった支給期間を、3ヶ月に引き下げて解雇撤回闘争の妨害を策しました)。落ちこぼれてしまった子には職安の嫌がらせに対応できかねるものがあったのでしょう。休み無く警察に補導され続け、激しく荒れる背景の一端を垣間見て、そこは気の毒に思いました。助言で申請手続きに掛かったものの残り2週間弱という失業保険の短い支給時効には間に合いませんでした。本来、最初に相談を受けて当人理解不能のまま突き放した職安も責任を負うべき内容でした。

2012/07/31 02:35

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