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案の定の無回避衝突撃沈

イージス艦事故
 「あたご」減速せず
  士官書類送検へ

6月21日10時30分配信 毎日新聞

 海上自衛隊のイージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故で、あたごが減速せずに時速約10ノットで清徳丸の左舷斜め後方から衝突していたことが20日、海上保安大学校(広島県呉市)による清徳丸の船体の鑑定結果で分かった。防衛省は事故直後、衝突約1分前に回避を始めたと発表したが、実際には直前の回避措置だった。一方、衝突直前の動きが確認できていなかった清徳丸は右に舵(かじ)を切り回避行動を取っていたことが分かった。

 鑑定を受けて第3管区海上保安本部(横浜市)は、当時の当直士官2人(前航海長、前水雷長)を業務上過失致死容疑などで来週前半にも横浜地検へ書類送検する。前航海長は衝突前に交代していたが、自らレーダーで漁船を確認しながら継続的な見張りを怠り「右舷前方に漁船群が見えるが、操業中で衝突の危険はない」と不適切な引き継ぎをしたことが原因と判断した。

(拡大写真)
あたご衝突図
あたごと清徳丸との
衝突時のイメージ
http://headlines.
yahoo.co.jp/hl
?a=20080621-00000006-maip-soci

 鑑定によると、あたごの衝突時の速度は約10ノット(時速約18.5キロ)で、回避行動を取る前の自動操舵(そうだ)による航行時と同じだった。その後の防衛省の調査で、前水雷長が回避措置を命じたのは衝突数秒前との可能性が浮上していたが、ほとんど減速できないまま衝突していたことが裏付けられた。

 また、あたごは衝突直前に右に舵を切った清徳丸の左舷後方約40〜50度の角度で衝突していた。清徳丸は衝突前、あたごの右舷70度付近を船首をあたごに向けて航行しており、衝突を回避しようとしたとみられる。

 事故で清徳丸の船体は分断され、船長の吉清(きちせい)治夫さん(当時58歳)と長男哲大(てつひろ)さん(同23歳)が行方不明になった。3管は5月、戸籍法に基づき2人を死亡認定した。漁船の操船者は特定が難しく、3管は立件しない方針。【吉住遊、池田知広】

 さる2月のイージス艦あたごによる漁船撃沈事故について、逃げまどう僚船のGPS航跡記録や操舵経験などからイージス艦側は全く気付かず激突したのではないか?との見解を日記#181番外2日記#183で紹介したが、海上保安大学校による鑑定結果ではズバリ衝突まで何ら回避動作はなかったことが明らかにされた。イージス艦操船経験のある元自衛艦長の推測(#183)通りだったことになる。事故直後のイージス艦あたご側の言い分が案の定主要部分で嘘だったのだ。
 この情報は毎日新聞6/21夕刊のスクープだ。当地の朝日新聞は送検方針のみ報道、読売、日経、東京には記事がない。翌朝の東京は衝突30分も前に衝突防止(警報)装置を作動させたが、衝突せずと誤判してすぐに使用を止めてしまい、その旨引き継いで事故に至ったことは述べているが「衝突の瞬間まで回避動作が行われなかった」という指摘はない。赤旗新聞も東京に同趣旨。他紙は翌朝もパスだ。権力、特に強大な暴力機構を持つ組織の嘘にはもっと厳しく対処すべきだ。そのうち武力による威圧で正当な批判が出来なくなってしまう。

2008/06/22 23:00

どう違う!刷と版
「鉄道重大事故の歴史」第4刷=2版1刷では

 2000/6/8初版本の第4刷2005/10/11に2005/04/25の事故記述がある!故久保田博著「鉄道重大事故の歴史」だ。出版社山海堂倒産による半額セールで他と一緒に入手して積ん読だったのだが、改めて中味をのぞくと、日比谷線中目黒事故'00/03、上越新幹線とき地震脱線事故'04/10、土佐くろしお鉄道宿毛事故'05/03、福知山線尼崎事故'05/04が掲載されており、これらは初版に載る訳がないから何回刷数を重ねても記事は出て来ない。なぜか鹿児島線宗像海老津事故'02/02は不掲載。初版4刷の実質は2版1刷だろう。グランプリ出版関係の版刷数はあてにならないかもしれない。
 版・刷の元々は活版印刷で活字組版を取っておき、それで何回刷ったかが「刷」のはずだから、補足部を加えるか、版が変わらなければ記述内容は変わらない。そういう一般慣行を無視して記事が補足されているのに注記無しの「刷」表示はいただけない。近年は活版は少なくなり写真植字で版下を作ってオフセット印刷機を使うのが主流で、写植機という写植専用ワープロで原版を作り8インチフロッピーに記録していたが、更にパソコン用の写植ソフトに切り替わり「写植出力センター」にフロッピーやMOなどのメディアで持ち込んで版下に変換しているから、活字を並べた版組は無くなって版/刷という概念が曖昧になっているのだろうが、資料ソースを問題にする場合にはその曖昧さは困る。資料としては版が同じで注記が無ければ同内容というのは守って欲しい。

曲線過速度脱線事故、旅客列車でも

 この「第4刷」で新情報を得る。
 福知山線尼崎事故の原因である、曲線での過速度転覆事故は、その時点では貨物列車によるものしか知られていなかった。函館本線大沼・姫川付近の3件である。しかし4刷の記事で旅客電車での曲線過速度脱線事故が記載されている。やはり存在したのだ。

'66/12/15 22:37 東武伊勢崎線西新井駅構内大師線曲線で2両編成が脱線、伊勢崎線3両編成に衝突7名死亡、20名負傷.p128
'74/04/21 13:50 鹿児島線西鹿児島−上伊集院間で2034M特急583系12両編成(寝台電車)が300R65km/h制限を大きく超える速度(当時の推定95km/h超)で走行、1,2両目電車の先頭1軸が脱線。78人負傷。運転士のミス.p137(尼崎事故での転覆限界数値からすると推定速度は更に高くなる可能性がある)

 当時の高速コンテナ貨車は高速性能を高めて寝台特急ブルートレインの速度制限90km/h〜100km/hより高速の最高速度110km/hで走っているから、貨物だからとして検討対象から外す理由は無かったし、走行特性の良い寝台特急電車583系の過速度脱線事故というのはかなり深刻な事態だったが、この危険サインを国鉄・JR各社・運輸省は尼崎事故まで見逃していたことになる.

2008/06/22 23:00

初版1刷−4刷比較:鉄道重大事故の歴史  久保田博著
初版1刷 00/06/084刷 05/10/11
追加部 04/10/23(17).新幹線とき中越地震脱線事故
05/03/02(18).土佐くろしお鉄道宿毛駅突入事故
05/04/25(19).福知山線尼崎加速度転覆事故
緊急措置指示「200R以下への脱線防止ガード設置」まで触れて、その後の輪重比管理10%には触れていないので、第4刷修正原稿は4月初旬までの段階に書かれたものと思われる。
転覆脱線(尼崎事故)解説p174L5〜。年表部追加。写真引用リスト削除分削除
11-4→-5.ATS、追記で曲線過速度ATSに言及
相違部 削除写真削除:大月事故sあずさ衝突脱線転覆、日比谷線中目黒脱線衝突事故(追記空間)
目次11.現代期:〜2000年〜2005年(ヘッダー、書換ページのみ変更)
11-3.現代の保安(整理書き換え加筆)
11-5→-4.災害・地震検知の整備:地震対応策評価:ユレダスで対策済み →難問。直下地震に対応不能。恒久施設の対策と地震対策
 図書館で初版第1刷を発見。第4刷と比較。第2版としなくとも「増補版第1刷=第4刷」だろう
 電車での曲線過速度事故の記事は初版第1刷から掲載されており4刷と変わらない。読み落としていた様だ。

欲しい「噛み合う批判」  <PS>

 当サイトの批判記事があると指摘されて読みに行ったが、主観的思いをぶつける「評価」ばかりでその基となる事実摘示がなく、残念ながら科学的論理的批判にはなっていない。期待はずれ。

 ああ言えば上祐の狂気のおうむ教団スポークスマンの「功績」で、内容ではなく主張の組み立て方で論争に勝利する技術の存在は広く知られることになったが、所詮「雄弁は銀、沈黙は金」で、TV番組でのディベートに形式的には勝利したものの、教団の毒物散布や殺人を正当化して居直る彼らへの世論の批判を決定的なものとして居場所を無くしてしまった。そしてディベートの印象を犯罪的に悪いものにした。
 そうした表現技術での真実の逆転は数多くあり、残念ながら周到な仕掛けに負ける局面は多いのだが、真実ではない矛盾はいずれは綻びて糺される機会は現れる。国鉄分割民営化攻撃に於ける国鉄労使悪者論や、違法な手段を弄しても国鉄労働者を弾圧せよという専制的世論などもその典型である。

 様々な外部の煽りに飛ばされず、自分の判断をするには、先ず客観的事実を押さえて自分自身の評価を加えることが必要だ。長く続いた新聞のTV-CMで「○○新聞の受け売りだ〜い!」というのがあったが、それは個々の事実を確かめて自分の意見を構成することの対極で、この新聞はジャーナリズムとしてはお終いだと思った。こんな酷いキャッチコピーに社内からの強い批判がないというのはどうしたことか。予めストーリー枠を決めてそれに合う報道しかしない横着な姿勢は、真実とは懸け離れていき、予定稿を事実がないのにそのまま報道したり記事を捏造するような愚に直結してしまう。結論が気に入らないからと言って、具体的事実の裏付けなく悪罵のレッテルを貼っても評論にはならないのだ。
 「鉄道業界の代弁者だ」とか、「軍事を知らない妄言だ」とかは、あくまで事実とは結びつかないレッテル貼りで「評論」としては全く意味を成さない。
 米国はその秘密謀略機関まで動員して世界中にクーデターや戦争を起こし、反対派の命を奪い、その政府・勢力を倒してきた世界で最も凶暴な政権が権力を握ってきた。最近ではイラク侵攻で10万人とも言われる住民と将兵を死なせ大統領を殺害、AALA各国でも同様で、クーデターを起こさせアジェンデとその支持者を何万人も虐殺したが、その凶暴な政権でさえ並行して平和解決のプログラムを進め、状況次第で劇的転換をする戦略戦術を行使する。
 ところが日本の右翼論客は外交的アプローチを軽視し力尽くの武力威嚇一方で、米が平和的交渉戦術に転じると全く手が無くなって右往左往してしまう。事実関係を分析して方針を出すのではなく、その主観的思いで方針提起するからそうなってしまうのだ。
 例えば要人警護のSPは敢えて目立つ警護で襲撃犯を威圧するが、それとは別に多数が一般民衆に紛れて見えない警護に就いて、怪しげな人物を捜しては話し掛けや誘導で気勢を殺いで襲撃を抑えている。武力行使、軍事はそうした外交交渉のほんの一部で、日本にとっては本来憲法で廃棄・不使用を定めた手段である。それを実使用の観点からしか見られないというのは狭隘に過ぎるというものだ。
 その思考では狭義の軍事定石に縛られて、電飾に包まれて存在を示し、錯綜領域での航行の安全にも資するなどという発想にはならないのかも知れない。

:ディベート(debate)とは、ある公的な主題について異なる立場に分かれ議論することをいう。討論ともいうはず。→なまってディペートと誤用。

2008/06/22 23:59
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